あれから15年月日の立つのは早いです。
其の時娘は高専から編入で神戸商船大學に行っていました。
大崎上島でも揺れ何処が地震か分からずテレビを付けて観た。
其の時娘から何が何だかわからない・・・・・と電話が入りどうしたのと聞くと、
電気は消えて外を観れば泣いたり・・・・叫んだりしてる、
お母さん来てと言うことだった。それから直ぐ行きました。
途中ラジオを聞きながら行きこれは大変大きな地震だと分かった。
行く途中お水を買ったり食料を買い込み行き、
神戸に入り永田の街が火の海…煙が天高く上がっていた、
それを観て頭の毛がピンとたっような気がした。
街はガレキの山の様に成っていた。今は綺麗に復興している
今日も私にすり寄って来た。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます