依頼者は茨城県で食料品店(スーパー)を営んでいた3兄弟。
負債の総額は1億円に達し、「無理心中も頭を過った」という悲惨な状況だった。
昭和から平成の初期にかけて、全国の街中で見られた、食料品を主体に若干の日用品を置く零細経営の小規模スーパー。
競争は厳しく、平成のバブル崩壊以降はこういった街中にあった零細経営のスーパーは競争に敗れ、次々に姿を消していった。
代わりに残ったのは、イオンやイズミと言った大企業が運営する比較的規模の大きいショッピングモールやそれよりも若干小型タイプの店。
かつては零細経営が多かったスーパーは今では少なくとも中堅企業クラスの資本があって、かつ大資本と提携していることが要件になっている感すらある。
3兄弟のスーパーも大資本の傘下に属さない典型的な零細経営。
周辺には競合店もあり、元々競争が激しく、財政難から店の改装やサービスの向上もままならない状況だった。
そこで、3兄弟は愛の貧乏脱出大作戦に応募して、店の建て直しを図ろうとするのだが、2週に渡って放送された内容は藁にもすがる気持ちの3兄弟を出来損ないのピエロにするひどいもの。
中でも目玉の一つだったのが、南関東某市にある某揚げ物店で3兄弟のうち1名がメンチカツを修行して、店の看板商品にするというものであった。
なお、修行へ向かった人物(以下「依頼者」)は惣菜作りの経験がほぼゼロであった。
前回は、群馬県在住の初老男性がちゃんこ修行を行った際の悲惨な状況について書いたが、この揚げ物店での修行もひどいものだった。
まず、店の関係者が依頼者をあからさまに邪魔者扱いする。繁盛店で忙しいのでトーシローな依頼者に構ってられないというこの番組では良くあるパターン。
だったら修行なんか引き受けるなよとこの手のスタンスの店に言いたくなる。
そして、ちゃんこ店での修行の話でもそうだったが、依頼者の技量も省みずに取りあえず簡単にやってみせて、後は依頼者にやらせて、出来が悪かったらマウントを取って怒鳴り付けるというあまりにも愚かな指導の連続。
肝心のメンチカツ習得。ここで目を疑う光景に遭遇。依頼者は何度やってもメンチカツが黒焦げになってしまうのである。揚げ物店の達人はもったいないと依頼者の不出来をなじり、怒鳴り付ける。
ちゃんこ店での依頼者と同じく、揚げ物店での依頼者もすっかり強迫観念に襲われ、何度も失敗してしまう。
なぜ、このようなことになるのかは、毎日食事を作っている人なら誰でもわかるだろう。揚げ物には油の温度と時間の調節が重要。ところがあまり経験のない人物が勘所をつかまないままやってしまうと、上手に揚げることが出来ない。
なので、依頼者のような素人同然の人物にはまずは家庭用の小型フライヤーで練習させるなど、油の温度と必要な時間、仕上がり具合を覚え込ませるのが先決。貴重な食材を無駄にするのが嫌なら、ある程度基礎を覚えてからやらせる方がどう考えたって賢明だ。
たくさんの揚げ物を一気にこなせる業務用フライヤーの前で実戦を想定して臨むのは良いが、トーシローな依頼者にいきなりやってみろではうまく行くはずがない。焦げた揚げ物を量産するだけだ。
ある程度の経験者が修行するのなら、飲食業界では常識ともいえる「盗んで覚える」という手法も取り得るが、トーシローな依頼者にもそれで行くのは愚策でしかない。
ここの達人も人にモノを教える能力がなかった。
単純に温度や揚げ時間といったポイントを教えて、依頼者の習熟度に合わせて徐々にレベルを上げて行けばずっと効率的に指導できたはずである。この依頼者には時間とタイミングさえ満足に身に付いていない。何度も黒焦げになるメンチカツがそれを物語っていた。
結局、メンチカツも最後まで十分に完成しないまま後は茨城の店へ帰って改良しろという話となった。
揚げ物店での修行なのに、依頼者の技量も考慮しない指導で、揚げ物のイロハさえも身に付かない意味のない修行。
依頼者が身に付けたのは、嫌な思い出と揚げ物に対する嫌悪感とトラウマだったに違いあるまい。
この他にも3兄弟に山で滝行をやらせるなど意味不明で効果のない修行のオンパレード。「出来が悪くてだらしのない」3兄弟として、完全にピエロとなっていた。
スーパー再オープンの当日。競合店はマグロの解体を誘致するなど厳しい状況下でのスタート。
その後も経営は振るわず、ほどなく閉店してしまったという。
今回、あえて関連付けなかったが、プロレスラーでYouTuberの青年が現地を訪れて、周辺の店舗などで情報を聞いていた。
まず放送から20年も経過しているので、店がどこにあったのか、当時の状況がどうであったのか知らない人が多い中で、3兄弟が出入りしていたという飲食店で、状況を知ることが出来た。
そこの店主によれば、
①郊外型の大型店に客を取られ、3兄弟のスーパーも、マグロの解体を誘致して対抗していた競合店も共倒れとなり、現在では周辺には食料品店がない状況。
②メンチカツを売りにする戦略だったが、たかが1週間程度の修行で身に付くはずがなく、お客を呼ぶことは出来なかった。
③スーパー2軒のほか、他の店舗も経営不振に陥るところが多く、店の跡地に賃貸住宅が多く出来ている。かつては商業地だった界隈はすっかり様変わりしている。
客観的に見れば、1億円の負債を抱えるトーシロー集団がこれから商業地としては衰退が予想される地で、時代遅れとなりつつある零細経営のスーパーでやっていけるものではなく、揚げ物を売りにするのであれば、それだけに規模を縮小してやれば良いのにと思われた。それもあまりやる気のない店での修行じゃなくて。
愛の貧乏脱出大作戦でいつも疑問に思うのは、再建プランは目を引くが、それが経営の改善に直結していないこと。
飲食店での修行は良いが、経験者向けの「盗んで覚える」タイプの修行を未経験者にも安易にやらせるやる気に乏しい達人や、やたらとマウントを取って怒鳴り付けるよう人間性に問題のある達人、そして問題があれば一方的に依頼者の責任に帰する無責任な達人。
まさに残酷物語のオンパレードな愛の貧乏脱出大作戦。
料理の腕は確かだが、指導者として疑問符の付く人物のところを修行先にしても意味はないのである。