この記事以降、更新が大幅に遅れます。ですので、この記事以外の此処15日間ぐらいに書いた記事を、また読んで居て下さいね、「自分の事をよく思っては居ない」と言う記事は、少女漫画の歴史に付いての記事も書いてありますから。「萩尾望都についてなど....。」をね。宜しくお願い致しますね。。。。
それから、もう長い文は書くのを辞めようと思って居ます。それと身内の悪口もなるだけ控えようと思って居ますよ。ただ私は障害があるのでどうしても過去のトラウマから逃れられなくて書いてしまうのですよね。だから少し休んで考えて見ます色々と、、それでは過去記事も特に何遍も言う様だけども。此処2週間ぐらいに書いた文をまた読んで見て下さいね。宜しく・・・・・・。
お金を稼ごうと思う人ほど稼げない皮肉!?【もっと幸せに働こう】
kiyasumeのブルース・ハーモニカ・ソロ。。。
映画『ヒミズ』予告編
私はお釈迦様の言葉で・・・・・。
「孤独に歩め悪をなさず、求める所は少なず、林の中の像のように」
と言う諺を座右の銘として居ます。
この言葉は仏教の「法句経」にある言葉です。
「もしも思慮深く聡明でまじめな生活をして居る人を伴侶として共に歩む事が出来るならば、あらゆる危険困難に打ち克って、こころ喜び、念いをおちつけて、共に歩め。
しかし、もしも思慮深く聡明でまじめな生活をして居る人を伴侶として共に歩む事が出来ないならば、国を捨てた国王のように、また林の中の象の様に、ひとり歩め。
愚かな者を道伴れとするな。独りで行く方がよい。孤独(ヒトリ)で歩め。悪い事をするな。求める所は少なくあれ。──林の中に居る象のように。」
と言う事ですね。。。
ストイックな生き方を現す言葉ですね。しかし私はそうありたい。。。
この言葉は、私の尊敬する押井守監督の映画「イノセンス」で
登場しました。私たち一人一人は弱い存在です。一人では生きられ
ないのが、人間です。それでも一人でなければ到達できない世界がある。
そして「イノセンス」の最後に「Follow me」と言う歌が掛かります。
其処には天国に誘う歌が流れて居ます。人生は嫌な事ばかりで
思う様には行きませんが、頑張って行けと言う意味でしょう。。。。
「follow me」
私と一緒に来て下さい。輝く海を越えてあの国へ
私たちが見知った世界をはるかに超えた処で
夢の世界より遥か彼方で
此れまでに味わったどんな喜びより遥か彼方で待って居るのです
私と一緒に来て下さい。愛するものにしか見えないこの道を
楽しい夜の年月の彼方に
涙を、そして私たちが無駄にした年月を超えて
光の中へと続いて居る道です
私と一緒に来て下さい。この山の奥の彼方の国へ
何時も心に抱いて居た音楽の全てが空を満たして居ます
沈黙の歪みの中で歌えば心は開放されます
そうして居る間にも世界は回り続け そして落ちて行きます
私と一緒に来て下さい
私と一緒に来て下さい
「輝く海を越えて」
「私たちが見知った世界をはるかに超えた処で」
「夢の世界より遥か彼方で」
聴いて見て下さいね・・・・・。 Olga Afanaseva - Follow Me (Ghost in the Shell: Innocence OST)
私が貰える生活保護費は14万4千だ・・・。そう思って居たが、福祉事務所の生活保護課に言わせると実際は12万6千円しか貰えない様だ。。内訳は、生活保護費が7万ぐらい。其れに居住費が5万円だ。両方合わせると12万幾らだが、私の場合其れに障害を持って居るから障害者加算と言う。名目金が加算されるのですよ。其れが1万7千幾らかになる。全部合わせると14万円になる。この金額を見て大概の人は。「貰いすぎだ!!」とか「ふざけるな!!」だとか。「私の税金、私のお金よ!!」と醜い事を言い始める。この金額は国が定めた最低生活費だ。本当は数年前まで15万幾らかはあった。しかし、余りに周りが「貰いすぎだ!」と言うので12万幾らかにカットしたのだ。私は入院中に看護師さんから耳寄りな情報を聞く事が出来た。まあ、薄々は知っては居た事だが。炊飯器やら冷蔵庫。エアコンの類はその貰える金額以外に、別途理由があれば買う費用が貰えるらしい。要するに、炊飯器が無いとコンビニに行かなくてはならない。金が掛かる。冷蔵庫がなければ食品を保存が出来ない。エアコンは生活必需品だ。だって皆さん考えて下さいよ。9万円の生活費で毎月暮らさなければ成らないのだから。ガス。水道。電気。通信費、其れらで幾ら掛かる4万は無くなるでしょう?家賃が5万円。
残り3万から食費代。交通費。娯楽代を遣り繰りしなければ成らない。本当は4万円だが1万は美容室だ。そうすると食費が丸々出ない事になる。だから食事は納豆ご飯か卵掛けご飯だ。それしか食べられないですよ。私の場合は病院に行った時には薬の待ち時間に外食をしますが。月に2回ぐらいですね。私は、勝手は何遍も言うが。給料は親に預けて居た。全額だ。私は手取りにして30万円貰って居た。しかし、うちの会社は退職金が無い会社だったから。其処から財形貯蓄が月に5万円は引かれて居た。その他。色々と引かれると残りは18万だった。侘しいでしょう?そんな額だったのですよ....。そして私の使えるお金は月に3万しか無かった。まあ、その他に親から別個に、「1万5千円を弟の小遣いとして出しなさい。」と言われて貰って弟に渡して居た。弟は私がどれほど切羽詰まったお金から。自分の小遣いが貰えて居るのか、考えた事も無かった様だ。私が、今から10年前に認知症に成り掛けの母から。纏まったお金。まあ、はっきり言って1千万だが。貰った時に。電話が掛かって来てこう言われた。「貴様がなんで親から大金貰えるんだ。ふざけるなバカヤロー。ぶん殴ってやろうか!!」そう言われた。母は私にこう言ってお金をくれたのだ。「お金を貯めて居たよ。お前も何時どうなるか判らないのだから。このぐらいのお金は持って居なさい」,しかし、その1千万のうち700万は会社で私が貯めて居た財形貯蓄だ、要するにその金に300万を足してくれたのだった・・・・・。
私は47歳で会社を辞めて居る。親からやむなく言われた会社で従兄弟たちの嫌がらせに会いながら.働いて来たのです.......。今から15年前と言えば。私がほぼ50歳ぐらいの時だ。それから。3、4年は親係で生きて来たのだ。弟は自分に親が幾ら金を掛けたのかを、忘れて居るとしか言い様が無かった。そして弟は私立の小学校、中学校、高校を出て、そして私大の医学部を出て医者になった。私は公立の小学校、中学校だ。そして高校と大学は私立だったが、普通は皆そうだ、弟と姉さんは金を掛けて貰えて居る。私は何も金は掛けて貰えて居ない。ある時なんざ。弟のバカ嫁からこう言われた「お兄さんだって勉強して。私大の医学部に入れば良かったじゃない!!」私は絶句した、何も事情が解って居ないし。成績が良ければ医学部に行けると簡単に思って居た。医大に行くのに幾ら掛かると思って居るのだ?まあ、弟はボンボン育ちなせいか。自分が金が稼げる様になると。よく本気でこう言って居た。あれは丁度。私が新宿の紀伊國屋書店の哲学書売り場に居た時だ。弟がやって来て。「兄貴ビフテキ食べよう!!」と言うのだ。そして「此処にある哲学書。僕のお金で買っても100万も出せば全部買えるよ〜〜!!」そう言うのだ。其れも大きな声で。私は「こいつは大丈夫か???」と思って聞いて居た。
何せ、或日に、モバイル・パソコンを手にして家にやって来た。あれは丁度、DVDが普及仕出した頃だ。私に得意げに見せて「安いものだよ。DVDが見られるモバイルパソコンが38万だからさ。」と言ったので驚いて居たが。私はその次の言葉に耳を疑った。「ああ、このパソコンと同じものを友達に買ってやったんだ」。訳もなく言い切った。まさに独身貴族だ。当時、弟は羽振りが良かった。そして話を元に戻すが、弟が私が母から1千万を貰った事を怒って言って来た時に。私は弟に。「私は苦しい中からお前に毎月2万円だけども挙げて居たよ」と言ったら「そんな金。何時貰った!!記憶になんざ無いね!!」そう言われた。私の姪は、今、東大出身のIT企業の資産家の社長と、結婚して暮らして居る。旦那は億万長者だ。彼女がシンガーソング・ライターとしてデビューした時に、私は彼女の為と思い。無け貶しのお金で、色々と音楽関係のものを買ってやった。その時も後から姪からこう言われた「わー君が買ってくれたものなんて、何にも役になんて立たなかったわよ!!」私は激怒し絶望した。
彼女の親。私の姉の家も資産家だ。旦那が医者だからね。そして、親父が死に幾ら退職金が名目上無い会社だとは言え、親父は経営者側だ。退職金を親父の兄貴とゆきかずが払わないので怒った母は弁護士に頼んで。彼らに金を出せと言ったら。何と私の27年間働いた給料が親父の退職金だったなどと言われた。皆んなして私を蔑ろにする。そして私が認知症の母を見て居て気がおかしくなったら。縁を切られた。私は弟に言った。「何でお前たちはそうなんだ!!」と。そうしたらこう言われた「寄って来るな汚らしい!!お前の面倒など見れるか!!」・・・・・。そう私は金に飛んと縁が無い。母から貰った1千万の金で8年は暮らせた。4年前に金は無くなり。貯蓄型の生命保険と年金保険を解約して僅かな金を手にし、今まで、その金で何とか暮らして来た。
その金も尽きた。さて生活保護だ。私は、毎日、薬の後遺症で眠たくて仕方が無くて寝て居る。此処6年間ぐらいは殆んどを寝て過ごした。私は堪らず主治医に「眠気の出る薬を外してくれませんか?」と言った。そしたらこう言われた「外すと幻聴幻覚が現れるから外せないよ」だから働く事が出来ない。アルバイトでもしようかと思っても見たが。私の歳の男を使ってくれる処は何処にも無い。清掃夫か根を詰めても3万ぐらいしか成らないシール貼りぐらいだろう。そして、もしあったとしてもこの調子だ。働ける訳が無い。私見たいな精神障害を持つ人が生活保護を受けるんですよね。生活保護課の職員さんは私のところは親切に対応してくれて居ます。そして私は年金を貰える年になった。しかし年金分は保護費から引かれる。其れでも生活保護を頼るしか無い。働け無いのだから。皆さん自分が健康で働けて居る事に感謝して下さいね。弟は5年前に亡くなりました。
生前、弟からパソコンを貰いました。あいつが名古屋の病院勤務の時でした、、突然、大きな荷物がヤマト運輸から、送られて来て、、中開けてみたらゲートウエイのパソコンでした。そしてその週の木曜に来てくれてプロバイダーとかの契約も全てしてくれて居て、、そんな事も1990年代にはあったんですよ、、、しかし、私が発作を起こすと態度が激変しました。ただ弟は、子供が3人も居るのに、、離婚して居まして、、人の家庭の事情は分かりませんが、まあ、認知症の母がむちゃくちゃ言うので、嫌になって居る処に持って来て私は入院するわ、嫁が占い師に入れ込むわで、まあ、仕方が無かったんだろうとは思います。何せ東京暮らしを弟がしだしてから、疲れて寝て居たら、何と小学生の子供3人に家にあった液晶テレビをワゴン車に乗せさせて、広島の実家まで帰って仕舞ったそうで、、
電話が掛かって来て。「嫁にやられた!!」と言うので、、「直ぐに追いかけろ!!」と言ったのですが・・・・・。弟は「いや、もういい・・・・。」と諦めて仕舞って、、何しろ、アルツハイマー型認知症の母は悪ふざけ、、見たいな事を平気で言うのですよ・・・・・。例えば小学校低学年の弟の娘に、、「あらあら、瑠璃ちゃんは〜〜。オカメ豚だわねぇ〜〜。」とか言うので。私は母を何遍怒鳴りつけた事か、、すると「あら、おかめは美人って事なのよぉ〜ははは。」と言うのです。嫁は「お母さんってなんて人!!」と怒って居た。認知症は恐ろしいですよ。こんな事を言う様な母では無かったんですから、デパートに行きたいと言うから、、連れて行ったら、居なくなり、家具売り場で、100万するオルゴールを頼んで買って仕舞うわ。その足で時計売り場で60万の時計を購入して仕舞う。頭がバカになって居る。
支払いは全部私でしたから・・・・・・・・。
だから相当、弟の嫁が嫌がる事を言ったのでしょうね。本人は相手がどう思うかなど、考えても居ないんですよ。気が赴く侭、自然に言って居る。認知症はどうしようも無いですよ。だけども、弟は、私の事は最終的には差別して縁切りしました。姉はもっと酷いです。私が親から強制的に親の会社に入れられて働いて居て、従兄弟二人から、物凄い嫌がらせをされて居る最中に、電話を掛けて来て、「バカヤロー!!貴様がなんで会社に入って居るんだ。クソヤロー!!会社はゆきかずが社長に決まってるだろう!!」「さっさと会社を辞めろバカチクショー!!」こうですよ。私は好きで会社に入った訳でも無いのに、ゆきかずが社長でいいと思って居るのに、、、
もう長くなるので、書きませんが、、身内ほど信用出来無いものはありませんね、、結局、私が発作を起こしたら、私を病院に1年間も叩き込み2度と出て来れない様に画策し。母を施設に入れて。私に。お前のせいで自分らは被害を被ったと言って居て、そして「もう姉弟とは思わないでくれ!!死にたかったら勝手に死ね!!」ですから・・・・・。私は諦めて、母から貰ったお金で暮らして来たのですが、、丁度、お金が無くなる頃の、今から4年前に、姉が私の処には、直接掛けて来ないで、私のケアマネージャーに「弟、死んだから〜〜。」と掛けて来て。それ聞かされて、私が「信じられるか?」とケア・マネジャー通じて言ったら、「それぁ〜そうだ。」と言って。医師の死亡診断書と弟の遺影を送って来て。そして姉は弟の家と実家を処分して、、そのお金を別れた嫁の子供たちにやったそうでして・・・。
まあ、私の主治医に言わせると、「実家やら自宅を売ったのは確かなんだろうけど。それ作り話だよ。弟は生きて居るよ」と言うのですよね。しかし葬式の祭壇が写真に写って居ますし、亡くなったのは嘘では無いと思いますが・・・・・。
長々、書いて仕舞い済みませんでした。私は今回書いた文で、弟の事を悪く思って居るだろうと、、お思いでしょうが。弟は可愛いですよ。死んだ後でも、、姉さんだけは許せませんけどね・・・・・・。
『GACKTとkiyasumeの呟き』
よく、ポーカーを運試しのギャンブルだと勘違いして居る人が多いが、それは違う。確かに1ゲームだけの勝負なら、ジャンケンの様な運のみに頼った勝負も出来る。しかしポーカーはゲーム数を重ねれば重ねるほど、最後は勝つべき人間が勝つ様に出来て居る。これって人生の縮図だ。ポーカーで強くなるには、駆け引き、読み、観察力、記憶力、表現力、勇気、グラフ、戦略、タイミング、リスク換算など、様々な要素が求められる。そして勝負はテーブルに座った瞬間から始まって居る。プロならば、ゲーム中盤あたりには、場に出て居るカードや、それまでの他のプレイヤーの特性、クセ、立ち振る舞いなどから、そのゲームにおける自分が勝てる確率、期待値、リスク換算を即座に算出し、勝負所でのみ仕掛けて来る...。
ポーカーにおいて、一番美しい勝ち方はショウダウン_(自分の手札を見せる事)をするまでもなく、自分が勝負を仕掛けた瞬間に、全員が白旗をあげて降参する勝ち方だ。ビジネスにおいても同じ事が言える。出会いの瞬間から、勝負は決まって居る。相手の好み、要望、性格、クセ、状況などを正しく観察して信頼を得られる行動とともに、流れ・本質・勝負所を見抜いて行く。そうすれば、例えば交渉の瞬間は、そもそも自分が仕掛けたタイミングとなるので、焦る必要も無い。此方の要望に相手が問答無用で応えるよう、完全なる勝負どころで仕掛けることが出来る。ポーカーをしっかり学べば、勝負事の流れと本質、そして勝つべくして勝てる勝負どころが見えて来る、ポーカーでもビジネスでも、テーブルについたらまず周りを見渡せ。そしてカモが見当たらなければ、すぐに席を立て。なぜか解るでしょうか?自分がカモなんですよ・・・・・。
「本番は頑張る」「いざって時はなんとかなんだろう」そんな言葉はクソだ。
段取りが95%本番はその結果。本番は頑張ると言う人は大概、気合だけが空回りして周りが見えず、他人に迷惑を掛ける。段取りが十分であれば緊張せずに本番に臨む事が出来良い結果を生む。また、不慮の出来事に対処できる余裕さえも生み出す。「いざって時はなんとかなる」などと期待をするな。本番の直前に意地で準備しても遅い、焦りを生むだけ。段取りは日々積み重ねておくものだ。
自分の人生を変えようと挑戦して居ると、妬み、嫉みを持った、様々な奴が現れる。仲が良かった奴でさえ急に邪魔し始める事もある。そんな奴らの声には1秒たりとも耳を傾ける必要なし。足を引っ張ろうとする奴が仲間だった?親友だった?だからなんだ?そいつらが自分にとってなんのメリットがある。「誰が足を引っ張ろうとして居るのか?」そんなふうに疑心暗鬼になる前に、まずは自分がどう言う人生を歩みたいのか、宣言をしろ。努力して居る事を周りにいちいち言わなくてもいいが、どうしたいのか、どうなりたいのかは、明確に示せ。その上でバカにしてくる奴、鼻で笑う奴こそが今すぐ距離を取るべき人間だ。そんな奴らが、自分の物語に必要ですか???
日常には、様々な学びがある。学びを見つける視点こそが成長に繋がると思います。日々目にするものどんなものにもディテールやバックボーン、理由がある。それらに目を向け。考え、比較し、知識として吸収する。最も大切なのは、その学びの癖を付ける事。そうすれば、日々が学びの宝庫であり、成長の切っ掛けとなる。例えば私の事で申し訳ないが、私はよく音楽を聴く。何のジャンルでも聴く、そしてその音楽を演奏して居るプレーヤーたちの情報を自分で探す。具体的にどうするのかと言うと。昔ならレンタルレコード、CDを借りて聴いたり。また音楽情報誌。音楽喫茶に行ったりして情報を得て居た。まあ、この分野は昔と比べるとだいぶ少なくなってしまったが、、
今ならパソコンでググれば大量の情報が得られるはずだ。その情報をパズルの様に自分の頭の中にはめ込むのだ。私なぞは曲の題名などが解らない時、大概がクラシックだが、恥をかいてもクラシックの楽器を演奏して居る人に聞く。一番手っ取り早いからだ。それと、曲を聴きたい時などはストリーミングと言うよりは、YouTubeで探す。すると1発で聴く事が出来る。今は便利な世の中だ。パソコンとスマホさえあれば何でも調べる事が出来る。先ほども言ったがそんな私を鼻でせせら笑って来る奴が居る。大抵が楽器は何も出来なくて音楽の知識もない手合いだ。そう言う人は相手にしては居ない。
努力など、して当たり前。それを誇ってはならない。私は人一倍不器用だ。そして何かを習得するのに他人の何倍も時間が掛かる。しかし時間が掛かっても構わない。時間を掛けて習得した事は忘れにくいから。初めから能力のある奴など居ない。稀に最初から違う人も居る。東大生などだ。だがそんな人を羨ましがる時間があれば、少しでも自分の努力する時間に充てる。出来る様になるまで、他の時間を削ってでもやれば、必ず出来る様になる。出来る前にやめるから「自分は出来ない」と思い込む。出来るまでやるのだ。そうすれば必ず誰でも出来るはずだ・・・・・・。
この時代に、利益を得られるか否か。その差を分けるのはマイナス面をチャンスと捉えられる視点とそこからの行動力。つまりは「思考の差」と言う事になる。殆んどの人間が反射で動いて居る。朝決まった時間に起きて。顔を洗って、歯を磨いてご飯を食べて、学校や会社に行ってと言う反射だけの人生。それはつまり「何も考えて居ない」と言う事。しかし一つ一つの現実に対して。「こうあるべきだ」「こう動くべきだ」「こうしなければならない」そう言った具体的な行動をポジテブな思考と結びつける事が出来れば、すぐに結果が出なくとも。後に出て来る結果は大きく変化する。思考と行動を繰り返した分、人生のプラスとして帰って来る。結果が出るのが数年後か、10年後かは解らない。しかし、そのタイムラグを恐れるな。それは必要な先行投資だ。何時の時代であろうと「成功者」と呼ばれた人はタイムラグを含めたサイクルを理解して居る。
行動した先には、常に様々な壁がある。それらの壁を乗り越えた先で手にする結果を「成功」と呼ぶのならば、「成功」を手にするまでの回数を重ねる事でやがて「成功までのショートカット」が出来る様になって行く。何か発想が浮かんだ瞬間を、強く結果をイメージしろ。結果から逆算すれば、やらなければならない事が「最短距離」で把握出来る筈です。勿論その道のりには苦しい事もあるが。常に結果に向かって歩く事を繰り返して行くと、発想が浮かんだ瞬間に「結果を手に入れた自分」が見える様になるし、そうなるまで何年を要するかは人によるが。いずれ、誰でもがそうなる。手に入れるまでは苦しいけども・・・・・。この考え方を持って居る限り物事は成就出来ると思う。最後に【歳を重ねる】ことと【歳を取る】ことは意味が違うと言っときます。【歳を重ねる】とは、歳を増すごとに己の人生に一つ一つ責任を重ねて行く生き方。【歳を取る】とは、歳を増すごとに己の人生から責任を一つずつ取り省いていく生き方。」
「一見、【歳を取る】生き方の方が楽なように思えるが、【歳を重ねる】生き方をして居る人達の方が圧倒的な強さを手に入れられる。それは物理的、身体的な上でも精神的な上においてもだ。【やったぶんだけ自分に返って来る】と言う言葉は、いい意味においても悪い意味においても適用される。自分に返って来る事がいい事だけの方がいいと思う。皆さん歳を重ねるとはよく言うが本当に歳を重ねて居る人は何人居ますか?殆んどの人が歳を取って居るだけですよ。私もいい年の重ねかたはして来ては居ない。何故なら投薬によって頭が塞がれて居るからだ。今書いて来た事なども要約の事ですよね。まあこの考え方はGACKT君の影響が可成りありますが。彼の思想と自分の考え方はぴったりと重なるんですよね。彼の人生哲学はショペン・ハウアーの人生哲学とは正反対だ。そして、今まで私が読んで来た哲学者の言う事よりもより実践的だ。まあ、哲学では無い。実践哲学ですね。そして人生の指南書です。YouTubeでの彼の話を聞いて見て下さい。まだ50歳ですが。何で私が彼に入れ込むのかが解りますよ。いい事言って居ますから。
字幕付きです。「先行利益を得られる思考」「思考のアップデート」とは?! GACKT邸『GACKT超思考術』出版打ち合わせ@マルタ島 第3弾 vol.02
字幕付きです。『GACKTの超思考術』特別インタビュー Vol.1@NORTH VILLAGE ジパング店
此間、最新のMacOS「 SONOMA」を入れました。。。
昨日の夕飯、、
今日の昼食です。。。
前回でも書いたが、私は独りです。だから、話し相手は居ない。だからこうやってblogを書いて居る。話す人は訪問看護師とヘルパーと恋人の彼女だけだ。侘しいでしょう?私は、ほぼ此処8年間程、そう言った環境で生きて居る。しかし訪問看護師とは折り合いが合わない事が多い。彼女らは勿論病気の様子を見に来て居る。友達でもなければ、ガールフレンドでも無い。私は色々な話をするのだが、彼女らに取って見たらそれは苦痛らしい。嫌がるのだ、話を聞くのを。大体が年齢が30代ぐらいだ。歳から言うと皆んな一端な年齢だと自分の事を思って居る。だから人のお節介な話はちゃんちゃら可笑しいのだ。まあ、私も其のぐらいの年の頃はそうだったかも知れない。ただ、こう言う事も言える。「精神疾患者の話など聞けるかよ」・・・と言う事もあろう。ただ、もったい無いと思うのだ、人の話は話半分でも聞いて見るべきだと思う。自分の知らない事を言って居るのだから、聞けば見識が広がるはずだ。私はNHKの番組を良く観る。特にETV特集などのドキュメンタリーなどだ。此間、若いヘルパーが言って居たけど、NHKの受信料を払わないそうだ。そしたら集金人に来られて辟易して居ると言う。だから私が「NHKは結構いい番組を放送して居るよ」と言ったら。「其れは解る。自分も見て居る」と言うのです。でも月2千円の受信料は払いたく無いのだそうだ。まあ、NHKは受信料で成り立って居るが、そろそろ、他の方法とか考えた方がいいのかも知れないな.....。
人は金が掛かるとなると其れを強烈に拒む習性がある。怒られそうだが、私は障害者だからNHKの受信料は免除になって居る。国は結構考えてくれて居る事もあるのです。今、こう言いながらケーブルTVの4kチューナーでYouTubeでETV特集を掛けて流しながらこの記事を書いて居る。J:COMのレンタルチューナーではYouTubeもテレビで観られるのです。NHKを潰そうと息巻いて躍進した政党がある。私は何だかなぁと思って居る。NHKは確かに辛気臭い。お勉強みたいな番組は皆んな嫌がるのだ。私は今はケーブルTVのチューナーだからBS放送では、放送大学が見られない。パラボナ・アンテナを立てれば見る事が出来るのだろうが、あの大学放送も為になった。私は東大大学院の鳥越教授講義の「メディア論」。今から8年前に放送されたものをBlu-ray3枚に全講義焼いてある。名講義だった。他に見て居たのは「芸術論」だ。この講義は確か芸大の教授が担当して居たと思う。名前は忘れたが....この講義も良かった。特にキュビズムに関して良く理解出来たと思う。其れなのにケーブルTVは放映してくれないのだ。私ははっきり言って、学がある訳でも無い、大学は行くには行ったが、夜学です。でも教える内容は昼間の大学と変わりは何も無い。ただ昼間働いて夜勉強とは辛いものです。そして私は知識欲は旺盛だ。人間向上心が無くなったら、終わりだと思って居る。私は64年間生きて来て知った事が結構あると思う。だから其れを言いたくなる時があるのです。また言うが私は学がある訳では無い。ただ一生、学びだと思って居るのです。ただ知識を闇雲に捉えて邁進していく、俗に言う「知識人」は嫌だと思う。彼らは自分らが中心の封建的な世界で生きて居る。排他的な人が多い。知識がある自分らが絶対で、其れ以外の者は無能と考えて居る。本来学びとは楽しいものだ。
私は高校までは受験の勉強なので大嫌いだったが、その代わり本をよく読んだ。映画、音楽を学んだ。作家の司馬遼太郎は高校の頃、暇さえあると図書館に行って、本を一日中読んで居て。氏は其れさえあれば何も要らなかったそうだ。学校の授業はとんずらして図書館に入り浸りだったそうです。だから他の人に言わせると、彼は当時の高校生活で知って居るべきことを何も知らないと言われて居た。本来学びとは独学で身に付ける物なのだと思う。しかし独学だと自分がどれだけの位置に居るかが解らなくなる時がある。だから人の話も聞くべきなのです。知ると言う事は喜びに繋がるのです。私は結構物持ちがいい。高校の頃に描いた漫画など下手だがまだ持って居る。其れを前に訪問看護師に見せて其れを押し入れに閉まったら、背後から其の看護師の鋭い憎悪の気配がした。気配は人間は消せない。此間、道を歩いて居て、若い女の子が腰を振りながら歩いて居た。私は「モンローウォーク」見たいだなと思い見て居たら。その子は後ろを振り返って私を見て居た。解るのだ、人の視線が、、私は此間も言ったが、家賃などを払ったら、生活費は8万ぐらいです。そして、障害の為に働く事が出来ない。だから無職だ。生活保護を受けて居る。私も働こうとは考えた。しかし障害の後遺症は酷い物だ。働けないのです。其れにもう歳だ。60歳を超えた男を雇う様な処は無い、そんな甘い世の中では無い。皆さん健康が第一ですよ。身体さえ丈夫ならば、何だって出来る。私は・・・生きて行くだけで精一杯だ。私は頭がいい方では無い。だから人より頑張らないとと思って居ます。此処まで書いて来ましたが。人の話は聞いて損は余り無いですよ。勉強になります、どんな事ですらね。そして人に悪意を向けるのを辞めましょう。一人一人が他人を尊重すれば平和な世の中はやって来ますよ。。。此処まで読んでくれてどうも有難う。
Love - John Lennon/Plastic Ono Band
〜〜丸山真男について〜〜。
丸山真男『日本の思想』の解説。読むと頭がよくなる本です
丸山真男死後のヒットセラ-となった世織書房『丸山真男と市民社会』の中でも突っ込んで議論されて居る様に、古層(執拗低音)論は、丸山真男の思想像をめぐる議論の中でも、最も話題の多いテ-マの一つである。丸山真男の論文はどれも内外から論議の的となる問題作が数多いが、その中でも特にこの『歴史意識の「古層」』は、論者たちから批判と論難の集中する問題作であると言える。それは1972年に発表された当初からそうであり、現在まで変わらずそうであり続けていて、そうした周囲からの注目と関心の高さがこの論文を丸山真男の思想史作品の代表作の位置に置いて居る。
丸山は日本思想の基底には執拗にくりかえされるひとつの音型があって、その音型は外来思想が日本に入って来るとき、外来思想にまざりあい日本的なものに変容させる働きをすると述べて居る 。それは「原型」 「古層」「執拗低音」とさまざまに名づけられる。歴史を通じて変化しない思想の原初形態といった実体的なものではなく、ひとつの音型と表現されているようにまじりあって同じような変容、修正をもたらす思考のパターンなのである。「古層」は、われわれの意識の基底にありつづけ、われわれの思考様式に影響を与えて来たと丸山は考える。 『丸山眞男講義録』第四冊の「解題」によると1963年の丸山の講義では「普遍者の自覚」の章がたてられて居た。1964年にはそれがないのだが、「解題」によれば丸山は「普遍者の自覚」を妨げるものとして、「普遍者の自覚」に対立するものとして「原型」=「古層」を捉えて居たがゆえに、当初「普遍者の自覚」 の章を考えて居た様である。いかなる時代、いかなる状況にあっても主体的に判断、決断できるためには歴史を超えた「普遍的なもの」に帰依する必要がある。しかしながら、われわれには「普遍的なもの」と言う観念はなかなか根づかない。なぜそうなのだろうか。それを妨げるものが「古層」である。
ではその「古層」とはいかなるものか。その問いに答えようとしたのが、論文「歴史意識の「古層」」である。『古事記』『日本書紀』を素材として考察がおこなわれているが、なぜ古代に素材を求めたのかと言えば、思考のパターンの「古層」がそこにあると考えたからであり、それが「普遍者の自覚」「主体的な判断、行動」を妨げる、その後も 影響をあたえつづける要因であると見たからである。 丸山の「古層論」は正当に評価されて居ない。外来思想が入る以前から「日本独自の思想」があった。外来 思想が流入しても変化する事のない「日本独自の思想」があると主張する「日本文化論」の言う「文化決定論」とはまったく違うものである。日本思想史研究のグランドセオリ-として、そして日本人の反省的な自己認識のカ-ネルとして丸山真男の古層論を考えて見る。そして今あらためて古層論全体を凝視したとき、いわゆる古層=執拗低音が意味するものが、全体として三つの層によって構成されて居る事を発見する事になる。
日本の思想史を概観すると、外来思想の絶えざる流入による変遷を重ねてきたように見える。特に近代以降は、その流入の量と速度は圧倒的ですらある。にもかかわらず、良い意味でも悪い意味でも、何かしら日本的なものが外来の思想に刻印されて居る様にも思われる。それは、遅れているとか、理解力の不足というような問題ではない。また、それは外来思想の本来の意味を失わせるほど強力に作用する事もある。そうした事態を引き起こす「何ものか」を明らかにすること、丸山が晩年まで取り組んだのは、その問題であった。原型と言い、古層と捉え、最後に執拗低音と名づけたその「何ものか」を正確に理解する事だ。
古層を映し出すカメラのレンズを絞って古層の中核部に焦点を合わせたとき、そこに実体的に存在するのは、いわゆる日本人のエスノセントリズムの特有な形態、天皇制を永遠不滅の価値の根源として崇拝し帰依する信仰態度であり、それを自分自身の存在根拠として神聖視する自意識であり、天皇制を世界と歴史の中心に置いて全体を秩序づける非合理的な世界観である。古層における第一の層は、すなわち、古事記的思惟であり、国学的思惟であり、狂信的な超国家主義思想である。
古事記と本居宣長の国学と戦前の超国家主義。この三者は、一見した処、その外形と風貌を異にし、思想的実体として一つのものとして了解することに違和感を覚えさせがちのものである。古代神話と近世国文学と狂信的軍国主義。もしも丸山真男と言う思想家が存在せず、丸山政治学なる学問が与えられる事がなかったならば、戦後の日本人はこの三者を一つの思想的実体として捉えることはヨリ困難であったに違いない。しかしながら、丸山政治学は、この三者が実体として一つのイデオロギ-である事をわれわれに明確にさし示す。このことはわれわれ戦後日本人の常識である。文学的なもの、平和的で手弱女的な日本のシンボルが、ある日突然に政治的に狂暴化し、阿鼻叫喚の地獄へ向かって破滅的に暴走するものである事を、われわれはよく知っている。
紹介『日本の思想』丸山真男 / 日本人の輸入した思想に対する態度と、それがもたらした影響について
いわゆる神道思想という表現で括られるような思想的実体を古層の第一層とするならば、そうした可視的な実体部分の周縁に、気体状の形態を帯びて取り巻く第二層を確認する事が出来る。すなわち「日本人の思考パタ-ン」として表象される処の特徴的な日本の思想、「無責任の体系」として規定された日本人特有のものの見方考え方である。われわれ自身の身体内部に染み付いて居る認識の枠組、日本人が先天的に引き摺っている問題の処理の仕方、日本語という言語媒体の性格が自然生的あるいは半強制的にわれわれの中にプログラムしてゆく精神構造。それが古層における第二層として見なければならないものである。
基底範疇「つぎつぎになりゆくいきほひ」の生態は、この第二層において日本人の日常社会を特殊な「日本社会」として濃厚に特徴づけてゆく。われわれ日本人の日常は、多数において、この基底範疇が本性のままに蠢き自己貫徹を遂げて行く様々なバリエ-ションの世界である。政治世界においても、企業社会においても、テレビ世界においても、アカデミ-に置いてもそうである。今の勢いを得たものであれば、何でもすべて尊重される。過去の事実と以前の過失には、悉く目隠と封印が施される。水に流して済まされる。勢いを一度失えば、見るも無残に打ち棄てられる。瞬間瞬間の「いきほひ」だけが、テレビの画面を占領し、新聞紙面を占領し、国会議場を支配し、企業の意思決定を支配する。「いきほひ」だけに動機づけられ、「なりゆき」だけに関心と注目が集中する。
将来の理念を言うのが只管苦手である。過去の反省を言おうとすると脅迫される。バブル経済の後始末も、行政改革も、その行く手を阻んでいる根幹は、「既得権益者の利害」と言う政治経済的実体以上に、改革を高唱しつつも改革後の未来を構想できず、改革されるべき諸問題が蓄積された過去を対象化できない、日本人自身の内なる執拗低音の思考作用そのものなのではあるまいか。丸山真男の提出した「日本人の自己認識」は、真相として課題として要請として、すなわち社会科学として、いつまで経っても、いつまで経っても、いつまで経っても古くならない。
若いとき『超国家主義の論理と心理』や『日本の思想』を読み、「これがあれだったのか」という思想的既視感に興奮しながら思ったのは、「自分が生きている間には必ず日本人も変わる時が来るだろう、《無責任の体系》から離脱して新しく変容する姿勢を見せるだろう」という希望的楽観であった。それからの30年間は、希望的楽観が絶望的悲観に変化するグラデ-ションの過程である。グラデ-ションのカラ-パレットのパラメ-タが、どこまで「#000000」に接近したのか、もはや確かめようと言う気力すらないけれども、日本人が丸山真男の政治学を精読しなければならないこと、政治学者が繰り返しそれを講義し続けなければならない事だけは、昔より今の方がよく理解出来る。
最後に、古層の第二層の外側に、さらに密度を薄くした気体形状の第三層が存在する。古層=執拗低音の第三フェ-ズ、それはただ日本人のみの自己認識にとどまらず、現代世界全体の思想状況を照射する自己批判の認識として考えなければならないものである。原理的なるものからの逃避、理念的なるものの自己崩壊、精神的緊張関係の喪失、流動する現実への自己同一化、漂流する状況に対する無限肯定、世俗的価値観への盲目的追従。丸山真男が1972年に提出した議論は、日本のみならず世界全体の思想状況を問う問題提起であり、その後に一世風靡する「現代思想」=「脱近代知」の氾濫に対する洞察であり、ポストモダン主義の厄災に対する予言的警鐘に他ならなかった。
現に、「いま」の感覚は、現在ではあらゆる理念への錨づけからとき放たれて、うつろいゆく一瞬の享受としてだけ、宣長のいう「中今」への賛歌がひびき続けているかに見える。すべてが歴史主義化された世界認識 - ますます短縮する「世代」観はその一つの現れにすぎない - は、かえって非歴史的な、現在の、そのつどの絶対化をよびおこさずにはいないだろう。しかも眼を「西欧的」世界に転ずると、「神は死んだ」とニ-チェがくちばしってから一世紀たって、そこでの様相はどうやら右のような日本の情景にますます似て来ているように見える。
(『歴史意識の古層』 丸山真男集 第十巻64ページ)
単位時間あたりに処理しなければならない情報が増え、単位時間あたりにカバ-しなければならない要件や項目や領域が増え、それを効率化するための機構と装置が新たな煩雑さを人々の前に積み上げて、問題の本質的な把握と解決へ向かわせる精神を疲弊させ、緊張感を奪い取ってゆく。支配的思想の移ろいゆく流れのなかに身を浸し、身を漂わせながら、表面的な情報処理能力のスピ-ドとパフォ-マンスだけを「専門知識」の証明として追認し、依拠せざるを得ない現代人。それはアカデミ-でも実社会でも同じであり、また日本でも、米国でも、欧州でも、事情は全く同じである。
「古層」論文最後の一節に記された丸山真男の予言の中に、世紀末の日本と世界の知性は、深く鈍く虚ろに沈み込んで居る。
補足、追伸・・・・・・・・。
調子がまた悪いもので、次の更新は相当に遅れるかと思いますので宜しく、此処10日間位に書いた記事を読んで居て下さいね、宜しくね。🙏