今を遡る事20年前、1990年代。

続きは次回で
バリ島に行く日本人で溢れていた。
関西空港が新しく出来たのもこのくらいの時で
クタにはブランドピカピカ女子や関西弁が溢れていた。
私はその頃から何故か『深夜特急』のバックパッカーに憧れていて、
JALよりガルーダ・インドネシア航空の方がバックパッカーっぽいと言う薄っぺらい理由でガルーダ・インドネシア航空に乗った。
今でこそファイブスターの高級飛行機会社だかその頃のガルーダ・インドネシア航空は福岡で墜落事故。
CAさんが客よりも早く逃げたとか何とかでどちらかと言うと危険飛行機会社ではあったのかな?
そんなのお構い無し。
搭乗率が少なければ少ないほど嬉しくなる私。
30%の搭乗率で一列占領。
違う意味のフルフラットをエコノミーで堪能していた。
そしてその頃のガルーダ・インドネシア航空の機内食。
ビーフオアうなぎだったのだ。
熱々のうなぎが美味しくて
それが楽しみでした。
ジャカルタで給油するためのトランジット一時間。
楽しかったな。

続きは次回で
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