本場大島紬
今回一番遠方地からの出展は、本場奄美大島大島紬協同組合。鹿児島県の奄美大島です。人気の本場大島紬を作っている職人さんたちや工房の組合です。大島紬が文献にその名が見られるのは享保5年(1720年)のこと。江戸時代には薩摩藩の上納品でしたが、明治維新後は自由に制作出来るようになり、明治40年(1907年)には細やかで鮮明な絣を求めて、締機(しめばた)という画期的な織機による絣織りが開発され、今私たちが知る高級織物きものとしての大島紬が誕生しました。軽やかで光沢のある風合いは独特の味わいで、憧れのきものとして人気の高い織物です。今回は、本場奄美大島大島紬協同組合のほか、ワンズベスト、大島紬のふくはら、KIMONO FACTORY NONOなど伝統の大島紬を温故知新で伝統の技を大切に継承しながら新たな現代のセンスを加え、新しい大島紬の可能性を模索しているメーカーが出展しています。是非見比べて下さい。
三大紬をご存じですか
大島紬、結城紬、牛首紬を三大紬と言いますが、大島紬、結城紬ほど牛首紬の名は知られていません。1つの理由には牛首紬が白生地で織られ、京都に送られ、そこで柄づけがされ、完成品として世に出ていること。数が少ないこと。しかし近年は白生地以外にも先染めも織られています。牛首紬は、大島紬と結城紬のいいどころ取りをしたようなきものです。玉繭二匹の蚕が1つの繭を一緒に作った繭のことで、100個に2~3個の割合でしかできない、普通の繭より大きく、絡みあった糸でフシがあり、普通は不的確品としてふるい落とされる糸から作りますから味わいがあり、釘抜紬と呼ばれる強さの秘訣もここにあります。牛首紬 大門屋さんで手に触れ、じっくり味わってみてください
今回一番遠方地からの出展は、本場奄美大島大島紬協同組合。鹿児島県の奄美大島です。人気の本場大島紬を作っている職人さんたちや工房の組合です。大島紬が文献にその名が見られるのは享保5年(1720年)のこと。江戸時代には薩摩藩の上納品でしたが、明治維新後は自由に制作出来るようになり、明治40年(1907年)には細やかで鮮明な絣を求めて、締機(しめばた)という画期的な織機による絣織りが開発され、今私たちが知る高級織物きものとしての大島紬が誕生しました。軽やかで光沢のある風合いは独特の味わいで、憧れのきものとして人気の高い織物です。今回は、本場奄美大島大島紬協同組合のほか、ワンズベスト、大島紬のふくはら、KIMONO FACTORY NONOなど伝統の大島紬を温故知新で伝統の技を大切に継承しながら新たな現代のセンスを加え、新しい大島紬の可能性を模索しているメーカーが出展しています。是非見比べて下さい。
三大紬をご存じですか
大島紬、結城紬、牛首紬を三大紬と言いますが、大島紬、結城紬ほど牛首紬の名は知られていません。1つの理由には牛首紬が白生地で織られ、京都に送られ、そこで柄づけがされ、完成品として世に出ていること。数が少ないこと。しかし近年は白生地以外にも先染めも織られています。牛首紬は、大島紬と結城紬のいいどころ取りをしたようなきものです。玉繭二匹の蚕が1つの繭を一緒に作った繭のことで、100個に2~3個の割合でしかできない、普通の繭より大きく、絡みあった糸でフシがあり、普通は不的確品としてふるい落とされる糸から作りますから味わいがあり、釘抜紬と呼ばれる強さの秘訣もここにあります。牛首紬 大門屋さんで手に触れ、じっくり味わってみてください