時間が経つにつれ息苦しさが増し、完全に切れていた痛み止め。
脂汗が出てきて気持ちが悪い。
長い会話もままならない。
同居人・しおちゃんが、引き続き電話の対応に当たってくれています。
けれども、A病院の男性医師がピックアップしてくれた数ヶ所の病院との予約交渉もまた、難航を極めていました。
『はぁ…ここもダメ。あとは…えーと、残り2軒か』
独り言のように話し、手を休めることなく次の病院の番号をプッシュするしおちゃんを兄嫁・あーみんが心配そうに見つめています。
私は、次にしおちゃんがかけると思われる病院のホームページをスマホで開き、眺めていました。
“医療をもっと身近なものへ。私たちは一人一人を受け入れ、皆さんと寄り添う医療を目指しています”
最もらしいこと書いちゃって、まぁ。
“初心者でも出来る簡単なお仕事です”と謳って募集をかけている求人みたいだ。
とっても理想的な医療。
それが簡単に叶うのなら、何処の病院もそうしたいことでしょう。
こういうとこにお世話になってみたいけど。
ドキュメンタリーやドラマを観ていてもたかが知れてる現実です。
現に、未知数のコロナにこんなにも多くの人が身体や何気ない普通の暮らしを脅かされてるわけですから。
クラスターを出さないことが最優先な今。
持病を持ち、初診で手術も必要な患者など、避けるに越したことはないのです。
当時、メディアでは連日こぞって医療崩壊をいつか起こり得る課題のように報道がなされていたけれど。
自分には既に始まっているようにも見えました。
中途半端で悪性が確定していないから、弾かれるか。
悪性度が高いから望みが薄く、切り捨てられるか。
いずれにしろ、期待はしていません。
とりあえず。
とりあえず、痛み止めを処方して頂ければという気持ちでいました。
いけませんね。
一段と身体が弱ってきたことで、気落ちしてたのかな。
思い返してみると、とても冷め切っていたと思います。
最後の砦感溢れるそのホームページを、私がそれ以上眺めることはありませんでした。
『えっ、あっ、はい。本当ですか!?そうです、そうです!はい!!』
しおちゃんのテンションが見る見る上がり、いつも以上にオーバーリアクションになりました。
(何事だろう?)
(さぁ…?)
私はあーみんと顔を見合わせ、首をかしげ合いました。
慌てて取ったメモを片手に、電話を終えたしおちゃんが私に向かって言いました。
『C病院て分かる?みーちゃん(猫野のこと)。駅の向こうにあるんだけど』
度重なる引越しの末、この辺には何回か暮らしていて、今が一番長く4年目になります。
ですが、駅の向こう側までは行ったことがありません。
この病院が地元で有名かどうかも私は知りませんでした。
私がかろうじて首を振ると、しおちゃんは、「OK、OK」といった具合に身振り手振りで話を続けました。
『西口にリクシーヌって駅ビルあるじゃん?その近くに確かデッカい病院があんのよ。
で、そこに電話したらまず同じ系列のクリニックにかけるように言われたわけ。「またたらい回しかよ!」って思ったんだけどさ。一か八かかけてみたんだ。
そしたら、「予約無しでお越し下さい」って!私、鳥肌立っちゃったよ(苦笑)』
『マジで…!?やったじゃん!!』
『……………(ハァ…ハァハァ)』
目頭が熱くなってきて、何も言葉になりません。
やっと人らしく扱って貰えたような気持ちで、ただただ頷いて返しました。
『ヤーダ、みーちゃんの泣き虫〜』
『泣いてんの?ほれほれ、泣いてんの?(笑)』
涙は出なかったけど、凄く報われた気になっちゃったよ。
私はただ転がってやさぐれかけてただけなんだけどさ(苦笑)
最後の砦だなんて思っちゃってごめんなさい。
泣き虫なあーみんに泣き虫と言われ。
しおちゃんからは意地悪にイジられ。
そんなことすら心地良く思える私はドMか。
力無く苦笑いをする私の前で2人の会話は続きます。
『でもなぁ。予約無いから待ち時間長そう。みーちゃんに余計に負担かかっちゃうね』
『うん…。けど、みーちゃんのこの姿見たら病院も分かってくれるよ。しおちゃん』
『だよね。思ってたよりかはすんなり受け入れてくれたし、そのまま入院か手術になるかも。
じゃあさ、私が付き添うから、あーみんは必要そうな物を鞄に準備しといてくれるかな?分かる物だけでいいからお願い。勝手にその辺の引き出し開けちゃって大丈夫だからね、よろしく』
『OK!病院のことはしおちゃんに任せるね。みーちゃんのこと…お願いします』
『…りがと(ハァ)たの…ま…ね(ハァハァ)』(ありがとう。頼みますね)
即日入院!?即手術!?
ヤバッ!これっぽっちも考えて無かったわ(汗)
しおちゃんがスマホのアプリからタクシーを手配し、10分後にアパートの下に降りることになりました。
(スッピンだと微妙に麿呂なので)眉毛無くて恥ずかしいけど、いっか…。
私ってヤツは…。
呆れるでしょう?
タクシーを待っている間、そんなくだらんことを気にしていました(苦笑)
日中からかすかに肌寒い空気が漂う曇り空の下。
時間通りに現れたタクシーに乗り込んだ私たちが最初の角を曲がるまで。
薄手の半袖Tシャツ1枚だったあーみんが大きな大きな半円を描き、唇を噛み締めながら手を振って見送ってくれました。
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