過去の今日の出来事etSETOraですヨ(=^◇^=)

過去の今日のTHE BEATLESだヨ(=^◇^=)

 


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 ┃ ビートルズ詳解 The Beatles’Corpus ┃
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①1960(昭和35)年06月02日(木) ライヴ演奏:ザ・インスティチュート/ネストン
②1961(昭和36)年06月02日(金) ライヴ演奏:トップ・テン・クラブ/ハンブルグ (63日目)
 7月1日のもうひとつの(土)曜日まで92日間、毎日演奏良好だヨ(=^◇^=)
③1962(昭和37)年06月02日(土) 移動:ハンブルグからリヴァプールへ
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①1960(昭和35)年06月02日(木) ライヴ演奏:ザ・インスティチュート/ネストン
 シルバー・ビートルズ (The Silver Beetles) はこの日から6週連続の木曜日に、このザ・インスティチュート (The Institute) でナイトショーをやっている。この会場はマージーサイド・ネストン (Neston, Merseyside) 地区のハインダートン通り (Hinderton Road) にある。この日程は、シルバー・ビートルズがスコットランドをツアーしている間にアラン・ウィリアムズ (Allan Willams) によって組まれ、レス・ドッド (Les Dodd) のパラマウント・エンタープライズ (Paramount Enterprises) が興行を主催していた。ドッドは1936(昭和11)年からザ・インスティチュートでイベントを運営してきたが、遅まきながらロックンロールのショーをブッキングし始めた。彼はシルバー・ビートルズに10ポンドの出演料を払い、その中からアラン・ウィリアムズは1ポンドを受け取った。おもしろいことに、彼らはこの頃一般的にシルバー・ビートルズ (The Silver Beetles) の名を使っているのだが、地元の新聞社 (Heswall And Neston News And Advertiser) がこの夜のショーの短い記事を載せていて、それには『リヴァプールのリズム・グループ、ザ・ビートルズ (The Beatles) が木曜の夜、ネストンのザ・インスティチュートでデビュー』と書かれている。このことからこの時期、彼らはいくつかの異なるグループ名で活動していたことがうかがえる。
 ザ・インスティチュートは現在はネストン・シビック・ホール (Neston Civic Hall) となっている。60年台の初めには、ここは特に荒っぽい場所で、シルバー・ビートルズは出演中に16歳の少年が容赦なく打ちのめされるのを目撃している。彼らの最後の出演は
 1960(昭和35)年07月07日であった。
③1962(昭和37)年06月02日(土) 移動:ハンブルグからリヴァプールへ
 ハンブルグのスター・クラブ (Star-Club) での7週間48夜、延べ173時間の出演を終えて、ビートルズはリヴァプールへの帰国の途につく。
 写真◆場所:ハンブルグ空港  撮影者:不明 (アストリッドか?)
 この日の午後のロンドン空港行きのルフトハンザ機に乗り、ロンドンでマンチェスター空港行きに乗り換えた。そこからは車に乗り7:25pmにリヴァプールに到着した。
④1962(昭和37)年04月13日(金) ライヴ演奏:スター☆クラブ/ハンブルグ (初日) この日ビートルズは、ハンブルグで最新のロックンロール・ホールであるスター・クラブ (Star-Club) に初出演した。これはこのクラブの開店日であった。スター・クラブはハンブルグのセント・パウリ (St. Pauli) 区のグローセ・フライハイト (Grosse Freiheito) 39番に、
 1962(昭和37)年04月13日(金) (この日) に開店している。カイザーケラー (Kaiserkeller) で用心棒を努め、後にトップ・テン・クラブ (Top Ten Club) に引抜かれたホルスト・ファッシャー (Horst Fascher) が、マンフレッド・ヴァイスリーダー (Manfred Weissleder) と共同経営者で、ホルストとビートルズは親友であった。彼らはこの日から7週間この会場に出演し、スタージに立つ時間は48夜で延べ173時間に上った。期間中のオフ日は
 1962(昭和37)年04月20日(金)の1日のみであった。
 1962(昭和37)年05月31日(木)を以てその契約期間を満了し、
‡1962(昭和37)年06月02日(土)にハンブルグを離れている。これはビートルズの2年間で3回目のハンブルグ滞在であったが、これが最後ではない。彼らは1962年の終り迄にもう2回スター・クラブに戻って来ている。
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 ①https://gejirin.com/beatles/history/1960/19600602_live_institute.html
 ②https://gejirin.com/beatles/history/1961/19610401_live_top_ten_club.html
 ③https://gejirin.com/beatles/history/1962/19620602_Hanburg_Liverpool.html
 ④https://gejirin.com/beatles/history/1962/19620413_live_StarClub.html
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 ┃ THE BEATLES HISTORY ┃|  June 02|153
 ┃    ザ・ビートルズの今日の出来事   ┃|6月02日|
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 1960(昭和35)年06月02日(木) パラマウント・エンタープライズの経営者でプロモーターのレス・ドッド主催のダンス・パーティで演奏。場所はチェシャー州ウィラルにあるクラブの「インスティテュート」。シルヴァー・ビートルズの出演料は10ポンド(当時のレートで10,800円)。そのうちの1ポンドをアラン・ウィリアムズに仲介料として支払っている。
 1961(昭和36)年06月02日(金) 2度の契約更新の後、2度目のハンブルグ巡業が4月1日より7月1日まで行われ、92日間、のべ503時間トップ・テン・クラブのステージに立つ。前回の最初のハンブルグ巡業と並んで、ビートルズのスタミナと実力を飛躍的に向上させた有意義な巡業となった。
 1962(昭和37)年06月02日(土) 7週間にわたるハンブルグ巡業が終わり、メンバーはこの日イギリスに帰国する。
 1963(昭和38)年06月02日(日) 2月、3月に続いてなんとこの年3回目の全英ツアーが開始された。この日はサセックスのヒッポドローム・シアターが会場。ロイ・オービソンとのパッケージツアーで、ヘッド・ライナーはもちろんビートルズのメンバーの敬愛するロイであったが、観客の要望でまもなくビートルズがメインを務めることになる。さらに会場で販売されているプログラムの表紙もビートルズをメインとしたデザインに変更されることとなる。セットリスト、、、「Some Other Guy」「Do You Want To Know A Secret」「Love Me Do」「From Me To You」「Please Please Me」「I Saw Her Standing There」「Twist And Shout」
********** http://www.thebeatles.co.jp/contents/index2.htm
 http://www.beatlelinks.net/forums/showthread.php?t=17021
 http://beatlesdiary.web.fc2.com/day/006/0602.html
 https://blogs.yahoo.co.jp/fab4city/15740140.html
 http://www.beatlesagain.com/bhistory.html
 楽曲資料https://beatlesdata.info/
 歌詞充実http://tsugu.cside.com/index.html
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 ┏━━━━━━━━━━━━━━━━┓1926(大正15)年4月21日(水) 聖誕
①┃ Elizabeth Ⅱ エリザベス2世 ┃1952(昭和27)年2月 6日(水) 在位
 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━┛1953(昭和28)年6月 2日(火) ウェストミンスター寺院 戴冠
                   2002(平成14)年6月 3日(月) バッキンガム宮殿 エリザベス女王即位50周年記念コンサート
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 ┃ 『PARTY AT THE PALACE  クイーン・エリザベス二世即位50周年記念コンサート』 ┃
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② 2002(平成14)年6月 3日(月) バッキンガム宮殿 エリザベス女王即位50周年記念コンサート
③ 2002(平成14)年7月26日(金) EMIミュージック・ジャパン
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 ①https://en.wikipedia.org/wiki/Elizabeth_II
 ①https://beatlesdata.info/13/17_hermajesty.html
 ①https://en.wikipedia.org/wiki/Her_Majesty_(song)
 ②https://en.wikipedia.org/wiki/Party_at_the_Palace
 ③https://www.amazon.co.jp/dp/B00006AM8Y
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 ┃ THE BEATLES Live 1961 ┃
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‡(fri)02 June 1961 Hamburg, Germany, The Top Ten Club ※27 March~2 July 1961
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 ┃ The Beatles/Roy Orbison Tour 1963 ┃
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‡No.15 (sun)2 June 1963     Brighton City, England, Brighton Hippodrome 
  1.♪Some Other Guy♪
  2.♪Do You Want to Know a Secret?♪
  3.♪Love Me Do♪ or ♪A Taste Of Honey♪
  4.♪From Me To You♪
  5.♪Please Please Me♪
  6.♪I Saw Her Standing There♪
  7.♪Twist and Shout or Long Tall Sally♪
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 https://en.wikipedia.org/wiki/Roy_Orbison/The_Beatles_Tour
 https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_the_Beatles%27_live_performances
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 ┃ The Savage Young Beatles 1950s 1962 ┃
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‡(fri)13 April - (sat)2 June 1962 The Star Club 39 Grose Freiheit Hamburg, Germany
 Photographer: unknown
 It was during this engagement, on (wed)9, May 1962, that the Beatles received that legendary telegram from their manager, Brian Epstein, with the news "Congratulations, boys, EMI requests recording session. Please, rehearse new material."Click an image for a different set. The sequence of these performances cannot be determined.
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 http://www.beatlesource.com/savage/1962/62.04.13-05.31%20star%20club/62.04-05starclub.html
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  ┛THE BEATLES 1964 Recording Sessions ┛Studio 2
 ┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛2:30-5:30pm
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①┃ ♪Any Time at All♪ ┃takes 1-7
 ┗━━━━━━━━━━━┛■この日のみ■アビイ・ロード第2スタジオにて録音された。 午前中にこの曲に取りかかったビートルズは7テイク録音したものの、 中間部分がまだ未完成だったために夜に持ち越した。夜に再びこの曲に取り組んだビートルズは中間部分を完成させながら、各楽器類、そしてポールのボーカルを加えて11テイク目で完成に至る。
  Note・・・なぜかアメリカ盤のモノラルバージョンのみ、間奏のピアノがかなり遅れてフェードインしてくる。現在、このバージョンは「Capitol Album 1」に収録されておりCDで入手可能。(国内盤はCCCDなので海外盤の方がオススメです。)
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②┃ ♪Things We Said Today (今日の誓い)♪  ┃takes 1-3
 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛■この日のみ■アビイ・ロード第2スタジオにて録音された。ダブルトラックも含めてたった3テイクで全ての録音を終了している。このレコーディングでジョンがピアノを弾いたそうだが、ほんの少しだけ入ってしまってるそうだ(管理人の耳が腐ってるせいか聞こえません・・・・)
  Note・・・『The Beatles Live at BBC』にはBBCセッションでの演奏が収められている。エレキ編成で演奏されているのが特徴である。
  Note・・・2016年9月9日発売の「ライヴ・アット・ザ・ハリウッド・ボウル 」(アナログのみで発売されていた公式ライブ盤「ザ・ビートルズ・スーパー・ライブ!」のCD化)にこの曲のライブバージョンが収録されている。
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  ┛THE BEATLES 1964 Recording Sessions ┛Studio 2
 ┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛7.00-10.00pm
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③┃ ♪When I Get Home (家に帰れば)♪ ┃takes 1-11
 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛■この日のみ■アビイ・ロード第2スタジオにて録音された。全部で11テイクを録音し、最終テイクの第11テイクがベストと判断され、収録
  Note・・・米国盤『Something New』のモノラル盤に収められているこの曲は、大サビの「Till i walk out that door Again. 」の部分の歌い回しが他のテイクとはまるで違っている。ここだけ差し替えたかの如く、耳慣れない歌い方である。 現在、このバージョンは「Capitol Album 1」に収録されておりCDで入手可能。(国内盤はCCCDなので海外盤の方がオススメです。) 
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①┃ ♪Any Time at All♪ ┃takes 8-11
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  Producer: George Martin
  Engineer: Norman Smith
  2nd Engineer: Ken Scott
 ‡1964(昭和39)年6月2日(火) 
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 ①https://beatlesdata.info/3/08_anytimeatall.html
 ①https://en.wikipedia.org/wiki/Any_Time_at_All
 ②https://beatlesdata.info/3/10_thingswesaidtoday.html
 ②https://en.wikipedia.org/wiki/Things_We_Said_Today
 ③https://beatlesdata.info/3/11_whenigethome.html
 ③https://en.wikipedia.org/wiki/When_I_Get_Home
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  ┛THE BEATLES 1966 Recording Sessions ┛Studio 2
 ┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛7:00pm-3:30am
 ┏━━━━━━━━━━━━━┓takes 1-5, 
 ┃ ♪I Want to Tell You♪ ┃overdub onto take 3, 
 ┗━━━━━━━━━━━━━┛tape reduction take 3 into take 4
   ♪Laxton's Superb♪ working title  of ♪I Don't Know♪
             working titles of ♪I Want To Tell You♪
  No.1 アビイ・ロード第2スタジオにて録音が開始された。「ラヴ・ユー・トゥ」の時と同じく、ジョージは曲のタイトルを考えておらず、この曲も林檎の品種名である「Laxton's Superb」という仮題が付けられている。まずリズムトラック(ピアノ、ドラム、ギター)を5テイク録音して、ベストと判断された第3テイクにボーカルとコーラスをオーバーダブ。その後に、マラカス、タンバリンなどを加えた。(この時点でベースは録音されていない)この後に空きトラックを作るためにピンポンを行い、このテイクを「第4テイク」とした。そして「第4テイク」にハンドクラップを加えて、ベース以外の録音は終了。
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     ┛THE BEATLES 1966 Mono mixing ┛Studio 2
     ┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛7:00pm-3:30am
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 ┃ ♪Yellow Submarine♪  ┃remix 1, from take 5
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  Producer: George Martin
  Engineer: Geoff Emerick
  2nd Engineer: Phil McDonald
 ‡1966(昭和41)年6月2日(thu)
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 https://beatlesdata.info/7/06_yellowsubmarine.html
 https://en.wikipedia.org/wiki/Yellow_Submarine_(song)
 https://beatlesdata.info/7/12_iwanttotellyou.html
 https://en.wikipedia.org/wiki/I_Want_to_Tell_You
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  ┛THE BEATLES 1967 Recording Sessions ┛De Lane Lea Music Recording Studios
 ┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛8:30pm-2:00am
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 ┃      ♪Untitled♪  ┃no numbered takes
 ┃ ♪It's All Too Much♪  ┃overdub onto take 2
 ┗━━━━━━━━━━━━━┛No.3 ■レコラス(ト)?■同じくド・レイン・リーでのセッション。この日にトランペット4台とバス・クラリネット1台が第2テイクに録音された。トランペットの中の一人にはあのデヴィット・メイスン(「ペニー・レイン」でトランペットを吹いた人)もいた。そしてここから約4ヶ月間、このテープは放置される。
  Producer: George Martin
  Engineer: Dave Siddle
  2nd Engineer: Mike Weighell
 ‡1967(昭和42)年6月2日(fri)
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 https://beatlesdata.info/12/05_itsalltoomuch.html
 https://en.wikipedia.org/wiki/It%27s_All_Too_Much
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 ┃ ザ・ビートルズ オリジナルアルバム作品 ┃
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 1967年 6月 1日 英『SGT PEPPERS LONELY HEARTS CLUB BAND』
 1967年 6月 2日 米『SGT PEPPERS LONELY HEARTS CLUB BAND』
 1967年 7月 5日 日『SGT PEPPERS LONELY HEARTS CLUB BAND』
 http://yokono.co.uk/collection/beatles/beatles.html
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 ┃ 『SGT PEPPERS LONELY HEARTS CLUB BAND』  ┃
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‡Parlophone PMC 7027; PCS 7027 - June 1, 1967 (traditional date)
 actually rush released May 26, 1967
 Capitol (S)MAS 2653 - June 2, 1967
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 http://www.beatlesagain.com/btlps.html
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ビートルズのアルバム『SGT PEPPERS LONELY HEARTS CLUB BAND』が発売されて数日後、
ポール・マッカートニーがヘンドリックスのコンサートに出かけたところ、
ヘンドリックスは1曲目に同アルバムのタイトル曲「サージェント・ペパーズ」を演奏し、
マッカートニーを大いに喜ばせた。マッカートニーは
「ビートルズの『サージェント・ペパーズ』が金曜日に発売されて、
そのたった2日後の日曜日に、ジミはそれをステージで演奏したんだ。
あの曲を初めてライブ演奏したのは、ビートルズではなくジミなんだよ。
演奏は例の調子で、ギューン!バーン!と素晴らしかった」と語っている。
近年のマッカートニーは自身のコンサートでこのエピソードをたびたび語り、
その後にヘンドリックスの「Foxy Lady」などを演奏するのがお約束になっているヨ(=^◇^=)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%9F%E3%83%BB%E3%83%98%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9#.E3.83.93.E3.83.BC.E3.83.88.E3.83.AB.E3.82.BA.E3.81.A8.E3.81.AE.E9.96.A2.E4.BF.82
 音源◆The Rutles『Sgt. Rutter's Only Darts Club Band』https://youtu.be/8wGacEVM1uA
 

ジョンレノン エルトンジョン 1974 MSGライブ  
作成日時 2012/06/02 16:20
去年の8月かな、映画「ジョンレノン ニューヨーク」の時に書きましたが、MSGのエルトンジョンのライブにジョンレノンが飛び入りしたときの演奏の話です。この時の演奏はCD化されているのかと探してみたらエルトンジョンの「ヒアアンドゼア」というライブアルバムが出ています。これは2枚組なんですが、これの二枚目(ゼア)の方にこの時の演奏が収録されています。このアルバムは輸入盤なら2000円しませんので、ジョンのこの時のライブに興味ある人は買ってみるといいと思います。これはもともとはビニール盤で1976年に発売されまして、そのときはジョンの参加曲は収まられませんでした。しかし、1980年にレノンが亡くなり、その追悼盤ということで1981年に下のアルバムが出ました。僕が高2の時です。うちのバンドのメンバーがこのレコードを買ったのでこれ聴きました。3曲だけだったのですが、みなレノン目当てで買ったと思います。当時のエルトンはあまり人気がなかった。割と不調の時期だったと思います。今はこのレコードは廃盤になっていて、エルトンの「ヒアアンドゼア」に合体されています。これはエルトン全盛期の演奏です。特に二枚目はいい演奏です。こないだ映画「ジョンレノン ニューヨーク」を見たときに久々にこの演奏を聴いたのですが、今回ちゃんと聴こうとおもってCDを買いました。で、ここではそこで共演された3曲のみ紹介しておきますと、
真夜中を突っ走れ - Whatever Gets You Thru the Night
ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ - Lucy in the Sky With Diamonds
アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア - I Saw Her Standing There
この3曲がなんで選ばれたかというと、「真夜中」はエルトンジョンがレコーディングに参加しているのですね。この頃のエルトンはアメリカでかなり影響力があって、このシングルはレノンの唯一の全米1位となりました。「この曲が1位になったら、コンサートに参加してくれ」という約束でこの感謝祭の参加が実現しました。このライブは1位になった直後でした。エルトンが「ジョンレノン」と紹介するとすごい歓声につつまれます。いや、これ誰か映像を撮っておけば良かったのにね。最初に「アイフィールファイン」のイントロをジョンが弾いています。2曲目は「ルーシーインザスカイ」はエルトンジョンがスタジオ録音して、そのときにレノンがギターとコーラスで参加しました。これは基本的にはエルトンが歌っていますね。ビートルズ版とアレンジはちょっと違いますが、作曲者本人が参加しているから、そんなに崩しては歌っていない。シングルとして出まして、こちらも全米1位になりました。ビートルズのカバーとしては最も商業的に成功したものですね。3曲目はビートルズのナンバー「アイソーハー」です。これはポールの作った曲ですから、81年当時聴いたときは「なぜかしらん?」と思っていましたが、この頃はヨーコと別居中で、LAではポールと会ったりしていました。かなりポールと仲が良くなっていた時期だった。ビートルズ再結成というのもジョンの視野にあったと思う。この演奏はおせじにもうまくいっているとは言えないが、ロックはのりで勝負です。この演奏の客の反応がすごくて、レノンはすごく感激していたそうです。そして楽屋にいくとヨーコが来ていた。そこで二人はよりが戻るのですね。その関係でポールとは疎遠になる。ビートルズの再結成も遠のいた。さてジョンレノンサイドでも、かつてはこの録音がCD化されていてそれは「レノン」というボックスセットに入っていました。これは4枚組なんですが、4枚目はなんとあの「ダブルファンタジー」と「ミルクアンドハニー」の二つのアルバムを足して、ヨーコの歌を削除したアルバムです。「ヨーコの歌は聴きたくない」というビートルズファンのニーズを満たしたボックスであったが、廃盤になっています。将来的にはこういう編集のアルバムが発売されるのではないかと、僕は思います。まあ今は簡単に編集できますから、ヨーコを聴きたくなければ自分でCD作ればいいのですけど。 
  http://holden.at.webry.info/201206/article_1.html
 映像◆Elton John and John Lennon - live Madison Square Garden - video reconstruction https://youtu.be/rf6sILrY8p4
 1974(昭和49)年11月28日(木) 入浴時間
 1974(昭和49)年11月29日(金) 日本時間
 
 音源◆John Lennon - Walls And Bridges (Completed) Remaster https://youtu.be/Pn3biJe66OQ
 ■サイド2はアルバム『心の壁、愛の橋』の為のリハーサル・セッションから
 
 映像◆1974 TV Commercial for John Lennon's "Walls & Bridges" LP (narrated by Ringo Starr) https://youtu.be/K2PACowYrnY
 
 映像◆John Lennon - Walls And Bridges Commercial  https://youtu.be/axxUZ8bOLRk
 Television commercial 1974.
 
 映像◆Lennon DJs on NYC Radio 1974 (1/4) https://youtu.be/OCq-kdYEvT4
 September 28, 1974 DJ Dennis Elsas 
 

■ジョンのサインの表面です。
¥780,000 2017/11/06(mon)現在
注文番号:beatles010
写真のサイズは15.4cm x 20.5cm。
額装、保証書、鑑定書付き
UK TRACKS の鑑定書有り
プロモ写真の表面
●1962 年に書かれたビートルズ4 人のサインです。ポール、ジョージ、
リンゴの3 人のサインはピート・ベスト在籍時のビートルズの白黒写真の裏面に書いています。
ジョン・レノンのサインだけ別のプロモ写真の裏面に書かれています。
4 人とも青のボールペンで書いており、
Margaret 宛の為書きとlove や×××マークが書かれています。
写真のサイズは15.4cm x 20.5cm( 縁が切取られています)。
コンディションは写真の縁にテープ剥がし跡や多少の擦れ、薄ら黄ばみがあります。
ジョン・レノンのプロモ写真サイズは9cmx9cm( 縁が切取られています)。
コンディションは写真の縁にテープ跡や画鋲跡有り
http://www.tracks-japan.com/autograph/beatles-autograph.html

 音源◆John Lennon - Bed In Montreal, May 26 - June 2 1969 https://youtu.be/9Ait2XAWKIU
‡26 May~2 June 1969 Queen Elizabeth Hotel, Montreal, Their second Bed-In was planned to take place in New York, but John was not allowed into the U.S. because of his 1968 cannabis conviction. Instead they intended to hold the event in the Bahamas at the Sheraton Oceanus Hotel, flying there on May 24, 1969, but after spending one night in the heat, they decided to move to Montreal. They flew to Montreal on May 26 where they stayed in Rooms 1738, 1740, 1742 and 1744 at the Queen Elizabeth Hotel.
 01. Because [0:00]
 02. Happiness Is A Warm Gun [0:36]
 03. Give Peace A Chance [1:19]
 04. Give Peace A Chance [1:56]
 05. Give Peace A Chance [4:13]
 06. Give Peace A Chance [5:36]
 

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 ┃ THE BEATLES of 1963  ┃(fri)22 February
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 Concert: Oasis Club, Lloyd Street, Manchester, Lancashire
 "I saw the Beatles at the Oasis Club on 22 February 1963. It was packed as Love Me Do was beginning to take off and people were beginning to think they might be big! 
 The crowd was orderly and you could actually hear the music. My diary entry for that night reads "Great, Chris Narva's Combo also on". 
 I remember Paul McCartney sitting on the small stage after the gig chatting to anybody and signing autographs. I think I got one but I don't recall what I did with it. The Oasis had a great informality about it and you could get up close and personal to the singers. Especially true on Tuesday nights when local favourites like the Olympics and Pete Maclaine and the Dakotas had the house spot. 
‡Louis Murray 6/2/09"
 Source: http://www.manchesterbeat.com/venues/manchester_cbd/oasis/oasis.php
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 http://www.multiplusbooks.com/630222.html
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