朝。シンプルおかゆ
と、ふかし芋。
昼。はま寿司。今日(10日)から無料クーポン使える。
炙りのどぐろ
みなみまぐろ大とろ
黄金カレイフライ(タルタルソース)
黒みる貝
ゆっくり食べながら聴く今日のYouTubeは
「荻生徂徠と富永仲基 西尾幹二 講演録」
①②は家で聴いたので、続き③④を聴く。
荻生徂徠と富永仲基(再録) ③「相対化」 西尾幹二 講演録 平成14(2002)年4月6日 「つくる会」歴史・文化塾
[感想]
富永仲基が鮮烈に論駁したのは
実のところ大乗仏教にすぎない。
ブッダに関しては甚だしく幼稚なことしか言っておらず、ブッダに対するおのれの全き無知をさらしてる。
荻生徂徠や富永仲基のような俗賢者の精神的限界は相対主義(あるいは懐疑主義)に極まる。
相対主義は優秀で、ブッダの教えを除けば、理性的人間が危険を侵さずに持ちうる最良の思想だ。それでも相対主義者は仏法に触れることさえできない。
相対主義が最も得意なのは自己防衛だ。防衛能力だけは非常に強力だ。あらゆる哲学も宗教もはじき返せる。しかし、相手を説得する能力は、ほとんどない。相対主義では、一神教の狂信的リビドーに全く太刀打ちできず、自分一人を守るのが精いっぱいだ。相対主義の鍵では一神教の閉じられた扉を開放し、説得することは到底かなわない。鍵がちっぽけすぎて合わないからだ。結果、ユダヤキリスト教レベルの究極妄想文学の前では、手もなく圧倒され沈黙するのを常としてきた。
さらに、相対主義の最も深刻な弱点は、自分がずっと宙に浮いたままだということだ。まともな人間は、身の置き場のないこの精神状態に長くは耐えられない。相対主義サンジャヤ教団の優秀な高弟サーリプッタとモッガラーナが「諸法は因より生じる。それら諸法の因を如来は説いた。また、それら諸法の滅をも。」というブッダの教えに接して、あっさりブッダサンガに鞍替えしたのは、このことを証明してるとおもう。
[参考]
加上(富永仲基)「出定後語」
「大阪の町人學者富永仲基」内藤湖南
夕。冷食ピーマン肉詰め
と、自家製即席カレー。
(My Favorite Songs)