「っと、そこだ! 今だぞ、狙え、撃て!」
「待って待って待って待って、こんな逆回転するなんて聞いてないいいい」
コントローラを手に、前のめりでモニターにかぶりつくあたしたち。
シューティングゲームの真っ最中。
ジョウの私室。船内の個室だから、決して広いわけではない。簡易ベッドとデスク。クローゼットがあるぐらい。ビジネスホテルのシングルよりも、狭い空間。
ソファなんて置くスペースがあるわけないから、あたしはジョウのベッドの上に乗って、胡坐をかいた彼と肩を並べてゲーム三昧、だった。
あっという間に、もう宇宙標準時23時を過ぎた。
「やったな、アルフィン。クリテイカルヒットだ」
会心の一撃を繰り出したあたしを、ジョウが手放しでほめる。もちろん、スコアはジョウの方が断然上(ジョウの射撃の腕前は、宇宙軍でも多分トップクラス)。でも、彼にほめられるとやっぱり嬉しい。ウインクを決めて親指を立ててしまう。
「でしょお?」
ーーって、……あれ?
あれ? あたし、何やってんだろ。
コントローラーを必死で操作しながら、頭のどこかでクエスチョンマークを浮かべていた。
おかしいわーーあたし、ううん、あたしたち、何をやってんの?
深夜にシューティングゲームを妙齢の男女がガチモードでやるって……熱戦を繰り広げるって。これって、なんなの。ありなの?
いや、ありじゃなくても、もう1時間も実際やっちゃってるんだけど……。
どきどきしながら、ジョウの部屋を訪れたあたし。さすがに寝化粧はしなかったけど、いちおうリップは塗ったし、コロンも髪にくぐしてきた。パジャマも、きちんとお洗濯したてのものを選んだ。
ーーのだけれど、
そんなあたしにジョウは「来たな。待ってた。ゲームやろうぜ」と嬉々としてコントローラーを手渡したのだ。
へ?
笑顔がまぶしくて、ついうっかりそれを受け取ったけれど、そして、やりこんじゃったけれど。よくよく考えたら、あたしたち、付き合うことになったんだったわよね。付き合うって内容に、カップルでゲームをするっていう項目もないわけではないんだろうけど
……。でも、何か違う。予想していたのと、とことん、違うような気が。
何で、深夜帯なのに全然甘くならないの?
腑に落ちないまま、でもゲームは面白くて結構はしゃいでやりこんでしまった。結局、ジョウがWIN。
「あーもう負けちゃったア、ジョウ、実戦じゃなくてもやっぱり狙撃上手いわ、かなわない」
ぽいっとベッドの上にコントローラを放って、あたしは彼のベッドに仰向けに倒れた。ギブアップだ。
ジョウは「この新作、クオリティ高いだろ。没入感あるよな」とヘッドフォンを外して言った。彼はモニターが置かれたデスクの上にコントローラを置いた。
Tシャツにスウェットというラフな格好。でも、身体のラインが一番現れるスタイル。筋肉質な大きな男の人の身体がベッドの半分以上を占拠している。手脚が長い。くるぶしのいかついことと、素足が、びっくりするぐらい大きいのに目を奪われる。
……。
杞憂だったかな……。夜に二人きりで会いたいとか言うから、な、なんか身構えちゃったけど。ジョウには全然、そういう気はないみたい。あたしばかり気を回しすぎてなんだか恥ずかしい。
「水か何か、飲むか」
「あ、うん。ありがとう」
デスクの下に置いた小さな保冷庫から、ジョウがペットボトルを取り出した。封を切って、はいと手渡してくれる。
「サンキュー」
起き上がって受け取り、口を付けていると、ふいに背後から抱きしめられた。
「ーー」
ジョウがあたしを座った膝のあいだに置くように、後ろから腕の中に囲った。水のボトルごと抱きすくめられ、いきなりの抱擁にあたしは心臓が飛び出しそうになる。
「ジョ、ジョウ」
「ん?」
「……なんでも、ありません」
くすっと、耳元で笑みが聞こえた。
「そうか」
あたしは黙ってジョウに抱きしめられていた。さっき、大きいなと見ていた彼の裸足のあいだに、あたしの素足がちょこんと収まっている。彼のものに比べたら子供のものみたいに小さいのが左右並んでいる。間接照明に浮かんで、それは妙にほの白く見えた。
「髪、いい匂いがする。……シャンプー?」
ジョウの声が首筋に這ってくすぐったかった。ベッドの上に置いたお尻がもぞもぞする。
「う、ううん、たぶん。コロン」
「ふうん。花みたいな香りだな……似合う」
ジョウは背後からあたしのうなじに吐息を置いた。そして、肌に唇を寄せパジャマの襟足をかいくぐってキスを刻む。耳のつけねあたりを、ついばむように。
ーーあ。
逃げられない。あたしはジョウの身体に囲われている。ベッドの上、彼の腕にすっぽりと収まっている。というより、さっきからあたしを抱き締める手に、力が籠っていってる。
「ジョ、ジョウ、あの」
胸が苦しくて――物理的にじゃなく、心理的に、ーーあたしは彼を呼んだ。
制止したかった。この先に行くのが、本能的に怖かった。
「うん」
「あの、ゲーム再開、しない?」
「今はこっちがいい。--アルフィン、キスしていいか?」
ストレートに来た! あたしは飛び上がらんばかりだった。
キ、キス……?
あたしは恐る恐る肩越しに振り返った。ジョウの漆黒の瞳が、そこにあった。
闇に同化する、獣の気配を滲ませて、いきなり「男」の顔をあたしに見せる。さっきまで、ついさっきまで無邪気にゲームに興じていたのに。急に……。
返事をする前に、奪われていた。唇に唇を重ねられる。
熱い……。
体温が吐息が、練り込まれる想いが、熱い。たまらずあたしは目を閉じた。
ジョウは、たどたどしくそれでも情熱的にあたしの唇を食んだ。甘噛みをして、口角を添わせ、隙間を埋めるように粘膜を密着させる。
あ……舌、が。
と思った瞬間、びくっとしたようにジョウが身を引いた。
我に返ったといった感じだった。
あたしを腕から引きはがして、わずか後ずさった。ベッドが置いてある壁に彼の背がとんと付いたのがわかった。
「アルフィン……」
ジョウが息を呑んで、あたしを見ていた。黒目が揺らいでいる。当惑している瞳。
あたしはベッドの上ぺたんと座り込んだままーー腰が抜けたまま、彼を見た。と、そのとき、温かいものがパジャマの膝にぽたっと落ちた。雫。熱い水滴。
涙、だった。続けざまにぽたぽた、ぽたぽたとあたしの目から涙が流れ、頬を伝って顎から零れ落ちた。
泣いていることに、今気づいた。
「あれ、あたし、何で」
必死に拭うけれど、涙が後から後から量産されて視界が鈍る。たまらずあたしはベッドから飛び降りた。履いてきたスリッパもつっかけず、素足で床に立つ。
「ごめん、もう行くね。おやすみ」
言い残して部屋を出る。ジョウが何かを言いかけて、身を起しかけたけれども自動ドアでシャットアウトするみたいに遮った。
ジョウのところから逃げて、自分の部屋に向かう。
泣きながら。
でもなんで、泣いているのか自分でもわからなかった。流れる涙を抑え、あたしは「なんでよ……嫌じゃないのに。なんで」とそればかり繰り返していた。
(9)へ