Cube3で走るオーストラリアの旅2012

シドニー、メルボルン、アデレードそしてタスマニアを訪れ、夫婦のんびり旅行のエピソードや楽しみ方を伝えたいと思います。

Cube3で走るオーストラリアの旅 2012 MelbourneからTasmania Spritに乗船

2012年08月03日 | 日記
2月20日(月)  
今日はMelbourneに向けて出発。
7時過ぎ起床する。今日はMelbourneからTasmania Spritに乗船してTasmaniaのDevonportに向かう。出港予定は21時。初めての乗船であり船着き場もあまりよくわからない為、早目の時間に乗船手続きを終える予定だ。Johnna Caravan Parkはまだ出発するCaravanはなくひっそりとしている。
今回の旅行で分かった事は、多くのCamperは同じ場所で数日間滞在し、その近辺を散策し、ゆっくりした時間の経過を家族や友人と過ごしている。私達の旅行スタイルは先を急ぐあまり時計との競走になることがしばしばある。よくAussieの友人と旅行の話題になる時、その様な旅行を「Japanese styleだネ」と言い私達を冷やかして笑っていた事を思い出す。
出発して1時間半でApollo Bay に着く。GORにそって家並みが長く続く、この町も1,000人にも満たない人口だがRobeよりMelbourneに近い理由で不動産屋の別荘の価格が少し高価に思えた。私はTwelve the Apostlesを幸子に見せてあげたかったのでInfoを訪ね、その場所を聞くと、そのポイントは、すでに過ぎておりここから西に120Km程戻らなければならなかった。幸子にその事を伝えると「その様な大きな岩は1つ見たから、別にそれ以上見なくてもよい」「岩が1つでも4、5でも関係ない」とさっぱりした表情で言うので私も気が楽になった。 
昼食をすませMelbourneを目指した。Torquayを過ぎるとGORは終わり、北に進むと市内に向かうPrinces FWYに合流する。ここまでくればTasmania Sprit に乗船するまでに充分な時間がある。Melbourneの市内は2回ほどテニス観戦で訪れており、地理的な感覚は持っていた。幸子は日本食材を調達する為、Infoを探したが見つける事が出来なかった。その上、市内の交通の混雑が激しく路面電車の行きかう中、アクシデントがあるとTasmaniaも夢になると思い探すことはやめた。昨年、Melbourne Tennisの観戦した時、幸子と3日間滞在したYHAに行き、受付けの男性に「Can I use a washing machine?」と尋ねると「Basement」と言うので、幸子と一緒に衣類や敷布等の詰まった大きな袋をもって階段を下りた。きっと彼は宿泊客と間違えたのかもしれない
ここの使用料は、通常の半分以下の料金だと思う。たっぷりの量を洗濯し、挙句の果て私達もちゃっかりシャワーを浴びすっきりした気分で港に向かった。あまり公すすることではないけれどここだけの話にしておこう。
 Tasmania Spritは予定を1時間以上も遅れてMelbourenを出発し、Tasmaniaへ向かった。風も波も無く、穏やかである。船は大きな揺れもなく進んだ。
幸子は早速、船内のあるスロットマシーンで楽しそうに遊んでいる。いつもカジノで投資する金額は$15前後であり、パチンコより長時間楽しめるようだ。私は、デッキでビールを飲み、先にキャビンに戻ると、四つのベッドがあったが、今夜は私と若い男性の二人だけのようだ。彼はふるさとのHobart近くにある母親の家に帰るらしい。私は彼に焼酎をすすめると上目づかいに私を見て頭を斜めに傾けた。しかし、飲み始めると味に慣れたのか2,3杯お代りをした。
Tasmaniaのアクセントか、若者のはやり言葉なのか私には理解が難しい会話になっていた。
船中、時間も有り久しぶりに東京の友人Mさんと電話で話した。彼は80歳を過ぎたが相変わらず話す声が元気であり安心した。また昨年からMelbourne郊外のBuangorに住み始めたGold Coast(GC)の友人Rayにも電話をかけると彼は2週間後に家族の待つGCへ帰るらしい。私達はTasmaniaの帰りにBuangorの彼の家でBBQをする約束をした。
 さて、幸子のゲームは、そろそろ終わっただろうか。私は部屋を出てキャビンの階段を上り幸子の様子を見に行った。
今日のCube3の走行は?km。