容疑者が奉行所のお白洲(しらす:法廷)で無罪を主張することは幕府にとって体裁が悪かったのではないかとも言われており、奉行所に送致する前の「下吟味(したぎんみ) 」がいわば予審的な働きをしたと考えられているのです。 また、江戸時代は言うまでもなく科学的捜査が未熟でした。そこで物的証拠よりも人証に頼らざるをえず、中でも自白に最大の信頼が置かれていたため、本人から真実が語られないままに裁判をすることはできないと考えられたのではないかとも言われています。 その他、犯罪捜査において自白は共犯の発見や主犯の確定、余罪の追及などのために最も迅速容易な手段であったことも、自白が重視された理由と考えられているようです。
”冤罪”があったことをうかがわせる文献も
江戸時代においては無罪判決も複数宣告されていたようですが、拷問によって無実の者が虚偽自白をして処罰された例もあったことを窺わせる文献も残っています。 実際に、江戸時代には虚偽供述が横行していたとも言われます。たとえば、奉行は治安維持の失敗に当たる関所破りや密通の犯罪を出す事を恥辱として避けようとしていたため、役人が「吟味詰り之口書」の内容に関して事実を曲げて書くことは奨励されていたとのことです。 他にも、重大犯罪について被糾問者(ひきゅうもんしゃ)と役人が馴(な)れ合(あ)いで刑の減軽を図って「吟味詰り之口書」に虚偽の事実を記載したりしていた例もあると言われます。
弁護士JP編集部