カタスミ

『クライマーズ・ハイ』横山秀夫著

日航機墜落事故当時の新聞社を舞台に繰り広げられる過去編と
当時登るはずの衝立岩に再度挑戦する現在編が交互に展開する。
以下ネタバレあり。





























新聞記者だった作者の実体験を元に書かれているので
新聞社の話は非常にリアリティがあります。
しかし、個人の一存であんなに記事って自由にできるものなのでしょうか?
勝手に広告外したり、自衛隊の記事は潰すとか、
そりゃ個人の政治的思想で捏造記事とか載せられるわな。
どこの新聞社とは言わないけど。
こんな勝手な事ばっかりやってるから
新聞記事の信用性が落ちちゃったんじゃないのか?
それに大変な事故にあった被害者の遺族とか
スクープとばかりに群がるのはどうかと思う。
そっとしておいてやれよ…
これだからマスコミは…としか思えない。
どうも毎回この人の話で思うんだけど
死んだ場合、記事にしてあげる方が良い、みたいな考え方なんだけど
私は記事にもしてほしくないし、そっとしてほしいと思う。
一般的な考え方はどっちが多いのか分からんけど
マスコミ的考え方と、私の考え方は相反する訳ですわ。
大きな命、小さな命ってのもさ
この事故の被害者はみんなに泣いてもらえて良いとか
取り上げられた人達は大切な命で
取り上げられない人はどうでもいい命とかさ
いや~、違うんじゃないか?
まぁ、あの望月ってのはどう考えても自分のせいで死んだんだし
その遺族もやりきれない気持ちを
きっかけを作ったかもしれない悠木にぶつけるのは
分からないのでもないんだけど。八つ当たりだよね。
それで新聞にこの投書載せろとか訳分からんわ。
載せる方も載せる方だよなぁ。
そもそも、亡くなった人の事根掘り葉掘り聞かれて
記事にされて世間にさらされて
自分も悲しみたい時にマスコミの対応に迫られて
そんなのが良いと思うんですかね?
自分が死ぬときに悲しむ人がたくさんいるなんて嫌だわ。
泣いてもらえて良い、なんて悲惨な死に方したから泣かれるんでしょう。
なにがあんなに泣いてもらえればだよ。全然良くないし。
どうもこの辺の感覚がずれていて反感を覚えてしまった。

当時の事故は本当に大きな事故だったんだと思う。
未だに墜落日とかにはニュースになったりしてるし。
事故に遭遇した人達は本当に怖かったと思うし
その遺族の人達も大変だったろう。
実は私の叔父も飛行機事故で亡くなっている。
私が生まれる前だったので、話にしか聞いてないし
聞いても子供の頃はふーんって感じで。
でも今思うとこれって我が家の一大事件でないかと。
しかも叔父は外国で亡くなったので
うちの父親とかは現地まで行っている。
心身共に疲れ半端ないと思うわ。
祖父母も子供の前ではそういうの全然見せなかったけど
こういう悲しみを抱えて生きてたんだなぁ…と思うと切ない。
身近にこういった人がいるのもあって
飛行機はあんまり乗りたくないです。

お話は新聞社での攻防みたいな感じでしたが
人が陰険で、傲慢で、派閥があって面倒で
こんな所で仕事したくないと思いましたw
星は3つ。
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