*** june typhoon tokyo ***

Midas Hutch『The Ride』


 瀟洒とグルーヴでいざなう、上質なナイトクルージング。

 タイトルとともに助手席の車窓から摩天楼の夕闇を眺める女性が描かれているジャケット・ヴィジュアルでも示されているように、自ら“ドライヴィング・アルバム”と称して、ドライヴやクルージングにフィットするシチュエーションを描き出す作風に仕立てたのが、本作『ザ・ライド』(THE RIDE)。“モダン・ディスコ”を操ることで知られる、1988年生まれ、オランダ・アムステルダム出身のDJ/プロデューサーのフズ・グリーン(FS Green)によるプロジェクト、マイダス・ハッチ(Midas Hutch)による2ndアルバムだ。近年、日本をはじめとするアジアや海外でも潮流にあるシティポップだが、そのムーヴメントに僅かでも好意的な解釈をし、自ずから耳を傾けているのであればなおさら、体感して損はない作品といえる。

 『ザ・ハイ』(The High)と『ザ・フィールズ』(The Feels)のEP2作をプラスした2018年の日本デビュー・アルバム『ザ・フィールズ&ザ・ハイ(デラックス・エディション)』(The Feels & The High)からは約3年ぶりのリリースとなるが、80sディスコ、ファンク、ブギーや90s R&Bをオマージュしたプロジェクトという命題を裏切らない、ハイセンスで瀟洒なスタイリッシュ・グルーヴを横溢させる作風は健在だ。


 本編となるのは10曲で、約1分のインスト曲「レッツ・ライド」からスタート。夕陽が落ち、夜の帳が降りていく光景を描くような夕涼みにも似た優しいミディアムだが、テンポを無駄に上げないトラックが、かえって次第に胸が高鳴るドライヴ直前の心境を表わすようでもある。以降も4曲目に「629」(おそらく日本の歩行者用信号機が青になった際に鳴る“ピヨピヨ”という音を使っている)、8曲目に「ハンナム・ブリッジ・6AM」とインタールードを組み込んで、しっかりと1枚のアルバムのなかで“ナイトクルージング”を創出している。

 個人的には本作のトピックの一つといえる「イン・タッチ」では、英・リヴァプール出身のシンガー・ソングライターのチャーリー・タフト(Charli Taft)と韓国人プロデューサーのダウル(Daul)をフィーチャー。タフトは韓国のSMエンタテインメントからの作品をリリースし、ソングライティングもしているゆえ、ダウルとの韓国繋がりがあるか。だからという訳ではないが、ダウルのトラックとタフトのヴォーカルは好相性で、ドリーミーなムードを湛えたモダンなR&B/ブギーは強い中毒性を帯び、リピート必至だ。

 「ヘイ・ストレンジャー」は、ゆったりとしたムードながら、コード弾きのシンセの“アタック”のリフレインが胸騒ぎを覚えるナンバー。オランダのトラックメイカー、ヤン・ベレンゼン(Jan Berendsen)のプロジェクト“ジェンギー”(Jengi)、米・ロサンゼルスのネット系レーベル〈ソウレクション〉の一員でもあるジャエル(JAEL)と、前作アルバムの冒頭曲「アイル・ゴー・ゼア」(I'll Go There)にも起用された米・ニューヨークのR&Bシンガー/モデルのマッド(MAAD)を客演に迎え、ファットなベースとムードを漂わせるシンセを軸に、チープに寄せつつも厭らしさを回避した煌びやかな作風に仕立てている。
 チルなムードもスクラッチを隠し味にして怠惰に流さず、アーリー90sのエモーショナルなグルーヴを敷いているのが好感。特にマッドのチャーミングでファッション性に長けたヴォーカルが最適。マッド・モイセル(Maad Moiselle)名義でエイサップ・ファーグと共演し、ニーヨを手掛けたクリエイティヴ集団のザ・ヴァンプとはニーヨの「セクシー・ラヴ」、続いてSWVの「アイム・ソー・イントゥ・ユー」をカヴァーするなど、マッドは80年代以降のR&Bを意識した作風を発表してきたということもあってか、アーリー90sのエアリーなテイストへの浸透力に長けたヴォーカルが魅力だ。本編ラスト前の「ライト・ウェイ」でも、ゆっくりと静寂の訪れに覆われるようなアダルトなミディアムのなかで、人懐っこくも甘酸っぱい歌唱をみせている。


 インタールード「629」に続く「エア・パウダー」は、カナダ・トロントのトラックメイカーのザ・カウント(The Kount)との共作によるインストゥルメンタル。“ゲダップ”という掛け声とグルーヴィなギターリフが走る“ザッツ・モダン・ディスコ”といったサウンドで、ポコポコと鳴るアクセントと明快に駆け抜ける鍵盤が、心地よさを上昇させてくれる。

 B・ブラヴォー(B.Bravo)とのチルアウトR&Bユニット(葛飾北斎の『富嶽三十六景』の神奈川沖浪裏の浮世絵をモチーフにしたようなジャケットが目を惹く『ディス・タイム』でも知られる)“ウーミー”(Umii)の片割れ、レヴァ・デヴィート(Reva DeVito)を迎えた「ザ・ホイール」(The Wheel)は、80年代のブラック・コンテンポラリーの薫りも漂うメランコリックなメロディに、哀切こぼれるデヴィートの可憐なヴォーカルが映える、アダルトなソフト・ブギーといったところ。BTS作品への参加でも知られる韓国のトラックメイカーのジンボ(Jinbo)と、BRONZEやきりん~季麟~らが顔を揃えるレーベル〈8ボールタウン〉に属するサックス奏者のジェイソン・リー(Jason Lee)と韓国勢をフィーチャーした「ドライヴ・アラウンド」は、モダンなファンク・ポップと80年代のAOR/フュージョン感漂うサックスソロを織り交ぜており、タキシードあたりの楽曲にあっても違和感がなさそうな作風だ。

 本編ラストを飾るのは、ザラ・ラーソンとの「ネヴァー・フォゲット・ユー」やストームジーとの「ブラインデッド・バイ・ユア・グレース・パート2」などがヒットし、ビヨンセやデュア・リパ、カイリー・ミノーグ、マドンナらの楽曲制作でも知られる英・ロンドンを拠点とするナイジェリア人シンガー・ソングライター、MNEK(エメニケ)のペンによる「フリーズ」(Freeze)で、ヴォーカルにはライアン・アシュリー(Ryan Ashley)を起用。避暑地における一服の清涼剤とでもいえそうな清爽と刺激が融合した、ホットなエナジーを携えたリゾート・テイストのシンセ・モダン・ディスコとなっている。


 また、日本限定盤(5月14日リリース)には、オリジナルボーナス曲と本編のインスト・トラックをプラス。そのうちボーナス曲は、「ヘイ・ストレンジャー」に客演のジャエルと「ドライヴ・アラウンド」でサックスを披露したジェイソン・リーをフィーチャーした「サクシー・ラヴィン」。軽快なノリの80sファンキー・ディスコのなかで、ここでもジェイソン・リーがフュージョン全開のサックスを鳴らしている。

 シティポップというと、煌びやかさが表立つ一方で、ややもすれば軟弱なポップスと受け取られることもあるだろう。実際にAORやフュージョンといった洋楽的要素を引用しただけの上っ面なポップスも存在するのも確かだ。そういった単に時流に乗っただけの楽曲群とマイダス・ハッチが異なるのは、フュージョンやシティポップといったソフィスティケートな要素を是とする作風に留まることなく、ブギーやディスコの下地を堅固に敷いて、ファンクネスを成立させているところだ。上モノもスタイリッシュにしてリュクスに彩りながら、根底ではディスコ/ソウルの根を張っているというバランス感覚が出色ゆえ、飽きとは疎遠かつ聴けばすぐに巧妙なノリをもたらしている。一言で表わすなら“軽薄と共鳴の同居”をなしているといったところか。ここでいう軽薄は、誰にでも共鳴する要素を持つ間口の広さ、オープンマインド的な意味に近く、大きくとらえればキャッチーということ。その共鳴・共振の高さとグルーヴネスが一体化して享楽をいざなうところに、マイダス・ハッチの楽曲的マジックが隠されているのかもしれない。

◇◇◇

■マイダス・ハッチ『ザ・ライド』
Midas Hutch / The Ride (2021/03/24)※デジタル・アルバム
《日本限定盤》
Midas Hutch / The Ride(Japan Bonus Edition)(2021/05/14)
タワーレコード & マンハッタンレコード限定
LEXTR21002

01 Let's Ride
02 In Touch(feat. Charli Taft & Daul)
03 Hey Stranger(feat. MAAD, JAEL & Jengi)
04 629
05 Air Power(feat. The Kount)
06 The Wheel(feat. Reva Devito)
07 Drive Around(feat. Jinbo & Jason Lee)
08 Hannam Bridge 6AM
09 Right Way(feat. MAAD)
10 Freeze
≪BONUS≫(※日本限定盤ONLY)
11 Saxy Lovin'(feat. Jason Lee & JAEL)
12 In Touch(feat. Daul)(Instrumental)
13 Hey Stranger(feat. JAEL & Jengi)(Instrumental)
14 The Wheel(Instrumental)
15 Drive Around(Instrumental)
16 Right Way(Instrumental)
17 Freeze(Instrumental)



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