“絶対に戻って来てね!待ってるから!!”
兄嫁・あーみんが見送り時に口パクでくれた言葉に、やや大袈裟だなぁ〜なんて思いつつ。
待ってくれている家族が居るのは安心感が違いますね。
いつも家族を待つのは私のほうだったから妙な感じもしたけれど。
一刻も早く安心させたいなという思いが私の中に広がっていきました。
目と目だけで会話をするのは、あーみんの裁判が終わり判決が出て以来です。
およそ2年前。
未決から既決となり数週間後には拘置所から刑務所に移送されることが決まっていた彼女に向かい、私が小指を立てて空に放った言葉がありました。
“必ず戻って来るんだよ!”
まさか、こんなところで2年越しのブーメランが自分に返ってこようとは…。
私はタクシーの中からVサインを横にして、あーみんに無言の返事を返しました。
“もちろん!大丈夫だから待っててね”
私語がダメな状況で裁判所をあとにするあーみんにどうにかしてエールを贈ろうと、その時猫野がとっさにしたジェスチャーがそのVサインでした。
彼女もその日のことはよく覚えていたようで。
涙ぐみながらあの日と同じように自分の小指と小指を絡めて返してくれました。
タクシーで10分ちょっとだったでしょうか。
受け入れ先のC病院に到着。
はい。
入口でコロナ対策である聞き取りと検温を受ける例のくだりを、また書く時がやってきました(苦笑)
・発熱
・咳や喉の痛み
・鼻水
・倦怠感
・味覚、又は嗅覚の違和感
・息切れetc.
ピピッ。
熱は37℃半ば。
息切れと合わせてコロナの症状が2つ以上なのも変わっていません。
もちろん、外来の待合室には通されず。
そばに立っていた総合案内のお姉さんが寄ってきて、検温担当の職員さんとヒソヒソ話をし始めました。
私を別室に連れて行く気やな。
フフフン。
今度はすぐに診て貰えるもんねーだっっ。
『あの〜、さっきここに電話したら予約無しで来るように言われたんですけど〜。症状や状況も話してあります。コロナの検査はA病院で受けて陰性でした。あと、これ…』
同居人・しおちゃんが不意をつき、私の言いたかったことを代弁してくれました。
医院長先生が用意して下さったCDロムに入ったデータと紹介状も渡しています。
しおちゃん、よう言うた!
これで、最短ルートが確保出来る。
胸を撫でおろしたのも束の間。
どうやら、診察の手筈が整ってるわけではなさそうです。
院内で情報が何でも共有されていると思ったら大間違い。
お姉さんは手渡された物を受け取ると、近くにあった椅子に座って待つよう私たちに言い残し、どこかへ行ってしまいました。
私の最短ルートが…(泣)
『ちょ、どーなってんだろ!?こっちは事前に電話までして来たっつーのにさっ。なんも聞いてないのかね?なんかもっと言ってけよなぁ』
『う…ん…(ハァハァ)』
“コロナだからしょうがない”は魔法の言葉。
そこに居るおじいちゃんも。
お子さん連れのママさんも。
みんなそうやって自分に言い聞かせて待っているのでしょう。
しかし、消えて無くなるのもまた魔法です。お姉さんの対応がしおちゃんの召喚獣を目覚めさせ、魔法の効力が消えました。
『あー!もー、何なのっっ!?(怒)』
『しお…ちゃ…(ハァ…ハァ)』
20分後。
私たちは戻ってきたお姉さんにそこから離れた他の場所へと案内されました。
最早、先が読めるだけに吹っ切れたのか、しおちゃんの顔は“やっぱりね”と言いたげです。
ドアの無い部屋が並ぶそのフロアに着くと、折りたたみ式の長テーブル数台と丸椅子が何脚か置かれていました。
テーブルの上にはプラスチックのカゴに入った医療用品が雑多に詰め込まれていて。
フロアから丸見えなドアの無い部屋は一見、小綺麗でこざっぱりはしているものの、間に合わせの道具を最小限寄せ集めたかのような診察室もどき仮診察室のよう。
お姉さんは、私たちに丸椅子で待つよう促すと、その場を去っていきました。
ほどなくして現れた看護師さんから問診表を2枚手渡され、聞かれたことに答えていきます。
ええ。
問診表2枚のうち1枚は通常の初診用。
もう1枚はコロナに関する問診表。
聞かれた内容もコロナの症状と経緯。
これまでと全く一緒です。
本人が答えなくてはならない質問をされるのが一番堪えました。
1つ答えるのにも息切れと思考の遅れが邪魔をする状態で、こうも同じような質問が繰り返されると、私の召喚獣まで目を覚ましてしまいそうでした。
一通りの質疑応答から解放され問診表を記入しているうちに、いつしか看護師さんの姿は見当たらなくなっていました。
『いつになったら診てくれんだよっっ。みぃーちゃん(猫野のこと)…暑い?寒い??顔、赤くなってきちゃったね』
どうだろう…?
暑いって何だっけ?
あぁ…
暑くはないけど汗が凄いや。
寒気はしていないのに、めちゃめちゃ腕が冷たいな。
判断力が薄れ、思考や返事がワンテンポ遅れてきているのが自分でも分かりました。
自覚してるくらいやから大丈夫。
いや、大じょばないな…
ん
どっちか分からんわ、もう。
その後も。
先程の看護師さんがやって来ては何かを聞かれ、しおちゃんが「まだですか?」と聞く度に「もう少々お待ち下さい」という無難な返事が返ってくる。
そんなやり取りが何回か続き。
私たちがやっとのことでドアの無い部屋に通されると、あとから医師らしき女性が現れました。
けれども、同じ質問と検温・血圧測定、慌ただしい出入りは尚も続き。
私たちの召喚獣も飽き飽きしたのか戦線離脱です。
ここは、C病院の姉妹病院、2nd-Cクリニック。
外科と緊急時の外来専門院。
この時の私たちは、まだそんなところとは露知らず。
しきりに時計と部屋の外の様子を気にしながら、ジレンマの渦中にどっぷりと居座り続けていました。
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