老態自己観察メモ

2017年12月5日現在73歳、日々変わりゆく自分。
その目線には変わりゆく世界、その変化を日記として記録する。

私の居場所はどこ?

2017-12-18 20:56:38 | 老態観察

今年10月末の「1型糖尿病」発病で今リハビリ中で不安定感を感じている。
もう直ぐ後期高齢者になるからか「心地いい居場所」を思うのかも知れない。

★時間的な居場所とは・・・
 
何時も世の中、あっちからこっちから色々便利なものがやって来る。
社会を変えてしまう基盤技術は別にして、普段使いできそうな新技術も多々ある。
約30年前に産声を上げた『パソコン』と『インターネット』は紙とエンピツ、
そろばん、辞書類を暮らしの片隅に押し遣ってしまった。
ここ10年位前から身近にやってきたのが『スマートフォン』類(超小型パソコン)、
更に最近では関連した『ウェラブル端末』類が目に付く。
過去もそうであったがこれからもそれらが激しくやって来ると聞く。
例えば卓上ガジェット「スマートスピーカー」開発発売ニュースがある。
「LINE WAVE」、「GoogleHome」、「AmazonEcho」など続々。
どう云う生活シーンが生まれるのだろうか?
IEと人間との関係を模索する壮大に実験になるのかも知れない。

それを身近に手繰り寄せて自分のものにするか、面倒くさいのでパスするかは全く自由である。

★場所的な居場所にとは・・・
・私の故郷は何処と聞かれれば躊躇なく「山形」と答えるが
山形との繋がりは生家に今も住む弟との盆暮れの贈答品の遣り取りだけ。
特に山形に帰って見たいとは思わない。

・渡部昇一が著書『知的余生の方法』で書いている。
(山形生まれた英語学者、評論家、2017年4月17日, 東京都で他界)
第3章「余生を過ごす場所について」で「今の場所で快適に暮らす」が一番と。
更には街、都会はタマに行って遊ぶところなり、現在の住処、良くもない、
悪くもない場所なり。しかし、住み続けたい場所でもある。
自然、知人友人、遊び…すべてが馴染み深い。
なるほど「奈良榛原」に住む自分の居場所認識と似たものがあり同感である。

・古代日本の皇族日本武尊(倭建命)が残した望郷歌も肯ける。
大和は 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠れる ヤマトしうるはし
(大和は、日本の中でもっともすばらしいところだ。長く続く垣根のような
青い山々に囲まれた大和は、本当に美しい。)

何故、諸国を旅したヤマトタケルは奈良(大和)をそう思い辞世の句としたのだうか?
私は自然災害のニュースに接する度に思うが「ここぞ最高の居場所だ~」と。

★現在の居場所について漠然と抱えている不安や不満はある
・6月3日号「週刊現代」記事を引用すると・・・
 あと33年後の現実「人口8000万人の国」4000万人減るとは・・・何が起こる?
・街がまるごと死んでいく、
・地方には就職先もない、
・人口の4割が65歳以上
・タワーマンションもスラム化、・子供は増えない等々

人口増加時代で生きて来た私には未体験の社会が到来、
このまま「今の場所で快適に暮らす」ことが出来るのだろうか?
更にマスコミは騒ぎ捲る「財政破綻自治体、限界集落、限界自治会、家族崩壊」~

以前、私は「何時かは住んでみたい処、海辺の家に転居」等思う事もあったが、
最近は余り考えない事にしている。まぁ、その内「逃げ切り」出来るだろうと。

★最近出会った身近な『奈良の“居場所”』がある。
「奈良の居場所プロジェクト」のまとめ

ここから「宇陀市の居場所」に進むと何と「天満台4丁目シニア会」が
サロン活動としてリストアップされている!!
また、他にも公民館サークル活動、ゲートボールクラブ等々もあるが・・・

今までの私は「年寄くさい」の一言で避けてきた。

今まで「八剣山の会」「榛原テニスクラブ」「天満台4丁目ウェストフォース」
松下電器奈良「無名会」等に居心地の良い居場所があったので満足だった。

この度の「1型糖尿病」発病で居心地の考え直しが必要となった。
現在の境遇で心安らかに暮らせる居場所があれば十分と考えると
『榛原須藤家』に集う娘たち、孫たちとの時間共有こそが至福の時である。

※以上、過去に書いたエッセイからの抜粋と加筆修正でした(笑)


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