毎日新聞2020年3月3日
変わる日本の葬送=茨城キリスト教大名誉教授・森謙二氏
平成期は「葬送激変の時代」だったといわれる。
葬儀は近親者のみの家族葬がはやり、葬儀をせずに火葬する直葬も珍しくなくなった。
また、散骨などの新しい葬法がもてはやされている。
日本の葬送は今後、どうあるべきか。
科学研究費助成事業で報告書をまとめた研究会の代表、茨城キリスト教大の森謙二名誉教授に聞いた。
「埋葬義務」の理念必要
――憲法学が専門の大石眞・京都大名誉教授ら関西の研究者たちと一緒に、
今のお墓の問題について討論を続けてきたと聞きました。
大石先生からフランスの墓制についての論文をいただいたのがきっかけです。
欧州墓制の研究者らと2016年から6回にわたり、全国の現場を訪ね、
墓地使用権や政教分離、刑法と埋葬法との関わりなどを論議してきました。
成果を「墓地埋葬法の再構築 <家>なき時代の葬送秩序の確立に向けて」
という報告書にまとめました。
――「家(イエ)」制度が廃れたあとに顕著になってきたお墓の問題ですね。
1990年代以降、「海洋散骨」や「樹木葬」などの新しい葬法や「墓じまい(改葬)」
、遺骨を合葬する寺に送る「送骨」なども行われるようになりました。
今、墓をめぐる環境はアナーキー、無秩序状態にあると感じます。
80年代まで日本の伝統的な葬送とは、「家」制度を前提とし、子孫によって遺骨を
保存・承継していくシステムでした。
ところが、非婚化や少子化が進み「家」の存続が困難になると、死者をきちんと
保護することができなくなってきている。「死者の尊厳」が脅かされています。
――生きている人だけではなくて、亡くなった人の尊厳も尊重されるべきだと
いうことですか。
例えば、地方のお寺の墓地にあった先祖の墓を「改葬」と称して掘り返し遺骨を
海にまいてみたり、子孫が他の宗教の墓に入れたりすることが許されるのか、
ということです。前提としていた「家」制度が存続できないのなら、
新しいルールが必要だと考えているわけです。
――墓地埋葬法=1=は平成期にこれだけ墓が変容しても、一度も改正されていません。
日本の墓地埋葬の秩序は「祖先祭祀(さいし)」「刑法典」「墓地埋葬法」
――というトライアングルによって維持されてきました。ところが、祖先を敬うというより個人の意思を尊重すべきだと考える人が増えました。
また、例えば「弔意をもってする散骨は違法ではない」という「法務省見解」の影響もあって刑法による規制も機能しなくなり、さらに合葬式共同墓や樹木葬など墓地埋葬法が想定していない葬法も広がっています。法の空白が生じるようになってきたのです。
――研究会報告ではどんな方向性を打ち出したのでしょう。
さまざまなテーマを議論する中で「埋葬義務」がキーワードになってきました。
西欧ではキリスト教の伝統に代わって埋葬に関する自己決定権が確立してゆく中で、
より普遍的な「死者は埋葬されなければならない」という理念が定着してきました。
ところが、日本にはこれがない。
「家」制度を前提としてきたため墓は「私的な問題」とされてきたからです。
祖先祭祀の伝統が変質したいま、新しい理念「埋葬義務」が必要だと。
そこで先ほど話した「死者の尊厳」の話が出てきます。
すべての死者は「葬られる」権利を持っている、だから一定のルールに従って必ず埋葬 されなければならないと。
この理念さえあれば「死者の尊厳」は確保できると思います。
そのうえで(1)誰が埋葬をするのか(2)費用は誰が負担するか(3)葬法を誰が決めるのか――の3点についてはよく議論して、法律などで決めていく必要があります。
――この理念が確立すれば、お墓は秩序を取り戻しますか?
墓地経営者の法的責任についても研究会でよく議論しました。
墓地埋葬法は自治体や寺院などの法的責任について何も規定していません。
きちんと責任を持たせれば、無縁となった遺骨を、せめて敷地内の合葬墓に納めようということにつながります。
子孫が改葬して海にまかなくても済むようになると思います。
――一方で、「墓は自分の好きにさせて」とか「死んだ後は知らない」との声がある。
あるいは「生活に余裕がなくてカネはかけられない」という声は切実です。
悩ましい問題ですよね。
でも、お墓のことを心配しながら亡くなっていく人がたくさんいるわけじゃないですか。それはおかしいと思う。それまで生きてさまざまな貢献をしてきた人に、
社会が一定の場所を提供するのは当たり前だと。神奈川県横須賀市=2=のように、
なんとかそういう不安にこたえようとする自治体も出てきています。
昔は祖先と子孫の循環の中に身を置くことで、人は安心を手に入れていました。
「家」が支えた墓はそうした「安心の装置」だったわけです。
今はそれがなくなったので、何か新しい装置を作ったほうがいい。
若い人たちと話すと、年を取ったらどうなるか、モデルがなくて不安だというのが
伝わってきます。死んだ後のことを考えなくていい制度を作らなければ。
ただ、団塊世代より若い人たちのほうが、墓参りが好きなようです。このあたりは興味深いです。
聞いて一言
「墓地は社会を映す鏡である」。墓制研究の泰斗、森先生の原点はこの言葉だという。だから昨今の「無秩序状態」を先生は憂えている。現状追認だけではいけないと。
一方で、「家」制度に縛られた墓を、戦後、拒み始めたのは女性たちだった。
葬送に自己決定権を求める動きは、日本でもキリスト教文化圏の西欧でも同じだ。
要は「死後の安心」をどこに求めるかだろう。その議論から、新しい規範が生まれ、
法改正も含めたルールづくりにつながってゆく。
■ことば
1 墓地埋葬法
正式名は「墓地、埋葬等に関する法律」で、1948年に制定された。
主に公衆衛生の観点から、墓地や納骨堂、火葬場などの管理や火葬、
埋葬(法律用語では「埋蔵」)の手続きについて定めている。
厚生労働省が所管する。墓地の許認可権が県レベルから市町村に移ったことに伴う
行政手続きの変更などはあるが、この法律自体は制定以降、改正されていない。
2 横須賀市の終活支援施策
2015年から、身寄りがなく生活にゆとりのない単身世帯を対象に
「エンディングプラン・サポート事業」を開始。
葬儀や納骨の生前契約を市が支援し、18年には全市民を対象に「わたしの終活登録」事業を始め、緊急連絡先や墓の場所などを本人が指定した人に答えている。
自治体による終活支援の先駆例として全国から注目されている。
■人物略歴
森謙二(もり・けんじ)氏
1947年、徳島県生まれ。明治大大学院博士課程単位取得退学。専門は法社会学。著書に「墓と葬送の社会史」「墓と葬送のゆくえ」。編著に「現代日本の葬送と墓制」などがある。
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