薄いブリキ戦車人丸

好きなことを色々書いています。

半永久的に武雄温泉乗り換え?

2020-07-28 22:56:19 | 日記
九州新幹線長崎ルートの工事が進んでいる。現在長崎から武雄温泉まで軌間1435mmの標準軌フル規格で整備が進んでいて、武雄温泉で在来線特急と同一ホームで乗り換えとなる予定である。

問題は、鳥栖市から武雄市までの区間。
この区間はレール幅が36.8cmも狭い1067mmの在来線をフリーゲージトレインを開発して走らせる予定であったが、その開発が暗礁に乗り上げて事実上とん挫してしまっている。

九州新幹線の場合、新八代から鹿児島中央までを先行開業して、新八代以北は在来線を運行して、新八代駅で同一ホーム乗り換え。博多発鹿児島中央行きの「リレーつばめ」。鹿児島中央発の「つばめ」も新八代行きじゃなくて博多行きと2本の列車ながらも事実上同一の枠組みで運行されていた。

長崎ルートの場合もおそらく、博多発の在来線特急を「リレー◯◯◯」長崎行きとし、長崎発の新幹線列車も同様に「◯◯◯」博多行きという扱いになるものと思われる。

高速道路で現地へ行ってる人の実感からすれば、長崎道の川登SA(武雄市)付近から「ながさき出島道路」の長崎市街地付近出口までの所要時間を考えれば、快調に進めば概ね1時間程度で到着できる距離。武雄温泉で新幹線に乗り換えてもあまり意味がないんじゃないかと思わずにはいられない。

佐賀県としても、フリーゲージトレインの運行ということで説明を受けているだけに今さらフル規格での建設には今までどおりソッポを向き続けることになるだろう。なぜなら佐賀県側にも莫大な負担金がかかってくるからだ。

このままだと長崎ルートの新幹線「◯◯◯」は半永久的に武雄温泉乗り換えで固定され、博多駅の在来線ホームを出発する「リレー◯◯◯」をいつまでも見続けることになってしまうことだろう。

楽しいコサックダンス No.2

2020-07-22 17:52:46 | 日記
前回紹介した「小休止」のロングバージョンである。

出演者は前回作品とほぼ同じ。バヤン(アコーディオン)を演奏する隊長に。あわて者の主計兵(コック)に、ローシキ(スプーン)を持った隊員。隊員の中には主計兵の助手とおぼしきエプロンを付けた兵もいる。

ローシキはロシアなどでは楽器として用いられ、カチャカチャと小気味良く鳴らしてムードを盛り上げる役割を果たす。

ロシアとウクライナでは同じコサックダンスでも動きが微妙に異なる。ロシアのプリャースカでは横向きに跳躍する動きが結構見られるが、ウクライナのホパークではそれがまず見られない。

演出はウクライナ人のパーヴェル・ヴィルスキーながらも横向きに跳躍したり、身体をパンパンとはたくロシアのプリャースカ特有の動きが多い。ソ連はやはりロシア人が多数派のため、ロシア風が中心になってしまうのであろう。

逆に低姿勢で膝を曲げてちょこまかと動くのはホパークの特徴で、現在のロシアではあまり見られない。2人が並んで小気味良く踊るのもホパーク的であり、ウクライナ的な動きもうまく取り入れられている。

愛の貧乏脱出大作戦 焦げたメンチカツ

2020-07-18 09:51:08 | 日記
依頼者は茨城県で食料品店(スーパー)を営んでいた3兄弟。

負債の総額は1億円に達し、「無理心中も頭を過った」という悲惨な状況だった。

昭和から平成の初期にかけて、全国の街中で見られた、食料品を主体に若干の日用品を置く零細経営の小規模スーパー。

競争は厳しく、平成のバブル崩壊以降はこういった街中にあった零細経営のスーパーは競争に敗れ、次々に姿を消していった。

代わりに残ったのは、イオンやイズミと言った大企業が運営する比較的規模の大きいショッピングモールやそれよりも若干小型タイプの店。

かつては零細経営が多かったスーパーは今では少なくとも中堅企業クラスの資本があって、かつ大資本と提携していることが要件になっている感すらある。

3兄弟のスーパーも大資本の傘下に属さない典型的な零細経営。
周辺には競合店もあり、元々競争が激しく、財政難から店の改装やサービスの向上もままならない状況だった。

そこで、3兄弟は愛の貧乏脱出大作戦に応募して、店の建て直しを図ろうとするのだが、2週に渡って放送された内容は藁にもすがる気持ちの3兄弟を出来損ないのピエロにするひどいもの。

中でも目玉の一つだったのが、南関東某市にある某揚げ物店で3兄弟のうち1名がメンチカツを修行して、店の看板商品にするというものであった。
なお、修行へ向かった人物(以下「依頼者」)は惣菜作りの経験がほぼゼロであった。

前回は、群馬県在住の初老男性がちゃんこ修行を行った際の悲惨な状況について書いたが、この揚げ物店での修行もひどいものだった。

まず、店の関係者が依頼者をあからさまに邪魔者扱いする。繁盛店で忙しいのでトーシローな依頼者に構ってられないというこの番組では良くあるパターン。
だったら修行なんか引き受けるなよとこの手のスタンスの店に言いたくなる。

そして、ちゃんこ店での修行の話でもそうだったが、依頼者の技量も省みずに取りあえず簡単にやってみせて、後は依頼者にやらせて、出来が悪かったらマウントを取って怒鳴り付けるというあまりにも愚かな指導の連続。

肝心のメンチカツ習得。ここで目を疑う光景に遭遇。依頼者は何度やってもメンチカツが黒焦げになってしまうのである。揚げ物店の達人はもったいないと依頼者の不出来をなじり、怒鳴り付ける。

ちゃんこ店での依頼者と同じく、揚げ物店での依頼者もすっかり強迫観念に襲われ、何度も失敗してしまう。

なぜ、このようなことになるのかは、毎日食事を作っている人なら誰でもわかるだろう。揚げ物には油の温度と時間の調節が重要。ところがあまり経験のない人物が勘所をつかまないままやってしまうと、上手に揚げることが出来ない。

なので、依頼者のような素人同然の人物にはまずは家庭用の小型フライヤーで練習させるなど、油の温度と必要な時間、仕上がり具合を覚え込ませるのが先決。貴重な食材を無駄にするのが嫌なら、ある程度基礎を覚えてからやらせる方がどう考えたって賢明だ。

たくさんの揚げ物を一気にこなせる業務用フライヤーの前で実戦を想定して臨むのは良いが、トーシローな依頼者にいきなりやってみろではうまく行くはずがない。焦げた揚げ物を量産するだけだ。

ある程度の経験者が修行するのなら、飲食業界では常識ともいえる「盗んで覚える」という手法も取り得るが、トーシローな依頼者にもそれで行くのは愚策でしかない。

ここの達人も人にモノを教える能力がなかった。
単純に温度や揚げ時間といったポイントを教えて、依頼者の習熟度に合わせて徐々にレベルを上げて行けばずっと効率的に指導できたはずである。この依頼者には時間とタイミングさえ満足に身に付いていない。何度も黒焦げになるメンチカツがそれを物語っていた。

結局、メンチカツも最後まで十分に完成しないまま後は茨城の店へ帰って改良しろという話となった。
揚げ物店での修行なのに、依頼者の技量も考慮しない指導で、揚げ物のイロハさえも身に付かない意味のない修行。

依頼者が身に付けたのは、嫌な思い出と揚げ物に対する嫌悪感とトラウマだったに違いあるまい。

この他にも3兄弟に山で滝行をやらせるなど意味不明で効果のない修行のオンパレード。「出来が悪くてだらしのない」3兄弟として、完全にピエロとなっていた。

スーパー再オープンの当日。競合店はマグロの解体を誘致するなど厳しい状況下でのスタート。
その後も経営は振るわず、ほどなく閉店してしまったという。

今回、あえて関連付けなかったが、プロレスラーでYouTuberの青年が現地を訪れて、周辺の店舗などで情報を聞いていた。

まず放送から20年も経過しているので、店がどこにあったのか、当時の状況がどうであったのか知らない人が多い中で、3兄弟が出入りしていたという飲食店で、状況を知ることが出来た。

そこの店主によれば、

①郊外型の大型店に客を取られ、3兄弟のスーパーも、マグロの解体を誘致して対抗していた競合店も共倒れとなり、現在では周辺には食料品店がない状況。

②メンチカツを売りにする戦略だったが、たかが1週間程度の修行で身に付くはずがなく、お客を呼ぶことは出来なかった。

③スーパー2軒のほか、他の店舗も経営不振に陥るところが多く、店の跡地に賃貸住宅が多く出来ている。かつては商業地だった界隈はすっかり様変わりしている。

客観的に見れば、1億円の負債を抱えるトーシロー集団がこれから商業地としては衰退が予想される地で、時代遅れとなりつつある零細経営のスーパーでやっていけるものではなく、揚げ物を売りにするのであれば、それだけに規模を縮小してやれば良いのにと思われた。それもあまりやる気のない店での修行じゃなくて。

愛の貧乏脱出大作戦でいつも疑問に思うのは、再建プランは目を引くが、それが経営の改善に直結していないこと。

飲食店での修行は良いが、経験者向けの「盗んで覚える」タイプの修行を未経験者にも安易にやらせるやる気に乏しい達人や、やたらとマウントを取って怒鳴り付けるよう人間性に問題のある達人、そして問題があれば一方的に依頼者の責任に帰する無責任な達人。
まさに残酷物語のオンパレードな愛の貧乏脱出大作戦。

料理の腕は確かだが、指導者として疑問符の付く人物のところを修行先にしても意味はないのである。

愛の貧乏脱出大作戦 間違った修行先

2020-07-17 20:20:32 | 日記
依頼者は市議会議員も務めた群馬県の60歳男性。

バブル崩壊のあおりを受けてそれまで保有していた4つの店舗のうち3つを手放し、唯一残った居酒屋も料理経験もないまま経営し、これまでの借金は4000万円以上に達していた。

その居酒屋を切り盛りしてきた妻とも別れ、店はその依頼者だけのワンオペ経営。店のメニューは焼き鳥にもんじゃ焼き。その他一品料理が多数で、未明まで経営しているのが特徴。
これまで料理経験のなかった初老の依頼人が作る料理ということもあり、味の評判も芳しくなかった。

修行するメニューは焼き鳥でももんじゃ焼きでもなくどういう訳かちゃんこ鍋。愛知県内にある某店が修行先となった。
そこの達人は料理の腕は素晴らしいのかもしれないが、残念ながら人間的には疑問符の付く人物であった。

さらに、その達人はかなりの気分屋。最初は接客をやらせるが、あまり上手に接していない様子を何者かににチクられたようで、それに腹を立て依頼者を呼び付け怒鳴り付け、しまいには「帰れ」とぶちまける始末。

依頼者はオドオドしてただ言い訳するしかないのであるが、達人はその言い訳の揚げ足を取ってさらにキレてしまう。残念ながらこの達人は料理の達人ではあるが、人間的には今一つの人物だったのである。

まあ、接客が不得手の人物に現場に立たせて練習させるのはよしとしても、自分の店に不都合が出たらそれを一方的に依頼者のせいにする態度は、覚悟もクソもなく見苦しい。

マズいところがあったら、怒鳴り付ける前にいったん接客から外し、なっていないところをきちんと伝えるべきだ。
そもそもヘマをやったら怒鳴り付けざるを得ないような重要な場に、ロクに教育も受けていない依頼者を漫然と入れるもんじゃない。

料理の指導も全然なっていない。
まずはスープの取り方から指導するが、依頼人がよく理解していないうちからとりあえず作らせてみて、ダメだと怒鳴り付けるまずいやり方。
しまいには「今度やったら殴るぞ」と勝手にキレる始末。

これじゃあ、依頼者はビビってしまってスープの勉強どころじゃない。依頼者は頭が真っ白になってしまっていたが、無理もない。

しかも盛り付けとか接客とかも平行してやらせている。
来たばかりで事情をロクに知らないトーシローさんな依頼者相手に、あまりに愚かな修行メニュー。

依頼者の技量に合った的確な指導を行うべきだが、残念ながらこの達人には人にモノを教える能力が乏しかったのである。「名選手必ずしも名監督ならず」の典型例であった。

で、この達人、自分ところの至らなさを全て依頼者の不出来に帰してしまい、挙げ句の果てには勝手に怒りがつのって指導を放棄してしまう。
客観的に見てバカ丸出しであった。

しかし、依頼者は本当に弱い立場、勝手にブチ切れて高級外車で帰る達人を必死に追うが、そのまま帰られてしまう。

この番組の残酷なところは、不幸にして今回のような人間性や指導力に問題のある達人に当たっても、何とか拝み倒してでも指導を継続してもらわなければいけないところ。

達人の店から戻った後、依頼者は寺で座禅という非科学的な時間(というか企画)も用意されていた。
この番組では十八番であるが、藁にもすがる気持ちの依頼者をピエロにするものであり、まさにポリティカル・コレクトネスの針が瞬時にぶち切れるような仕打ちでもあった。

翌日、依頼者は頭を丸めて店の前で数時間達人を待ち、修行の続行を依頼するが達人はあからさまに嫌な顔をする。
ついには土下座をして号泣しながら懇願するに至り、達人もしぶしぶ修行続行を認める(というかあんた、依頼者のことが気に食わないからといって、自分の我がままで指導を放棄したらダメだろ?)が、ここまで高慢な人物はそうそういないものである。

この時、依頼者は頭を強くかきむしって、声を震わせて号泣していた。
これは、ものすごいストレスを受けて精神が激しく動揺していた証拠。本当にかわいそうであった。
依頼者は耐えがたきを耐え。忍びがたきを忍び、よく我慢したものである。

修行再開後も達人の依頼者への仕打ちは続く。弱みにつけこんでマウントを取り、出来が悪いと「やっぱ、帰れ」と無責任に言い放つ。
依頼者がここで学んだことは、「料理はいくら上手でも人間的に出来ていない人物がいる」ことのみであろう。

この番組の修行時間は限られる。きちんとスープが出来たか、具材の並べ方がきちんと出来たのか最後までよくわからないまま。「ギリギリですわ」とOKが出される。この達人、何をしたいのかよくわからない。

で、依頼者の店再オープン当日。店にはあの達人が乗り込んできた。開店まであまり時間もないのに依頼者は「ちゃんこ」の仕込みをまだ行っていないという。

番組ではこんな「だらしない」依頼者に達人が「たわけ」と一喝し、仕込みを手伝って「献身的に」店のオープンにこぎ着ける様子が流れていた。
しかし、私はそれは違うと思っている。

大したことも教えてもらえず、文句を言われ怒鳴り付けられるだけの修行先で学んだというか、嫌な思い出ばかりの「ちゃんこ」など、作りたくなかったというのが依頼者の本音と思われる。

だからこそあえて仕込みを行わず、ささやかな反撃をしたかったのではないだろうか?

ところで、この番組の制作者は、依頼者にも修行先にもロクな調整を行っていなかったことが、某ラーメンチェーン店のブログで明らかにされている。

修行先の達人も十分な調整のないまま依頼者を受け入れざるを得なかったものと思われる。
そうであれば達人側にも同情の余地はあるが、依頼者の資質を十分に把握することもなく、店側が重要視している接客に入れてしまったことがそもそも誤りだろう。経営者の資質としても疑問符が付く。

後日、番組スタッフが達人同行のもとで追跡調査を行った時には夏季ということもあり、ちゃんこは予約のみの取り扱いとなり、元の焼き鳥ともんじゃ焼きがメニューに並んでいた。

これを見て「なんじゃあ」とあきれ返る達人。「ちゃんこの売れ行きは夏には下がるが、それを乗り越えてこそ」と精神論を述べて、依頼者に「改心」を促してチャンチャンとなった。

しかし思うのだが、4000万円もの負債を抱えて取りあえずは日銭を要する状況下で、ロクな修行も出来なかったちゃんこ店で「学んだ」とはお世辞にも言えない有り様で、そんなちゃんこを売りに経営の建て直しが出来るほど状況は甘いものではない。
より売れ行きの良いものへシフトするのは当然である。

特に「もんじゃ焼き」については、愛の貧乏脱出大作戦では以前から小馬鹿にしているようなきらいがあった。
大阪でもんじゃ焼きを売りにしていた別の依頼者についても、もんじゃ焼きは放棄させられお好み焼きを改めて修行させるほど、あからさまに軽んじられている。

ちゃんこの修行についても、番組関係者がもんじゃ焼きをバカにしていたからそうなってしまったのだろう。

でも現実的にはもんじゃ焼きの方が明らかに日銭は稼げる。従来の客からのニーズもあったと依頼者も言う。

依頼者がワンオペという現状も考えると、東京あたりでもんじゃ焼き+αの修行というのが現実的であったと思わずにはいられない。

愛の貧乏脱出大作戦 不器用ながらもひた向きに

2020-07-16 18:46:14 | 日記
愛の貧乏脱出大作戦では居酒屋7人修行という企画が立てられていた。
国内3ヶ所の名人経営の店で修行して、それぞれの店で合格を出さなければ途中で失格というものであった。

岩手、兵庫、そして神奈川の名人店で公募に応じた7人が修行を行ったが、岩手では1名は修行になじまず帰郷。もう1名は不合格となり離脱。
兵庫(途中一時的に島根へ移動)では1人が限界を感じて帰郷、2人は料理の技術が未熟ということで名人に引導を渡された。さらに1名も不合格となった。
2名が残った最終修行先の神奈川では、1名だけが合格となり、大分県内で居酒屋を経営する50前後の男性が栄冠を手にした。

その男性の店は結構繁盛し、自社ホームページで宣伝を行うほどであったが、数年前に閉店してしまったという。

で、プロレスラーでYouTuberの青年が行ってきた先は、途中で離脱しながらもなぜか、みのもんたによる再チェックの対象になっていた福岡市博多区にあった割烹料理の「てん新(てんしん)」。

創業40年という老舗割烹である「てん新」であったが、経営者で料理長の男性が病に倒れ、施設に入所の身となる。妻である女将も体調を崩してしまい店の経営は傾いてしまっていた。

かつて「てん新」は数多くの板前を抱える繁盛店でもあったが、従業員も去り、今では体調が万全でない女将に、料理経験の全くない息子がスーパーで買ってきた刺身を皿に並べてその場をしのぐ惨状。
というのも、店の借金は2000万円余りに達し、冷蔵庫は故障して修理代も出せず物置きと化す始末。仕入先のツケは莫大な額で仕入れにも応じてもらえないという。

そこで一念発起して息子が「愛の貧乏脱出大作戦」に応募して、傾いた店を建て直すべく居酒屋修行をすることになった。この修行ではメンバーがニックネームを名乗ることになっていて、割烹の息子も「オッチ」と名乗っていた。メンバーの中では最年少の25歳であった。

ところが、スーパーで買ってきた刺身を皿に並べ直すことでその場をしのいできた息子は、修行にあたり三徳包丁しか持参しない始末。料理好きな家庭にもありそうな刺身包丁も柳刃包丁もない。
彼は料理人の仕事がどんなものか全然理解できないまま修行に臨んでしまったのであった。

修行経験もないのは仕方ないとして、一番問題だったのは無器用で技術の飲み込みが悪く、他のメンバーと同じようには修行が進まなかったこと。
岩手では息子の境遇を知った名人が横に付いて丁寧に手ほどきしてくれるのだが、それが他のメンバーには面白くなく嫌味を言われて泣き出すなど精神的に落ち込む始末だった。

それでも、寒い水産加工場で未明までひたむきに魚をさばいていた息子の姿に胸を打たれた名人は彼に合格を出す。

しかし、次の修行先である兵庫では、息子には技術が十分に備わっていないと判断。これ以上修行はできないので、腕を磨いて再挑戦するべきだと引導を渡してしまう。息子は第2ラウンドでの脱落が決まった。

本当であればこれで修行終了のはずだが、「てん新」の状況はそれを許さなかったようで、息子は合格点を出された岩手で修行した「三陸丼」を出しなおも頑張っていた。
金銭問題さえなければ、25歳とやり直しも利く年齢だったので、きちんと板前修行をするのが賢明と思われるのだが、いかんせん自転車操業状態なのでそうはいくまい。

なぜ、みのもんたがその「てん新」へチェックに来たのか、よくわからない。息子は最後まで修行できず、失意の中で何とか店を建て直そうと頑張っていた矢先にである。
単なる興味本位で取り上げているのかと怒りの感情さえ覚えたものだった。

され、YouTuber青年の動画に戻るが、「てん新」のあった場所やその周辺で情報を探るが、いかんせん20年近く前の話なので誰も覚えていない。結局手がかりを見つけることはほとんどできなかった。

不器用ながらもひた向きに頑張っていた息子は今どうしているのだろう?