
コモちゃんは7月連休の山旅を大変楽しみにしていました。
今日のブログはコモちゃんが書きました。
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今回、嘉納山登山より「周防大島文化交流センター」の訪問が目的だったかもしれない。
このセンターの別名は民俗学者宮本常一記念館。

小生シルクロードに燃えていた若い頃は、ワールドワイドでスケールの大きい民族学者梅棹忠夫の著作を多く読んだが、十数年前から里山を歩くことにより民俗学者宮本常一に興味を抱くようになった。
手に入りやすい本から少しづつ読んできたが、なにしろ彼は16万キロを旅して5万キロは自分の足で歩き、旅した日数は4000日。残した写真コレクションは10万点。全貌を知るにはまだまだだ。
小生の読んだ本。

小生も昭和38年から43年までに行った「利尻・礼文島」「下北半島」「佐渡ヶ島」「壱岐・対馬」「五島列島」は当時のテント泊旅行が思い出されるのであった。
センターに入ると図書室も併設されてるのに来館者はいなくてとても静か。
入り口で入館料を払っていると記念館に明かりがともった。
フロアには宮本常一の呼びかけで収集された「周防大島東部の生産用具」がたくさん置かれている。
周囲には常一の写真や文を中心に日本各地の産業や文化や技術などがパネル展示されている。失われた昭和のあの時代・・・・昨日のことのように思えるがもう二度と見られないものばかり。失われることは早い、あっという間に・・
彼が過ごした周防大島、山に残る朽ちかけた廃屋や放棄された棚田もふくめてこの目にすることができて大満足だった。
周防大島の山、嘉納山のレポートはこちら。
ちなみに隣はやはり島出身の星野哲郎記念館である。

今日のブログはコモちゃんが書きました。
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今回、嘉納山登山より「周防大島文化交流センター」の訪問が目的だったかもしれない。
このセンターの別名は民俗学者宮本常一記念館。

小生シルクロードに燃えていた若い頃は、ワールドワイドでスケールの大きい民族学者梅棹忠夫の著作を多く読んだが、十数年前から里山を歩くことにより民俗学者宮本常一に興味を抱くようになった。
手に入りやすい本から少しづつ読んできたが、なにしろ彼は16万キロを旅して5万キロは自分の足で歩き、旅した日数は4000日。残した写真コレクションは10万点。全貌を知るにはまだまだだ。
小生の読んだ本。

小生も昭和38年から43年までに行った「利尻・礼文島」「下北半島」「佐渡ヶ島」「壱岐・対馬」「五島列島」は当時のテント泊旅行が思い出されるのであった。
センターに入ると図書室も併設されてるのに来館者はいなくてとても静か。
入り口で入館料を払っていると記念館に明かりがともった。
フロアには宮本常一の呼びかけで収集された「周防大島東部の生産用具」がたくさん置かれている。
周囲には常一の写真や文を中心に日本各地の産業や文化や技術などがパネル展示されている。失われた昭和のあの時代・・・・昨日のことのように思えるがもう二度と見られないものばかり。失われることは早い、あっという間に・・
彼が過ごした周防大島、山に残る朽ちかけた廃屋や放棄された棚田もふくめてこの目にすることができて大満足だった。
周防大島の山、嘉納山のレポートはこちら。
ちなみに隣はやはり島出身の星野哲郎記念館である。

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