バンドやダンサーたちとともに描き出した、新しい地図への軌跡。
祝日前日のウィークデーの夜、スマイリング・フェイスが眩しいシンガーの天野なつのソロ4周年記念ライヴ〈AMANONATSU 4th Anniversary LIVE〉へ駆けつけるため、下北沢CLUB251の扉をくぐる。天野と同じく福岡発のアイドル・グループ“LinQ”の1期生でシンガー・ソングライターやタレントとして活動している桜愛美と、天野も参加しているガールズエンターテインメント・ユニット“トキヲイキル”の劇団員メンバーとしても名を連ねる女優/ダンサーの井上真里奈がダンサーとして参加するほか、CANVASの小川タカシをバンドマスターとした“Natsuバンド”によるバンド・セット、さらには天野の衣装チェンジにかこつけて急遽ステージMCを務めることになった天野の楽曲制作も行なう俳優/ミュージシャンの柏原収史もステージに上がるなど、アニヴァーサリーにふさわしい賑やかな面々で4周年を祝すことになった。
井上は昨年の3周年記念ライヴ(記事→「天野なつ @下北沢CLUB251」)でもダンサーとして登場していたが、桜を観るのは初めて。天野と同様に過去のアイドル・グループ時代は知らずもがな、なのだが、ミニマムな細身でどことなく地方局のアナウンサーにいそうなルックスが印象的。ギターの小川は3周年記念ライヴでもバンドマスターを務め、“Natsuバンド”のバンド・サウンドの核となる人物。以前は加納エミリのバンドでも演奏していた手練だ。ドラムの北山ゆうこも3周年記念ライヴに引き続き参加。ミア・ナシメントと共演したルカタマ&ザバンド(記事→「Mia Nascimento @渋谷La mama」)やビルボードライブ東京にて音楽版『タリオ』として行なわれた流線形/一十三十一の公演(記事→「流線形/一十三十一 @Billboard Live TOKYO」)で流線形のドラムとしても名を連ねていた。
天野との出会いは、2020年初めの桐原ユリのイヴェント(記事→「〈まんぼうmeeting〉vol.5 @下北沢BAR?CCO」)以来だから、ソロとなってからの天野を最初から知っている訳ではなく、常にライヴを追っているいわゆるコア層でもないので、断片的なところでしか観てきていない。それでも2020年からの約2年強で、彼女の成長と進化、そしてさまざまな葛藤も見てきたように思う。初めて観賞した際に、「キュート&ポップネス濃度が高いかと思いきや、歌い口は意外と落ち着きや芯がある大人な部分も」「大人といっても色香や艶やかさというより、初々しさや清々しさを失わないなかで落ち着きを垣間見せるといった方が適切か」などと拙ブログで記していた。そのアティテュードは崩さずに、しかしながら、フレッシュなだけではない、年相応の大人な表情が窺えるヴォーカルワークも垣間見せるなど、ステップアップしていこうという気概も感じられたのは、シンガーとして成長していきたいという彼女なりの決意の表われか。アンコール明けのMCで「大きなステージで歌いたい、TVに出たいという気持ちもあるけれど、音楽を通してたくさんの人の“よりどころ”になりたい。一人一人に寄り添って、その一人一人を増やしていきたい」と語ったのは、その決意の一つともいえそうだ。
ステージは、バンド・セット、音源とを混ぜ合わせながら、そこへ適宜ダンサーが加わるという形に。定番曲をはじめ、山梨県出身の柏原と天野がパーソナリティを務めるFM FUJIのラジオ番組『MUSiC HUNGRY』のテーマ・ソング「MUSiC HUNGRY」や、本公演翌日に配信リリースされる「Twinkle Avenue」「Back My Love」「Love Like We're Dancing!!」の新曲などを含む、長いとまではいかないが、4年という軌跡とその先への期待を抱かせる楽曲で構成するヴァラエティに富んだものとなった。
バンド・セットでは、楽曲によっては原曲より若干テンポを落として、ヴォーカルとサウンドの絡みを強くさせたようなアレンジで、疾走感よりもヴォーカルの訴求力へ重心を寄せていた。冒頭の「Super, Super, Hero」に続き、序盤に早速「Back My Love」「Love Like We're Dancing!!」を披露。「Back My Love」は、スティーヴ・ウィンウッド「ハイヤー・ラヴ」あたりの80年代ブルー・アイド・ソウルをより清涼感を増したような作風で(「ハイヤー・ラヴ」収録のアルバム・タイトルが『バック・イン・ザ・ハイ・ライフ』ゆえ、より親和性を感じてしまった)、ラグジュアリーなリゾート感も漂わせる。「Love Like We're Dancing!!」は、カイリー・ミノーグ「ラッキー・ラヴ」あたりのティーン・ポップのメロディを軸とした、天野のスマイルが似合うハッピー・テイストなダンス・ポップ。“擦れ”のないチャーミングなヴォーカルが活きる作風だ。
前半にはダンサーがステージアウトして、バンドとの「うたかたの日々」「Positive life」と、バンドレスでの「キエナイ光」「憂い」を披露。天野の苦悩に満ちた日々から抜け出すさまを後押しするようなドラムの刻むビートが活きた「うたかたの日々」、過去を振り返りながらも前を向く天野を切なくも爽やかに見届けるような麗らかな鍵盤が印象を残した「Positive life」は、天野のメッセージをより鮮明なサウンドスケープに仕立て上げたバンド・サウンドならではのアプローチ。“新しい地図には ここから今 描いてく軌跡”という詞は、4周年に辿り着き、さらに先へと進んでいこうとする天野の感情を最も表わした、この公演にふさわしいフレーズのひとつ。気張るのではなく、ナチュラルに歌う姿とともに、小川が詞曲を手掛けていることもあって、琴線に触れながらも清爽な雰囲気が伝わるバンド・アレンジも美味。そっと寄り添うような小川のコーラスも良かった。
中盤には、天野の衣装チェンジの合間を埋めるべく、プロデューサー的存在の柏原収史が登壇。「数日前に衣装チェンジの時間をMCで繋いでくれ」「会場到着直前に〈から揚げとチョコとプリン買ってきて〉とラインで連絡」という天野の態度に「4周年ともなると扱いが雑」と愚痴ると、桜を呼び込んで桜の人気曲という「はっちゃけマンボー」を演奏しようと提案。桜に呼びかけるも無視されて「みんなボクの扱いが雑」と笑いをとるという、さすが場慣れしている俳優。「はっちゃけマンボー」では桜の歌唱に程よく“ガヤ”を入れて、会場を盛り上げた。
「はっちゃけマンボー」は替え歌にしてさまざまなヴァージョンで披露するということなのだが、沖縄で披露したイヴェントの打ち上げで、柏原が「30番くらいまで作っちゃえ」「10月31日までに作れ」と桜に要望。ただ、柏原は酒が入っていたゆえ、当然その発言は記憶になかったようなのだが、桜は10月31日にきっちりと「30番まで出来ました」と連絡。「はて?」と思った柏原が天野に確かめると「〈30番まで作れ〉と言ってました」と言われて事態を把握したとのこと。どうせならと「30番までやるライヴをやってくれ」と頼んだところ、桜からは「25分以上かかる」とどうやら実現は難しそうな返答に、笑いが零れた。身勝手なことを言えば、どうせならTHE虎舞竜「ロード」よろしく“「はっちゃけマンボー」第30章”イヴェントでもどこかでやってほしい(ちなみに「ロード」は第15章までらしい)。
後半は、暗闇にカラフルなライトが点滅するエキサイティングなライティングとスクリレックス「ロックンロール(ウィル・テイク・ユー・トゥ・ザ・マウンテン)」あたりを思わせるEDMライクなエレクトロ・トラックをバックに、「うちのスーパーダンサー」と天野が称える井上による側転などのアクロバティックな技も加えた激しいソロダンス・パートの導入からシームレスに「Don't be shy」へと突入。袖がシースルーなショートジャケットとショートパンツという花柄(?)な淡いペパーミントグリーンのパーツにへそ出しバストトップというスタイルから、同じく白のへそ出しバストトップにラメ入りの黒のショートパンツ、ダンサーと合わせたストライプ入りの黒地ジャケットへと、アイドルライクなパステルな彩りからフレッシュながらシックな雰囲気を意識したようなコーディネートへ佇まいを変えると、ノスタルジーとパッションが同居したようなエレクトロニック・ダンス・ビートが響き、先程までの微笑ましい雰囲気は一変。フック直後の“Don't be shy”のコーラスが背後に流れるなかで、ダンサーとともに仮面舞踏会のベネチアンマスク(バタフライマスク)を想起させるような顔を片手で覆う仕草と腰を揺らすパフォーマンスもあって、天真爛漫で陽気なだけじゃない、天野なつのセクシーな一面で会場の息を呑ませる瞬間もあった。
ラジオ番組や配信で音源は先に発表していたものの、ライヴでは初披露となる「MUSiC HUNGRY」は、ラジオ番組名をそのまま冠しているだけあってか、ジングル感のあるコーラスや“合言葉はMUSiC HUNGARY”のフレーズなど、キャッチーな要素が詰まったダンサブルなポップ・チューン。ウキウキとした胸の高鳴りを衒いなく歌い放つチアフルなテイストは、天野の快活さをストレートに描出したといっていいだろう。
このライヴで秀抜と感じたのが、新曲のひとつ「Twinkle Avenue」から「True Love」までの流れ。「Twinkle Avenue」は、角松敏生風サウンドとでも呼べそうな、潮流のシティポップ~80年代ニューミュージックやAORの薫香を漂わせ、“黄昏サンセット”などのシティポップの意匠ともいえるフレーズを組み込んだ、ブリージンなライトメロウ・ポップ・チューン。続く「Secret703」は“甘茶”なムードで包み込むマーヴィン・ゲイ歌謡なメロウ・ラヴァーソウル、そして「true love」は、オリジナルとは異なる光沢と潤いに満ちたメロウな鍵盤が映えるイントロダクションを加えつつ、少しテンポを落としながら、テンポ良いドラムのリムショット、滑らかな鍵盤、躍動感あるベースのボトムに、ブルージィなギターが差し込まれるというファンキーなラテン歌謡だ。この3曲は、どの曲もどこかレトロモダンというか、歌謡ポップス的なアプローチでまとめていることもあって、ほどよい懐かしさと親しみやすいポップネスが違和感なく移ろいだ、巧妙な展開だった。個人的にはこの手の楽曲が、今の彼女の表現の幅を引き出すのに適しているサウンドではないかと思っているのだが、どうだろうか。
本編ラストは、タイトルからくるイメージとはギャップのある推進力あるダンス・ポップ「midnight」。自然とフロアから鳴らされるクラップの波に上機嫌に跳ねて歌う天野やダンサーの姿には、充実感が満ちていたように見えた。
アンコールは3曲。コロナ禍で身動きが取れない不安のなかで綴ったという「願い」では、当時の苦悩やもどかしさが脳裏を過ぎったのか、目には光るものも。嗚咽をグッと堪えながら懸命にマイクへ向かい、“神様どうか この世界から”“あの人の笑顔奪わないで”とハイトーンで歌う姿は、ファンならずとも多くの人の胸を打ったはずだ。4周年のクライマックスは、「恋してBaby!」「Labyrinth Game」という観客との“振り”やレスポンスを楽しむ、天野らしいチアフルなポップ・ダンサーで大団円。涙を堪え、最後は明るく爽やかに終わりたいというのも、天野らしいところか。
新旧取り混ぜて、笑いや感傷などさまざまな感情とともに走り切った約100分強。本音を言えば、序盤ではまだ慣れていない新曲を続けたこともあって、バンドとの呼吸を合わせるのに苦心したか、天野自身のいつもの安定感あるピッチではなかった。「キエナイ光」「憂い」といったバラードでも思いが募り過ぎたか、持ち前のポテンシャルを存分には発揮出来ず。衣装チェンジ後あたりからようやく天野らしさが溢れ出し始め、前述の秀抜な「Twinkle Avenue」からの流れへと繋がった。
しかしながら、序盤にピッチの不安定さは覗かせたものの、しっかりとした成長の足跡が見えたところも。彼女を知り得た当初は、王道ポップスをくすみなく、陽気に歌うというストレートなアティテュードが目についたが、さまざまな彩りの楽曲が増え、それをいかに表現するかと思慮を巡らしたことが窺えるような、詞世界を咀嚼した情感を込めた大人のヴォーカルワークも散見された。個人的には安易なカヴァーよりもオリジナルを好むこともあるのだけれど、彼女が自身のYouTubeチャンネルにてコツコツと発表してきたさまざまなカヴァー動画での歌唱を介して、これまでにはあまり見られなかった大人の色香(の“入口”あたり)の感情の起伏や奥行きなどにも辿り着いたのではないかと感じている。
一方で、パッション漲るダンスを繰り出しながらもブレずに伸びやかに発するヴォーカルは、相変わらずの一級品。彼女の唯一無二の資質の高さを示すものの一つで、この日もそのスキルを遺憾なく発揮してくれた。
アニヴァーサリーというメモリアルなステージだけにケチはつけたくないが、歌唱面や表現力も考えると、全てが完璧に素晴らしかったと即座に応えるまでにはいかなかった。ただ、それは決してマイナスということではなくて、次のステージで大きく羽ばたくための、通過儀礼ともいうべき苦悩や葛藤、試行錯誤なのだと思う。スキルが足りないのではなく、あとは訴求力や浸透力、豊かな情感を携えていかに天野なつ唯一の世界を創り上げられるかだ。ポジティヴな個性で嫌みにならないチャーミングなヴォーカル、颯爽とした空気を保ちながら、ノスタルジーや過不足ないバランスに長けたビター&スウィートなヴォーカルワークなど、その才のポテンシャルにはいずれも光り輝くものに溢れている。秀逸な食材をいかにして美食に仕立て上げられるか。もがきながらも苦心の末に掴んだ成長のあとに、彼女自身のさらなる躍進が待っているはず……そんな思いを馳せながら、夜の下北沢をあとにしたのだった。
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<SET LIST>
01 Super, Super, Hero(with Natsu Band, Dancers)
02 Back My Love(with Natsu Band, Dancers)
03 Love Like We're Dancing!!(with Natsu Band, Dancers)
04 うたかたの日々(with Natsu Band)
05 Positive life(with Natsu Band)
06 キエナイ光(Original by トキヲイキル)
07 憂い
08 はっちゃけマンボー(桜愛美 with 柏原収史)
09 Don't be shy(with Dancers)
10 MUSiC HUNGRY(with Dancers)
11 Twinkle Avenue(with Natsu Band)
12 Secret703(with Natsu Band)
13 True Love(with Natsu Band, Dancers)
14 midnight(with Natsu Band, Dancers)
≪ENCORE≫
15 願い(with Natsu Band)
16 恋してBaby!(with Natsu Band, Dancers)
17 Labyrinth Game(with Natsu Band, Dancers)
<MEMBER>
天野なつ(vo)
桜愛美(dancer)
井上真里奈(dancer)
AMANONATSUバンド are:
小川タカシ(g/CANVAS)
清水瑶志郎(b)
北山ゆうこ(ds)
植木晴彦(key)
Special guest:
柏原収史
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【天野なつに関する記事】
2020/01/08 〈まんぼうmeeting〉vol.5 @下北沢BAR?CCO
2020/07/13 天野なつ『Across The Great Divide』
2020/08/07 天野なつ @タワーレコード錦糸町パルコ【インストアライヴ】
2020/08/20 天野なつ @下北沢 CLUB251
2020/11/03 天野なつ @HMV record shop 新宿ALTA【インストアライヴ】
2020/11/07 天野なつ @渋谷La.mama
2020/12/21 天野なつ @下北沢 CLUB251
2021/04/09 天野なつ ✕ WAY WAVE @下北沢CLUB251
2021/05/07 天野なつ ✕ 仮谷せいら @下北沢CLUB251
2021/10/30 天野なつ @下北沢CLUB251
2022/03/27 脇田もなり / 天野なつ @Time Out Cafe & Diner
2022/07/07 〈Like Sugar〉@新宿Red Cloth
2022/08/05 天野なつ @下北沢CLUB251
2022/10/10 〈うたの秋味〉@下北沢LIVE HAUS
2022/11/22 天野なつ @下北沢CLUB251(本記事)
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