近松秋江読書日記

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近松秋江全集第一巻より『報知』を読む

2023-08-22 22:21:00 | 日記
 全集を順番に読んでいる。近松秋江の軌跡を追いながら、どのように変化していったのか。

 そのような読み方が出来るのが、全集の醍醐味であろう。





 本日は『報知』を読んだ。ほうち、と書いてしらせ、と読ませるようだ。ごく短い物である。

 三人の子供が狭い部屋で川の字に寝ている。母親と義母は隣の部屋にいる。

 夫は国外に出稼ぎに出ており、毎月、結構な額の仕送りがある。良い仕事なのか、身を粉にして働いているのか。

 ここまで読むとこの作品の展開としては夫が外国からサプライズで帰ってくるか、不慮の死に見舞われるかのどちらかかな? と勘繰ってしまう。

 幸せ一家の様子からは、充分夫の死亡フラグは立っており、物語は矢張り本家の人間が夜、急に訪れ、夫の海外の死を伝える、というもの。

 これはどうなのだろう。surprise(驚かせる)文学としてみれば弱い。その観点から見れば、本作は凡作に分類されるものではないのか。

 しかし私小説作家、近松秋江である。実話を元にした作話なら申し訳ないが、それにしたって、短編一本を支えるコアとしては、少し弱いようにも感じる。

 実話なのか小説なのか、解説には特に明記されてはいなかった。


近松秋江全集第一巻より『その一人』を読む

2023-08-10 08:26:00 | 日記
 迷走は一本だけであったようだ。『その一人』は後年の情痴作家の片鱗が見える一本に仕上がっている。我らが近松秋江が帰ってきた。

 物語は回想形式で書かれており、十五の時、家には二十五になる『おみね』という女中がいた。

 その思い出話。

 おみねは綺麗な女で、なまめかしい身体をしていた。悶々とする秋江。

 隣の部屋から声が漏れる。二歳上の兄の声だ。おみねにちょっかいをかけているらしい。

「お母様に申し上げますよ」

「構わない」

 兄も若い女との生活に悶々としていたようだ。手を握ったのかどうなのか、少なくとも自分より前進している事を知り、驚く秋江。

 秋江もおみねに近付きたい。接吻したい。

 その後、立ち聞きの際『小さい若様はそんな馬鹿なことはちっともなさらないじゃないですか』というおみねの発言。

 その発言が嬉しいやら悲しいやら、それがストッパーとなり、行動に移せない。

 ただ兄を妬み、真面目な小さい若様を演じ続ける苦悩。

 というごく短い作品。やはりこの様に己の性に向かって心情を吐露する。

 こうでなければならない。

 情痴私小説作家、近松秋江に近付きつつある小編であった。

近松秋江全集第一巻より『人影』を読む

2023-08-09 19:42:00 | 日記




 近松秋江全集より二本目『人影』を読む。

 これはデビュー作から大幅な路線変更が見える。一本目の『食後』が実話風の軽い読み物なのに比べ、本作は描写も文体も、難解な方向へ舵を切っている。

 内容は渡航した兄が急死した知らせを受け、追悼しながら人生とは何か、ということを自問する様な内容であった。

 文章も難解で、少々読みにくかった。この方向で進むのなら芽は出なかったであろうと思う。

 夏目漱石宅に押しかけて、別れた妻の追跡劇を話し、漱石に〜小説の様に面白い〜と言わしめた近松秋江。

 デビュー作は体験を元にしたであろう素材で組み立ててあるが、本作は技巧に凝ろうとした。おまけに終盤は詩人であるかのような書き方をもしている。

 迷走中の一本といえよう。

近松秋江全集第一巻より『食後』を読む

2023-08-05 13:11:00 | 日記
 思い切って近松秋江全集をババーンと勢いで買ってしまったのである。

 近年稀に見るどハマり方で、探偵小説以外の読書において、佐藤春夫、宇野浩二、横光利一など、適当に手を出してはみたが、どれもピンとこない。

 この情痴文学の書き手、近松秋江を知り、私は私小説の面白さ、脈も無いのに果てしなく逃げた女を追いかけていく、ある種ストーカー文学とも言える情痴文学の魅力に、すっかり魅了されてしまったのだ。

 選集では物足りない。その全貌を知るためには、全集を揃える他はなかった。値は張ったが後悔はしていない。

 それにしてもこの作家の令和における埋没具合はどうか。決して埋もれさせて忘れ去られるには惜しい作家である。

 まず一本目『食後』を読んだ。冒頭に置かれているので、これが商業作品一本目、デビュー作なのであろう。

 ごく短いものである。

 後年の作品に見られる語りの面白さの片鱗が、既に見て取れる。

 作家志望と弁護士志望の男が狭い宿で同居している。昼飯を食い終わり2階に上がって寝転び、過去の女性遍歴を語る、というもの。

 互いに三十くらいの年齢である。弁護士志望の男が、十四の時の、それも下宿に住んでいた家主の娘、年上の娘とのやり取りを語って聞かせる、というのが大まかな筋。

 二十歳の娘は不用意に男の部屋に入ってくる。十四なので弟の様に思っているのだろう。

 しかし男の方はしっかり女を意識しており、性的に悶々としている。

 身体が触れたり、時には密着したり、そうしたことに耐えられず、結局寮を引き払う。隣に住んでいた仲の良い同級生は怒り、学校で会っても溝が深まって気まずい。

 しかし抜け出した理由が宿の娘との関係で悶々としていた事を打ち明けるのが恥ずかしく、同級生を嫌って出て行ったと思われているのが今でも気がかりで、誤解を解けなかった事を未だ後悔している、と言う話。

 一種の告白体で、それを小説に落とし込んでいる。人の秘密を聞く面白さ、語りで相手の情景を思い浮かべる様の面白さ、が眼目であろう。

 デビュー作からしっかり女とのやり取りをえがいてくれている。ここからどこまで飛翔するのか。楽しみである。