アラフィフのキャンプ好き日記

身の振り方で惑う

ブログの一番初めの投稿が仕事の、しかも暗~い話じゃなんとも哀しい―
けれど、今一番悩んでること&ホントのことだから、書いておくことにしよう。

最近、この仕事も潮時なんじゃないかと感じている。
25で事務職から転職して編集ライターになって、何社か会社を転々としてフリーになって今日に至る。

編集ライターという仕事は、持続性に乏しい(飽きっぽい)自分にはとても合っていて、海外取材に行ったり、自分の会いたい人に会って話を聞いたり、その時々で、自分が最も関心のある事象に携わることができ、「こういう仕事ができている自分は、本当にシアワセだ…」という思いを噛み締めながら仕事をしていた時期もあった。

もちろん時には失敗もあったけれど、人に話を聞く、多角的に調べる、それを原稿に書く、写真と文字がレイアウトされて誌面としてあがってくる、刷り上る―。そしてまた、新しい対象に向かう―。この一連の流れを繰り返していると、数ヶ月、いや半年、一年なんて、本当の本当にアッという間に過ぎ去っていく。

知り合いに誘われ、去年はある会社の一員として仕事をしていた。
その知り合いは私より数歳年下だったけれど、丁寧ないい仕事をしていた。それまで、どちらかというとクオリティ的に高くない仕事をしてきた私に、とてもいい刺激を与えてくれた。

そして私は、仕事を頼まれるライターから、同じ会社で企画から携わる同志となった。
なったのだが―、結果的に、うまくいかなかった。
狭く暗い空間に4人。仕事をしていると、内外でいろいろなことがある。
知人は、いい仕事仲間を持ち、企画力・遂行能力も高く、気配りもある、同業者として他の誰よりも尊敬できる人間だった。今でもその思いは変わっていない。でも、ストレスをためやすい方だったのだと思う。

怒りをあらわにすることが多くなった。
いつの間にか、びくびくしながら働いている自分がいた。
仲間に誘われたとき、答えを出すのに迷っていた「やりたい仕事」ができなくなること
に自分の中でケリをつけたつもりでいたが、捨てがたい想いはまだ自分の中にくすぶっていた。

自分の心の弱さもあったのだろう、精神面のバランスの崩れか緊張からか、体調がおかしくなってきた。
胃の辺りが重苦しく、ものが食べられない。食べたい気持ちはあるのに、食べようとすると、胸が重苦しくてとても受け付けない。胃カメラを飲んでも、CTを撮っても、原因はわからず―。胃に負担のかからない味気ない食物と薬を併用する毎日が続いた。

9ヵ月後、そこを離れたら、症状が消えた。
辞めても、仕事をくれた。
でも、やっぱり自分のやりたい仕事ができなくなる可能性を思い、一度受けた仕事を一度やって結局断った。結果的に、大きな迷惑をかけてしまった。
「もう二度と一緒に仕事はしない」
「もう二度と顔を見たくない」
といわれた。


全ては―、一番初め、自分のやりたいことを主張しきれないがために起こったことだと今は思う。
誘われても、自分のやりたいことを最後まで主張していたら、今も気持ちよくフリーのライターとして仕事ができていたはず。
「たら、れば」は、自分が一番キライな言葉。なのに、この言葉を使わざるを得ない自分がいるのが情けなく、自分がいやになる。

「こんなに自分を誘ってくれているのだから」
「自分を買ってくれているのだから」
「その気持ちに応えよう」
そう思って一度は決めたのだが、結局は全然応えられなかった―。

自業自得は重々承知。でも、結果的には、私が紹介した同業ライターにレギュラーの仕事をあげただけ―。

その「やりたい仕事」は頻繁にはこない。
でも、その「やりたい仕事」は、あまりメジャーではない海外に行き、自分で写真を撮り、文章を書く。コーディネーターがつくので英語ができなくても行かせてくれる。

でも、いつくるかわからない仕事のために、体を空けておけるほどの経済的余裕はない(既婚者なのに謙遜でもなんでもなく余裕がないのが哀しい)。
じゃあ、「やりたい仕事をとりに行けばいい」のだろうけど、今の自分から、そういう気概は湧いて来ず…。

実は営業は、数社かけるにはかけた。
でもこの業界、売り込みより紹介で仕事がふられることの方がはるかに多い。

ライターにも2種類あって、自分のやりたい仕事をかなえるために、どんどん企画を持ち込んで実現させていくタイプと、まず依頼主の要望があって、その要望に器用かつ的確に応えていくタイプ。
私は後者タイプかなぁと思う。てか、15年間後者の仕事をずっとしてきた。

再び社員になる道もあるが、それもためらう。
まず年齢。40ではよほどのキャリアか専門分野を確立していないと年齢的に厳しい(元気な頃の自分なら、募集年齢7歳オーバーで応募し採用されたこともあったけど)。
そしてもうひとつのためらいは、既婚者である自分。
独身だったら、体力的にはキツイけど残業を気にすることもないけれど、オットのことを思うと独り身の頃のようには働けないなぁと思う。
やってみてわかったが、キライじゃないのだ、家のことをするのが。
オットは「残業で毎日遅くなっても構わないよ」というけれど、私は気乗りしないのだ。晩ごはんを作れないことが。

どうしてもコレが書きたいというものを持っている、捨てられないの真のがライター(物書き)だ(と私は思う)。
でも、自分にはそれがないなぁと思う。
コレを書きたいという、ずっと思い続けるモノも情熱もないから、今こうなってるのだ。

書店やネットで、立て続けに知ってるライター2人が本を出したことを知った。
そこで自分には何が書けるだろうと焦って思っても、立ち位置が違いすぎる。

もう、この仕事をやってく自分は「終わり」なのかな。
家の近所で残業ナシのパートをやって、小金をためて旅するよりないのかなぁ。

あぁ、仕事がしたい。
つくづく、どっちつかずの自分。
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