さて、明けて翌日。目の前の球磨川は清流が流れている。
台風の接近が気になるが、雲は多いもののまだ降り出してはいない。起き抜けに風呂に行く。なんと、源泉掛け流し。なんと贅沢なんだろうか。その後、朝ごはん。なかなか凝っている。
午前中はお客様の事務所で打ち合わせ。その後お昼をいただく。市街地を見下ろせる高台の店。食事をしながら周囲の山を見ると、雨が降ったり止んだり。このあとの移動が心配だ。
お客様の車で、人吉駅まで送ってもらい、鹿児島へ向かう。この時間、バスでも良いのだが列車で行くことに。山越えの肥薩線は一日5本しかなく、うち、昼間の2本は観光列車とのこと。この観光列車(各駅停車)「いさぶろう3号」で山を越える。とはいえ、キハ40系の一般車両の改造型なのだが。左は熊本へ出て、その後豊肥本線に入る別府行きの特急。四国のお下がりの車両。
発車時刻ぎりぎりで車内へ。中国系のグループ客と、日本人マダムのグループ。2号車では自分と同じような出張者が一人。指定席に着くと、客室乗務員のお姉さんがチラシを持ってきてくれた。
車内は木目調。
そろそろ発車時刻である。
列車は球磨川を渡り山中へ。
トンネルをいくつもくぐり、最初の停車駅大畑へ。ここはループの途中のスイッチバックとのこと。
かつては急行「えびの」や特急「おおよど」が通っていた準幹線だっただけに、駅の構内は広々、長い車両でも止まれそうだ。もうすぐ走り出す「ななつ星」も夜中ながらこのルートを通るそうだ。
鉄道模型のパーツにでもありそうな木造の駅舎。
ディーゼルカーはこういう風景が似合うね。
涙ものの手書き駅名標。
5分停車の間に少し駅を見てみる。駅の入口。付近に集落はあるのだろうか。乗り降りするためと言うよりも、鉄道の運転の都合で作られた駅だ。
かつて、すすで汚れた顔を洗うために作られたと思われる洗面台。
停車中のいさぶろう3号。女性乗務員も記念撮影のお手伝いをしている。
かつて、蒸気機関車を潤した給水塔。
発車時間になったので、三々五々列車に戻り出発。スイッチバックなので、最初はバック運転。その後、ループに入っていく。
頂点近くで、大畑駅が見下ろせる場所に。いったん停車して景色を楽しませてくれる。
30パーミルの上り坂。エンジンを強化したとは言え、苦しそうだ。SLの頃はさぞ辛かったのだろう。その割りに、車窓は普通の田園風景。
稲刈りも終わっている。
そして、県境の駅の矢岳へ。ここでも5分停車。無人だが、駅舎を見に行く。手書きの行灯式駅名標。昔の人は達筆だったねぇ。
外側に出てぱちり。
ここにはD51が保存されている。客室乗務員を先頭にみんなで見学。「人」の区名標がいいね。大畑駅でもそうだったけれど、一日4便の観光列車のそれぞれ5分停車を当て込んで、地元の人が果物などを即売している。
雨模様。
懐かしい火の見櫓。
このあと少し上った矢岳第一トンネルがこの線の最高地点らしい。人吉から400m近く上ってきたことになる。
車内。このソファー風のロングシートの部分だけが自由席で、後はみんな指定席。500円。まぁ、遊ばせてもらう料金だと思えばいいのかな。
「みなさまおそろいですか?」のアナウンスとともにドアが閉まり、出発。本当に遠足バス状態。峠越えの矢岳第一トンネルに入るとすぐにエンジンがアイドル状態に。すぐに下り坂に入ったことがわかった。大小いくつかのトンネルを抜けると、「日本三大車窓」と呼ばれている景色の良い地点で停車。
本当は真ん中に霧島が見えるそうなのだが、今日は雲がかかっていて残念。盆地が見えるだけまし。
列車は坂をどんどん下って、最後の停車駅真幸へ到着。ここもスイッチバックだ。この列車の3つの中間駅のうち、峠の下の2つがスイッチバックとは、この路線の勾配の厳しいことを語っている。
ここでも5分停車。駅名にあやかって「幸せの鐘」がホーム上にある。
この駅も、模型のパーツにありそうな駅だ。
列車はさらに山をくだって、終点の吉松へ。1時間半ぐらいのプチトリップ、楽しうございました。昔は、跨線橋からこんな写真なんて撮らなかったのだけど、こういう風景もどんどん珍しくなってくる。
ここからは、ほぼ同じタイプの列車だが特急扱いの「はやとの風」に乗って鹿児島に向かう。こちらは真っ黒なドーンデザイン。
さすがに特急なので、向きが変えられるリクライニングシートだった。
最初のうちはほぼ各駅停車。特急を名乗っているが、速さを求める感じではなさそう。二つ目の駅、大隅横川では5分停車。駅舎の柱に太平洋戦争の米軍機銃掃射の弾痕があるのだそうだ。それを抜きにしても、木造のどっしりした駅舎だ。
ホームに降りて写真を撮っていると、後から女性乗務員が「撮れましたか?」と声を掛けてくれる。「出張帰りですか」と。聞くと「いさぶろう」の乗務員から引き継ぎがあったそう。「楽しそうにしてるとのことでした」。はい、楽しいです。
何駅か通過して、霧島温泉。ここでマダムのグループは降りていった。お客が少ないが乗務員の対応はとても良く、また来ようかという気になる。
次の停車駅は嘉例川。明治時代の駅舎が残る。空港へはここからタクシーやバスで行くのが最も近いのだが、今日は時間もあるのでいったん鹿児島市内へ向かう。乗務員さんが「ここは"鶴瓶の家族に乾杯"のロケをやったことがあって、その写真が駅舎内に残ってるんですよ」とのこと。到着すると、まるでその番組で誰かを出迎えるように二人の女性と犬。
駅舎の外側へ。今日は平日なので、人影は少ない。休日は観光客でごった返すらしいが。
無人駅だが、出札窓口は立派。
駅務室内には、かつて使われていたタブレット発行機が置かれている。その向こうにはかつて使われていた手書きの行灯式駅名標。ここは隣の駅が「霧島西口」から「霧島温泉」になってしまったので使えなくなったのだ。
犬を連れた女性たちは車で来た観光客らしく、停車時間の間に乗務員さんが車両の中に入れてくれ、スタンプや記念写真を撮っていた。こういうところもうれしい気遣いだ。
列車も運転士さんも一服。
次の隼人駅からは、日豊本線に入り、観光列車と言うよりは非力なエンジンをすっ飛ばして鹿児島へと急ぐ。鹿児島に近づいてくると海岸線を走り、対岸に桜島が望める。今日は台風のせいで山裾しか見えないが。
やはり、1時間半ほどの旅は終了。駅前からリムジンバスで空港へ。揚げたての薩摩揚げとビール。美味かった。
ということで、出張第一弾終了である。
ちなみに、人吉から鹿児島空港までは、高速バス1時間というのが正解のルートだそうだ。
台風の接近が気になるが、雲は多いもののまだ降り出してはいない。起き抜けに風呂に行く。なんと、源泉掛け流し。なんと贅沢なんだろうか。その後、朝ごはん。なかなか凝っている。
午前中はお客様の事務所で打ち合わせ。その後お昼をいただく。市街地を見下ろせる高台の店。食事をしながら周囲の山を見ると、雨が降ったり止んだり。このあとの移動が心配だ。
お客様の車で、人吉駅まで送ってもらい、鹿児島へ向かう。この時間、バスでも良いのだが列車で行くことに。山越えの肥薩線は一日5本しかなく、うち、昼間の2本は観光列車とのこと。この観光列車(各駅停車)「いさぶろう3号」で山を越える。とはいえ、キハ40系の一般車両の改造型なのだが。左は熊本へ出て、その後豊肥本線に入る別府行きの特急。四国のお下がりの車両。
発車時刻ぎりぎりで車内へ。中国系のグループ客と、日本人マダムのグループ。2号車では自分と同じような出張者が一人。指定席に着くと、客室乗務員のお姉さんがチラシを持ってきてくれた。
車内は木目調。
そろそろ発車時刻である。
列車は球磨川を渡り山中へ。
トンネルをいくつもくぐり、最初の停車駅大畑へ。ここはループの途中のスイッチバックとのこと。
かつては急行「えびの」や特急「おおよど」が通っていた準幹線だっただけに、駅の構内は広々、長い車両でも止まれそうだ。もうすぐ走り出す「ななつ星」も夜中ながらこのルートを通るそうだ。
鉄道模型のパーツにでもありそうな木造の駅舎。
ディーゼルカーはこういう風景が似合うね。
涙ものの手書き駅名標。
5分停車の間に少し駅を見てみる。駅の入口。付近に集落はあるのだろうか。乗り降りするためと言うよりも、鉄道の運転の都合で作られた駅だ。
かつて、すすで汚れた顔を洗うために作られたと思われる洗面台。
停車中のいさぶろう3号。女性乗務員も記念撮影のお手伝いをしている。
かつて、蒸気機関車を潤した給水塔。
発車時間になったので、三々五々列車に戻り出発。スイッチバックなので、最初はバック運転。その後、ループに入っていく。
頂点近くで、大畑駅が見下ろせる場所に。いったん停車して景色を楽しませてくれる。
30パーミルの上り坂。エンジンを強化したとは言え、苦しそうだ。SLの頃はさぞ辛かったのだろう。その割りに、車窓は普通の田園風景。
稲刈りも終わっている。
そして、県境の駅の矢岳へ。ここでも5分停車。無人だが、駅舎を見に行く。手書きの行灯式駅名標。昔の人は達筆だったねぇ。
外側に出てぱちり。
ここにはD51が保存されている。客室乗務員を先頭にみんなで見学。「人」の区名標がいいね。大畑駅でもそうだったけれど、一日4便の観光列車のそれぞれ5分停車を当て込んで、地元の人が果物などを即売している。
雨模様。
懐かしい火の見櫓。
このあと少し上った矢岳第一トンネルがこの線の最高地点らしい。人吉から400m近く上ってきたことになる。
車内。このソファー風のロングシートの部分だけが自由席で、後はみんな指定席。500円。まぁ、遊ばせてもらう料金だと思えばいいのかな。
「みなさまおそろいですか?」のアナウンスとともにドアが閉まり、出発。本当に遠足バス状態。峠越えの矢岳第一トンネルに入るとすぐにエンジンがアイドル状態に。すぐに下り坂に入ったことがわかった。大小いくつかのトンネルを抜けると、「日本三大車窓」と呼ばれている景色の良い地点で停車。
本当は真ん中に霧島が見えるそうなのだが、今日は雲がかかっていて残念。盆地が見えるだけまし。
列車は坂をどんどん下って、最後の停車駅真幸へ到着。ここもスイッチバックだ。この列車の3つの中間駅のうち、峠の下の2つがスイッチバックとは、この路線の勾配の厳しいことを語っている。
ここでも5分停車。駅名にあやかって「幸せの鐘」がホーム上にある。
この駅も、模型のパーツにありそうな駅だ。
列車はさらに山をくだって、終点の吉松へ。1時間半ぐらいのプチトリップ、楽しうございました。昔は、跨線橋からこんな写真なんて撮らなかったのだけど、こういう風景もどんどん珍しくなってくる。
ここからは、ほぼ同じタイプの列車だが特急扱いの「はやとの風」に乗って鹿児島に向かう。こちらは真っ黒なドーンデザイン。
さすがに特急なので、向きが変えられるリクライニングシートだった。
最初のうちはほぼ各駅停車。特急を名乗っているが、速さを求める感じではなさそう。二つ目の駅、大隅横川では5分停車。駅舎の柱に太平洋戦争の米軍機銃掃射の弾痕があるのだそうだ。それを抜きにしても、木造のどっしりした駅舎だ。
ホームに降りて写真を撮っていると、後から女性乗務員が「撮れましたか?」と声を掛けてくれる。「出張帰りですか」と。聞くと「いさぶろう」の乗務員から引き継ぎがあったそう。「楽しそうにしてるとのことでした」。はい、楽しいです。
何駅か通過して、霧島温泉。ここでマダムのグループは降りていった。お客が少ないが乗務員の対応はとても良く、また来ようかという気になる。
次の停車駅は嘉例川。明治時代の駅舎が残る。空港へはここからタクシーやバスで行くのが最も近いのだが、今日は時間もあるのでいったん鹿児島市内へ向かう。乗務員さんが「ここは"鶴瓶の家族に乾杯"のロケをやったことがあって、その写真が駅舎内に残ってるんですよ」とのこと。到着すると、まるでその番組で誰かを出迎えるように二人の女性と犬。
駅舎の外側へ。今日は平日なので、人影は少ない。休日は観光客でごった返すらしいが。
無人駅だが、出札窓口は立派。
駅務室内には、かつて使われていたタブレット発行機が置かれている。その向こうにはかつて使われていた手書きの行灯式駅名標。ここは隣の駅が「霧島西口」から「霧島温泉」になってしまったので使えなくなったのだ。
犬を連れた女性たちは車で来た観光客らしく、停車時間の間に乗務員さんが車両の中に入れてくれ、スタンプや記念写真を撮っていた。こういうところもうれしい気遣いだ。
列車も運転士さんも一服。
次の隼人駅からは、日豊本線に入り、観光列車と言うよりは非力なエンジンをすっ飛ばして鹿児島へと急ぐ。鹿児島に近づいてくると海岸線を走り、対岸に桜島が望める。今日は台風のせいで山裾しか見えないが。
やはり、1時間半ほどの旅は終了。駅前からリムジンバスで空港へ。揚げたての薩摩揚げとビール。美味かった。
ということで、出張第一弾終了である。
ちなみに、人吉から鹿児島空港までは、高速バス1時間というのが正解のルートだそうだ。