埼玉県深谷市の保育園、学童、高齢者介護施設
エンゼルの丘です。
寒い日が続きますね。実は昨年11月に南相馬市
出身の特定施設職員齋藤さんより、「原発」
について、メールを頂いておりました。
いつ、アップしようかと考えておりましたが、
ここに掲載させて頂きたいと思います。
内容は昨年11月のままになっておりますので、
ご承知おきください。
原発について
南相馬市出身齋藤遼
3月11日の東日本大震災の日から家族が振り回されてる日が続いています。実家は原発から20キロから30キロの範囲でついこの間緊急時避難区域が解除になったところに位置します。
徐々にお店が再開されたとこもあればすぐ隣の区では避難指示が出たりと今だ原発に振り回される日が続いています。母親は金物店に勤めており復興するには必要なモノがある為震災後数週間経ってから営業を再開した為まだ福島で生活しています。ただ福島の浜通りは宮城県などに比べ原発の関係上復興が思い通り進んでないらしく仕事も減っているそうです。
父親は広告の制作会社で働いておりお店自体やっていない現状では仕事が三分の一に減りました。
学生がいる近所の家族はほとんどが他県に引っ越したそうです。みんなバラバラになり慣れない環境で不登校になった子たちもいると聞きます。近所の高校も受験者がほとんどいなくいずれ廃校になるんじゃないかと噂になっています。そういう意味では学生が一番の被害者だと感じます。
今も放射能が漏れ続けているなかその近くにお店を出す企業がいるとは思えません。復興と呼べる状態になるのは二十年、三十年先になるという話は本当かもしれません。
自分の意見としては原発がすごく叩かれていますが全部東電が悪いとは思っていません。実際その福島原発での電気は関東で使用されていたものらしいので…
ただ父親は、誰かが責任をとらなくちゃいけないんだと話します。被害にあった人たちはどこかに怒りをぶつけたいんだと思います。
うちのケースは比較的幸せな方だと思います。津波ですべて流された方、漁業をやってた方などはもっともっと悲惨な状況が今だ続いています。
福島にはもう帰らないと思います。将来的には両親も定年を迎えたら福島からは出てもらいたいです。
最近のニュースでは放射能の数値ばかりですが今だ何も変わってない現状の人たちを報道してほしいです。数値が高い原発周辺でもそこに住み続けるしかない人たちを報道してほしいです。
以上、原文より。
本当に言葉も出ません・・・・・・
皆さんは、この文を読んで何を感じますか??
齋藤さん投稿ありがとうございます。
それでは、また。