オリンピックのトリビア

古代・近代オリンピック、パリ五輪2024等について

アテーナイ市のスタディオン建設手続き(槇文彦氏のスタジアム論考の補足)

2016-12-30 | オリンピック

↑建築家 槇文彦氏の写真「汎アテーナイアのスタディオン στάδιον παναθηναικόν」



↑「汎アテーナイアのスタディオン(左後)」入口から見た アクロポリスの「パルテノーン神殿 παρθενών,」


上に挙げたのは 建築家 槇文彦氏が 2013年に公開した

東京2020スタジアムについての寄稿文(10-15頁)で紹介している 「汎アテーナイアのスタディオン」


紀元前六世紀以降 約千年の歴史を誇る 汎アテーナイア祭の 競技場であり、

かつ 近代オリンピックの 競技場(1896年 2004年)でもあります


槇文彦氏の寄稿文では、公共建築の建築手続き

(「住民投票(referendum)」による「建築計画の検討」等)が 紹介されていましたが


「汎アテーナイアのスタディオン」の建築手続きについては 特に触れられていませんでした

そこで ここでは 「汎アテーナイアのスタディオン」の建築手続きについての資料を 補足してみたいと思います


紀元前五,四世紀の アテーナイ 市国(πολισ 独立市国)は

その「建造物」でも知られていますが、

「建築手続きへの住民の関与」という点でも 特筆すべきものがあります。

当時の資料からは、「建築計画の検討」に留まらず、

「建設計画の作成」にも、更には「建築施工」にも、住民が深く関わっていることが 分かります



---

下に挙げたのは 紀元前五,四世紀のアテーナイ市国の 市域の地図です

紀元前五世紀の (右から) ペルシア国(黄) アテーナイ市国同盟国(赤) スパルタ市国同盟国(青)
赤い線が集まった所に アテーナイ市国 (「athen」)


(恐らく紀元前四世紀頃の)アテーナイ市国
市域の外には 右から リュカベットスの丘 プラトーンさんの学校「アカデーメイアー」 ペイライエウスの港 等


紀元前五世紀の アテーナイ市国の 市域
(広さは 英国の特別行政区域city of londonや、東京市の日本橋区等と 同じ位)
中央 アクロポリスの丘の上に 「処女神(パルテノス)アテーナー」を祀る「パルテノーン神殿」
右下の イーリーソス川の川沿いに「汎アテーナイアのスタディオン」



さて ここで問題です。

公共建築の 建設計画を議論する 定番の場所を 赤色に 塗り分けてみました

問題1 「籤(くじ)で選ばれた住民」が「建設計画の作成」等を行う 定番の建物は 何処でしょう?

問題2 住民呼出(日当付き)」に応じた住民が「建設計画の検討」等を行う 定番の広場は 何処でしょう?




(解答例)

解答1 「籤(くじ)で選ばれた住民」が「建設計画の作成」等を行う 定番の建物は

    agora(αγορα 広場)の左下の赤色部分の 建物「評議場 βουλευτήριον」

    評議する(βουλευω)場所、 つまり「意思(βουλη)決め = 評議会」をする場所が 評議場です

解答2 「住民呼出(日当付き)」に応じた住民が「建設計画の検討」等を行う 定番の広場は

    左下の赤色部分「プニュクス(πνυξ)」の丘の 広場

    住民の呼出 εκκλησια του δημου」「(住)民会」等と 訳されます

    「プニュクス πνυξ」は「密集」を示す言葉 cf.πυκνοσ (1.密集した 2.πνυξの)

    「プニュクス πνυξ」には 何千人もの住民が集まりました


アテーナイ市国が 東方ペルシア勢や 近隣市国スパルタ勢との

せめぎあいの中で 試行錯誤しながら 民主政の 実証実験を 推し進めた 紀元前五,四世紀


建設施工に関わった人の伝記等から、

「汎アテーナイアのスタディオン」は 紀元前四世紀に 大整備が行われたことが解っています


紀元前四世紀の 公共建築の建設手続きは 例えば

紀元前四世紀の「アテーナイ 市国(πολισ)」の学者さん

アリストテレースさん(プラトーンさんの弟子)に 帰せられる資料

『アテーナイ人の国制(αθηναίων πολιτεία)』によると 次のように纏めることができそうです

「建設計画の作成」「建築計画の検討」「建築施工」に深く関与する住民

「建設計画の作成」: 籤(くじ)で抽籤された住民達(評議会)が 「諸官」と協力しながら 作成

「建築計画の検討」:「住民呼出(日当付き)」に応じた住民(住民会)が 検討

「建築施工」: 籤(くじ)で抽籤された住民達が「諸官」となって 施工管理/監査
 (*)ただし「諸官」の一部は 「住民呼出(日当付き)」内で 挙手で選ばれる


---

『アテーナイ人の国制』には 例えば 次のように書かれています

『アテーナイ人の国制』第四十三章 原文
(原文頁 右の「english > load」を叩くと 英訳が、「vocabulary tool > load」を叩くと 語形解説が 出てきます)

「評議会(βουλή 意思 意思決め会)」は

各部族(注:地域に割り振られる「仮想部族」 : 「各町会」)から 籤(くじ)で抽籤される。

評議員中 (輪番の)「当番評議員となった者達(πρυτανεύοντες 管理者となった者達)」は

まずアテーナイ市国から お金を支給されて 円形堂(θόλω : 評議場下の丸い建物 : 上の地図の黒丸)で会食し、

次に 「評議会(βουλην)」と 「住民(δημον)」を 集める。

また 当番評議員は「住民会(εκ(出) κλησίας(呼) : 住民の呼出)」の予告も書く


『アテーナイ人の国制』第四十五章 原文

「評議会(βουλή 意思)」は最終決定権を有しない

  (*)「評議会」が 意思を決め、「住民会」が 最終決定する

「評議会」は「住民」のために 予め意思決めをする(προβουλεύει)

「住民」は 「評議会」により予め意思決めされ

「当番評議員(πρυτάνεις)」が議題にあげたことでなければ

投票により決議することを許されない


『アテーナイ人の国制』第四十七章 原文

「評議会(βουλή)」は

他の 諸官(αρχαις (*))と協力して 大抵の事務を処理する

  (*)「αρχων(九人の高官)」でなく 「αρχαι 諸官 < αρχη 官」


第四十三章 原文

「通常の政務に関する 諸官(αρχὰς)」は ことごとく「籤による抽籤」により任ぜられる

ただし 「軍事と祭祀の 財務官(ταμίου)」と 「水源の管理官」は

「(住民会の)挙手(χειρο_τονοῦσιν)」により選ばれ

挙手により選ばれた人々は 汎アテーナイア祭から汎アテーナイア祭迄の四年間 在籍する

---

伝記に残る 「汎アテーナイアのスタディオン」の 施工管理記録

1.紀元前四世紀の人 リュクールゴスさんの伝記には

住民会の挙手によって アテーナイ市国の 財務官(ταμίας 配分する者)に 選ばれて

アテーナイ市国の祭祀「汎アテーナイア祭」の関連施設である

「汎アテーナイアのスタディオン」の 施工管理に関わったこと等が 記録されています(後述)


2.紀元後二世紀の人 ヘーローデースさんの伝記には、

ローマ国の支配下の アテーナイ市で、

<αρχων> επωνυμοσ (一年がその人の名で呼ばれる 諸官の筆頭(*))を担当したこと、

  (*)「αρχων(九人の高官)」の一人

「自分の富」による 「公共奉仕(λειτ_ούργια)」として

「汎アテーナイアのスタディオン」の 施工管理に関わったこと等が 記録されています(後述)

現在の「汎アテーナイアのスタディオン」は この「紀元後二世紀版」を基準に 整備されています

------


紀元前五,四世紀の アテーナイ市国では 「建築計画の検討」に留まらず、

「建設計画の作成」にも、更には「建築施工」にも、住民が 深く関わっているようですが


東京では アテーナイ市国と違って

住民による「建築計画の検討」が 行われないまま 事態が進行し...


2016案の基本理念「コンパクト五輪」は、

2020案では 住民に 諮(はか)られることなく 何時の間にか消滅して...


選手村から 離れ かつ 狭くなった スタジアム用地に

「非コンパクトなスタジアム」が 建てられようとする事態となったため...


建築家の 槇文彦氏は 自ら寄稿文を寄せて 問題提起することとなりました...


現在も「コンパクト五輪理念を核とした筋書き」が崩壊したまま

それに代わる理念と筋書きが用意されないまま 事態が進行し続けているように思われます...

cf.2020案の進行状況


東京2020五輪招致案の「理念と筋書き」の

オリンピック委員会提出前の 住民による検討が

手戻りなく 確実に工程を進めていく ポイントであった様に 思われます...


(*)因みに「2016年版五輪招致計画」の <コンパクト五輪を核とする筋書き>は 次のようなものでした

 ・前回の「遺産領域」と 未来の「東京湾領域(品川沖の開拓地)」の 両輪を 橋渡しする五輪

 ・工事し易い海辺の開拓地(両輪の交点)に 選手村とスタジアムを近接させて

   1.建設負荷と 移動負荷(環境負荷 警備負荷)を抑える 格安五輪、

   2.選手村と スタジアムの間の <通り=広場>を楽しむ 職住近接五輪
    (様々な国の人が 歩き、個人用移動機(車椅子)がゆっくり走る <通り=広場>)

  2020年版五輪招致計画でも <コンパクト五輪理念>が貫徹していたならば、

  スタジアムは<どれだけコンパクトか>が 最大の重みを持って 競われたものと思われますが...

  実際には 何のチェックもないまま<コンパクト五輪理念>は 消滅して

  スタジアムのコンペでは <コンパクトさ>は 度外視されることとなりました...

---




以下付録「汎アテーナイアのスタディオン関連年表

(汎アテーナイア祭の 開始の頃(紀元前六世紀)から 終了頃(紀元後五世紀)迄の 約千年間分)


・紀元前六世紀 「汎アテーナイア祭」の開催記録


・紀元前五,四世紀 東方ペルシア勢 近隣市国スパルタ勢 その他近隣との様々な相互関係の中で、

 最適解を求めて 試行錯誤しながら「民主政の実験」を含む「様々な実験」を推し進める アテーナイ市国の人々...

「様々な実験」の例

例えば、キリスト教徒に活用されたため 今日も資料が残っている

ソークラテースさん(σωκράτης 紀元前五世紀頃)が「腐敗」させた

「腐男子(*)」系列の実験例から 試行錯誤する「王様の教育と 国制改革」関連の実験例...

  (*)ソークラテースさんは 青年たちを腐敗させた等の咎で 訴えられて
    住民法廷で いつもの様に憎まれ口をきいて 刑死を選択した方

    cf.川上量生 ドワンゴ会長「オリンピック委員会とか...磔の刑になっている(笑)

・プラトーンさん(πλάτων 紀元前五,四世紀)は
 「シケリアー島スュラークーサイのディオニュースィオス王の教育」に赴き (cf.プラトーン『第七書簡』)

・クセノポーンさん(ξενοφών紀元前五,四世紀)は ペルシアに赴き 後に
 ペルシアのキューロス大王(κυροσ = کوروش)をモデルに 理想的な王を描く『キューロスの教育』を執筆し

・アリストテレースさん(αριστοτέλης紀元前四世紀)は
 「マケドニアの アレクサンドロス大王の教育」に赴きました

紀元前五世紀の地図(叩くと大きくなります)。
左下にシケリア島(緑) 右にペルシア勢力下のアナトリア(黄) 上にマケドニア(青)



・紀元前四世紀 リュクールゴスさん(紀元前四世紀の人)の伝記に残る「汎アテーナイアのスタディオン」整備記録

(プルータルコス(πλούταρχος 紀元後一・二世紀)『ηθικά』収録の

作者不詳の リュクールゴスさん(紀元前四世紀)の伝記には 次のように書かれています

原文はこちら(右のenglish > load を叩くと 英訳が、vocabulary tool > load を叩くと 語形解説が 出てきます)

841-844 からの 抜粋

(原文頁 8行目)(リュクールゴスは) プラトーン(紀元前五・四世紀)に 耳を傾ける者(ἀκροατὴς)となり...

(原文頁20行目)初め 彼(リュクールゴス)本人が選ばれて、次に 友人の誰かを引き受けて(*) 財政官の 仕事をした。

(*)財務官職に (住民会の)挙手で任命された者(τον χειρο_τονηθέντα)は

 「四年の任期を越えるべからず」という規則が 導入されていたため) ...

(リュクールゴスは) 多くの 未完の仕事を 引き継いでは 完成させていった。

例えば 船溜や武器庫。そして 汎アテーナイア祭のスタディオンの周りを 基礎で固めた


cf.トランプ氏(米国大統領2017- )の ニューヨーク市営スケートリンクの 改修エピソード (1980年台)

  改修工事の為 閉鎖され、何年たっても 未完のままだった

  スケートリンクの 施工管理を引き継いで 枯れた技術で 安く速く完成させたことで 有名になりました


上と重複しますが 何らかの決議文より

(原文頁2行目)市国(πόλει)の財務官を三期十二年...

(原文頁13行目)更には 住民に選ばれて、多くの財産を アクロポリスに集めた...

(原文頁 7行目)更にこれらに加えて、未完成の 船溜と武器庫とディオニュソス劇場を 完成させた。

そして 汎アテーナイア祭のスタディオンを完成させた。


・紀元前四,三,二世紀 アテーナイ市国(独立市国)は マケドニア国支配下の アテーナイ市に

(アレクサンドロス大王の父、アレクサンドロス大王、その後継者による 支配...)


・紀元前二世紀 アテーナイ市は ローマ国の支配下に


・紀元後一世紀 ギリシア語圏に広がる ユダヤ教系の新興宗教「キリスト教」

(ギリシア語圏の教養を持つ人に向けて ギリシア語で書かれた『新約聖書』)

「キリスト教」の伝道師 パウロさんが 「腐男子」達の本拠地 アテーナイ市の

アレイオスパゴスの丘に 参上 (『新約聖書』使徒行伝 17章16節- 原文 )

道端の「知られざる神 αγνωστω θεω」を

イエースースさんの示す神と 重ねあわせる手法で キリスト教をアピール

この時キリスト教徒になったとされる

ディオニュースィオス(διονύσιος )さんは アテーナイ市の守護聖人となり、

後世書かれた ディオニュースィオスさんの名を借りた著作は

「人間には知られざるもの」としての「神」についての議論を展開しました

cf.「知られざる神」は ギリシア語圏から ペルシア語圏に。

  更に その後生まれたイスラーム圏(アラビア語 スペイン語圏)にも



・紀元後二世紀 ヘーローデースさん(‘ηρώδης)の伝記等に残る「汎アテーナイアのスタディオン」整備記録

ヘーローデースさんの同時代の人 パウサニアース(παυσανίας)さんの

『ギリシア案内記‘ελλάδος περιήγησις』から

(原文頁 5行目) 話に聞いても それ程 引き込まれないのに、「見て びっくり」なのが、白大理石のスタディオン...

この競技場はアテーナイの人 ヘーローデースが 建てた、ペンテレーの石切場の石の多くをこの建設に使った。


ヘーローデースさんの次の世代の人 ピロストラトス(φιλόστρατος)さんの

『知者の生涯 βιοι σοφιστων』から)

(原文頁 五頁目)
またヘーローデースは アテーナイの人々に 公共奉仕をした(ελειτ_ούργησεν)、

その年がその名で呼ばれる諸官の筆頭官 そして 全ギリシアの祭典の官職として。

そして、汎アテーナイア祭の官職の 栄冠を受けて 彼は言った、

「あなた方を、アテーナイ人達よ、そして ギリシア人の観戦客を、

そして競技者の競技を、白大理石のスタディオンに迎え入れましょう」。

そして、そう言った通りに、イーリーソス川の向こうのスタディオン

四年以内に仕上げた、どんな驚異も超える作品として。

(原文頁 α章の最後の頁(β章の直前))
彼らは「汎アテーナイアのスタディオン」に彼を埋葬し、彼の為に 短く 強く 碑文を 刻んだ

 「アッティコスの息子 ヘーローデース マラトンの人。

  彼の全ては ここに この墓に 置かれている。至る所からの 名声」


・紀元後四世紀 ギリシア語圏コンスタンティノポリスのローマ皇帝による ローマ国のキリスト国化


・紀元後五世紀 キリスト国化の進行、ギリシアの諸祭祀(含 競技祭)等 廃止へ。

  (*)処女神アテーナーを祀る 汎アテーナイア祭 (含 汎アテーナイアの競技祭)

    言うまでもなく ギリシアの代表的な祭祀のひとつ

 ラテン語圏ローマ崩壊


・紀元後六世紀 新プラトーン派の 学頭等 七人が

キリスト国化したローマ国支配下の アテーナイ市を出て

「プラトーンさんの言う<哲学者であり王である者>」を求めて ペルシア王の元へ

アガティアス(αγαθίας 六世紀)さんの『歴史 ‘ιστοριαι』原文の 131頁

(上に「historiarum ii巻 30章」と書かれている頁)の 5行目以降に 七人の名前が列挙されています。

七人の出身地は アナトリアからシリアにかけての 広い範囲に渡っています

ダマスキオスさん(δαμασκιοσ ‘ο συροσ シリアのダマスクスの人)、

スィムプリキオスさん(σιμπλικιοσ ‘ο κιλιξ アナトリアのキリキアのスィムプリキオスさん)等々...


当時のローマ国の王様は コンスタンティノポリスの

ユースティニアーノス王(ιουστινιανοσ)

コンスタンティノポリス(今日のトルコのイスタンブル)の

ハギア・ソピアー ‘αγία σοφία 聖智教会は 彼の治世下に建てられました


当時のペルシアの王様は ホスロウ王(χοσροησ = خسرو)

ホスロウ王治世下のペルシアでは 流入する難民達(*)が 翻訳者等として活躍しました

(*)異端とされてしまったネストリオス大主教系のキリスト教徒等々...


// 関連記事
// 木造の大規模建築 : 東京2020スタジアム
// 東京オリンピックスタジアム 2016/2020
// 古代ギリシアのオリンピック・スタジアム(オリュムピアー / アテーナイ)
// 古代ギリシアの競技祭(オリュムピアー / デルポイ / ネメアー / コリントス地峡 / アテーナイ)




コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 選手団パレードと 東京の通り... | トップ | 東京五輪と 東京市域の人口推移 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

オリンピック」カテゴリの最新記事