ひとまず確認の必要がある。雄介は入口エレベーター前のディスプレイ・スペースへと走った。
と、そこには『SALE』と胸に書かれた赤いTシャツが3枚、何の装飾もなくトルソーに着せられていた。
「……ざけんなっ! まだこれからデッカい花火大会が二つもあんだぞ? 今が売り時じゃねーか! こんなひでーことあっかよ!!」
激しく憤った雄介は、そのまま宣伝部の事務所へと雪崩れ込んだ。
*****
「夏野さん!!」
「……あ、久保主任!」
美雪の席へ駆け寄る雄介。
「どういうことですか!? エレベーター前の陳列変えられるなんて! 全然聞いてませんよ!?」
「実は、私もさっき聞いたばかりなの。昨日休んでいる間に、師岡本部長の独断で変えられちゃったらしいのよ」
「あんのヤロー!! 今度ばっかりは許せねぇ!!」
「さすがの柏田課長も、昨日からず~っと不機嫌。課長にしたら、強制撤去はともかく、その後陳列されてるTシャツに我慢ならないんでしょうね。……センスの欠片もない」
「……俺、本部長に直談判してくる」
真剣な表情で踵を返す雄介。
「あ、ちょっ! 久保主任! それはいくら何でも……!!」
そう言いながら雄介を追っていく美雪……。
***
後方部門の役員室。師岡本部長は、その丁度中心に位置して座っている。
「失礼します!」
ノックとほぼ同時にドアを開け、雄介が室内に入る。そして、一直線に師岡本部長の前へと歩み寄る。
ドアの裏側では、美雪が冷や汗をかきながら聞き耳を立てる。
「本部長!」
「……ん? 何だ君は」
「入口エレベーター前のディスプレイは、8月第2週までは浴衣陳列と決まっていたはずです。……突然の変更には何の理由があるんですか?」
「理由? もう7月も終わりだぞ? 店が総力を挙げてバーゲン体制に入る時期だ。もう浴衣など飾っている意味はないだろう」
「そんなことはありません。来週も再来週も大規模な花火大会がありますし、ここが最後の書き入れ時です。スケジュールもそれを見越して決まっていたはずですが……」
「予定など状況によって変わるものだ。もう浴衣を見せる時期じゃない。君はそんなことも分からんのかね?」
師岡本部長の言葉に、ギュッと拳を握り締める雄介。
「……お言葉ですが、今こそ浴衣をメインで見せる時期ですよ? それに、シーズン商品こそ店全体で盛り上げていくのが流通業界の常識なんじゃないですか?」
師岡本部長の眉間に皺が寄る。ドアの向こう側では、美雪が頭を抱えている。
「君は……、何様のつもりだ?」
「他店では、当然のようにこの時期は全力で浴衣をバックアップしてます。……そりゃ、地域差とか顧客特性とか色々あるでしょうが、ここで踏ん張らなきゃ、予算達成に向けて最後まで走れませんよ?」
「予算……達成?」
師岡本部長が持っていた書類を机上に叩きつける。
「君は、自分の立場が分かっているのか? 今年の浴衣の売上はどうなってるんだ! 6月以降、下がりっぱなしじゃないか! ……せっかくウチの娘まで協力してやったというのに、とんだ体たらくだ!」
一瞬凍りつく室内。そして次の瞬間、雄介の糸がプツンと切れた。
「ざけんじゃねー!! あのマネキンのおかげで売上が落ちはじめたんじゃねーか!! あんな訳分かんねーシロモンでまともなコーディネイト提案ができるわけねーだろ!! ……そりゃ、売場の力不足が低迷の原因には違いないです。でもね、身内に足引っ張られちゃあ、売れるもんも売れなくなっちまうってことを、アンタにはちゃんと認識してもらいたいですね!!」
一気に捲し立てた雄介。周囲の役員たちは、皆一様に呆れた表情。
そして、ドアの裏側にいる美雪はその場にしゃがみ込んでしまった。
「……言いたいことは、それだけか?」
震える声で、師岡本部長は雄介を威嚇する。
「出て行きたまえ。……君の処分はいずれ言い渡す」
ここで我に返った雄介。しかし、もはや後の祭りということも瞬時に自覚し、無言で一礼して踵を返した。
バタンとドアを開けて部屋を出る雄介。その雄介を、しかめっ面の美雪が追う。
「久保主任! なんてこと言ってしまったんですか! あの人にあんなこと言ったら、もうどうなっちゃうか、本当に分かりませんよ!?」
美雪を無視し、早足で歩く雄介。
「……久保さん!!」
**********
翌日、会社への背任行為という理由で雄介は子会社のスーパーへの出向を言い渡された。
落胆する呉服部の所属員。そして浴衣売場の販売員メンバーたち。
最も大きな予算組みをしている7月末の時点で、突然リーダーを失った代償は大きい。
その後、浴衣売場の売上は下落の一途を辿り、高級呉服においても雄介のファン顧客は相当数いたため、数値の低迷は呉服部全体に影響した。
雄介への措置に対して『不当人事』であるとの声も、はじめは局地的に囁かれたりもしたが、基本的に人間というものは保守的な存在。自分を犠牲にしてまで自らの主張を通そうとする者など皆無だった。
ただ一人、夏野美雪を除いては……。
*****
「……はい。こちら愛鈴(めすず)探偵事務所。……あー、どしたの? ……フムフム、……フムフム。ほう? そりゃ面白い! 別の意味でも面白い! ……ああ、いやいやこっちの話。じゃ、早速調べるね」
ここは某田舎町の小さな探偵事務所。
ほぼ一人で何でもこなしてしまうここの若き女性所長、それがこの夏野夜美(なつの・やみ)だ。
彼女は美雪の双子の妹。電話の相手は……、当然美雪だったのだろう。
「おっし! 一銭の儲けにもならない仕事かー。うひー! その方が逆に燃えるったら! ……素行調査は弊社にお任せ!ってね。……ちょっと古いか」
一人で百面相をしながら何やらポーズを決める夜美。
何かが、はじまろうとしている……。
と、そこには『SALE』と胸に書かれた赤いTシャツが3枚、何の装飾もなくトルソーに着せられていた。
「……ざけんなっ! まだこれからデッカい花火大会が二つもあんだぞ? 今が売り時じゃねーか! こんなひでーことあっかよ!!」
激しく憤った雄介は、そのまま宣伝部の事務所へと雪崩れ込んだ。
*****
「夏野さん!!」
「……あ、久保主任!」
美雪の席へ駆け寄る雄介。
「どういうことですか!? エレベーター前の陳列変えられるなんて! 全然聞いてませんよ!?」
「実は、私もさっき聞いたばかりなの。昨日休んでいる間に、師岡本部長の独断で変えられちゃったらしいのよ」
「あんのヤロー!! 今度ばっかりは許せねぇ!!」
「さすがの柏田課長も、昨日からず~っと不機嫌。課長にしたら、強制撤去はともかく、その後陳列されてるTシャツに我慢ならないんでしょうね。……センスの欠片もない」
「……俺、本部長に直談判してくる」
真剣な表情で踵を返す雄介。
「あ、ちょっ! 久保主任! それはいくら何でも……!!」
そう言いながら雄介を追っていく美雪……。
***
後方部門の役員室。師岡本部長は、その丁度中心に位置して座っている。
「失礼します!」
ノックとほぼ同時にドアを開け、雄介が室内に入る。そして、一直線に師岡本部長の前へと歩み寄る。
ドアの裏側では、美雪が冷や汗をかきながら聞き耳を立てる。
「本部長!」
「……ん? 何だ君は」
「入口エレベーター前のディスプレイは、8月第2週までは浴衣陳列と決まっていたはずです。……突然の変更には何の理由があるんですか?」
「理由? もう7月も終わりだぞ? 店が総力を挙げてバーゲン体制に入る時期だ。もう浴衣など飾っている意味はないだろう」
「そんなことはありません。来週も再来週も大規模な花火大会がありますし、ここが最後の書き入れ時です。スケジュールもそれを見越して決まっていたはずですが……」
「予定など状況によって変わるものだ。もう浴衣を見せる時期じゃない。君はそんなことも分からんのかね?」
師岡本部長の言葉に、ギュッと拳を握り締める雄介。
「……お言葉ですが、今こそ浴衣をメインで見せる時期ですよ? それに、シーズン商品こそ店全体で盛り上げていくのが流通業界の常識なんじゃないですか?」
師岡本部長の眉間に皺が寄る。ドアの向こう側では、美雪が頭を抱えている。
「君は……、何様のつもりだ?」
「他店では、当然のようにこの時期は全力で浴衣をバックアップしてます。……そりゃ、地域差とか顧客特性とか色々あるでしょうが、ここで踏ん張らなきゃ、予算達成に向けて最後まで走れませんよ?」
「予算……達成?」
師岡本部長が持っていた書類を机上に叩きつける。
「君は、自分の立場が分かっているのか? 今年の浴衣の売上はどうなってるんだ! 6月以降、下がりっぱなしじゃないか! ……せっかくウチの娘まで協力してやったというのに、とんだ体たらくだ!」
一瞬凍りつく室内。そして次の瞬間、雄介の糸がプツンと切れた。
「ざけんじゃねー!! あのマネキンのおかげで売上が落ちはじめたんじゃねーか!! あんな訳分かんねーシロモンでまともなコーディネイト提案ができるわけねーだろ!! ……そりゃ、売場の力不足が低迷の原因には違いないです。でもね、身内に足引っ張られちゃあ、売れるもんも売れなくなっちまうってことを、アンタにはちゃんと認識してもらいたいですね!!」
一気に捲し立てた雄介。周囲の役員たちは、皆一様に呆れた表情。
そして、ドアの裏側にいる美雪はその場にしゃがみ込んでしまった。
「……言いたいことは、それだけか?」
震える声で、師岡本部長は雄介を威嚇する。
「出て行きたまえ。……君の処分はいずれ言い渡す」
ここで我に返った雄介。しかし、もはや後の祭りということも瞬時に自覚し、無言で一礼して踵を返した。
バタンとドアを開けて部屋を出る雄介。その雄介を、しかめっ面の美雪が追う。
「久保主任! なんてこと言ってしまったんですか! あの人にあんなこと言ったら、もうどうなっちゃうか、本当に分かりませんよ!?」
美雪を無視し、早足で歩く雄介。
「……久保さん!!」
**********
翌日、会社への背任行為という理由で雄介は子会社のスーパーへの出向を言い渡された。
落胆する呉服部の所属員。そして浴衣売場の販売員メンバーたち。
最も大きな予算組みをしている7月末の時点で、突然リーダーを失った代償は大きい。
その後、浴衣売場の売上は下落の一途を辿り、高級呉服においても雄介のファン顧客は相当数いたため、数値の低迷は呉服部全体に影響した。
雄介への措置に対して『不当人事』であるとの声も、はじめは局地的に囁かれたりもしたが、基本的に人間というものは保守的な存在。自分を犠牲にしてまで自らの主張を通そうとする者など皆無だった。
ただ一人、夏野美雪を除いては……。
*****
「……はい。こちら愛鈴(めすず)探偵事務所。……あー、どしたの? ……フムフム、……フムフム。ほう? そりゃ面白い! 別の意味でも面白い! ……ああ、いやいやこっちの話。じゃ、早速調べるね」
ここは某田舎町の小さな探偵事務所。
ほぼ一人で何でもこなしてしまうここの若き女性所長、それがこの夏野夜美(なつの・やみ)だ。
彼女は美雪の双子の妹。電話の相手は……、当然美雪だったのだろう。
「おっし! 一銭の儲けにもならない仕事かー。うひー! その方が逆に燃えるったら! ……素行調査は弊社にお任せ!ってね。……ちょっと古いか」
一人で百面相をしながら何やらポーズを決める夜美。
何かが、はじまろうとしている……。
**********
**********
秋も深まったころ、雄介は出向になった系列のスーパーで働いていた。
アパレル関連つながりということで衣料品売場の係長として就任し、今までより上位役職が付いているものの、それは出向の常だ。
本人としては、まずは商品を覚えるところからはじめざるを得ない。
「……紳士物、婦人物、それから子供……と、みんなまとめて見なくちゃなんねーのか。結構大変だな~。お、一応和服関連も扱ってんのね」
品目コード表を見ながら売場を巡回する雄介。と、雄介の前に一つの人影が。
「こんにちは」
それは美雪だった。
「うわっ、夏野さんじゃないですか! 久しぶりですね~」
「今回は、とんだことになってしまって……」
「ヘヘッ、まあしょうがないですよ。あーいう権力持った人に逆らってタダじゃ済まないってことは分かってたはずですからね~。自業自得……かな」
「でも、これは明らかに不当人事です! 私は逆に、師岡本部長こそ罰せられるべき対象だと思っています。久保さん、私があなたを百貨店に戻します!」
力強く言い放つ美雪。
「……ありがとう、夏野さん。でも、もういいですよ。俺は大丈夫ですから。無茶なことすると、夏野さんまで飛ばされちまいますよ! んじゃあ、また」
そう言って、雄介は引き続き商品のチェックに入っていった。
その姿を凝視しながら、美雪が呟く。
「久保さん……。私は……」
*
変わってこちらは愛鈴(めすず)探偵事務所。
夜美がPCのモニターを見て唸る。
「むぅ~、なるほど~。こいつは……悪党っつーより、ホントに無能なんかな?」
と、一人の中学生男子が事務所に入ってくる。
「ちわ~」
「お、小林少年! 今日はなんだね?」
「あのー、僕は森川です。いい加減、その呼び方止めてくれません?」
「何を言うか! 探偵事務所に出入りする少年は『小林』と相場が決まっとるんだ!」
夜美の悪ふざけは、どこまで本気なのか分からない。
「それはそうと夜美さん! コレ一緒に観ようよ!」
そう言って、森川少年が鞄からDVDを数枚取り出す。
手渡されたディスクケースを夜美がジッと見つめる。
「スパーク……マン?」
「うん! 担任の先生から借りてきたんだけどさあ、何か普通のヒーロー物とはちょっと違ってて、すっげー面白いんだって!」
パッケージをマジマジと見る夜美。
「ふーん、何なに~? 恐怖公害人間!?」
「そうそれ! 公害伝染病になった人間を、ヒーローが命令だからって殺しに行くって話なんだよ!」
「え!? 何ソレ! ヤバいじゃん!! ……えっと、他のエピソードはと、無数のゴキブリの中から最も元気な個体を選んで怪獣化!? 人間が改造されてゴミしか食べられなくなる!? 交通事故死した少年の心が怪獣化!? IQを高める手術を受けた青年が怪獣化して人間に戻ったり怪獣になったりを繰り返し、最後は人間の姿で死にたいとスパークマンに懇願!? 失明したスパークマンを超能力少年が助けて絶命!? ……ちょっと待って、設定が全部ヤバすぎじゃない!?」
「すげーだろ!?」
「……いやその、こーいうDVDを担任が貸すって、どーいうワケ?」
「ああ、それはね、この先生のホームルームの時間には、いっつも昔の漫画やテレビ番組の紹介をしながら、僕らに人生の教訓を話してくれるんだ。これがすっげー面白くてさあ!」
「ふぅーん、変わった先生だね。……変わった先生なら、一度会ってみたい」
そう言ってキラリと目を輝かせる夜美。
*****
数日後、森川少年の計らいで、森川の担任男性教師と夜美が放課後の教室で面会した。
「はじめまして。担任の滑川薫です」
そう言って、夜美と握手する薫。
ピキーン!
何かを感じた夜美、握った薫の手をなかなか放そうとしない。
「あ……あの、ちょっと……」
「……おっと! すいません、つい!」
あらためて対面に座る薫と夜美。
「夏野夜美と申します。こば……じゃなかった森川君は私の従弟にあたりまして、ご両親が共稼ぎなもんでウチの事務所にちょくちょく遊びに来てるんですよ」
「へぇ、そうなんですか。……何の事務所なんですか?」
「あーっと、ちょっと変わってるかもしれませんが、探偵事務所です」
「おお、それは凄いですね! 私の友人にも、昔探偵がいましたよ。年は私より一つ下ですが、非常に頼りになる仲間でした」
「ほおー、それは実に興味深い! 今はどうされてるんですか?」
「関東にある特殊科学捜査研究所に勤めています」
「特殊科学……と言うと、もしかしてSRIですか!?」
「あ、よく御存じですね」
「当然ですよ! 我々探偵からすると民間の花ですからね、SRIは」
「へぇ~、そうなんですね。……探偵業って、大変ですよね」
「ハハ、実際は地味な仕事が多いんですよー。素行調査とかね。今も毎日振り回されてます」
「ああ、なるほど。浮気調査か何かですか?」
「いえいえ。詳しくは言えませんが、ある百貨店の社員を調べてましてね……っとと、守秘義務守秘義務!」
思わず口を押さえる夜美。
「百貨店……と言えば、私の親友が大阪の百貨店に勤めてるんですよ」
「……え、百貨店? え、大阪!?」
「はい。今は浴衣売場の主任とか言ってましたねぇ……」
懐かしそうな目で中空を見遣る薫。
「ちょっ……、ちょっと待ってください。その人の名前、お聞きしても宜しいですか?」
「久保……雄介と言いますが?」
固まる夜美。
その夜美を見て不審がる薫。
「……え? まさか雄介が……調べられてるんですか?」
<つづく>
**********
秋も深まったころ、雄介は出向になった系列のスーパーで働いていた。
アパレル関連つながりということで衣料品売場の係長として就任し、今までより上位役職が付いているものの、それは出向の常だ。
本人としては、まずは商品を覚えるところからはじめざるを得ない。
「……紳士物、婦人物、それから子供……と、みんなまとめて見なくちゃなんねーのか。結構大変だな~。お、一応和服関連も扱ってんのね」
品目コード表を見ながら売場を巡回する雄介。と、雄介の前に一つの人影が。
「こんにちは」
それは美雪だった。
「うわっ、夏野さんじゃないですか! 久しぶりですね~」
「今回は、とんだことになってしまって……」
「ヘヘッ、まあしょうがないですよ。あーいう権力持った人に逆らってタダじゃ済まないってことは分かってたはずですからね~。自業自得……かな」
「でも、これは明らかに不当人事です! 私は逆に、師岡本部長こそ罰せられるべき対象だと思っています。久保さん、私があなたを百貨店に戻します!」
力強く言い放つ美雪。
「……ありがとう、夏野さん。でも、もういいですよ。俺は大丈夫ですから。無茶なことすると、夏野さんまで飛ばされちまいますよ! んじゃあ、また」
そう言って、雄介は引き続き商品のチェックに入っていった。
その姿を凝視しながら、美雪が呟く。
「久保さん……。私は……」
*
変わってこちらは愛鈴(めすず)探偵事務所。
夜美がPCのモニターを見て唸る。
「むぅ~、なるほど~。こいつは……悪党っつーより、ホントに無能なんかな?」
と、一人の中学生男子が事務所に入ってくる。
「ちわ~」
「お、小林少年! 今日はなんだね?」
「あのー、僕は森川です。いい加減、その呼び方止めてくれません?」
「何を言うか! 探偵事務所に出入りする少年は『小林』と相場が決まっとるんだ!」
夜美の悪ふざけは、どこまで本気なのか分からない。
「それはそうと夜美さん! コレ一緒に観ようよ!」
そう言って、森川少年が鞄からDVDを数枚取り出す。
手渡されたディスクケースを夜美がジッと見つめる。
「スパーク……マン?」
「うん! 担任の先生から借りてきたんだけどさあ、何か普通のヒーロー物とはちょっと違ってて、すっげー面白いんだって!」
パッケージをマジマジと見る夜美。
「ふーん、何なに~? 恐怖公害人間!?」
「そうそれ! 公害伝染病になった人間を、ヒーローが命令だからって殺しに行くって話なんだよ!」
「え!? 何ソレ! ヤバいじゃん!! ……えっと、他のエピソードはと、無数のゴキブリの中から最も元気な個体を選んで怪獣化!? 人間が改造されてゴミしか食べられなくなる!? 交通事故死した少年の心が怪獣化!? IQを高める手術を受けた青年が怪獣化して人間に戻ったり怪獣になったりを繰り返し、最後は人間の姿で死にたいとスパークマンに懇願!? 失明したスパークマンを超能力少年が助けて絶命!? ……ちょっと待って、設定が全部ヤバすぎじゃない!?」
「すげーだろ!?」
「……いやその、こーいうDVDを担任が貸すって、どーいうワケ?」
「ああ、それはね、この先生のホームルームの時間には、いっつも昔の漫画やテレビ番組の紹介をしながら、僕らに人生の教訓を話してくれるんだ。これがすっげー面白くてさあ!」
「ふぅーん、変わった先生だね。……変わった先生なら、一度会ってみたい」
そう言ってキラリと目を輝かせる夜美。
*****
数日後、森川少年の計らいで、森川の担任男性教師と夜美が放課後の教室で面会した。
「はじめまして。担任の滑川薫です」
そう言って、夜美と握手する薫。
ピキーン!
何かを感じた夜美、握った薫の手をなかなか放そうとしない。
「あ……あの、ちょっと……」
「……おっと! すいません、つい!」
あらためて対面に座る薫と夜美。
「夏野夜美と申します。こば……じゃなかった森川君は私の従弟にあたりまして、ご両親が共稼ぎなもんでウチの事務所にちょくちょく遊びに来てるんですよ」
「へぇ、そうなんですか。……何の事務所なんですか?」
「あーっと、ちょっと変わってるかもしれませんが、探偵事務所です」
「おお、それは凄いですね! 私の友人にも、昔探偵がいましたよ。年は私より一つ下ですが、非常に頼りになる仲間でした」
「ほおー、それは実に興味深い! 今はどうされてるんですか?」
「関東にある特殊科学捜査研究所に勤めています」
「特殊科学……と言うと、もしかしてSRIですか!?」
「あ、よく御存じですね」
「当然ですよ! 我々探偵からすると民間の花ですからね、SRIは」
「へぇ~、そうなんですね。……探偵業って、大変ですよね」
「ハハ、実際は地味な仕事が多いんですよー。素行調査とかね。今も毎日振り回されてます」
「ああ、なるほど。浮気調査か何かですか?」
「いえいえ。詳しくは言えませんが、ある百貨店の社員を調べてましてね……っとと、守秘義務守秘義務!」
思わず口を押さえる夜美。
「百貨店……と言えば、私の親友が大阪の百貨店に勤めてるんですよ」
「……え、百貨店? え、大阪!?」
「はい。今は浴衣売場の主任とか言ってましたねぇ……」
懐かしそうな目で中空を見遣る薫。
「ちょっ……、ちょっと待ってください。その人の名前、お聞きしても宜しいですか?」
「久保……雄介と言いますが?」
固まる夜美。
その夜美を見て不審がる薫。
「……え? まさか雄介が……調べられてるんですか?」
<つづく>
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