ところが、古代日本に「動く死体」に相当する概念は存在しておらず、従って「鬼」は訓読みでの翻訳不可能ということになります。「おに」は単純につけられた読みではないのです。
「『鬼(キ)』はどうやらとても怖い、邪悪なもの」と理解した日本人が、それに相当するものと考えたのが「もののけ(物の怪)」でした。「物の怪」は「物の気」の意であり、「漠然とした気配」が原義です。古代の日本人が恐怖の対象としていたのは明確な姿を持つものではなく、物陰にいる見えない「何か」で、それを「穏に(おんに)」と呼んでいました。その「おんに」がいつしか「おに」に変化し、翻訳不可能だった「鬼」の読みとして当てられたのです。「鬼(おに)」は目に見えない存在だったんですね。江戸時代以前の絵巻物には多くの「鬼」が描かれていますが、「目に見えないもの」を視覚化しているため、全てぶよぶよとした曖昧な輪郭をしています。
私たちがよく思い浮かべる頭に角が生えた鬼は、江戸時代、浮世絵師の鳥山石燕が生み出したキャラクターです。「鬼門(丑寅の方角)にいる化け物」という、トンチのような発想で、鬼の頭に「牛の角」が描かれるようになりました。