子供だった頃、父は1月17日の誕生日に決まって金色夜叉と一緒だと言ったものだ。金色夜叉と一緒と言うことで父が何を言いたかったのかは判らなかった。ただ金色夜叉と親父の誕生日が一緒と言うことは今も鮮明に覚えてる。それが1995年の阪神大震災以後、震災の日が私の誕生日だに変わった。テレビで震災を放映する番組を見て父の顔を思い出した。父が逝ってから15年、鏡に映る自分の姿が親父にそっくりになってきてる。私もいよいよ爺さまになったってことかな。