モーセ,シナイ山を登る
(出エジプト19:23,24)
「モーセは主に申し上げた。
「民はシナイ山に登ることはできません。
あなたが私たちを戒められて,
『山の回りに境を設け,
それを聖なる地とせよ』
と仰せられたからです。」
主は彼に仰せられた。
『降りて行け。
そしてあなたはアロンといっしょに登れ。
祭司たちと民とは,
主のところに登ろうとして
押し破ってはならない。
主が彼らに怒りを
発せられないために。』」
○
シナイ山でモーセを通して、
イスラエルの民に十戒が与えられます。
○
十戒の前文
(出エジプト19:5)
「今,もしあなたがたが,
まことにわたしの声に聞き従い,
わたしの契約を守るなら,
あなたがたは
すべての国々の民の中にあって,
わたしの宝となる。
全世界はわたしのものであるから。」
十戒を与えてくださったのは,
イスラエルの民を救い出してくださる
神であるといいます。
神は,イスラエルの民のために
十戒とそのほかの律法を与えます。
神とイスラエルの民との間の,
愛の関係による契約です。
契約が主で,律法が従です。
律法が主になると,律法主義になります。
☆彡
シナイ山に着く
(出エジプト19:1-5)
「エジプトの地を出たイスラエル人は,
第三の月の新月のその日に,
シナイの荒野に入った。
彼らはレフィディムを旅立って,
シナイの荒野に入り,
その荒野で宿営した。
イスラエルはそこで,
山のすぐ前に宿営した。
モーセは神のみもとに上って行った。
主は山から彼を呼んで仰せられた。
『あなたは,このように,
ヤコブの家に言い,
イスラエルの人々に告げよ。
あなたがたは,
わたしがエジプトにしたこと,
また,あなたがたを鷲の翼に載せ,
わたしのもとに連れて来たことを見た。
今,もしあなたがたが,
まことにわたしの声に聞き従い,
わたしの契約を守るなら,
あなたがたは
すべての国々の民の中にあって,
わたしの宝となる。
全世界はわたしのものであるから。』」
○
十戒を受ける
(出エジプト20:18,19)
「民はみな,雷と,いなずま,
角笛の音と,煙る山を目撃した。
民は見て,たじろぎ,
遠く離れて立った。
彼らはモーセに言った。
『どうか,私たちに話してください。
私たちは聞き従います。
しかし,
神が私たちにお話しにならないように。
私たちが死ぬといけませんから。』」
神はモーセを用いて,
イスラエルの民を
エジプトから解放します。
イスラエルの民は,葦の海をわたり,
その後シナイ山で十戒を受けます。
この十戒によって,
イスラエル民族は
新しい民族とされます。
十戒の中心は,
唯一の神への信仰です。
○
(ヘブル12:18,19)
「あなたがたは,手でさわれる山,
燃える火,黒雲,暗やみ,あらし,
ラッパの響き,
ことばのとどろきに
近づいているのではありません。
このとどろきは,
これを聞いた者たちが,
それ以上一言も
加えてもらいたくないと
願ったものです。」
○
モーセを通して,
イスラエルに与えられた十戒は
次の通りです。
1.主が唯一の神であること
2.偶像を作ってはならないこと
(偶像崇拝の禁止)
3.神の名をみだりに唱えてはならないこと
4.安息日を守ること
5.父母を敬うこと
6.殺人をしてはいけないこと
(汝,殺す無かれ)
7.姦淫をしてはいけないこと
8.盗んではいけないこと
9.隣人について偽証してはいけないこと
10.隣人の財産をむさぼってはいけないこと
1から4までは神と人との関係であり,
5から10までは人と人に関する項目
(同時に刑法の根幹)であります。
ユダヤ教の安息日は土曜日ですが,
キリスト教では
イエス・キリストの復活の日である
日曜日を「主の日」と呼び,
日曜日を主日として礼拝しています。
○
殺傷の罪
(出エジプト21:12)
「人を打って死なせた者は,
必ず殺されなければならない。」
十戒の「殺してはならない」
必ず殺されなければならない。」
十戒の「殺してはならない」
(出エジプト20:13)
を受けたものです。
神は人のいのちを
神は人のいのちを
大切なものとしています。
それは,
それは,
神が人を自分に似たものとして
造ったからです。
○
(創世記1:26,27)
「そして神は,
『われわれに似るように,
われわれのかたちに,人を造ろう。
そして彼らに,海の魚,空の鳥,家畜,
地のすべてのもの,
地をはうすべてのものを
「そして神は,
『われわれに似るように,
われわれのかたちに,人を造ろう。
そして彼らに,海の魚,空の鳥,家畜,
地のすべてのもの,
地をはうすべてのものを
支配させよう。』
と仰せられた。
神はこのように,
人をご自身のかたちに創造された。
神のかたちに彼を創造し,
男と女とに彼らを創造された。」
と仰せられた。
神はこのように,
人をご自身のかたちに創造された。
神のかたちに彼を創造し,
男と女とに彼らを創造された。」
○
(創世記9:6)
「人の血を流す者は,
人によって,血を流される。
神は人を神のかたちに
お造りになったから。」
☆彡
死に値する罪
(出エジプト21:12-19)
「人を打って死なせた者は,
必ず殺されなければならない。
ただし,彼に殺意がなく,
神が御手によって事を
起こされた場合,
わたしはあなたに
わたしはあなたに
彼ののがれる場所を指定しよう。
しかし,人が,ほしいままに隣人を襲い,
策略をめぐらして殺した場合,
この者を,
しかし,人が,ほしいままに隣人を襲い,
策略をめぐらして殺した場合,
この者を,
わたしの祭壇のところからでも
連れ出して殺さなければならない。
自分の父または母を打つ者は,
必ず殺されなければならない。
人をさらった者は,
連れ出して殺さなければならない。
自分の父または母を打つ者は,
必ず殺されなければならない。
人をさらった者は,
その人を売っていても,
自分の手もとに置いていても,
必ず殺されなければならない。
自分の父または母をのろう者は,
必ず殺されなければならない。
人が争い,
ひとりが石かこぶしで相手を打ち,
その相手が死なないで床についた場合,
もし再び起き上がり,
杖によって,外を歩くようになれば,
打った者は罰せられない。
ただ彼が休んだ分を弁償し,
彼が完全に直るようにして
やらなければならない。」
自分の手もとに置いていても,
必ず殺されなければならない。
自分の父または母をのろう者は,
必ず殺されなければならない。
人が争い,
ひとりが石かこぶしで相手を打ち,
その相手が死なないで床についた場合,
もし再び起き上がり,
杖によって,外を歩くようになれば,
打った者は罰せられない。
ただ彼が休んだ分を弁償し,
彼が完全に直るようにして
やらなければならない。」
○
幕屋
(出エジプト25:8,9)
「彼らがわたしのために
聖所を造るなら,
わたしは彼らの中に住む。
幕屋の型と
幕屋のすべての用具の型とを,
わたしがあなたに示すのと
全く同じように
作らなければならない。」
幕屋は天にあるものの型です。
(ヘブル8:5)
「彼らは,
天にある聖所のひな型と影とに
仕えている者にすぎない。
それについては,
モーセが幕屋を建てようとしたとき,
御告げを受け,
『山で示された型どおりに,
注意してそのいっさいを作りなさい』
と言われたのである。」
○
幕屋は神の受肉を示しています。
(ヨハネ1:14)
「そして言は肉体となり,
わたしたちのうちに宿った。
わたしたちはその栄光を見た。
それは父のひとり子としての
栄光であって,
めぐみとまこととに満ちていた。」
○
幕屋は神と人との交わりを表します。
(黙示21:3)
「御座から大きな声が叫ぶのを聞いた,
『見よ,神の幕屋が人と共にあり,
神が人と共に住み,人は神の民となり,
神自ら人と共にいまして,』」
○
天幕
(出エジプト26:14)
「天幕のために
赤くなめした雄羊の皮のおおいと,
その上に掛ける
じゅごんの皮のおおいを作る。」
この天幕は,
イエス・キリストの型です。
(ヨハネ1:14)
「そして言は肉体となり,
わたしたちのうちに宿った。
わたしたちはその栄光を見た。
それは父のひとり子としての
栄光であって,
めぐみとまこととに満ちていた。」
この「住まわれた」とは
幕屋を張られたということです。
○
祭壇
(出エジプト27:1-8)
「祭壇をアカシヤ材で作る。
その祭壇は長さ五キュビト,
幅五キュビトの
四角形でなければならない。
高さは三キュビトとする。
その四隅の上に角を作る。
その角は
祭壇の一部でなければならない。
青銅をその祭壇にかぶせる。
灰を取るつぼ,十能,鉢,肉刺し,
火皿を作る。
祭壇の用具はみな,
青銅で作らなければならない。
祭壇のために,
青銅の網細工の格子を作り,
その網の上の四隅に,
青銅の環を四個作る。
その網を下方,
祭壇の出張りの下に取りつけ,
これを祭壇の高さの
半ばに達するようにする。
祭壇のために,
棒を,アカシヤ材の棒を作り,
それらに青銅をかぶせる。
それらの棒は
環に通されなければならない。
祭壇がかつがれるとき,
棒は祭壇の両側にある。
祭壇は中をからにして板で
作らなければならない。
山であなたに
示されたところにしたがって,
彼らはこれを作らなければならない。」
祭壇はいけにえをささげるものであり,
十字架のひな型と言えます。
(ローマ3:25)
「神は,キリスト・イエスを,
その血による,また信仰による,
なだめの供え物として,
公にお示しになりました。
それは,ご自身の義を現すためです。
というのは,
今までに犯されて来た罪を
神の忍耐をもって
見のがして来られたからです。」
○
ウリムとトンミム
(出エジプト28:30)
「あなたはさばきの胸当に
ウリムとトンミムを入れて,
アロンが主の前にいたる時,
その胸の上にあるように
しなければならない。
こうしてアロンは主の前に
常にイスラエルの子たちのさばきを,
その胸に置かなければならない。」
祭司の長が重大なことについて
神のみこころを知るためには,
主の前に出るとき
ウリムとトンミムを
必ず胸につけました。
「ウリムとトンミム」の意味は,
「光と完全」です。
○
(2コリント4;1,2)
「このようにわたしたちは,
あわれみを受けて
この務についているのだから,
落胆せずに,
恥ずべき隠れたことを捨て去り,
悪巧みによって歩かず,
神の言を曲げず,
真理を明らかにし,
神のみまえに,
すべての人の良心に
自分を推薦するのである。」
神の言葉と真理の原語は
ウリムとトンミムから来ています。
○
イエスキリストは祭司の長として
知恵と知識の一切があります。
※ウリムとトンミムは,
神の言葉と真理であり,
イエス・キリストです。
(コロサイ2:3)
「キリストのうちには,
知恵と知識との宝が,
いっさい隠されている。」
(申命33:8)
「レビについては言った,
『あなたのトンミムを
レビに与えてください。
ウリムをあなたに仕える人に
与えてください。
かつてあなたはマッサで彼を試み,
メリバの水のほとりで
彼と争われた。』」
(民数記27:21)
「彼は祭司エレアザルの前に立ち,
エレアザルは
彼のためにウリムをもって,
主の前に判断を求めなければならない。
ヨシュアと
イスラエルの人々の全会衆とは
エレアザルの言葉に従っていで,
エレアザルの言葉に従って
はいらなければならない」。
○
祭司の聖別
(出エジプト29:1)
「あなたは,
彼らを祭司としてわたしに
仕えるように聖別するため,
次のことを彼らにしなければならない。
すなわち,
若い雄牛一頭,
傷のない雄羊二頭を取れ。」
祭司は聖別されたものです。
油をそそがれます。
祭司は,イエス・キリストの型です。
(ヘブル2:17)
「そこで,イエスは,
神のみまえに
あわれみ深い忠実な大祭司となって,
民の罪をあがなうために,
あらゆる点において
兄弟たちと同じように
ならねばならなかった。」
☆彡
(出エジプト29:1-9)
「あなたは,
彼らを祭司として
わたしに仕えるように聖別するため,
次のことを彼らにしなければならない。
すなわち,
若い雄牛一頭,
傷のない雄羊二頭を取れ。
種を入れないパンと,
油を混ぜた種を入れない輪型のパンと,
油を塗った種を入れない
せんべいとを取れ。
これらは最良の小麦粉で
作らなければならない。
これらを一つのかごに入れ,
そのかごといっしょに,
あの一頭の雄牛と
二頭の雄羊とをささげよ。
アロンとその子らを
会見の天幕の入口に近づかせ,
水で彼らを洗わなければならない。
あなたは,装束を取り,
アロンに長服と
エポデの下に着る青服と,
エポデと胸当てとを着せ,
エポデのあや織りの帯を締めさせる。
彼の頭にかぶり物をかぶらせ,
そのかぶり物の上に,
聖別の記章を掛ける。
そそぎの油を取って,
彼の頭にそそぎ,
彼に油そそぎをする。
彼の子らを近づけ,
彼らに長服を着せなければならない。
アロンとその子らに飾り帯を締めさせ,
ターバンを巻きつけさせる。
永遠のおきてによって,
祭司の職は彼らのものとなる。
あなたは,
アロンとその子らを
祭司職に任命せよ。」
○
全焼のいけにえ
(出エジプト29:18)
「その雄羊を全部祭壇の上で
焼いて煙にする。
これは,主への全焼のいけにえで,
なだめのかおりであり,
主への火によるささげ物である。」
いけにえをささげることは,
イスラエルの民が,神と交わる
聖書の一貫した教えです。
イエス・キリストがわたしたちのために
なだめの捧げものになりました。
○
いけにえの血
(出エジプト30:10)
「アロンは年に一度,
贖罪のための,
罪のためのいけにえの血によって,
その角の上で贖いをする。
すなわち,あなたがたは代々,
年に一度このために,
贖いをしなければならない。
これは,主に対して
最も聖なるものである。」
○
安息日について
(出エジプト31:13口語訳)
「あなたは
イスラエルの人々に言いなさい,
『あなたがたは必ずわたしの安息日を
守らなければならない。
これはわたしとあなたがたとの間の,
代々にわたるしるしであって,
わたしがあなたがたを
聖別する主であることを,
知らせるためのものである。』
安息日の本体は,
次に来るものの影で,
本体はキリストです。
(コロサイ2:16,17口語訳)
「だから,あなたがたは,
食物と飲み物とにつき,
あるいは
祭や新月や安息日などについて,
だれにも批評されてはならない。
これらは,
きたるべきものの影であって,
その本体はキリストにある。」
○
わたしたちは,
イエス・キリストを
信じることによって,
世にはない平安が与えられます。
(ヨハネ14:27口語訳)
「わたしは
平安をあなたがたに残して行く。
わたしの平安をあなたがたに与える。
わたしが与えるのは,
世が与えるようなものとは異なる。
あなたがたは心を騒がせるな,
またおじけるな。」
○
わたし自身が一緒に行って
(出エジプト33:14)
主は仰せられた。
「わたし自身がいっしょに行って,
あなたを休ませよう。」
○
モーセがエジプトから脱出し,
カナンの地に登って行くとき,
モーセは主に次のように言います。
モーセは主に次のように言います。
(出エジプト33:12)
「ご覧ください。
あなたは私に,
『この民を連れて上れ。』
と仰せになります。
しかし,
しかし,
だれを私といっしょに遣わすかを
知らせてくださいません。」
すると,主は言います。
「わたし自身がいっしょに行って,
あなたを休ませよう。」
(出エジプト33:14)
それに,モーセは次のように答えます。
知らせてくださいません。」
すると,主は言います。
「わたし自身がいっしょに行って,
あなたを休ませよう。」
(出エジプト33:14)
それに,モーセは次のように答えます。
(出エジプト33:15)
「もし,
あなたご自身が
いっしょにおいでにならないなら,
私たちを
私たちを
ここから上らせないでください。」
それに答えて,
それに答えて,
主が次のように言ってくださいます。
(出エジプト33:14)
「わたし自身がいっしょに行って,
あなたを休ませよう」
新聖歌に次の曲があります。
「御恵み豊けき」(新聖歌300)
「御恵み豊けき 主の手に引かれて
この世の旅路を 歩むぞ うれしき
妙なる御恵み 日に日に受けつつ
御跡を行くこそ こよなき幸なり」
☆彡
民と共に行かれる主
(出エジプト33:12-16)
さて,モーセは主に申し上げた。
「ご覧ください。あなたは私に,
『この民を連れて上れ。』
「ご覧ください。あなたは私に,
『この民を連れて上れ。』
と仰せになります。
しかし,
しかし,
だれを私といっしょに遣わすかを
知らせてくださいません。
しかも,あなたご自身で,
『わたしは,
知らせてくださいません。
しかも,あなたご自身で,
『わたしは,
あなたを名ざして選び出した。
あなたは
あなたは
特にわたしの心にかなっている。』
と仰せになりました。
今,もしも,
私があなたのお心に
と仰せになりました。
今,もしも,
私があなたのお心に
かなっているのでしたら,
どうか,あなたの道を教えてください。
そうすれば,
私はあなたを知ることができ,
あなたのお心に
どうか,あなたの道を教えてください。
そうすれば,
私はあなたを知ることができ,
あなたのお心に
かなうようになれるでしょう。
この国民があなたの民であることを
お心に留めてください。」
この国民があなたの民であることを
お心に留めてください。」
すると主は仰せられた。
「わたし自身がいっしょに行って,
あなたを休ませよう。」
それでモーセは申し上げた。
「もし,あなたご自身がいっしょに
おいでにならないなら,
私たちをここから
上らせないでください。
私とあなたの民とが,
あなたのお心にかなっていることは,
いったい
私とあなたの民とが,
あなたのお心にかなっていることは,
いったい
何によって知られるのでしょう。
それは,
あなたが
それは,
あなたが
私たちといっしょにおいでになって,
私とあなたの民が,
地上のすべての民と
区別されることによるのでは
ないでしょうか。」
2023-01-03
私とあなたの民が,
地上のすべての民と
区別されることによるのでは
ないでしょうか。」
2023-01-03