わたしの実家は、昔小さな商店をやっていました。
小さな店では、ありましたがなかなか繁盛していましたので
父も母も、朝早くから夜遅くまでずっと働いていました。同居していた母方の祖母が
私にとっては、もう一人の偉大なる母でした。
祖母は、母に変わって年子の弟や5歳離れたい妹達のお世話をしてくれました。
私の従兄弟は、父の弟そして母の妹同士で結婚したので普通の従兄弟に比べると血縁がこく、ほぼ家族だったので長い休みの時は家に寝泊まりして
休みの間は一緒に過ごしていました。
そんな時は、8人家族+いとこ2人分の食事の用意をしてくれました。
お店の惣菜も作ったり、家事や子供達の面倒を
チャキチャキこなす祖母でした。
そんな祖母が、還暦を迎えお祝いに旅行で出掛けた先で足を骨折しそれがきっかけとなり家事も出来なくなり
みるみる元気がなくなり口数も少なくなり頬も
こけて、まるで別人になってしまいました。
高校生の私には、驚きとショックで祖母の変化を
受け入れずにいました。
足の骨折が治る頃には、原因不明の痛みに襲われ病院を転々としました。
自律神経からくる痛みだと言うことで、家に戻った時にはうつ状態で、毎日生きる事を否定する言葉をいい続けました。
聞くのが、耐えられない事もありました。
一年以上たった頃、母も店と祖母の介護で心労がかかり自宅を出て病院に入る事になりました。
病院を何度か変える頃に、祖母の様子も変わってきました。
その頃には、目が見えなくなって足もわずかに動かせる程度で寝たきりの状態でしたが
前のように生きる事を否定する事はありませんでした。
顔は、とても穏やかで肌艶も良くなり
考え方も前向きになってきて自分で巾着を縫ったりしていました。
巾着は、何枚縫ったかわかりませんが目が見えないので探り探り針を進めていたと思います。
お世話になった人に、渡して欲しいと。
孫達にも作ってくれました。
祖母は、その後も病床からずっと家族の心配をしていました。
『朝は、ご先祖様に皆の事をお願いします。と頼んでいるからね。』
『夜は、今日もありがとうございました。と。
』20年近く寝たきり状態だった祖母は、
亡くなる最期の最期まで私達の心配ばかりしていました。
祖母が、亡くなった今
私達兄弟四人といとこ三人は、祖母の遺した
言葉のLINEグループで繋がっています。
祖母が亡くなって数ヶ月後には妹の子どもが産まれました。
妹の旦那様が、祖母の名前をつけたいといってくれました。
あれから数年経ちますが、私は昔と変わらずに今もずっと祖母に助けられています。
今の方が、前よりずっと側に感じます。
今日の最初決めていた内容から全く違う方に、
話が飛びました。
何故なんだろうと、ふと思ったら6日後には
祖母の命日でした。
不思議ですね。
この絵本は、祖母がなくなってから出逢った物です。
この中に登場するダニエルは、私にとっては祖母そのものです。
この壁掛けは、祖母が作ってくれた物です。