ミカヅキのブログ

和に特化したモール型ECサイト『和印ストリート』を運営。
こちらでは、その活動内容ほか趣味や日常について綴ります。

【作品解説】夏野姉妹と和のある風景

2024-09-26 21:56:42 | ラノベ
さて、ここまでラノベ3話分をアップさせていただきました。
お読みいただいた皆さま、本当にありがとうございます。

今日はそのお話『夏野姉妹と和のある風景』の解説をいたしましょう。

まず骨子からご説明しますと、夏野美雪と夏野夜美という双子の姉妹が一応主人公なのですが、ストーリーは毎回別の人物を中心にして運ばれ、夏野姉妹は脇を固める存在となっています。

今回は百貨店の店員と探偵という役どころでしたが、ストーリーによってその役どころは常に変化します。
別のお話も不定期にアップしていきますので、暇つぶしに読んでいただけると幸いです。

さて、今回描いた「ゆかた売場」の騒動。
お気づき方もおられるかもしれませんが、実はフィクションとノンフィクションが半々といった形であります。

もう20年以上前になりますが、僕が某有名百貨店のに勤めていたころに経験した出来事をベースに、ラノベっぽく仕上げた次第です。

まず冒頭の「ゆかたカタログ」会議の様子。
これはほぼ100%事実ですねw
どんな世界にも頭の固いお役人様というのはおられます。
「和の商材にカタカナなど使うな!」という信じられない指摘が、その当時本当に大真面目に言い渡されたのですね。

そして、テイストの合わないマネキンの強要、売場の意向を無視したファッションショー開催、時代遅れのお祭りDVD、VPの強制撤去、これらの出来事はすべて事実。
さすがにお偉いさんに怒鳴り込むことはしませんでしたが、後方部門に抗議はしっかりおこないましたw

査問委員会はもちろんフィクションです。
ただ、モデルとなったお偉いさんは数人実在しますし(数人のモデルのミックスキャラです)、そうした理不尽なお偉いさんに反抗して何度か事件になったことは事実でありますw

ところで探偵・夏野夜美のところに出入りしている森川少年が持ってきた特撮DVD『スパークマン』ですが、これは言うまでもなく『スベクトルマン』がモデルです。
作中でも紹介しているように、「サラリーマンヒーロー」という独特な立ち位置、そして破天荒でシュールなエピソード満載と、見どころがありすぎる名作ですので、ぜひ機会があればご覧くださいませ。

夏野姉妹と和のある風景③「査問員会の行方」

2024-09-24 22:25:29 | ラノベ
「百貨店……と言えば、私の親友が大阪の百貨店に勤めてるんですよ」
「……え、百貨店? え、大阪!?」
「はい。今は浴衣売場の主任とか言ってましたねぇ……」
懐かしそうな目で中空を見遣る薫。
「ちょっ……、ちょっと待ってください。その人の名前、お聞きしても宜しいですか?」
「久保……雄介と言いますが?」

固まる夜美。
その夜美を見て不審がる薫。
「……え? まさか雄介が……調べられてるんですか?」
「いやいやいやいやいや!! 違います断じて違います!! 久保さんは寧ろ被害者で、私が調べてるのは言わば彼の敵です」
夜美の言葉に、思わず身を乗り出す薫。
「ちょっ、ちょっと待ってください。敵ってどういうことですか? 雄介に、何かあったんですか!?」
明らかに動揺している薫。
そんな薫の表情を見るや途端に心が躍ってしまった夜美は、逆に薫を問い詰める。
「久保さんは、アナタにとってどんな方なんですか?」
「どんなって……、親友です! じゃなくって、雄介がどうしたんですか!?」
「親友……ですか。それにしてはアナタのその取り乱しようは、尋常じゃないですね?」
「当たり前でしょう!? アイツに何かあったら、俺はもう……」
そう言って頭を抱える薫。

「アイツ、俺……。なるほど」
そんな薫をニヤニヤとした表情で見つめる夜美。と、不謹慎な自分に気づいて一つ咳払いをする。
「……と、それならアナタに一つお願いがあります」
「え……?」
「久保さんに会ってきてくれませんか? 私の調査を完結させるためには、最終的には久保さんの意志ってモンが必要なんですよ。……アナタなら、彼を動かせそうですから」
そう言って、ニコリと薫に微笑みかける夜美。

*****

さらに数日後、薫は奈良県の住宅街にあるスーパーに来ていた。もちろん、雄介が出向になったスーパーである。
夜美から粗方の事情を聞いた薫は、雄介の立場も鑑み、ひとまずメールで終業後に会う約束をした。

現状を薫には内緒にしていた雄介だけに、突然の薫の訪問には相当な驚きがあった。しかし同時に、もっとも大切な人に隠し事をしていたという罪悪感を実感し、会って詫びなきゃいけないという純粋な気持ちも生まれていた。
そして夜8時、近隣のファミレスで二人は落ち合った。

「雄介……」
「……薫」
優しい眼差しで迎える薫に対して、雄介はやはりバツの悪い表情だ。
一番奥のテーブルに案内された二人、その片側に悠が座り込む。
しかし、雄介はテーブルを前にして立ちすくんだままだ。
「……どうしたんだ? 雄介」
「薫……。スマね!!」
勢いよく頭を下げる雄介。
「お……おい……」
「……俺、お前には、どうしても……」
そんな雄介を見て、薫が柔和な表情で語りかける。
「もういいよ、雄介。お前の気持ちは全部分かってる。何たって永遠の相棒だからな!」
「……薫」
「とにかく座れよ。俺が今日来たのは、お前に詫びてほしいからじゃない。お前を救う手助けをしたいと思ったからだ」
「え?」
不思議そうな顔でゆっくりと席に座る雄介。
「こうなった経緯は大体聞いた。……お前らしくないじゃないか」
「いや、ちょっと待て。一体、誰に聞いたんだ?」
「探偵さんだ」
「た……探偵? 何で探偵なんだ?」
「お前をこんな目に遭わせた師岡本部長とやらの実態を、今調べてくれているんだ」
「師岡本部長!? えっ!?」
「依頼人は、宣伝部の夏野美雪さんだ」
「な……夏野さん!?」
驚きとともに、ガックリと肩を落とす雄介。

「……ったく、余計なことするなって言っといたのに、あの人は……」
「お前のことを本気で心配しているそうだ。……で、探偵さんは、美雪さんの双子の妹なんだ」
「ええっ!?」
「ま、それはいいとして、美雪さんは恐らく、師岡本部長の言動や当時の状況から証拠になるものを見つけて、査問委員会にかけようとしているんだと思う」
「査問委員会?」
「ああ。そこでお前に対する異動を不当人事だと認めさせ、出向を取り下げさせる腹だろうな」
薫の言葉に、暗い表情となる雄介。
「……どうしたんだ? いい会社仲間じゃないか」
「いや……」
神妙な面持ちで、雄介は続ける。
「夏野さんの気持ちは嬉しいけど、あれは俺の責任だ。責任は俺が取って当然なんだよ」
「何言ってるんだ!? どう考えても、お前は足引っ張られた上に不当な異動を言い渡されたんだぞ!?」
「……そうじゃねーよ。俺は会社の方針に反抗した。だから背任行為だって言われても仕方ねぇ」
「でも、それは……」
「問題は、そこで俺は感情に任せて文句言うことしかできなかったってことだ。反論するなら、その改善策を提示しなきゃダメだろ。それをしなかったんだから、俺が責任取るべきだと思うんだよ」
「しかしな雄介。不当人事だってことは確かなんだ。これを許しちゃ、今後も同じような犠牲者が出るかもしれない。美雪さんは、そういうことも考えて調査依頼に踏み切ったんだと思うぞ」
「…………」
「……雄介!」
「ん、ああ。ありがとう。嬉しいと思うよ。……でもな、もういいんだ。さ、メシ食おうぜ!」
明るく振る舞う雄介を見るにつけ、薫はその責任感の強さも痛いほどに感じ取り、それ以上は何も言えないのだった……。

***

奈良からの夜行列車に乗り込まんとする薫。
自分の行動、そして雄介の言い分を反芻し、はたとホームを振り返って列車から降りる。
「……俺は、男を全うしていなかった。雄介の言い分は正しいが、やはりここでアイツが犠牲になる必要はない! 男の条件とは、常に謙虚でいなければならないが、同時に強い信念も持ち続け、前へ前へと進んでいかなければらないということだ! 俺には、それを雄介に伝える義務がある!!」
駆け足で駅から出ていく薫。その眼は、使命感に満ち満ちていた……。

*****

三日後、雄介がいた百貨店の社長宛てに一通の信書が届いた。差出人は美雪だ。
そのなかには、師岡本部長がおこなってきた理不尽な指示や呉服部としての戦略事実、顧客の声などとともに、師岡本部長を査問委員会にかけるべく要望書が入っていた。
社内通知では握り潰される恐れがあると考え、美雪は夜美がまとめた調査資料と査問要望書を、敢えて社長宛ての信書として郵送したのだった。

「ふむ……」
内容物を全て確認した社長は、厳しい表情でどこかへ電話をかけはじめる。

***

宣伝部の朝礼で、美雪が厳粛な面持ちで宣言する。
「今日、諸岡本部長の査問委員会が実施されます。大それたことをして皆さんに迷惑をかけることは百も承知です。でも、権力者の横暴をこれ以上黙って見ているわけにはいきません。……本当に申し訳ございませんが、どうかお許しください!」
深々と頭を下げる美雪。と、柏田課長が静かに答える。
「……いいから行きなさい」

***

本店大会議室。
そこへ当事者である師岡本部長、呉服部の役職者数人、美雪、夜美、そして雄介が並び、奥には社長と人事部長及び各部門の役員が厳かに陣取っている。
思いもかけない事態に、当然師岡本部長は大層の立腹ぶりだ。昨日などは、宣伝部と呉服部に部下を使って何度も脅しめいた行為を仕掛けてきた。
しかし、こうした委員会は得てして権力者側が有利なもの。それを肌で分かっている師岡本部長だけに、腹立ちはもはや道断の域に入り、見るからに不機嫌そうな表情で中心に座っていた。

「それでは、師岡本部長の非健全業務指示及び久保係長に対する不当人事問題についての査問委員会を開廷します」
進行役の総務係長が、開廷を宣言する。
「久保係長の弁護役として入室した方は、自己紹介をお願いします」
「はい」
夜美が立ち上がる。
「愛鈴探偵事務所の愛鈴夜美(めすず・やみ)と申します。本日は、よろしくお願いします」
愛鈴というのは、実は結婚している夜美の現在の姓であり、夫とは訳あって別居中のため、普段は旧姓を名乗っていたのだ。

「では、まず浴衣売場に対する師岡本部長からの指示事項について。原告側の夏野美雪さんがまず問題視しているのは、6月頃に導入した新規のマネキン人形についてですが、詳しくご説明ください」
「はい」
美雪が立ち上がる。
「今年度、浴衣売場は4つの異なるテイストを効果的に演出するために、売場を4つにゾーニングして、それぞれにコーディネイト提案しやすい什器を配置していました。マネキン人形も然りです。ところが、6月に突然そのマネキンを変更する命令が下りました。それは、師岡本部長の娘さんがデザインしたというマネキンで、売場のコンセプトと異なるばかりか、コーディネイト提案が著しく困難になるデザインのものでした」
「バカな……。実にいいマネキンだったじゃないか!」
師岡本部長が真顔で反論する。しかし、美雪はたじろがない。
「いいえ。着こなしのコーディネイトをする際には、マネキンに必要以上の個性があってはなりません。このマネキンは、表情、髪質、ポーズに至るまで、恐らくごく限られた衣装にのみマッチするようにつくられているため、その後の浴衣売場はディスプレイに相当な苦労を強いられることになったのです」
「それを何とかするのが売場の役目だ。そのぐらい当然じゃないか!」
なおも反論する師岡本部長に、夜美が鋭く突っ込む。
「後方支援部門というのはー、文字通り売場の増収を目指して支援するところであります。明らかに演出が困難になることが想定される什器を提供する、いや強要することは、支援ではなく『妨害』と言えるんじゃないですかねぇ?」
「……何だと!?」
構わず夜美が続ける。
「私が聞いたところによりますとー、そのマネキンを使い始めてから浴衣売場の売上減収が顕著になってきたと?」
夜美の言葉を、呉服部課長が受ける。
「はい。それまで順調に前年比数パーセント増だったところが、6月第2週は3パーセント減、第3週は12パーセント減、第4週には25パーセント減となりました」
「そ……そんなのは他に原因があるんじゃないのか!? マネキンのせいだけとは限らんだろ!?」
さらに声を荒げる師岡本部長。
「確かにそうです。減収は我々部門の責任であります。しかし、売場の装飾は売上数値に大きく影響します。特に、シーズン商品である浴衣はコーディネイト提案が他店との差別化に大きな役割を果たしており、これが崩れたことが売上数値に響いたことは想像に難くありません」
さらに夜美が追い打ち。
「ちょっと調べてみたんですがー、その時期の顧客アンケートがコチラです。お客様の声蘭には『マネキンが変!』『浴衣と合ってないマネキンをなぜ使ってるんですか?』『チグハグな売場』『他の百貨店と比べて着こなしが見にくい、いや醜い』などの声が数多く寄せられています。加えて、毎年6月第3週に行う人気コンテストの投票率は前年比60パーセントダウンという、凄まじい結果が出ています。これって、そのマネキンのお客さん受けがいかに悪いかって証明になるんじゃないですかねぇ?」
唇を噛み締める師岡本部長。
そして総務部長が問う。
「師岡本部長、いかがでしょうか?」
「……言いがかりだ」
顔をしかめる美雪。逆にニヤリと笑う夜美。そして、雄介は表情を変えずに黙って見ている。

「では、次に7月に売場で開催された浴衣ファッションショー、及び配布されたお祭りDVDについてですが、説明をお願いします」
「はい」
再び美雪が受ける。
「このファッションショーは、今年度のコンセプトを根底から覆すものでした。今年度は、ドレッシー、アンティーク、アバンギャルド、ベーシックと4つのテイストに分けて売場を演出すると決まっていましたが、ファッションショーで用意されたものは全て古典柄のベーシックタイプでした。もちろん、当時売場担当だった久保さんも私も反対しましたが、『売上低迷の原因はくだらんコーディネイトのせいだ。テコ入れはこっちで考える』という師岡本部長のゴリ押しがあり、半ば無理やり実施したものです。……あ、お祭りDVDも同様の理由です」
「はいはーい、ここでまたお客さんの声です」
そう言って、夜美が資料を読み上げる。
「この時期の顧客アンケートにも面白い結果が出ています。『全部一緒でしたね』『新たしい着こなしを期待していましたが、期待外れでした』『カタログと正反対のショーにはガッカリ』など、お客さんの生の声は貴重ですよねぇ。あと、この辺からネット上でも騒がれ始めます。『百貨店ゆかた動向』なるサイトでは、『コンセプトがどんどん崩れていく浴衣売場』として日々スレッドが伸びていき、『ココでは買わない』とか『今年の最下位決定』などダントツの不人気ぶりを発揮しています。いや凄いですね~」
「……愛鈴さん、真面目にお願いします」
総務係長が夜美に注意を入れる。
「アリャリャ、これは失礼」
「師岡本部長、これについてはいかがですか?」
総務係長の問いに、師岡本部長は押し黙ったまま。

「……では、最後に7月下旬に入口エレベーター前のディスプレイ・スペースから浴衣が強制撤去されたことについて、説明をお願いします」
「はい」
美雪がみたび説明に入る。
「入口エレベーター前の共用ディスプレイ・スペースは、8月第2週まで浴衣売場の使用が決まっていました。それが、師岡本部長の独断でバーゲン誘致のものに変えられてしまったんです。総合陳列の変更は確かに状況次第であることです。しかし、我々宣伝部の意向も無視して変更したことは、権力を利用した横暴に他ならないと思います!」
「……失敬な!! 貴様その言い方はなんだ!?」
思わず師岡本部長の口から怒りの声が洩れる。

「私もそう思いますよ」
突然の声とともに、宣伝部の柏田課長が入ってきた。

「途中入室をお許しください。……確か、弁護側としては二人まで入室して良い決まりでしたよね? なので、私も加わらせていただきます」
「課長……」
美雪の視線に、柏田課長はにこやかに頷く。
「総合陳列を任されているのは、我々宣伝部です。いくら業務命令とは言え、強制撤去という方法は暴挙としか思えません」
「貴様まで……何を言うか!!」
「まあ、そこまではいいとしましょう。しかし、その後飾られたTシャツがいけない! 和装用のトルソーをそのまま使って、胸に『SALE』とプリントした安っぽいTシャツを着せただけ、周囲の装飾もなくバーゲン誘致には程遠い稚拙極まりない演出! あれで一日あたり一万人は他店に流れたでしょうね」
柏田課長が嫌味十分に言い放つ。
「何を言っとるか!? そんな根拠も何もない話を、誰が信じるんだ!?」
「根拠ですか? ……愛鈴さん」
柏田課長が今度は夜美に振る。
「はいはーい。ではここで店全体の来客数の推移を発表します。バーゲン体制に入るとともに、各フロアは着実に来客数を伸ばしています。しかし、この妙チクリンなTシャツに変わってから、そのフロアだけが15パーセントほど来客数を落としているんですね~。これを全体の動員数に換算すると一日約一万人ほど。一日一万人のお客さんを逃すということは、一人あたりの購買金額を二千円とすれば、実に一日に二千万円もの売り逃しをしていたってことになるんですね~。おーこわ」
「バカ言うな!! そんなものはただの推測に過ぎん!!」
師岡本部長の反論に、美雪が力強く返す。
「モノを売るってことは、推測に基づいて計画を立てるものじゃあないんですか? もちろん、キチンと傾向分析した上での推測でなければなりませんが、少なくとも先程柏田課長や愛鈴さんが仰った売り逃し予測値は、当たらずも遠からずだと思います。……皆さん、いかがでしょうか?」
一瞬、静まり返る室内。
と、社長がひと言口を開く。
「……もう、決を採ってもいいんじゃないか?」

「では、採決に移りたいと思います。しばらくお待ち下さい」
そう言うと進行役の総務係長は、奥に陣取っている社長以下委員会メンバーのところへ歩み寄り、皆の意見をまとめ始めた。
その様子を、固唾を飲んで見守る美雪や呉服部の面々。
雄介は……少し俯いている様子だ。

「……お待たせしました。それでは結果をお伝えします。査問の結果、師岡本部長の指示した内容が浴衣売場の減収の要因となった公算は極めて高く、尚且つそれは店全体の減収にもつながったという見解です。従って、師岡本部長の指示を不当なものとみなし、処分対象といたします」
「ちょ……、ちょっと待てお前! そんなことが許されると思ってるのか!?」
この期に及んで、まだ権力を笠に着ようとする師岡本部長。
「本部長。私はこの委員会の進行役です。たとえ相手が社長であろうと、適切な発言をいたします」
「な……、なんだと~~~!?」
「加えて、その業績悪化の責任を取らされる形で決まった久保雄介くんの出向は、取り消しといたします」
「オーーーーー!!」
呉服部の面々から歓喜の声が上がる。そして、美雪も心底ホッとした表情で雄介を見遣る。
しかし、当の雄介は厳しい表情のまま。
「……久保さん?」

ここで、雄介がゆっくりと立ち上がる。
「……ありがとうございます。ただ、本部長に全責任を負わせるようなことは止めてください」
「え……?」
夜美が目を丸くして雄介を見る。師岡本部長も、唖然とした表情で雄介のほうへ視線を移す。
「売上の低迷は、あくまで売場責任者だった私の責任です。だから、出向が取り消されたとしても、私に何か罰が与えられることは当然の処分だと考えています。……ただ、今後は会社全体として、お客さんの方をしっかりと向いて、私利私欲とか凝り固まった考えとか、そーいうのはなしにしてどこの売場も盛り上げていけるように、今度のようなことが二度と起こらない体制にはしてほしいです。……以上です」
そう言うと、また静かに着席する雄介。美雪の目から、思わずポロリと涙がこぼれる。

「……師岡本部長、宜しいですか?」
総務係長の言葉に、師岡本部長は一瞬コクリと頷いたかと思うと、プイッと明後日の方向を向く。
「では、これにて閉廷します」

*****

翌日、師岡本部長の降格と雄介の百貨店呉服部への復帰が発表された。
その朗報を、宣伝部で美雪と柏田課長が社内メールで知る。
「……良かったな、夏野」
「ありがとうございます、課長。……でも、あの時まさか課長が来てくれるとは思いませんでした」
「いつも長いものに巻かれる俺なのに、か?」
「え? あ~、いやその……」
少々焦り顔の美雪。
「バッカだね~、お前も。あの時、あの部屋ん中で一番権力持ってたの誰だよ?」
「えと……、あ! 社長!?」
「そう。俺は社長の考えに合わせただけ」
「でも、社長は何にも言いませんでしたよ?」
「俺が入ってったあの時まで何も言わなかったってことは、師岡本部長を庇う気はもうなかったってことだ」
「え? だから入ってきたんですか?」
「当然だ。それが確信できたから入ったんだよ」
柏田課長の得意げな顔を見て、美雪はハァと溜め息をつく。
そして席についた美雪は、夜美に電話をかける。

「……あ、夜美? ありがとう。あなたのおかげだわ」
「なーに、軽いもんよ。ハッハッハッ! ……でも良かったわねー。また久保さんと一緒に働けることになって」
「え……!? それどういうことよ!?」
「どーもこーも、そーいうことに決まってんじゃん!」
「いや別に私は……!!」
「まーまーまー。でも、私はどっちかって言うと、親友さんの方が好みかなあ?」
「親友さん?」
「滑川さんって人。今回はねー、その人が久保さんを説得して委員会に出させたようなモンよ?」
「そうだったの……」
「なんと私と同じ中学校の教師なのよ! こりゃいっちょ迫ってみるか……」
「ちょ……、夜美! あなたまだ離婚成立してないんじゃなかった!?」
「あらら? そーだったっけなー? ハッハッハーーー!!」

美雪と夜美、ふたりの恋路はまだはじまったばかり……。

(了) 

夏野姉妹と和のある風景②「探偵登場」

2024-09-20 13:54:31 | ラノベ
ひとまず確認の必要がある。雄介は入口エレベーター前のディスプレイ・スペースへと走った。
と、そこには『SALE』と胸に書かれた赤いTシャツが3枚、何の装飾もなくトルソーに着せられていた。

「……ざけんなっ! まだこれからデッカい花火大会が二つもあんだぞ? 今が売り時じゃねーか! こんなひでーことあっかよ!!」

激しく憤った雄介は、そのまま宣伝部の事務所へと雪崩れ込んだ。

*****

「夏野さん!!」
「……あ、久保主任!」
美雪の席へ駆け寄る雄介。
「どういうことですか!? エレベーター前の陳列変えられるなんて! 全然聞いてませんよ!?」
「実は、私もさっき聞いたばかりなの。昨日休んでいる間に、師岡本部長の独断で変えられちゃったらしいのよ」
「あんのヤロー!! 今度ばっかりは許せねぇ!!」
「さすがの柏田課長も、昨日からず~っと不機嫌。課長にしたら、強制撤去はともかく、その後陳列されてるTシャツに我慢ならないんでしょうね。……センスの欠片もない」

「……俺、本部長に直談判してくる」
真剣な表情で踵を返す雄介。
「あ、ちょっ! 久保主任! それはいくら何でも……!!」
そう言いながら雄介を追っていく美雪……。

***

後方部門の役員室。師岡本部長は、その丁度中心に位置して座っている。
「失礼します!」
ノックとほぼ同時にドアを開け、雄介が室内に入る。そして、一直線に師岡本部長の前へと歩み寄る。
ドアの裏側では、美雪が冷や汗をかきながら聞き耳を立てる。
「本部長!」
「……ん? 何だ君は」
「入口エレベーター前のディスプレイは、8月第2週までは浴衣陳列と決まっていたはずです。……突然の変更には何の理由があるんですか?」
「理由? もう7月も終わりだぞ? 店が総力を挙げてバーゲン体制に入る時期だ。もう浴衣など飾っている意味はないだろう」
「そんなことはありません。来週も再来週も大規模な花火大会がありますし、ここが最後の書き入れ時です。スケジュールもそれを見越して決まっていたはずですが……」
「予定など状況によって変わるものだ。もう浴衣を見せる時期じゃない。君はそんなことも分からんのかね?」
師岡本部長の言葉に、ギュッと拳を握り締める雄介。
「……お言葉ですが、今こそ浴衣をメインで見せる時期ですよ? それに、シーズン商品こそ店全体で盛り上げていくのが流通業界の常識なんじゃないですか?」
師岡本部長の眉間に皺が寄る。ドアの向こう側では、美雪が頭を抱えている。

「君は……、何様のつもりだ?」
「他店では、当然のようにこの時期は全力で浴衣をバックアップしてます。……そりゃ、地域差とか顧客特性とか色々あるでしょうが、ここで踏ん張らなきゃ、予算達成に向けて最後まで走れませんよ?」
「予算……達成?」
師岡本部長が持っていた書類を机上に叩きつける。
「君は、自分の立場が分かっているのか? 今年の浴衣の売上はどうなってるんだ! 6月以降、下がりっぱなしじゃないか! ……せっかくウチの娘まで協力してやったというのに、とんだ体たらくだ!」

一瞬凍りつく室内。そして次の瞬間、雄介の糸がプツンと切れた。

「ざけんじゃねー!! あのマネキンのおかげで売上が落ちはじめたんじゃねーか!! あんな訳分かんねーシロモンでまともなコーディネイト提案ができるわけねーだろ!! ……そりゃ、売場の力不足が低迷の原因には違いないです。でもね、身内に足引っ張られちゃあ、売れるもんも売れなくなっちまうってことを、アンタにはちゃんと認識してもらいたいですね!!」
一気に捲し立てた雄介。周囲の役員たちは、皆一様に呆れた表情。
そして、ドアの裏側にいる美雪はその場にしゃがみ込んでしまった。

「……言いたいことは、それだけか?」
震える声で、師岡本部長は雄介を威嚇する。
「出て行きたまえ。……君の処分はいずれ言い渡す」
ここで我に返った雄介。しかし、もはや後の祭りということも瞬時に自覚し、無言で一礼して踵を返した。
バタンとドアを開けて部屋を出る雄介。その雄介を、しかめっ面の美雪が追う。
「久保主任! なんてこと言ってしまったんですか! あの人にあんなこと言ったら、もうどうなっちゃうか、本当に分かりませんよ!?」
美雪を無視し、早足で歩く雄介。
「……久保さん!!」

**********

翌日、会社への背任行為という理由で雄介は子会社のスーパーへの出向を言い渡された。
落胆する呉服部の所属員。そして浴衣売場の販売員メンバーたち。
最も大きな予算組みをしている7月末の時点で、突然リーダーを失った代償は大きい。
その後、浴衣売場の売上は下落の一途を辿り、高級呉服においても雄介のファン顧客は相当数いたため、数値の低迷は呉服部全体に影響した。

雄介への措置に対して『不当人事』であるとの声も、はじめは局地的に囁かれたりもしたが、基本的に人間というものは保守的な存在。自分を犠牲にしてまで自らの主張を通そうとする者など皆無だった。
ただ一人、夏野美雪を除いては……。

*****

「……はい。こちら愛鈴(めすず)探偵事務所。……あー、どしたの? ……フムフム、……フムフム。ほう? そりゃ面白い! 別の意味でも面白い! ……ああ、いやいやこっちの話。じゃ、早速調べるね」

ここは某田舎町の小さな探偵事務所。
ほぼ一人で何でもこなしてしまうここの若き女性所長、それがこの夏野夜美(なつの・やみ)だ。
彼女は美雪の双子の妹。電話の相手は……、当然美雪だったのだろう。

「おっし! 一銭の儲けにもならない仕事かー。うひー! その方が逆に燃えるったら! ……素行調査は弊社にお任せ!ってね。……ちょっと古いか」
一人で百面相をしながら何やらポーズを決める夜美。

何かが、はじまろうとしている……。

**********
**********

秋も深まったころ、雄介は出向になった系列のスーパーで働いていた。
アパレル関連つながりということで衣料品売場の係長として就任し、今までより上位役職が付いているものの、それは出向の常だ。
本人としては、まずは商品を覚えるところからはじめざるを得ない。

「……紳士物、婦人物、それから子供……と、みんなまとめて見なくちゃなんねーのか。結構大変だな~。お、一応和服関連も扱ってんのね」
品目コード表を見ながら売場を巡回する雄介。と、雄介の前に一つの人影が。

「こんにちは」
それは美雪だった。
「うわっ、夏野さんじゃないですか! 久しぶりですね~」
「今回は、とんだことになってしまって……」
「ヘヘッ、まあしょうがないですよ。あーいう権力持った人に逆らってタダじゃ済まないってことは分かってたはずですからね~。自業自得……かな」
「でも、これは明らかに不当人事です! 私は逆に、師岡本部長こそ罰せられるべき対象だと思っています。久保さん、私があなたを百貨店に戻します!」
力強く言い放つ美雪。
「……ありがとう、夏野さん。でも、もういいですよ。俺は大丈夫ですから。無茶なことすると、夏野さんまで飛ばされちまいますよ! んじゃあ、また」
そう言って、雄介は引き続き商品のチェックに入っていった。
その姿を凝視しながら、美雪が呟く。
「久保さん……。私は……」

 *

変わってこちらは愛鈴(めすず)探偵事務所。
夜美がPCのモニターを見て唸る。
「むぅ~、なるほど~。こいつは……悪党っつーより、ホントに無能なんかな?」
と、一人の中学生男子が事務所に入ってくる。
「ちわ~」
「お、小林少年! 今日はなんだね?」
「あのー、僕は森川です。いい加減、その呼び方止めてくれません?」
「何を言うか! 探偵事務所に出入りする少年は『小林』と相場が決まっとるんだ!」
夜美の悪ふざけは、どこまで本気なのか分からない。

「それはそうと夜美さん! コレ一緒に観ようよ!」
そう言って、森川少年が鞄からDVDを数枚取り出す。

手渡されたディスクケースを夜美がジッと見つめる。
「スパーク……マン?」
「うん! 担任の先生から借りてきたんだけどさあ、何か普通のヒーロー物とはちょっと違ってて、すっげー面白いんだって!」
パッケージをマジマジと見る夜美。
「ふーん、何なに~? 恐怖公害人間!?」
「そうそれ! 公害伝染病になった人間を、ヒーローが命令だからって殺しに行くって話なんだよ!」
「え!? 何ソレ! ヤバいじゃん!! ……えっと、他のエピソードはと、無数のゴキブリの中から最も元気な個体を選んで怪獣化!? 人間が改造されてゴミしか食べられなくなる!? 交通事故死した少年の心が怪獣化!? IQを高める手術を受けた青年が怪獣化して人間に戻ったり怪獣になったりを繰り返し、最後は人間の姿で死にたいとスパークマンに懇願!? 失明したスパークマンを超能力少年が助けて絶命!? ……ちょっと待って、設定が全部ヤバすぎじゃない!?」
「すげーだろ!?」
「……いやその、こーいうDVDを担任が貸すって、どーいうワケ?」
「ああ、それはね、この先生のホームルームの時間には、いっつも昔の漫画やテレビ番組の紹介をしながら、僕らに人生の教訓を話してくれるんだ。これがすっげー面白くてさあ!」
「ふぅーん、変わった先生だね。……変わった先生なら、一度会ってみたい」
そう言ってキラリと目を輝かせる夜美。

*****

数日後、森川少年の計らいで、森川の担任男性教師と夜美が放課後の教室で面会した。
「はじめまして。担任の滑川薫です」
そう言って、夜美と握手する薫。
 
ピキーン!
何かを感じた夜美、握った薫の手をなかなか放そうとしない。
「あ……あの、ちょっと……」
「……おっと! すいません、つい!」

あらためて対面に座る薫と夜美。
「夏野夜美と申します。こば……じゃなかった森川君は私の従弟にあたりまして、ご両親が共稼ぎなもんでウチの事務所にちょくちょく遊びに来てるんですよ」
「へぇ、そうなんですか。……何の事務所なんですか?」
「あーっと、ちょっと変わってるかもしれませんが、探偵事務所です」
「おお、それは凄いですね! 私の友人にも、昔探偵がいましたよ。年は私より一つ下ですが、非常に頼りになる仲間でした」
「ほおー、それは実に興味深い! 今はどうされてるんですか?」
「関東にある特殊科学捜査研究所に勤めています」
「特殊科学……と言うと、もしかしてSRIですか!?」
「あ、よく御存じですね」
「当然ですよ! 我々探偵からすると民間の花ですからね、SRIは」
「へぇ~、そうなんですね。……探偵業って、大変ですよね」
「ハハ、実際は地味な仕事が多いんですよー。素行調査とかね。今も毎日振り回されてます」
「ああ、なるほど。浮気調査か何かですか?」
「いえいえ。詳しくは言えませんが、ある百貨店の社員を調べてましてね……っとと、守秘義務守秘義務!」
思わず口を押さえる夜美。

「百貨店……と言えば、私の親友が大阪の百貨店に勤めてるんですよ」
「……え、百貨店? え、大阪!?」
「はい。今は浴衣売場の主任とか言ってましたねぇ……」
 懐かしそうな目で中空を見遣る薫。
「ちょっ……、ちょっと待ってください。その人の名前、お聞きしても宜しいですか?」
「久保……雄介と言いますが?」

固まる夜美。
その夜美を見て不審がる薫。
「……え? まさか雄介が……調べられてるんですか?」

<つづく>

夏野姉妹と和のある風景①「ゆかた売場の憂鬱」

2024-09-18 12:49:45 | ラノベ
ここはとある百貨店。
その一部門・呉服売場では、夏の一大商戦に向けての準備が日々進められていた。

久保雄介(くぼ・ゆうすけ)は今年から高級呉服から浴衣へと担当が配置換えされ、新たな売場運営に意欲を燃やしていた。

雄介がこの百貨店に入社したのは今から10年前。
呉服のゴの字も知らない状態で配属され、反物を巻くところからスタートしたその販売員人生だったが、いつしか富裕層客に高級呉服を売ることに慣れてしまっていた。
そんなとき、ふいに訪れた人事異動で浴衣売場担当に。
雄介は、これまでの決まりきった顧客への計画的な販売から、不特定多数の一般顧客へのアプローチというまだ見ぬ世界に、相当のワクワク感を感じていた。

今、雄介は自らのキャリアの新たな一歩を踏み出そうとしているのだ。

**********

「久保主任! 今年の撮影用商品が届きました!」
ひとりの若い女性社員がダンボールケースを持ってきた。
「お、来た来た! 今年は結構面白い柄が多かったからな~」
部下の女性社員とともにケースを開ける雄介。と、中には色とりどりの浴衣や帯、小物類などが犇めいていた。
「あ、私が見たヤツ!」
そう言って、一枚の浴衣を取り出して広げる女性社員。

浴衣商戦というのは大体4月から8月にかけてだが、その仕入れは毎年冬場に行われる。
1月から2月にかけて各メーカーが試作品の展示会を行い、百貨店や専門店のバイヤーがそこに群がる。そして仕入計画に基づいて各商品を選定し、メーカー側は各百貨店や専門店の要望数をもとにして大量生産に入る。
もちろん、製作するメーカー側にも思惑があり、リクエストされた通りの数をつくるわけではない。
従って、力の弱い店は要望通りの商品が来ないこともあり、そこは毎年の売上数値が顕著に翌年に反映するところなのだ。

雄介のいる百貨店では、売場主任でありバイヤーでもある雄介とともに、ターゲット層に近い若い女性社員を仕入れに同行させ、彼女の意見も大きく取り入れている。
若い社員にとって、やはり自分が選んだ商品が入荷してくるのは嬉しいもの。しかし、それが必ず売れるとは限らないので、雄介としては彼女の意見を尊重しつつも予算と在庫、売場面積と展開方法全てを頭に入れて調整しなければならないわけだ。

「よし、行くか!」 
今日はシーズンに先駆けて行われる、今年の浴衣カタログに載せる商品の選定会議が行われる日。
この会議にも雄介は若い女性社員も帯同させ、担当業務の意義を体感させようとしている。

会議室の大きな机上に撮影候補の商品をズラリと並べながら、雄介がカタログのコンセプトを説明する。
「……というわけで、今年はドレッシー、アンティーク、アバンギャルド、ベーシックと4つのテイストに分けて紙面構成し、メンズと小物は別撮りという形でいこうと考えております」
雄介の出した企画書を睨みながら、商品にも順次眼を移していく販売推進部や宣伝部の担当者たち。

カタログというものは、当然ながら売場の意向だけで作れるものではなく、会社としての方針を前提に、全体的な部門の位置付けに基づいた会社の予算内で製作するわけなので、まずは会社側を説得することが第一関門なのである。

雄介の説明に、幾人かの担当者はフムフムと頷いて商品を手に取りはじめたが、年配の役員である師岡本部長から苦言が呈せられる。

「横文字にする必要があるのか? 和商材の浴衣には合わんよ。……もっと分かりやすい表現にしなさい」
「や、でもこれは流行を踏まえたキーワードなんですよ! 浴衣というのは、和の商材とは言え夏のトレンドファッションです。そこに洋を取り入れるのは自然の流れですよ? 事実、商品の特徴にも洋のテイストがたくさん入ってきてます!」
「……そんなことは聞いていない」
そう言って師岡本部長は席を立ち、会議室を出ていかんとする。
「ちょ……、ちょっと待ってください! 若い人に分かりやすく売っていくためにはこの構成が一番……!!」

雄介の懇願も空しく、師岡本部長は黙って会議室から出ていく。

「……久保主任。仕方ないですよ、僕らにできる範囲でやりましょう」
販売推進部の男性社員が陽介をなだめる。
「クッソ!」
思わず悪態をつきつつ、ガタンと椅子に座り直す雄介。その様子を、部下の女性社員が不安そうな目で見る。
部下の視線に気づいた雄介は、慌てて気を取り直し、笑顔で説明を続ける。
「じゃ……じゃあ、ひとまず商品を選びましょう! どっちみちテイスト別には分けなきゃいけないし、細かい表記の件はまた後で……」

***

売場に戻り、余った商品を片付ける雄介。
一緒に片付けをしながら、部下の女性社員が膨れた表情で愚痴る。
「主任! あの人何なんですか!? 私たちはお客さんのために考えてるのに……」
「まあ、偉いさんなんてあんなもんさ。『お客様満足第一主義』とか言ってっけど、上の方は自分たちの満足第一主義って感じだな」
「なんか……、それが会社かと思うと、切なくなりますね……」
女性社員の不満げな表情が、悲しげにに変わっていく。
雄介もまた、様々な事情を考え合わせては暗く沈んでいくのであった……。

**********

そして、夏本番も間近の6月!
浴衣の本格シーズンに突入し、雄介の売場でも日々来客数が増加してきた。

心配された浴衣カタログも好評の内に配布されはじめ、売場のレイアウトも予定通り4つのテイストに分けてゾーンを形成、それぞれにマネキンを設え、日々販売員全員で協力してコーディネイト提案をしていた。

売上状況も悪くなく、予算達成に向けて全員一丸となった姿勢が売場を盛り上げていた。
そんな折、雄介は突然宣伝部に呼び出された。

商談ルームに入る雄介。
「失礼します!」
そこには、宣伝部の主要メンバーに加え、先般のカタログ会議で苦言を呈した師岡本部長の姿もあった。

「久保主任、実は什器のことで少しお願いがあるんだ」
切り出したのは、宣伝部の柏田課長だった。
「何でしょうか?」
「浴衣売場のマネキンのことなんだ。実はね、師岡本部長のお嬢様が、このたび大学の造型コンテストで金賞をお取りになってね、その受賞作を小鳩マネキンさんがコラボして新しいマネキンをつくったんだ。……でね、それを浴衣売場で使ってほしいんだよ」
そう言って柏田課長は、雄介にマネキン人形の写真を見せる。

「……え?」

写真を見た雄介は思わず絶句した。
それは、アニメ顔という言うにはあまりにマネキン体型に似合わないもので、一体どんなものを着せれば似合うのか全く想像できないようなシロモノであった。

「いやあ。可愛らしいマネキンじゃないですか! 久保主任、今週中には搬入できる見込みなので、ぜひ使ってやってくれたまえ」
「……いや。でもその……、これは……」
言いかけた雄介の隣で、宣伝部呉服担当の夏野美雪(なつの・みゆき)がコホンと一つ咳払いする。
「え? 何か問題あるかい?」
「いえいえ! とても可愛いと思います。早速、この後久保主任と打合せいたします」
恍けた言動の柏田課長に、美雪がにこやかに返答する。
「そうかそうか。じゃ、よろしく頼むよ」
そう言って柏田課長は師岡本部長に軽く会釈すると、二人は余裕の表情で商談ルームから出ていった。

部屋に残ったのは、雄介、美雪、そして宣伝部の数人。
師岡本部長と柏田課長が離れていったことを確認し、雄介が美雪に食ってかかる。
「どういうことですか!? 夏野さん! こんなヘンテコなマネキン、使えるわけないでしょう!?」
「……すみません久保主任。こればっかりは……、どうしようもないんですよ」
雄介に頭を下げつつ、諦観した表情となる美雪。
「久保主任。夏野さんも最初は断ってたんですが、何しろ師岡本部長のお嬢様ということで、誰も文句が言えなかったんですよ」
「課長も本心ではハラワタ煮えくり返っていると思いますよ? センスの良さは抜群ですから」
「ま、長いものに巻かれる姿勢も抜群ですけど」
口々に愚痴る宣伝部の面々。と、美雪が改めて陽介に懇願する。
「そういうわけなんです。久保主任、無理を承知で、何とか使ってみてください。お願いします」
「いや、お願いしますっつっても、この顔に何着せるんですか? 洋服でも合わないんじゃないですか?」
「確かに……」
返す言葉がない宣伝部の面々。

「……と言っても、やるしかないワケですよねぇ。分かりました。……しっかし、ホント何着せりゃいいんだろ」
「ありがとうございます、久保主任。あなたなら分かってくれると思ってました」
美雪が素直に雄介に感謝の微笑みを送る。その美しさに、思わずドキッとする雄介。
「……ん、ああいやあ! ま、俺はいいですよ。でも、他の社員や販売員さんたちのモチベーションが下がらないかが、一番心配なんだよなあ……」

*****

そして運命の週末、件のマネキンが浴衣売場のバックヤードに搬入されてきた。
「うわあ……」
「……マ・ジ・か」
現物を目の当たりにし、マネキン着付けを担当する者たちが呆然とする。こいつは写真で見るより遥かに難敵だ。

「どうした!? お前らの腕の見せ所じゃんよ! ……つっても無理だよな、ウン」
皆を励まそうにも励まし切れない雄介。
しかし、もうサイは振られたのだ。この恐るべきマネキンに売場構成のテイストを崩さないコーディネイトをして、明日からしばらく店頭でお客さんの目に触れさせなければならない。
溜め息をつきながらマネキンに浴衣を着せていく女性社員や販売員を見ながら、雄介はお客さんの失望する顔や、ライバル店のバイヤーが呆れる顔などが次々と浮かび、思わず天を仰ぐのであった……。

**********

浴衣売場にトンチンカンなマネキンが仲間入りして1ヶ月。売上数値は目に見えて落ちていった。理由は明らかだが、それについては何を言ってもはじまらない。
何とか持ち直す方法を雄介が考えあぐねていたところへ、またしても会社側からテコ入れと称した横槍が入った。
それは今年の売場のコンセプトをまるで無視したかのような、先祖返り的ファッションショーの実施。
似たり寄ったりな柄の浴衣に、似たり寄ったりのコーディネイト、それを『今年の浴衣売場が自信を持ってオススメします!』などと謳われてやられた日には、これまで見てくれていたお客さんは果たしてどう感じるのか?
そうした思想は、どうやら会社の上層部にはないらしい。そのことを雄介は、一週間後さらに思い知る。

突如売場に配布されたDVD。そこには、時代遅れとしか思えない昔ながらの『お祭り風景』が収録されていた。
無論、お祭りが好きな人は世の中にはたくさんいるし、そのために浴衣を買うという風習もまだまだある。
しかし、今や夏のトレンドファッションとしての『流行商品』へと進化した浴衣を、今更30年前に戻してどうするんだという気持ちが、雄介をはじめ売場の誰もが感じていた。

そして、止めとばかりにやってきた運命の日。
休日明けで出社した雄介は、バックヤードに3セットの浴衣一式が無造作に置かれているのを見て首を傾げた。
「これは確か……総合入口のエレベーター前ディスプレイ・スペースに陳列していたヤツじゃないか。何でこんなとこに?」

と、そこへ部下の女性社員が出勤してきた。
そして、雄介の顔を見るなり泣き顔で走り寄ってきた。
「久保しゅに~~~~ん!!」
「おい、どうしたんだ!」
「どうしたもこうしたもないです! 昨日、師岡本部長が『いつまで浴衣なんか飾ってるんだ!』とか言って、共用ディスプレイの陳列がみんな強制撤去させられちゃったんです~~~!!」
「何だって!?」

ひとまず確認の必要がある。
雄介は総合入口エレベーター前のディスプレイ・スペースへと走った。
と、そこには『SALE』と胸に書かれた赤いTシャツが3枚、何の装飾もなくトルソーに着せられていた。

「……ざけんなっ! まだこれからデッカい花火大会が2つもあんだぞ? 今が売り時じゃねーか! こんなひでーことあっかよ!!」
激しく憤った雄介は、そのまま宣伝部の事務所へと雪崩れ込んだ。

<つづく>

『待宵蚤の市』は超くつろぎ空間でした

2024-09-17 22:20:21 | 日記
昨日、ARTMATECさん・daydreamさん共催の『待宵蚤の市』に行ってきました。
会場は大阪は南田辺の昭和サロン。
しっとり趣のある古民家カフェで、まるでおばあちゃんチに来たような気分でしたw


今回は蚤の市前に11時からランチ交流会があり、私はそこから参加。
おもに蚤の市出店者さんたちが参加されており、ほとんどが初対面のかたばかりでしたが、実に和気あいあいとした雰囲気でお喋りを楽しめました。

「ものづくりが好き」という共通点があるせいか、みんなで田舎に集まったような一体感が感じられ、とてもほっこりした時間を過ごせましたね。

そして13時30分からは蚤の市開始。
通常のマルシェとは違い、販売作品だけではなく「いらなくなった材料」なども持ち寄るという何だか「仕入れ感覚」も味わえる雰囲気で、皆さん有意義なお買い物をされていました。

私は、あやかし魔法堂さんのネックレス(実際はパーツをつけ替えて羽織紐や帯飾りとして使うつもりですw)、Yoshiko82さんの猫あみぐるみ、pygmalionさんのフルデッキタロットカードを購入。
あと、和COU堂さんのタトゥーシールを手首に貼ってもらって非日常感をランクアップ!

たくさんお喋りしていろんな人と交流し、さてそろそろ帰ろうかとしたら、なんと突如の夕立!
傘を持ってきておりませんでしたので一瞬困りましたが、「ゆっくりしていきなよ~」という言葉を皆さんからいただき、まさにおばあちゃんチ感覚でしばらく時間をつぶしました。


結局、出店者でもないのにほぼ一日中居ついてしまいましたが、それほど心地よい空間だったということですね~。

そして帰宅してビール飲んでゆっくりお風呂入ってグッスリ。
で、今朝の出勤時に手首のタトゥーシールがそのままだったことに気づき、慌てて会社行きがけにサポーターを買いました(汗

カッコいいので名残惜しいですが、堅い仕事には不向きですので今晩ゴシゴシこすって落としますw