
今宵は、美しい星が出ているという。オスカルが、窓辺に寄ってそう囁いた。
でも俺の目にそれは映らない。もう、目がほとんど機能していない。
星は見えなくてもいい。俺が見たいもの、目に映したいのはただひとつ。
いや、ただ一人ーー
「知っているか、アンドレ。東洋には、年に一度天の川を越えて会うという恋人たちの伝説があるそうだぞ」
オスカルが夜空を見上げてそう呟く。俺はそのほそい首の、おとがいの儚さを思い浮かべながら答えた。
「それは壮大な逢瀬だな」
「何でも雨が降ると会えないんだそうだ。一年、お預けだと」
気の毒に……と声が陰る。
「でも、今日は晴れてる。きっと東洋の空でも会えてるさ」
オスカルは、「だといいがな」と笑みを湛える。
「一年後、私とお前はどうなっているかな」
俺は窓から入り込む湿った風を頬に感じた。おそらくオスカルの髪を揺らしているのだろう。
一年であれ、一週間であれ、先の未来のことを口にするのは、何となく避けてきた。無意識のうちに。
不吉なものを孕むのだと……。影踏みの影のように、ずっと俺たちに寄り添っていたから。
俺は、慎重にオスカルに歩み寄る。大丈夫、今は夜だ。影は足元に落ちない。踏むこともない。
そして、俺自身がお前の影だ。
そっと彼女の肩に手を置き、俺は言う。
「何も変わらないさ。俺もお前も、ずっと一緒だ。こんな風に」
「……アンドレ」
肩に置いた手に、手が重なる。オスカルのしなやかな指が、きゅっと俺の手を握る。
「そうだな。一年後もこうやってお前の手を握っているはずだな、きっと」
頬ずりをしてくるから、俺はオスカルを抱いた。懐にしまい、髪に指をからませ、首筋にキスを当てる。
オスカルの肌の匂いで鼻腔を満たす。
「手を握るだけでいいのか。柄にもなく謙虚だな」
「柄にもなく、は余計だ」
拗ねた口調。俺は笑い、オスカルの顎を持ち上げ、唇を奪う。
吐息を練り合わせて、舌を絡める。濃厚な口づけになった。
やっとのことで解放すると、はあと深く息を吐いた。
「大丈夫だ。星は空に浮かぶ、お前は美しい、俺が側に居る。一年後も、百年後もそれは変わらない」
俺が言うと、オスカルも笑った。
「百年後は盛りすぎだろう、さすがに」
美しい笑顔。もうそれは俺の目には映らない。
けれども、俺には見える。ーー見えるんだよ、オスカル。
*
劇場版ベルばらを観てきたので
Pixivさんに投稿した過去作品をこちらにもあげます。気に入ってくださると嬉しいです
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