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朝の光(聖書の言葉)

出エジプト記 (1-17章) 2022.11.27 まとめ 

出エジプト記 

2022.11.27 まとめ 
 

イスラエルの民は,

エジプトに行きますが,

のちにエジプトの奴隷となります。

その民が,エジプトから脱出し,

カナンの地を目指すのが

出エジプト記です。




神の計画


(出エジプト1:8)

「さて,ヨセフのことを知らない

新しい王がエジプトに起こった。」


イスラエルの危機に際し,

神が働かれます。






モーセの誕生


(出エジプト2:10)


「その子が大きくなったとき,

女はその子を

パロの娘のもとに連れて行った。

その子は王女の息子になった。

彼女はその子をモーセと名づけた。

彼女は,

『水の中から,

私がこの子を引き出したのです。』

と言ったからである。」


モーセの名は,

「引き出す」(マーシャー)

のことばから出ています。


それは,パロの娘がナイル川から

モーセを引き出したところから来ました。


モーセの誕生は暗闇の中の光のように,

イスラエルの民に光がさす,

新しい時代をもたらす者となります。




モーセは,

エジプトで奴隷であった

ヘブライ人を率いて,

約束の地であるカナンに導きます。






モーセの召命 


(出エジプト3:9,10)

「見よ。
今こそ,
イスラエル人の叫びはわたしに届いた。
わたしはまた,
エジプトが彼らをしいたげている
そのしいたげを見た。
今,行け。
わたしはあなたを
パロのもとに遣わそう。
わたしの民イスラエル人を
エジプトから連れ出せ。」


神はモーセを召し,

イスラエルの民を

奴隷から救い出します。


イスラエルの民を

エジプトの地から

カナンの地に導きます。


出エジプト記は,

モーセによる,

イスラエルの民の

奴隷からの解放の歴史です。


また,

約束の地への導きの歴史でもあります。


この箇所は,

使徒行伝のステパノの

説教に出てきます。



(使徒7:30-34)

「四十年たったとき,
シナイ山に近い荒れ野において,
柴の燃える炎の中で,
天使がモーセの前に現れました。
モーセは,この光景を見て驚きました。
もっとよく見ようとして近づくと,
主の声が聞こえました。
『わたしは,あなたの先祖の神,
アブラハム,イサク,
ヤコブの神である』と。
モーセは恐れおののいて,
それ以上見ようとはしませんでした。
そのとき,主はこう仰せになりました。
『履物を脱げ。
あなたの立っている所は
聖なる土地である。
わたしは,
エジプトにいるわたしの民の不幸を
確かに見届け,
また,その嘆きを聞いたので,
彼らを救うために降って来た。
さあ,
今あなたをエジプトに遣わそう。』




「エジプトに住める」(新聖歌440)

1 エジプトに住める わが民の
 苦しみ叫ぶを 聞かざるか
 行けモーセ パロに告げよ
 「わが民 去らせよ」と

2 エジプトを出でて わが民を
 約束の地へと 引き至れ
 行けモーセ パロに告げよ
 「わが民 去らせよ」と

3 「心を固くし 聞かざれば
 禍い来たる」と 語るべし
 行けモーセ パロに告げよ
 「わが民 去らせよ」と

4 奴隷にせられし 同胞(はらから)の
 苦しみうめくを 聞かざるか
 いざ行け 救い出せ
 疾(と)く疾く 同胞を


☆彡


(出エジプト3:1-10)

「モーセは,
ミデヤンの祭司で彼のしゅうと,
イテロの羊を飼っていた。
彼はその群れを荒野の西側に
追って行き,
神の山ホレブにやって来た。
すると主の使いが彼に,現われた。
柴の中の火の炎の中であった。
よく見ると,
火で燃えていたのに
柴は焼け尽きなかった。
モーセは言った。
「なぜ柴が燃えていかないのか,
あちらへ行ってこの大いなる光景を
見ることにしよう。」
主は
彼が横切って見に来るのを
ご覧になった。
神は柴の中から彼を呼び,
「モーセ,モーセ。」と仰せられた。
彼は「はい。ここにおります。」
と答えた。
神は仰せられた。
『ここに近づいてはいけない。
あなたの足のくつを脱げ。
あなたの立っている場所は,
聖なる地である。』
また仰せられた。
『わたしは,あなたの父の神,
アブラハムの神,イサクの神,
ヤコブの神である。』
モーセは神を仰ぎ見ることを恐れて,
顔を隠した。
主は仰せられた。
『わたしは,
エジプトにいる
わたしの民の悩みを確かに見,
追い使う者の前の彼らの叫びを聞いた。
わたしは彼らの痛みを知っている。
わたしが下って来たのは,
彼らをエジプトの手から救い出し,
その地から,広い良い地,
乳と蜜の流れる地,
カナン人,ヘテ人,エモリ人,
ペリジ人,ヒビ人,
エブス人のいる所に,
彼らを上らせるためだ。
見よ。
今こそ,
イスラエル人の叫びはわたしに届いた。
わたしはまた,
エジプトが彼らを
しいたげているそのしいたげを見た。
今,行け。
わたしは
あなたをパロのもとに遣わそう。
わたしの民イスラエル人を
エジプトから連れ出せ。」




教会福音讃美歌466 

「わたしは聞いた」

1.
(主) わたしは聞いた 
罪にさまよう
民の嘆きと叫びを
この世の闇を 
照らす輝き
誰に光を託そう

(私)
私はここです
遣わしてください
私が行(ゆ)きます
あなたの民のもと

2.
(主) わたしは背負う
愛の涙で 
民のそむきと 痛みを
閉じた心に 語り続ける
誰にことばを託そう

(私)
私はここです
遣わしてください
私が行(ゆ)きます
あなたの民のもと

3.
(主) わたしは招く
貧しい人を
豊かな糧(かて)を備えて
いのちのパンで
心を満たす
誰に招きを託そう

(私)
私はここです
遣わしてください
私が行(ゆ)きます
あなたの民のもと


出エジ3:7-10, イザ6:8






「わたしはある。」


(出エジプト3:14,15)


神はモーセに仰せられた。
「わたしは,
『わたしはある。』
という者である。」
また仰せられた。
「あなたはイスラエル人に
こう告げなければならない。
『わたしはあるという方が,
私をあなたがたのところに
遣わされた。』と。」
神はさらにモーセに仰せられた。
「イスラエル人に言え。
あなたがたの父祖の神,
アブラハムの神,
イサクの神,ヤコブの神,
主が,
私をあなたがたのところに遣わされた,
と言え。
これが永遠にわたしの名,
これが代々にわたって
わたしの呼び名である。


神はモーセに,

ご自身の名前を明らかにされました。


名前は,

その人の人格をあらわします。


聖書の神は,存在される方であり,

わたしたちに存在される方,

わたしたちと共にある方です。


新約聖書のヨハネ黙示録には,

神によって

次のようにあらわされます。


(黙示1:4,8)

「神である主,
常にいまし,
昔いまし,
後に来られる方,
万物の支配者がこう言われる。
『わたしはアルファであり,
オメガである。』」




チッポラ


(出エジプト4:24-26)

「さて,途中,
一夜を明かす
場所でのことだった。
主はモーセに会われ,
彼を殺そうとされた。
そのとき,
チッポラは火打石を取って,
自分の息子の包皮を切り,
それをモーセの両足につけ,
そして言った。
『まことにあなたは
私にとって血の花婿です。』
そこで,主はモーセを放された。
彼女はそのとき割礼のゆえに
『血の花婿』と言ったのである。」


モーセは息子に契約のしるしである

割礼を施していませんでした。


このため,

神はモーセを殺そうとしました。



このチッポラの出来事は,不思議です。


この出来事は,イエス・キリストの

十字架の型であるならわかります。


モーセは新しく生きるものとされます。


「血の花嫁」とは

完成された天上のキリストの花嫁です。


モーセはエジプトの奴隷から

民を解放してくださいました。


わたしたちは,キリストを通して,

この世の罪の奴隷から

解放してくださいました。


モーセはキリストの型です。


(申命記18:15)

「あなたの神,主は,
あなたのうちから,
あなたの同胞の中から,
私のようなひとりの預言者を
あなたのために起こされる。
彼に聞き従わなければならない。」




礼拝を献げるための戦い 


(ファラオとの交渉)


(出エジプト5:1)

モーセとアロンは
ファラオのもとに出かけて行き,
言った。
「イスラエルの神,
主がこう言われました。
『わたしの民を去らせて,
荒れ野でわたしのために
祭りを行わせなさい』と。」


 モーセとアロンは,

エジプトの王ファラオに,

イスラエルの民を

連れて荒れ野に出て行き,

礼拝を献げさせて欲しいと求めました。


しかし,ファラオはこれを拒みます。

神は,神を礼拝する者を

求めておられます。




あなたがたを贖う


(出エジプト6:6)

「それゆえ,イスラエル人に言え。
わたしは主である。
わたしはあなたがたを
エジプトの苦役の下から連れ出し,
労役から救い出す。
伸ばした腕と大いなるさばきとによって
あなたがたを贖(あがな)う。」


「贖う」とは,

失われたものを代価を払って

買い戻すことです。


主は神の前から失われ

エジプトで奴隷になっていた

イスラエルの民を

羊の血を通して救いだし,

神の民としてカナンの地を

お与えになりました。




この贖い主は,

この世で罪と死の

奴隷となっていた私たちを,

十字架の小羊である

イエス・キリストの血

によって神のもとへ買戻し,

神の子として天の御国を

あたえてくださいます。


(1ペテロ1:18,19 口語訳)

「あなたがたのよく知っているとおり,
あなたがたが先祖伝来の空疎な生活から
あがない出されたのは,
銀や金のような
朽ちる物によったのではなく,
きずも,しみもない小羊のような
キリストの尊い血によったのである。」


☆彡


モーセの使命

(出エジプト6:2-6)

「神はモーセに告げて仰せられた。
「わたしは主である。
わたしは,アブラハム,
イサク,ヤコブに,
全能の神として現れたが,
主という名では,
わたしを彼らに知らせなかった。
またわたしは,カナンの地,
すなわち彼らがとどまった在住の地を
彼らに与えるという契約を
彼らに立てた。
今わたしは,
エジプトが奴隷としている
イスラエル人の嘆きを聞いて,
わたしの契約を思い起こした。
それゆえ,イスラエル人に言え。
わたしは主である。
わたしはあなたがたを
エジプトの苦役の下から連れ出し,
労役から救い出す。
伸ばした腕と大いなるさばきとによって
あなたがたを贖う。」


「贖う(ガーアル)」の元の意味は,

「値をもって,

以前自分の所有であったものを

買い戻す」


あるいは,

「復讐をもって取り戻す」ことです。




小羊の血


(出エジプト12:21,22)

「そこでモーセは
イスラエルの長老をみな
呼び寄せて言った,
『あなたがたは急いで
家族ごとに一つの小羊を取り,
その過越の獣を
ほふらなければならない。
また一束のヒソプを取って
鉢の血に浸し,
鉢の血を,
かもいと入口の二つの柱に
つけなければならない。
朝まであなたがたは,
ひとりも家の戸の外に
出てはならない。』」


※ 門に塗った小羊の血は

私たちの代わりに流された

イエスの血です。


イスラエルの民が

救われたように私たちも救われます。




(1コリント5:7,8)

「新しい粉のかたまりになるために,
古いパン種を取り除きなさい。
あなたがたは,
事実パン種のない者なのだから。
わたしたちの過越の小羊である
キリストは,
すでにほふられたのだ。
ゆえに,わたしたちは,
古いパン種や,
また悪意と邪悪とのパン種を用いずに,
パン種のはいっていない
純粋で真実なパンをもって,
祭をしようではないか。」




雲の柱,火の柱


(出エジプト13:21,22)

 
「主は,昼は,

途上の彼らを導くため,

雲の柱の中に,

夜は,彼らを照らすため,

火の柱の中にいて,

彼らの前を進まれた。

彼らが

昼も夜も進んで行くためであった。

昼はこの雲の柱,

夜はこの火の柱が

民の前から離れなかった。」

 

「雲の柱」,「火の柱」は,

主の臨在を示しています。


「雲の柱」「火の柱」による導きは,

超自然的であり,

神の導きであります。


イスラエルは,

この神の導きによって,

危険な荒野の旅に

踏み出すことが出来ました。


新聖歌309

1.

荒野を旅する 弱きわが身を

御神よ手を伸べ 導き給え

豊かに御糧を われに与えて

われに与えて


2.

渇かば命の 清水飲むを得ん

迷わば火と雲 目印となさん

頼るは力の 神ひとりなり

神ひとりなり


3.

逆巻くヨルダンも いと安らかに

向こうの岸辺に たどり着く時

たたえの歌をば 声高く上げん

声高く上げん




紅海を渡る


(出エジプト14:21,22)


「そのとき,

モーセが手を海の上に差し伸ばすと,

主は一晩中強い東風で海を退かせ,

海を陸地とされた。

それで水は分かれた。

そこで,

イスラエル人は

海の真中のかわいた地を,

進んで行った。

水は彼らのために

右と左で壁となった。」




イスラエルの歴史の中で

最も大きな奇跡が起きました。


紅海の渡航です。



神は「強い東風」を用いて

海を干上がらせました。

(出エジプト14:21)


水が「せきのように,まっすぐに立ち」

垂直に「右と左で壁となった」のです。

(出エジプト14:21,15:8)


このあと,海水が戻ります。


イスラエルの民を救い,

エジプト軍を滅ぼしました。


神の直接的な奇跡の業でした。


☆彡


紅海を渡る


(出エジプト14:1-15:21)

「そのとき,

モーセが手を海の上に差し伸ばすと,

主は一晩中強い東風で海を退かせ,

海を陸地とされた。

それで水は分かれた。

そこで,

イスラエル人は

海の真中のかわいた地を,

進んで行った。

水は彼らのために

右と左で壁となった。

エジプト人は追いかけて来て,

パロの馬も戦車も騎兵も,

みな彼らのあとから

海の中にはいって行った。

朝の見張りのころ,

主は火と雲の柱のうちから

エジプトの陣営を見おろし,

エジプトの陣営をかき乱された。

その戦車の車輪をはずして,

進むのを困難にされた。

それでエジプト人は言った。

『イスラエル人の前から逃げよう。

主が彼らのために,

エジプトと

戦っておられるのだから。』」


 
この紅海の渡航の奇跡を

パウロは次のように説明しています。


(1コリント10:1-4)

「そこで,兄弟たち。

私はあなたがたに

ぜひ次のことを

知ってもらいたいのです。

私たちの先祖はみな,

雲の下におり,

みな海を通って行きました。

そしてみな,

雲と海とで,

モーセにつくバプテスマを受け,

みな同じ御霊の食べ物を食べ,

みな同じ御霊の飲み物を飲みました。

というのは,

彼らについて来た御霊の岩から

飲んだからです。

その岩とはキリストです。」



  ○



(ヘブル11:29)


「信仰によって,

彼らは,

かわいた陸地を行くのと同様に

紅海を渡りました。

エジプト人は,

同じようにしようとしましたが,

のみこまれてしまいました。」




「エジプトに住める」

(新聖歌440) 

1.

エジプトに住める わが民の

苦しみ叫ぶを 聞かざるか

(折り返し,1-3節)

行けモーセ バロに告げよ

「わが民 去らせよ」と


2.

エジプトを出でて わが民を

約束の地へと 引き至(いた)れ

    
3.

「心を固(かた)くし 聞かざれば

禍(わざわい)来たる」と 語るべし


4.

奴隷にせられし 同胞(はらから)の

苦しみうめくを 聞かざるか

いざ行け 救い出せ




 

海の歌


(出エジプト15:1,2)


「そこで,
モーセとイスラエル人は,
主に向かって,この歌を歌った。
彼らは言った。
『主に向かって私は歌おう。
主は輝かしくも勝利を収められ,
馬と乗り手とを
海の中に投げ込まれたゆえに。
主は,私の力であり,ほめ歌である。
主は,私の救いとなられた。
この方こそ,わが神。
私はこの方をほめたたえる。
私の父の神。
この方を私はあがめる。』」


この歌は,贖われた者が,

神を賛美することを示しています。


エジプトからの救出は,

終わりの日に,教会がこの世から

救出されことと合わせて,

黙示録では

贖われた者の勝利の歌の一つが

「モーセの歌と小羊の歌」

とよばれています。


(黙示15:3)

「彼らは,
神のしもべモーセの歌と
小羊の歌とを歌って言った。
『あなたのみわざは偉大であり,
驚くべきものです。
主よ。万物の支配者である神よ。
あなたの道は正しく,真実です。
もろもろの民の王よ。』」


黙示録での勝利の歌は

「モーセの歌と小羊の歌」

と呼ばれています。


(黙示5:12 口語訳)

「大声で叫んでいた,
『ほふられた小羊こそは,
力と,富と,知恵と,勢いと,
ほまれと,栄光と,さんびとを
受けるにふさわしい』」。




(詩篇118:14)

「主は,私の力であり,ほめ歌である。
主は,私の救いとなられた。」


(イザヤ12:2)

「見よ。神は私の救い。
私は信頼して恐れることはない。
ヤハ,主は,私の力,私のほめ歌。
私のために救いとなられた。」


(黙示15:3)

「彼らは,
神のしもべモーセの歌と
小羊の歌とを歌って言った。
『あなたのみわざは偉大であり,
驚くべきものです。
主よ。万物の支配者である神よ。
あなたの道は正しく,真実です。
もろもろの民の王よ。』」




(出エジプト15:20)

「アロンの姉,女預言者ミリヤムは
タンバリンを手に取り,
女たちもみなタンバリンを持って,
踊りながら彼女について出て来た。」


イスラエルの民は

40年にわたる荒野の旅に出ます。

この箇所は紅海を渡り終えて,

襲撃を逃れたときの感謝の叫びです。


(出エジプト15:21)

「ミリヤムは人々に応えて歌った。
『主に向かって歌え。
主は輝かしくも勝利を収められ,
馬と乗り手とを
海の中に投げ込まれた。』」



☆彡


海の歌

(出エジプト15:1-21)

「モーセとイスラエルの民は
主を賛美してこの歌をうたった。
主に向かってわたしは歌おう。
主は大いなる威光を現し
馬と乗り手を海に投げ込まれた。
主はわたしの力,わたしの歌
主はわたしの救いとなってくださった。
この方こそわたしの神。
わたしは彼をたたえる。
わたしの父の神,
わたしは彼をあがめる。
主こそいくさびと,
その名は主。
主はファラオの戦車と軍勢を
海に投げ込み
えり抜きの戦士は葦の海に沈んだ。
深淵が彼らを覆い
彼らは深い底に石のように沈んだ。
主よ,
あなたの右の手は力によって輝く。
主よ,あなたの右の手は敵を打ち砕く。
あなたは大いなる威光をもって
敵を滅ぼし
怒りを放って,
彼らをわらのように焼き尽くす。
憤りの風によって,
水はせき止められ
流れはあたかも壁のように立ち上がり
大水は海の中で固まった。
敵は言った。
『彼らの後を追い
捕らえて分捕り品を分けよう。
剣を抜いて,
ほしいままに奪い取ろう。』
あなたが息を吹きかけると
海は彼らを覆い
彼らは恐るべき水の中に
鉛のように沈んだ。
主よ,神々の中に
あなたのような方が
誰かあるでしょうか。
誰か,あなたのように聖において輝き
ほむべき御業によって畏れられ
くすしき御業を行う方があるでしょうか。
あなたが右の手を伸べられると
大地は彼らを呑み込んだ。
あなたは慈しみをもって贖われた民を導き
御力をもって聖なる住まいに伴われた。
諸国の民はこれを聞いて震え
苦しみがペリシテの住民をとらえた。
そのときエドムの首長はおののき
モアブの力ある者たちは
わななきにとらえられ
カナンの住民はすべて気を失った。
恐怖とおののきが彼らを襲い
御腕の力の前に石のように黙した
主よ,あなたの民が通り過ぎ
あなたの買い取られた民が
通り過ぎるまで。
あなたは彼らを導き
嗣業の山に植えられる。
主よ,それはあなたの住まいとして
自ら造られた所
主よ,
御手によって建てられた聖所です。
主は代々限りなく統べ治められる。
ファラオの馬が,
戦車,騎兵もろとも海に入ったとき,
主は海の水を彼らの上に返された。
しかし,イスラエルの人々は
海の中の乾いた所を進んだ。
アロンの姉である女預言者ミリアムが
小太鼓を手に取ると,
他の女たちも小太鼓を手に持ち,
踊りながら彼女の後に続いた。
ミリアムは彼らの音頭を取って歌った。
主に向かって歌え。
主は大いなる威光を現し
馬と乗り手を海に投げ込まれた。」




出エジプト記14章の

モーセとその一行が

エジプト軍に追いかけられ,

追いつめられる中,

神様が海を二つに分けて道をひらき,

そこを通らせてくださった。

その後,

エジプト軍は

その海の中に投げ込まれました。



今日の15章は,その出来事の直後,

「モーセとイスラエルの民が,

主なる神様を賛美して歌った」

という歌であります。



この15章は,

二つの歌が記されてます。

ひとつは

1節から18節までの長い歌であり,

もうひとつは

21節だけの小さな歌です。


こちらは,モーセとアロンの姉であった

ミリアムが歌ったとされています。

ミリアムの歌の方は,次の言葉です。


(出エジプト15:21)

「主に向かって歌え。
主は大いなる威光を現し
馬と乗り手を海に投げ込まれた。」 





マナ

(出エジプト16:4)

「主はモーセに仰せられた。
『見よ。わたしはあなたがたのために,
パンが天から降るようにする。
民は外に出て,毎日,
一日分を集めなければならない。
これは,彼らがわたしのおしえに従って
歩むかどうかを,
試みるためである。』」


天から降りたパン(マナと呼ばれた)で,

イスラエルの民は助けられました。


それは,いのちのパンでした。


「いのちのパン」は,

イエスを指し示すものでした。


(ヨハネ6:31-33)
「私たちの先祖は,
荒野でマナを食べました。
『彼は彼らに天から
パンを与えて食べさせた。』
と書いてあるとおりです。」
イエスは彼らに言われた。
「まことに,まことに,
あなたがたに告げます。
モーセはあなたがたに
天からのパンを
与えたのではありません。
しかし,わたしの父は,
あなたがたに天から
まことのパンをお与えになります。
というのは,
神のパンは,天から下って来て,
世にいのちを与えるものだからです。」




岩からほとばしる水


(出エジプト17:6,7)

「『さあ,
わたしはあそこのホレブの岩の上で,
あなたの前に立とう。
あなたがその岩を打つと,
岩から水が出る。
民はそれを飲もう。』
そこでモーセは
イスラエルの長老たちの目の前で,
そのとおりにした。
それで,彼はその所をマサ,
またはメリバと名づけた。
それは,
イスラエル人が争ったからであり,
また彼らが,
『主は私たちの中におられるのか,
おられないのか』
と言って,主を試みたからである。」


新約聖書から見ると,

岩から湧き出た水は聖霊で,

打たれた岩はイエス・キリストです。



(1コリント10:4)

「みな同じ御霊の飲み物を飲みました。
というのは,
彼らについて来た御霊の岩から
飲んだからです。
その岩とはキリストです。」




アマレクとの戦い


(出エジプト17:11)


「モーセが手を上げているときは,

イスラエルが優勢になり,

手を降ろしているときは,

アマレクが優勢になった。」


アマレクとは,

エサウの子孫と言われる遊牧の民です。


イスラエルの民を襲ってきます。


モーセは,「手を上げ」,

執り成しの祈りのために

心を天に向けました。


☆彡


モーセ,アマレクと戦う

(出エジプト17:8-16)

「さて,アマレクが来て,
レフィディムでイスラエルと戦った。
モーセはヨシュアに言った。
「私たちのために幾人かを選び,
出て行ってアマレクと戦いなさい。
あす私は神の杖を手に持って,
丘の頂に立ちます。」
ヨシュアは
モーセが言ったとおりにして,
アマレクと戦った。
モーセとアロンとフルは
丘の頂に登った。
モーセが手を上げているときは,
イスラエルが優勢になり,
手を降ろしているときは,
アマレクが優勢になった。
しかし,モーセの手が重くなった。
彼らは石を取り,
それをモーセの足もとに置いたので,
モーセはその上に腰掛けた。
アロンとフルは,ひとりはこちら側,
ひとりはあちら側から,
モーセの手をささえた。
それで彼の手は日が沈むまで,
しっかりそのままであった。
ヨシュアは,
アマレクとその民を
剣の刃で打ち破った。
主はモーセに仰せられた。
「このことを記録として,
書き物に書きしるし,
ヨシュアに読んで聞かせよ。
わたしはアマレクの記憶を
天の下から完全に消し去ってしまう。」
モーセは祭壇を築き,
それをアドナイ・ニシと呼び,
「それは
『主の御座の上の手』のことで,
主は代々にわたって
アマレクと戦われる。」
と言った。





2023-01-03

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