柏 豊住にある白山神社 我が家から歩いて約5分ぐらい 2016.3.5
前はこんなに大きい神社ではなかったが、いつの間にか大きくなっていました。
↓稲荷神社と大杉神社
桜の木が8本ありますが全部幹が太いです。
↓神社の脇に桜
何の桜でしょうか?
↓ 知り合いの造園屋さんの桜
柏 豊住にある白山神社 我が家から歩いて約5分ぐらい 2016.3.5
前はこんなに大きい神社ではなかったが、いつの間にか大きくなっていました。
↓稲荷神社と大杉神社
桜の木が8本ありますが全部幹が太いです。
↓神社の脇に桜
何の桜でしょうか?
↓ 知り合いの造園屋さんの桜
山口貯水池 2016.2011
市内を流れる柳瀬川の上流をせき止めて作られ、昭和9年に東京都の水瓶として完成した人造湖。
湖周辺は県立狭山自然公園となっており、埼玉の「自然百選」にも選ばれています。
桜の木
↓歩行者通路
↓左側は運動場や住宅地
↓ 右側は狭山湖
昭和2年に東京市民(当時)の水がめとして多摩湖(村山貯水池)が完成しましが、 東京市の人口が急激に増えたため、その水だけでは水量が足りなくなり、その飲み水を確保するため村山貯水池(多摩湖)に続いて計画されました。
この計画で、山口村大字勝楽寺村(しょうらくじむら)の大部分と大字上山口の一部が水没することになり、282軒1720人が住みなれた土地を手放して村を離れることになりました。
↓ 「五風十雨の味わい」 当時東京都知事の石原慎太郎の書。
五日に一度風が吹き、十日に一度雨が降る
気候が順調ということで、
世の中が平和な様子を意味しています。(石碑の裏に書いてありました)
↓ 高欄(てすり)と親柱(照明と避電針用の塔)
昭和初期に建設された高欄が55年ぶりに出現。親柱とともに一部を保存
↓ 取水塔 湖底から35mの高さ
狭山湖に第一取水塔と第二取水塔があり、主として第一取水塔は東村山浄水場および境貯水池に原水を送る施設です。第二取水塔は村山下貯水池に原水を送る施設です。
埼玉県所沢市・入間市に位置しているが、東京都水道局管理のため、
埼玉県の上水道としては供給されていない。
金乗院(こんじょういん) 武蔵野七福神布袋尊 2016.2.11
本尊は千手観音(山口観音) 武蔵野観音霊場第13番札所
狭山三十三観音霊場初番、奥多摩新四国霊場八十八ヶ所52、65、67、77、79
狭山不動寺に 隣接しているので車はそのまま 2~3分
仁王門
↓マップ
↓本堂
行基菩薩作が千手観音を本像として創建、弘法大師が開基、新田義貞が戦勝祈願するなど、山口観音として崇敬を集めた 千手観音は公開されていない。
西武球場から歩いて七分ぐらい
↓ 祈願用の鐘
御願い事をしながら廻して本堂を1周する 全部で108ある
印度ネパールで作られ夫々圣文が刻印され経文が納められている。
お経を知らない人もお経を読んだと同じ功徳がある
ボケないようにお願いしながら鐘を廻して1周しました
↓ 七福神堂
↓七福神全部祀られていました
大黒天 恵比寿天
↓毘沙門天 布袋尊 福禄寿
↓ 寿老人 弁財天
↓ぽっくりさん
↓ 階段の横に龍 頭
↓ 長い胴体
↓ 上から撮った。 階段の両脇に龍
↓ 八角の五重の塔 千躰観音堂
地下は四国八十八ケ所と西国三十三ケ所の霊場
↓ 出口の所で振り向いて撮る
左が四国八十八ケ所 右が西国三十三ケ所の札所
↓ 最後の88番
↓ 出口
狭山山不動寺 2016.2.11
↓ 桜井門(裏門)
奈良県十津川の桜井寺の山門として建立されたのを移築。
↓ 入ってすぐ両側に沢山の石灯籠
増上寺からから運んできたもので、寛永年間のもので、増上寺と彫られている。
左の柵の中は羅漢堂や唐金灯籠が並んでいる
↓ 本堂
プリンスホテル群を開発した堤義明氏は、西武ドームがある埼玉県所沢市に狭山山不動寺(尊)という寺院を建立し開山。
そこに焼失を免れた勅額門、御成門、丁子門(重要文化財)、第一多宝塔(埼玉県指定有形文化財)の2つの霊廟と多宝塔を移築しています。
本堂は京都本願寺から移築した七間堂
↓ 第一多宝塔
大阪府高槻市梶原にある畠山神社に建てられていた桃山時代の建立。
↓第二多宝塔
↓ 羅漢堂山門
徳川将軍家の三つ葉葵の紋がついています
↓ 羅漢堂
中に入れないので柵の隙間から撮る。
↓ 唐金灯籠
増上寺の徳川家の台徳院霊廟など、全国各地の大名家、家臣等が寄進したものです。
↓大黒堂
↓ 鐘楼
↓ 弁天堂
↓総門
丁子門・御成門.勅額門は増上寺から移築した。
↓ 丁子門
↓ 御成門の説明文
↓ 勅額門(ちょくがくもん)
裏門から入って表門から帰る。