キトラ古墳壁画の四神(青龍・朱雀・白虎・玄武)のうちの「玄武」と獣頭人身十二支のうち「亥」、「子」、「丑」が限定で
見学できるとの情報を得ましたので、さっそく事前申し込みをして保存公開している館、四神の館(キトラ古墳壁画保存管理施設)へ
生憎の雨でしたが出かけて行きました。
今回公開(第2回公開)される壁画についても、写真撮影が不可能でしたので、パンフレットから抜き出し、紹介していますので
ご覧いただければ幸いです。
事務局の了解を得ています。
尚、B1では撮影が可能でしたので、そのまま公開しています。
特別史跡 キトラ古墳
キトラ古墳は、藤原京の南に広がる古代の皇族・遺族などの墓域にある小円墳で、7世紀末~8世紀初頭ごろに造られたと考えられています。
石材は凝灰岩で、古墳から北西に約14Km離れた二上山から運ばれたものです。
石室内には、全面に漆喰が塗られ、四神や十二支、天文図などの極彩色壁画が描かれています。
1983年盗掘孔から石室内に入れられたファイバスコープにより、「玄武」の画像が発見されました。
2001年には新たに「朱雀」が確認されました。 2004年~2010年にかけ石室内の調査及び壁画の取り外しが行われ奈良県明日香村
の仮施設で修理されてきて、「玄武」については昨年12月に修理を終え「四神の館」に運び込まれ今回の公開となりました。
B1にて古墳室内の様子を展示 四神の館
四神(青龍・朱雀・白虎・玄武)は天の四方をつかさどる神獣で、四周の壁画に対応する方位に合わせて描かれています。
日本で四神の図像全てがそろう古墳壁画は、キトラ古墳壁画のみだといわれています。
四神が揃っての壁画公開はあったのかどうかは判りませんが、機会が有ればぜひ見たいものです。
「子」は損傷が激しく、図に不鮮明な点があります
右手には両端には蕨手状(わらびてじょう)に丸くなった細長い赤い道具を持っているようです。
「亥」は剥落が進み、ほとんど観察出来ない状態でした。
何せ、約1300年前の壁画ですから仕方ないのかも知れません。
不鮮明で、ほとんど認識できませんが持っている道具は、鈎鑲(こうじょう)
と呼ばれる棒状の盾であるとも言われています。 「子」の像にも同じ道具を持っているのがうっすらと読み取れます。
キトラ古墳についての説明が詳細に書かれています
キトラ古墳復元模型と円形の部分が古墳です
キトラ古墳からは、多くの出土品が見つかり、一部盗掘により失ったものがあるかも知れませんが、推測でしかありません。
しかし金具・太刀などは正倉院の太刀にも四敵する優美なもので有ったと考えられています。 被葬者については、今だ誰なのか
解明は出来ていないようです。
キトラ古墳の近くには、古墳壁画が発見され話題になった「高松塚古墳」もあります。
今回の施設へ行くのには最寄りの壺阪山駅(つぼさかやまえき)からはバスかタクシーになり、バスの本数が極端に少ないので、今回は
雨が降っていましたので、タクシーで行く事にしました。 ワンメータで行く事ができました。
四神の館はいつでも無料で、展示品を見ることができます。
1300年前の技術と人々の思いについて触れてみては如何ですか?
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