太陽のメロディー

歌おう 笑おう やがて訪れる 朝の光を待ちながら

急変

2010-10-30 | 日記
やっと落ち着いて、パソコンを開きました。

28日の21時過ぎ、病院から「血圧が50台まで下がったので、お顔を見に来てあげて下さい」と電話がありました。

その日私は体調が悪く、会社を昼から早退し、2~3時間寝た後お休みのに病院に連れて行ってもらい、その帰りに食事をしている時でした。

慌ててで病院に向かいました。
そんな時に限って、踏切は上がらないし、ホントにイライラ
途中でを下りて、走りました。

私が一番に病室に入ると看護師さんが「良かったね、娘さん来てくれたよ。後はお父さん待たないとね、浮かばれないよね」と言って、点滴終わって無いのに外したんです。
それ見て、もう駄目だから、外したんやと思い「もう駄目なんですか」と聞くと「そんな事はないですよ」と言い残して部屋を出て行ってしまいました。

その後、父を迎えに行った妹夫婦が3人で入ってきました。

それぞれ、きっと覚悟はしていたはず。

たぶん、今夜か遅くても明日の昼って思って、その夜は私たち3人は病院に泊まりました。
や姪っ子夫婦、それにと妹の夫は仕事もあるし0時過ぎに帰って貰いました。

その夜は明け方の4時までしっかり起きていたものの、その後は寝てしまいました。
自動的に測定する血圧計の音でハッと気が付き、血圧だけはチェックしてましたが・・・



29日は私は仕事を休みました。
午前中は妹と父が家に帰り、お風呂に入ったり、用事をして、午後からは私が家に帰ってお風呂に入り、洗濯物を干し。。。
用事を済ませてまた病院へ。

午前中一人で病室に居る時、痙攣してる母の足を擦りながらウトウトしてしまってて、担当医が入ってきたのに気付かず、途中で目が覚めたら先生が立っててビックリ。
「だいぶ、お疲れのようですね」と言って部屋を出て行かれました。
そのせいか、「皆さんお近くの様なので、何かあったら直ぐに電話を入れますので、今夜は帰っても大丈夫ですよ」と言われ、昨夜は皆で晩ご飯を食べ、帰宅しました。


今も母は頑張ってますが、血圧は80~110くらいを行ったり来たり、不安定です。
断続的な痙攣、今も続いています。
でも、今日から自発呼吸になりました。
おしっこも、オムツから管に変わり。。。

延命措置は望んでいません。
なので、血圧を上げる薬は投与されません。
延命措置になるので一旦投与すると亡くなるまで外せないのだそうです。
点滴は生理食塩水、体液を増やすのだそうです。


今日、交代で昼食に出かけた際、妹と不動産屋さんに行き、父のマンションを手配しました。
今住んでいるところはで15分も掛かるので、一人で置いておくには心配なんです。
探してたのは妹と同じマンションの別棟。
そこなら父も歩いて妹宅や私のに来られるし。
ちょうど、賃貸で1部屋だけ空いてたので勝手に手付金を入れて、部屋止めをしました。

病院に帰り父に話すと、以外にあっさり承諾をしてくれ、明日一緒に部屋を観に行く事になりました。

母がどうなるかわかりませんが、どちらにしても今の家には帰る事は出来ないでしょう。
少しでも、父が元気なうちに、移動して貰いたくて。


何かと考えなくてはならない事が一杯。

明日は朝から父を連れて部屋を見せて貰い、昼からはとこに行き、また病院へ。
晩ご飯は父と一緒に食べるかな。


私は寝込む暇も無く、でも喉は最高に痛い
今夜、久しぶりに晩ご飯でちゃんと作った気がします。










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