ISにピアノを焼かれ、私はヨーロッパを目指した。シリア難民のピアノマンの日記
シリアの首都ダマスカス南部にあるヤルムーク難民キャンプは2014年2月、1枚の画像によって世界的に有名になった。
そんななか、人々の安らぎとなっていたのがエイハム・アハマドのピアノだった。
エイハム・アハマド (Photographer: Niraz Saied)
アハマドは青空の下にピアノを持ち出し、瓦礫だらけの通りで、家族や、友達、隣人らとともに歌った。内戦、飢餓、放浪、キャンプ。人々の感情を、歌に込めた。
焼かれたピアノ
ところが2015年4月、難民キャンプをIS(イスラム国)が制圧。アハマドは妻と子供2人をヤルムーク近隣のヤルダに避難させたあと、自身もピアノをトラックに載せて逃れる途中に、ISの戦闘員に停止を求められた。
「音楽はイスラム教で禁止されている」。
そう言って、戦闘員はアハマドのピアノを焼いた。その日は、アハマドの誕生日でもあった。
このとき、アハマドのなかで何かが死んでしまった。古くて、ボロボロのピアノだった。それでも、アハマドにとっては、大切な宝物だったのだ。
「ピアノはただの楽器ではなかったのです。友達が死んだも同然でした」。
アハマドは「ここを出よう」と決めた。
続きは
http://www.huffingtonpost.jp/2015/09/22/syria-piano-man-flees-to-europe-diary_n_8180492.html?ncid=tweetlnkjphpmg00000001
2015年09月23日
Huffpost Japan