日々の雑記

気まぐれ思ったことや思い出したこと書くブログ。
自己満足系。

阪神・淡路大震災から30年

2025-01-17 01:00:00 | 日記
今日は阪神・淡路大震災から30年。
私が被災したのは小学5年生の時、
11歳でした。

忘れようにも何もかも忘れられないし、
語れることは被災者として山程あるの
ですが…。正直語りたくない気持ちが
大きいです。本当に昨日のことのように
鮮明に覚えているので。多くの人が
犠牲になりました。思い出せばいつも
辛い気持ちになります。

メディアとかが風化させないように。
とたくさん報道してくれること自体は
ありがたいですが、被災した私としては
一生記憶から消えないものなので、正直
無理に掘り起こされるのは苦しいです。

人生で初めて身近な人が突然いなくなりました。
人生で初めて生きることについて考えました。
自分は何故生き残ったのか?これからどう生きる
べきなのか?その思いはあの日から毎日毎日
わいてくる気持ちです。

あの日、見たことの無い色の空と、何一つ建って
いる物が無いくらい全てが潰れた街がこれからも
私を苦しませ続けるでしょう。 

所詮物事は他人事です。自分に関係の無いことに
ついてはいくらこういうことがあったと言われても、
そうなんだ。程度で終わるものです。そう考えると
私が震災について語る意味は無いと思っています。

家が潰れた瓦礫の山から人の腕だけが見えていた。
そんな話、聞きたいですか?というわけで今日は
静かに黙祷を捧げようと思います。30年なんて通過点。
私を含め被災者は一生背負っていかないといけないので
何年過ぎたとか区切りとか関係無いです。

有給取って寺に参拝してきました

2025-01-16 01:00:00 | 日記
2日ほど飛びましたがこのブログの更新は
不定期なのであしからず。

1/14は有給休暇を取って寺に参拝に行ってきました。
今年初めての参拝です。わざわざ有給休暇をとって
混雑を避けるため連休明けの平日を狙ったのですが…
昨年も同じ寺に参拝したのですが昨年の3倍近い人が
いて仰天しました。え?今日平日だよね?
勘違いした?と思ったほどです。行くまでの
道の人はまばらだったし電車とかも混んで
なかっただけに余計驚きました。

ともかく私は数えで43歳。つまり前年が大厄
で今年が後厄ということですね。なので祈祷
をしてもらいました。神社ではなく寺という
のがポイント。作法とかも神社とかとは全く
違います。寺になると完全に仏教なので、その
寺の宗派の影響が大きいんですね。真言宗の寺
でしたが。真言宗とはその名の通り真言を
ひたすら唱える宗派です。

さて昨年から祈祷料が値上げされていました。
今年は追加値上げはありませんでしたが、各所
の値上げの波がこんなところまで…と驚きました。
当然お守りとかそういうのも値上がりしています。
以前は500円ぐらいで売ってたのが800円とか
そんなので。世知辛い世の中ですね。神様の
ご利益を分けて頂くのにも金がいる時代です。

祈祷は別に厄年でなくても受けてもらって全く
かまわないのですが、祈祷の際に名前と年齢を
呼ばれます。厄年って前後合わせて男性は3度、
女性は4度あるのですが、呼ばれる年にを聞く限り、
大厄と呼ばれる年齢、つまり前後も含めると数えで
女性は32~34、男性は41~43。この年齢がほぼ全員
でしたね。見た感じでも分かりました。特に男性は、
ああ、私と同じくらいの人しかいないなと。
それだけに本来みんな今日仕事とかだよね?私と
同じでみんな有給取ってるのか?とも思いましたが。

まあいずれにせよ参拝して祈祷もしてもらった
ので後厄の今年、しっかり気を引き締めて頑張って
いきたいですね。あ、おみくじですが昨年は実に
大厄らしく凶でしたが今年は大吉でした。おみくじは
占いとは違います。神様からのお告げです。なので、
悪かったから引き直し!とかはやめましょうね…

あと賽銭箱に小銭を思い切り投げ入れようとして賽銭箱
に弾かれて遠くに小銭が飛んでいった人にはキレかけました。
たぶん神様もキレてるよ。以前も書きましたが神社やお寺
は神様のいる神聖な場所です。礼儀を忘れないように。

自分の県の知名度が低すぎた件

2025-01-14 01:00:00 | 日記
私は兵庫県出身、育ち、そして今在住です。
途中で就職してから8年近く東京に上京して
いましたが結局戻ってきましたね

さて、みなさんは兵庫県がどこにある県か?
何も調べず分かりますか?関西圏の人なら
すぐ分かる…と思いたい。東京に行った際は
北は北海道、南は沖縄まであらゆる県から人
が集まっていてさすがこの国の首都だなと
感心したものです。なので初対面の人とは、
どこの出身か?という質問が定番のものでした。

が、私が兵庫県出身と言っても
「兵庫?九州の県だよね?」 
「兵庫?四国の県だよね?」 
「兵庫?山口の隣だったっけ?」 
「兵庫?東北の方だったっけ?」 
「兵庫?静岡の近く?」 
「兵庫?栃木の隣だっけ?」 
「兵庫?そんな県あったっけ?
あ、市の名前?」 

もうね、これほど兵庫県の知名度が低い
とは思いませんでしたよ。全然違う。
ちなみに唯一当てた人は…
「兵庫?岡山の隣だよね」 
うん。あってる。あってるんだけど、
岡山の隣とか言われたのは初めてだった。
ほとんどの知っている人は大阪の隣とか
いう(一応京都や鳥取とも接しているが、
言われたことは無い)
そもそも大阪は同じ関西圏だが岡山は
中国地方だ。普通はそっち側をいう人
はいない。私自身、大阪には数え切れない
ほど行ったことがあるが反対の岡山は数回
程度しかない

結局どこだ?と思った方はネットで地図を
見て各自調べて欲しい。学生ならともかく、
大人になってどの県がどこにあるのか知ら
ないのは結構恥ずかしいことなので。

ちなみに兵庫県内に兵庫市というのは存在
しません。県庁所在地は神戸市ですよ。
神戸市内に兵庫区というのはありますが。

成人を迎える方に言いたいこと

2025-01-13 01:00:00 | 日記
今日は成人の日ですね。私は成人式に行ってない
ですが。専門学校の2年の時で最後のゲーム製作の
締め切りに追われていたので成人式どころでは
なかったです。まあその話はまた別の機会に。

さて今年成人になる方に41歳になる私が何を言うべきか?
山程言いたいことはありますが、1つに絞るなら
「まずは自分で考えて自分の答えを持つべし」です

私が就職した時の私の教育係の人が言った言葉です。
「俺に質問を一切持ってくるな!確認を持って来い!
質問したら容赦なく怒るからな!」 

仕事は分からないことばかりです。そんな時に「〇〇
が分からないのですが」は論外です。私の時はそれで
よく怒られました。それは質問になるからです。では
確認とは何か?「〇〇が分からなくて、自分としては
これはこういうことだと考えているのですがこれで
あってますか?」これは質問ではなく確認です。確認
すると相手は「うん、それでいいよ」か「いや、そう
じゃなくてこう」みたいな感じで答えやすいです。

「〇〇が分からない」だけではそもそも何がどう
分からないのか見えてこない。なので答えるのに
苦労します。言うまでもなく質問された側も
仕事している最中なことが多いです。
自分が忙しい中で他人の質問に時間を割く
余裕がある人は少ないです

質問でなく確認をすることのメリットはまず自分で
考えて答えを出す力がつくこと。加えて回答者が
答えやすいので欲しい回答が得やすいこと。さらに
はお互いの割く時間が必要最低限で済むことです。
また、相手によってはこいつはちゃんと自分で
考えるやつだな。と思われるかもしれません。

成人というか会社の話じゃない?と思ったかもしれ
ませんが、そうでもないですよ。成人というのは大人
です。大人になったからには何も分からないから教えて。
は通用しません。それが通用するのは未成年までです。

多くの情報が氾濫している時代です。だからこそ自分で
しっかり考えて自分なりの答えを持つことが大事です。
何事に対しても。そして他人の意見とかを見て、
自分の答えを時には変更していく柔軟性も大事。

そしてこのやり方は一生役立ちます。なんなら別に若い
頃からやっても全く損はありません。

成人を迎える方々おめでとうございます!
これからは自己責任という名の厳しい世界で
行きていくことになります。そんな世界を
生き抜くには自分の頭で考えることが大事。
他人に頼ってばかりでは駄目。いくら他人から
アドバイスをもらっても最後に選択し、決断する
のはあなた自身です。あなたの人生はあなたが
切り開いていくのです。

公務員は楽じゃない

2025-01-12 01:00:00 | 日記
私の父は公務員だった。公務員というだけで
羨ましいと思うかもしれない。でもそれは勘違いだ。
その想像している公務員はたぶん区役所とかで仕事して
いる人を思い浮かべている。でも公務員というのは
警察官、消防士、自衛官、海上保安庁等多岐に渡る。
少なくとも命をかけて火災現場の消火活動にあたる
消防士を楽で羨ましい仕事。と思う人はいないだろう。

私の父はそういう系統ではなく一般的な市の
公務員だった。が、38年間の公務員生活でやった
仕事はどれもろくな部署の仕事ではない。

順番に言うと水道局の職員、ごみ焼却施設の職員、
老人ホームの管轄の職員、土地の区画整理の職員、
児童館の管理の職員。以上。つまり区役所とか市役所
の仕事は一切やってない。特に大変だったのが最初の
水道局の仕事だ。母親曰く毎日帰りが深夜の3時とか
だったらしい。なので毎日睡眠時間が3時間程度で
次の日、いや正確にはその日に出社していったのだ。
ちなみに公務員に残業代は一切出ない。長時間働いて
も給料が増えることは無いのだ。じゃあ普段の給料が
良いかというとそんなことは無い。定年退職する最後
の月の給料を見せてもらったが手取りが34万円だった。
38年間、1日も休まず働いてきた最後の給料である。

公務員は安定した仕事。と思っている人もいると思うが
過労や精神を病んで自殺した人の話なら父からいくら
でも聞いた。38年間1日も休まず1日も体調不良にならな
かったタフな父親だからこそ最後までやり遂げれたと
思っている。

それでも目指したいという方はぜひ目指して欲しい。
きっと父親も喜ぶだろう。なお父親が公務員になると
いった時、父親の母親、つまり私の祖母は反対した
らしい。理由は上記した通り楽な仕事ではないからだ。
それでも父親が公務員になったのは自分が住んでいる
地域の人達の役に立つ仕事がしたい。という素晴らしい
理由からだ。私は父親を今でも尊敬している。