パイの食い合いで勝ち負けが全てなら

　言い知れぬ鬱々とした感覚が私を包み込みました。イライラしていて普段持ち歩いている薬を一気の服用しました。人より優れているとかいないとか、私には勝利の女神は微笑まない、そういう事を思ったりもしました。

　日本は資本主義なので競争があります。競争をすると言う事は必然的に勝つ人間、負ける人間が出てきます。

　2005年8月25日、久しぶりに友人達と会いました。
　その中で出た話が非常に印象的でした。

「お客に対してはこびへつらう必要は無い」
「値引きを要求するお客はもはや"客"では無い。粗利(利益)が出るからこそお店が続けられるのだから」
「お客さんはお金を支払う代わりに物を買っているではないか。売買と言うのはそれ以上も以下でもないのではないか」

　友人達のほとんどはお店に勤めているし、私も以前お店に勤めていたので理論的には正しいと思いました。だけれど「理論的には正しい事」と「不愉快な印象を与える」とは違うのもの。そこで私は反論してみることにしました。

「もう少しお客さんを大切にした方が良いよ」
「じゃ、君はコンビニ(コンビニエンスストア)で"値引き交渉"をするのかい? しないだろう。それはどうしてなんだ?」
「それは・・・」
「大体、お客には売る権利もあれば"売らない権利"だってあるんだ!」

　私は直ぐには回答を出す事が出来ませんでした。大手販売業者に勤めている彼らとフランチャイズ契約でのコンビニとは「販売の仕方が根本的に違う」ので一概に同じ土俵とする事が出来ないからです。

(だったらなぜ君のお店は24時間営業にしないのか)
(日用雑貨や飲食物と家電製品では客層が違うのではないか)
(そもそもコンビニと同じ土俵なら、レジ要員以外である君たちは"要らない人員"かも知れないんだよ)
(お客さんはどうして"値引き交渉"をするのかを考えた事があるのかな。ただ単に「安く買いたい」だけじゃないと思う)

　そんな事を思いつつ、口べたな私はナカナカ言いだせず結局その場では押し切られる事になりました。

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　何度か販売経験のある私は「入ったときから不利な立場」に置かれる事が多く大変苦労しました。大手家電販売業では小物担当ばかりで大口の担当にはさせてもらえませんでしたし、メーカーの応援販売では当時としては明らかに斜陽のメーカーでした。

「私と他の店員が1人のお客さんを取り合う道」
「私と他の店員が1人のお客さんを取り合わない道」

　二つの選択肢が常に私を悩ませ続けました。結局私が取った道は後者でした。他の店と競争するのは励みになって良いかもしれない、しかし、自分の店の中で店員達と競争するだけではギスギスした人間関係を築くだけだ、と。お客さんはお店へ無尽蔵に来られるわけではありません。限りがあるのです。店員同士での"パイの食い合い"が起こるのは目に見えています。

　そんなわけで「普通の店員では取り合わないような、一言で言うと「厄介なお客さん(ニッチなお客さん)」でも積極的に取り組むようになった私。CS(顧客満足度:グッドマンの理論から)重視になりました。「お客さんは多種多様。自分のような人間でも必ず振り向いてくれる人はいるはず」と自分に言い聞かせながら。
　私の売り上げは底辺の方を這いずり回っていて「給料泥棒」とまで言われましたが、一方で「私に対するお客さんからのクレームはほとんど無い」「他の店員ではダメでもなぜか○○(私の名前)が接客すると上手くいくお客さんが確かにおられる、リピーターも多いし」と、当時のある店長に言われた事があります。

　「店員」と言う職業は「物をたくさん売る為の人員」という事は重々承知しています。本当はたくさん売って売り上げや実績を伸ばし「粗利や売り上げが追えないようじゃダメよね」位の事は言ってみたかったと言うのが本当のところです。でもそれは叶いませんでした。
　「各店員達」「お店全体」「お客さん」「売り上げ・粗利」「私を取り巻く数々の条件」・・・色々な要素が私の中に入ってきて、常に苦悩の日々でした。

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　今思えば、私の取った行動が良かったのかどうかは分かりません。私の友人達や多くの店員達とは全く違う行動をとったからです。良いとか悪いとか単純な問題ではありません。生き方や価値観、身の置かれた状況が違うだけです。
　だけれど「ただ何となく仕事をして・・・」ではなく、私には信念があり、辛酸をなめ、信じられないような数々の経験があったと言う意味では非常に今では良いことだったように思います。

世の中は不公平、勝つ者の下には数多の負ける者がいる、私は負けてしまった者の涙を知っている

　それを知っただけでも良い経験だったかなぁと。