
公開初日に観て来ました。
それも、予約開始日にピンポイントで一番良く見える席を予約しておいて・・・。
なのに隣の席に座った中高年のご夫婦が、終始お菓子の音や話し声やらで、せっかくの映画が・・・。
この映画、私にとってはかなりの思い入れの強い映画だったわけでして・・・。
そんな状況下でしたが、オープニングが始まってまもなくスクリーンを観ているうちに涙があふれてきました。
その涙には今回でファイナルということも含め、いろんな思いが浮かんできてしまったのです。
今から15年前の1997年1月7日。
私が初めてこのドラマの第1回目を観たのは、息子が入院していた小児病棟の病室でした。
私も一緒に付き添いで病院に泊まるようになって数日後のことでした。
あ、息子と私が病室にいるようになった経緯を簡単に・・・
息子は中学校の健康診断の時に重度の心臓病だということが判明。
いろいろ葛藤がありながらの高校進学。
ところが、クリスマスの日に外出先で心不全を起こし救急車で病院に。
意識不明の状態が1週間。
なんとか一命を取り留め年明けにICUから小児病棟の個室へ。
(16歳はまだ小児科なんですねぇ・・・)
まだまだ目が離せない状況だったため、付き添い看護ということになった訳です。
いろいろ葛藤がありながらの高校進学。
ところが、クリスマスの日に外出先で心不全を起こし救急車で病院に。
意識不明の状態が1週間。
なんとか一命を取り留め年明けにICUから小児病棟の個室へ。
(16歳はまだ小児科なんですねぇ・・・)
まだまだ目が離せない状況だったため、付き添い看護ということになった訳です。
で、その頃息子はまだ自分の状況を受け入れられず、心のバランスを崩していて、私もそんな息子とどう向き合っていけばよいのか、ものすごく悩み親子揃って心身が疲れている日々だったのです。
そんな病気との闘いだった時に始まったこのドラマ。
私には救いでした。
息子も一緒に観るようになり、この時ばかりは楽しそうに笑顔で会話も弾んだものです。
当初このドラマは正確な情報ではありませんが、
今までの刑事ドラマのような銃撃戦などの暴力シーンや殺人現場の血痕を映像にするというような設定にはしなかったらしいです。
サラリーマン社会を風刺した内容が、主に訴えたいところだったみたいで、例えば警視庁を本店と言ったり、所轄署を支店と言ったりして、誰もが頷けそうな皮肉った様子を、嫌味のない会話で面白おかしく表現していたのが、とても良かったのですね。
庶民の目線になっての刑事ドラマだったということでしょうか。
お台場周辺もまだ何もなく、近いのに行ったことのない場所というのがこれまた物珍しく映りました。
ドラマに出てくるいろんなキャラクターも実際にありそうな感じで親しみが持てました。
ピーポ君はドラマ以外実際に警察のキャラクタ-のようですが・・・。
病院では私と息子が、そして自宅では主人と娘がやはり同じように楽しんでいて、後日病室に家族が揃うと、その週のドラマの話題で盛り上がりました。
些細なことでしたが、家族団らんのひとときでもあったのがずっと記憶に残っています。
そんな思いの「踊る大捜査線」でしたから、テレビシリーズが終わってしまった時には、とても残念でがっかりしたものです。
その後、スペシャルドラマとして放送されたりした時は、待っていましたとばかりに観ました。
そして1998年。
映画となった時にはもう公開日が待ち遠しくて、家族全員で楽しみにしていました。
映画になった「踊る大捜査線」を息子と一緒に観られたのは、この時の初回だけでしたけど。
映画の中でも、15年間にいろんな変化がありました。
それぞれが一つの成長記録のような形で私の脳裏に残っています。
というわけで、そんな思いがいっぱいいっぱい詰った気持ちで今回の「踊る大捜査線 THE FINAL ~新たなる希望~」を観たものですから、
お恥ずかしい事にも、オープニングの映像だけで既に感動して涙してしまったわけです。
え!映画の内容についての情報ですか?
それは、ご覧になってのお楽しみということで・・・。
是非、劇場へ足を運んでいらしてください。
(※決して私は関係者のものではありません)
そうそう、今回購入したパンフレットですが

「機密文書在中」と書かれた湾岸署の茶封筒の中にパンフレットが入っていました。
これは面白い試みだと思いました。
それにしても・・・
本当に終わってしまうのでしょうか・・・ねぇ。
寂しいですよぉ。
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息子さんが お亡くなりになったのは ブログで知りましたが
もっと小さいころに亡くなったのかと思っていました。
16歳だったのですね~。
そんな 思い出の踊る大捜査線・・中高年のご夫妻目ざわりでしたね~
映画館で音の出るものを食べてはいけないと思います。
おしゃべりも 迷惑ですよね。
私も あのストーリー大好きです。
映画館で見た事はありませんが テレビでは必ず見ます。
たまには 映画館にも 行ってみようかな?
実は、息子はこの後すぐ他界したわけではないのですよ。
倒れたのは16歳でしたが、その後休学して自宅療養していて、19歳になってすぐに再度心不全を起こしてしまって、それきりでした。
でも、短くても充実した最高の19年間をもらいましたね。
息子には感謝です。
それにしても、映画館での飲食は最低限音の出るものは避けて欲しいですよね。
テレビでも面白いのですが、映画館で観るのはスクリーンが大きいのと、最近は特に音響もリアルでやはり良いです。是非お出かけになってみてください。
踊る大捜査線
15年間続いていたのですね
惹きつけられてしまう魅力があるのでしょう
私は、TVでの体験のみですが
ありがとうございます
19歳で息子さんが逝ってしまったのですね。
ご冥福をお祈りします。
実は私の息子も30歳で亡くなりました。
それまでの闘病生活は、親子共々キツイ毎日でしたが、それまで家族として暮らせたことに感謝ですよね。
苦しい中でも楽しいこともあります。
夏雪草さまには映画もが一つなのですね。
ふとしたところで息子に繋がる瞬間があります。
涙を流して偲んであげるのも供養です。
どうぞ、息子さんの分まで毎日を楽しく送ってくださいね。
秋に入り映画も良い季節になりました。
せっかくの映画お隣の人はホント迷惑です。
しかも大の大人、恥ずかしいとは思わないのでしょうか。
寂しくなりますね。
パンフレット、粋な演出、考えるのもです。
ひとくちに15年と言っても、やはりその重みを感じます。
これだけ多くの人たちを魅了させたのには、それなりの何かがあったのでしょうね。
太郎ママさんにとっても、かけがえのない30年間だったのでしょうね。
辛かったことも全て含めて、一緒にいられることの幸せを実感できたのではないでしょうか。
そうなんですよね。
音の出る食べ物は止めて欲しいですね。
それにしても、今回の踊るも面白かったですよ。