「百貨店……と言えば、私の親友が大阪の百貨店に勤めてるんですよ」
「……え、百貨店? え、大阪!?」
「はい。今は浴衣売場の主任とか言ってましたねぇ……」
懐かしそうな目で中空を見遣る薫。
「ちょっ……、ちょっと待ってください。その人の名前、お聞きしても宜しいですか?」
「久保……雄介と言いますが?」
固まる夜美。
その夜美を見て不審がる薫。
「……え? まさか雄介が……調べられてるんですか?」
「いやいやいやいやいや!! 違います断じて違います!! 久保さんは寧ろ被害者で、私が調べてるのは言わば彼の敵です」
夜美の言葉に、思わず身を乗り出す薫。
「ちょっ、ちょっと待ってください。敵ってどういうことですか? 雄介に、何かあったんですか!?」
明らかに動揺している薫。
そんな薫の表情を見るや途端に心が躍ってしまった夜美は、逆に薫を問い詰める。
「久保さんは、アナタにとってどんな方なんですか?」
「どんなって……、親友です! じゃなくって、雄介がどうしたんですか!?」
「親友……ですか。それにしてはアナタのその取り乱しようは、尋常じゃないですね?」
「当たり前でしょう!? アイツに何かあったら、俺はもう……」
そう言って頭を抱える薫。
「アイツ、俺……。なるほど」
そんな薫をニヤニヤとした表情で見つめる夜美。と、不謹慎な自分に気づいて一つ咳払いをする。
「……と、それならアナタに一つお願いがあります」
「え……?」
「久保さんに会ってきてくれませんか? 私の調査を完結させるためには、最終的には久保さんの意志ってモンが必要なんですよ。……アナタなら、彼を動かせそうですから」
そう言って、ニコリと薫に微笑みかける夜美。
*****
さらに数日後、薫は奈良県の住宅街にあるスーパーに来ていた。もちろん、雄介が出向になったスーパーである。
夜美から粗方の事情を聞いた薫は、雄介の立場も鑑み、ひとまずメールで終業後に会う約束をした。
現状を薫には内緒にしていた雄介だけに、突然の薫の訪問には相当な驚きがあった。しかし同時に、もっとも大切な人に隠し事をしていたという罪悪感を実感し、会って詫びなきゃいけないという純粋な気持ちも生まれていた。
そして夜8時、近隣のファミレスで二人は落ち合った。
「雄介……」
「……薫」
優しい眼差しで迎える薫に対して、雄介はやはりバツの悪い表情だ。
一番奥のテーブルに案内された二人、その片側に悠が座り込む。
しかし、雄介はテーブルを前にして立ちすくんだままだ。
「……どうしたんだ? 雄介」
「薫……。スマね!!」
勢いよく頭を下げる雄介。
「お……おい……」
「……俺、お前には、どうしても……」
そんな雄介を見て、薫が柔和な表情で語りかける。
「もういいよ、雄介。お前の気持ちは全部分かってる。何たって永遠の相棒だからな!」
「……薫」
「とにかく座れよ。俺が今日来たのは、お前に詫びてほしいからじゃない。お前を救う手助けをしたいと思ったからだ」
「え?」
不思議そうな顔でゆっくりと席に座る雄介。
「こうなった経緯は大体聞いた。……お前らしくないじゃないか」
「いや、ちょっと待て。一体、誰に聞いたんだ?」
「探偵さんだ」
「た……探偵? 何で探偵なんだ?」
「お前をこんな目に遭わせた師岡本部長とやらの実態を、今調べてくれているんだ」
「師岡本部長!? えっ!?」
「依頼人は、宣伝部の夏野美雪さんだ」
「な……夏野さん!?」
驚きとともに、ガックリと肩を落とす雄介。
「……ったく、余計なことするなって言っといたのに、あの人は……」
「お前のことを本気で心配しているそうだ。……で、探偵さんは、美雪さんの双子の妹なんだ」
「ええっ!?」
「ま、それはいいとして、美雪さんは恐らく、師岡本部長の言動や当時の状況から証拠になるものを見つけて、査問委員会にかけようとしているんだと思う」
「査問委員会?」
「ああ。そこでお前に対する異動を不当人事だと認めさせ、出向を取り下げさせる腹だろうな」
薫の言葉に、暗い表情となる雄介。
「……どうしたんだ? いい会社仲間じゃないか」
「いや……」
神妙な面持ちで、雄介は続ける。
「夏野さんの気持ちは嬉しいけど、あれは俺の責任だ。責任は俺が取って当然なんだよ」
「何言ってるんだ!? どう考えても、お前は足引っ張られた上に不当な異動を言い渡されたんだぞ!?」
「……そうじゃねーよ。俺は会社の方針に反抗した。だから背任行為だって言われても仕方ねぇ」
「でも、それは……」
「問題は、そこで俺は感情に任せて文句言うことしかできなかったってことだ。反論するなら、その改善策を提示しなきゃダメだろ。それをしなかったんだから、俺が責任取るべきだと思うんだよ」
「しかしな雄介。不当人事だってことは確かなんだ。これを許しちゃ、今後も同じような犠牲者が出るかもしれない。美雪さんは、そういうことも考えて調査依頼に踏み切ったんだと思うぞ」
「…………」
「……雄介!」
「ん、ああ。ありがとう。嬉しいと思うよ。……でもな、もういいんだ。さ、メシ食おうぜ!」
明るく振る舞う雄介を見るにつけ、薫はその責任感の強さも痛いほどに感じ取り、それ以上は何も言えないのだった……。
***
奈良からの夜行列車に乗り込まんとする薫。
自分の行動、そして雄介の言い分を反芻し、はたとホームを振り返って列車から降りる。
「……俺は、男を全うしていなかった。雄介の言い分は正しいが、やはりここでアイツが犠牲になる必要はない! 男の条件とは、常に謙虚でいなければならないが、同時に強い信念も持ち続け、前へ前へと進んでいかなければらないということだ! 俺には、それを雄介に伝える義務がある!!」
駆け足で駅から出ていく薫。その眼は、使命感に満ち満ちていた……。
*****
三日後、雄介がいた百貨店の社長宛てに一通の信書が届いた。差出人は美雪だ。
そのなかには、師岡本部長がおこなってきた理不尽な指示や呉服部としての戦略事実、顧客の声などとともに、師岡本部長を査問委員会にかけるべく要望書が入っていた。
社内通知では握り潰される恐れがあると考え、美雪は夜美がまとめた調査資料と査問要望書を、敢えて社長宛ての信書として郵送したのだった。
「ふむ……」
内容物を全て確認した社長は、厳しい表情でどこかへ電話をかけはじめる。
***
宣伝部の朝礼で、美雪が厳粛な面持ちで宣言する。
「今日、諸岡本部長の査問委員会が実施されます。大それたことをして皆さんに迷惑をかけることは百も承知です。でも、権力者の横暴をこれ以上黙って見ているわけにはいきません。……本当に申し訳ございませんが、どうかお許しください!」
深々と頭を下げる美雪。と、柏田課長が静かに答える。
「……いいから行きなさい」
***
本店大会議室。
そこへ当事者である師岡本部長、呉服部の役職者数人、美雪、夜美、そして雄介が並び、奥には社長と人事部長及び各部門の役員が厳かに陣取っている。
思いもかけない事態に、当然師岡本部長は大層の立腹ぶりだ。昨日などは、宣伝部と呉服部に部下を使って何度も脅しめいた行為を仕掛けてきた。
しかし、こうした委員会は得てして権力者側が有利なもの。それを肌で分かっている師岡本部長だけに、腹立ちはもはや道断の域に入り、見るからに不機嫌そうな表情で中心に座っていた。
「それでは、師岡本部長の非健全業務指示及び久保係長に対する不当人事問題についての査問委員会を開廷します」
進行役の総務係長が、開廷を宣言する。
「久保係長の弁護役として入室した方は、自己紹介をお願いします」
「はい」
夜美が立ち上がる。
「愛鈴探偵事務所の愛鈴夜美(めすず・やみ)と申します。本日は、よろしくお願いします」
愛鈴というのは、実は結婚している夜美の現在の姓であり、夫とは訳あって別居中のため、普段は旧姓を名乗っていたのだ。
「では、まず浴衣売場に対する師岡本部長からの指示事項について。原告側の夏野美雪さんがまず問題視しているのは、6月頃に導入した新規のマネキン人形についてですが、詳しくご説明ください」
「はい」
美雪が立ち上がる。
「今年度、浴衣売場は4つの異なるテイストを効果的に演出するために、売場を4つにゾーニングして、それぞれにコーディネイト提案しやすい什器を配置していました。マネキン人形も然りです。ところが、6月に突然そのマネキンを変更する命令が下りました。それは、師岡本部長の娘さんがデザインしたというマネキンで、売場のコンセプトと異なるばかりか、コーディネイト提案が著しく困難になるデザインのものでした」
「バカな……。実にいいマネキンだったじゃないか!」
師岡本部長が真顔で反論する。しかし、美雪はたじろがない。
「いいえ。着こなしのコーディネイトをする際には、マネキンに必要以上の個性があってはなりません。このマネキンは、表情、髪質、ポーズに至るまで、恐らくごく限られた衣装にのみマッチするようにつくられているため、その後の浴衣売場はディスプレイに相当な苦労を強いられることになったのです」
「それを何とかするのが売場の役目だ。そのぐらい当然じゃないか!」
なおも反論する師岡本部長に、夜美が鋭く突っ込む。
「後方支援部門というのはー、文字通り売場の増収を目指して支援するところであります。明らかに演出が困難になることが想定される什器を提供する、いや強要することは、支援ではなく『妨害』と言えるんじゃないですかねぇ?」
「……何だと!?」
構わず夜美が続ける。
「私が聞いたところによりますとー、そのマネキンを使い始めてから浴衣売場の売上減収が顕著になってきたと?」
夜美の言葉を、呉服部課長が受ける。
「はい。それまで順調に前年比数パーセント増だったところが、6月第2週は3パーセント減、第3週は12パーセント減、第4週には25パーセント減となりました」
「そ……そんなのは他に原因があるんじゃないのか!? マネキンのせいだけとは限らんだろ!?」
さらに声を荒げる師岡本部長。
「確かにそうです。減収は我々部門の責任であります。しかし、売場の装飾は売上数値に大きく影響します。特に、シーズン商品である浴衣はコーディネイト提案が他店との差別化に大きな役割を果たしており、これが崩れたことが売上数値に響いたことは想像に難くありません」
さらに夜美が追い打ち。
「ちょっと調べてみたんですがー、その時期の顧客アンケートがコチラです。お客様の声蘭には『マネキンが変!』『浴衣と合ってないマネキンをなぜ使ってるんですか?』『チグハグな売場』『他の百貨店と比べて着こなしが見にくい、いや醜い』などの声が数多く寄せられています。加えて、毎年6月第3週に行う人気コンテストの投票率は前年比60パーセントダウンという、凄まじい結果が出ています。これって、そのマネキンのお客さん受けがいかに悪いかって証明になるんじゃないですかねぇ?」
唇を噛み締める師岡本部長。
そして総務部長が問う。
「師岡本部長、いかがでしょうか?」
「……言いがかりだ」
顔をしかめる美雪。逆にニヤリと笑う夜美。そして、雄介は表情を変えずに黙って見ている。
「では、次に7月に売場で開催された浴衣ファッションショー、及び配布されたお祭りDVDについてですが、説明をお願いします」
「はい」
再び美雪が受ける。
「このファッションショーは、今年度のコンセプトを根底から覆すものでした。今年度は、ドレッシー、アンティーク、アバンギャルド、ベーシックと4つのテイストに分けて売場を演出すると決まっていましたが、ファッションショーで用意されたものは全て古典柄のベーシックタイプでした。もちろん、当時売場担当だった久保さんも私も反対しましたが、『売上低迷の原因はくだらんコーディネイトのせいだ。テコ入れはこっちで考える』という師岡本部長のゴリ押しがあり、半ば無理やり実施したものです。……あ、お祭りDVDも同様の理由です」
「はいはーい、ここでまたお客さんの声です」
そう言って、夜美が資料を読み上げる。
「この時期の顧客アンケートにも面白い結果が出ています。『全部一緒でしたね』『新たしい着こなしを期待していましたが、期待外れでした』『カタログと正反対のショーにはガッカリ』など、お客さんの生の声は貴重ですよねぇ。あと、この辺からネット上でも騒がれ始めます。『百貨店ゆかた動向』なるサイトでは、『コンセプトがどんどん崩れていく浴衣売場』として日々スレッドが伸びていき、『ココでは買わない』とか『今年の最下位決定』などダントツの不人気ぶりを発揮しています。いや凄いですね~」
「……愛鈴さん、真面目にお願いします」
総務係長が夜美に注意を入れる。
「アリャリャ、これは失礼」
「師岡本部長、これについてはいかがですか?」
総務係長の問いに、師岡本部長は押し黙ったまま。
「……では、最後に7月下旬に入口エレベーター前のディスプレイ・スペースから浴衣が強制撤去されたことについて、説明をお願いします」
「はい」
美雪がみたび説明に入る。
「入口エレベーター前の共用ディスプレイ・スペースは、8月第2週まで浴衣売場の使用が決まっていました。それが、師岡本部長の独断でバーゲン誘致のものに変えられてしまったんです。総合陳列の変更は確かに状況次第であることです。しかし、我々宣伝部の意向も無視して変更したことは、権力を利用した横暴に他ならないと思います!」
「……失敬な!! 貴様その言い方はなんだ!?」
思わず師岡本部長の口から怒りの声が洩れる。
「私もそう思いますよ」
突然の声とともに、宣伝部の柏田課長が入ってきた。
「途中入室をお許しください。……確か、弁護側としては二人まで入室して良い決まりでしたよね? なので、私も加わらせていただきます」
「課長……」
美雪の視線に、柏田課長はにこやかに頷く。
「総合陳列を任されているのは、我々宣伝部です。いくら業務命令とは言え、強制撤去という方法は暴挙としか思えません」
「貴様まで……何を言うか!!」
「まあ、そこまではいいとしましょう。しかし、その後飾られたTシャツがいけない! 和装用のトルソーをそのまま使って、胸に『SALE』とプリントした安っぽいTシャツを着せただけ、周囲の装飾もなくバーゲン誘致には程遠い稚拙極まりない演出! あれで一日あたり一万人は他店に流れたでしょうね」
柏田課長が嫌味十分に言い放つ。
「何を言っとるか!? そんな根拠も何もない話を、誰が信じるんだ!?」
「根拠ですか? ……愛鈴さん」
柏田課長が今度は夜美に振る。
「はいはーい。ではここで店全体の来客数の推移を発表します。バーゲン体制に入るとともに、各フロアは着実に来客数を伸ばしています。しかし、この妙チクリンなTシャツに変わってから、そのフロアだけが15パーセントほど来客数を落としているんですね~。これを全体の動員数に換算すると一日約一万人ほど。一日一万人のお客さんを逃すということは、一人あたりの購買金額を二千円とすれば、実に一日に二千万円もの売り逃しをしていたってことになるんですね~。おーこわ」
「バカ言うな!! そんなものはただの推測に過ぎん!!」
師岡本部長の反論に、美雪が力強く返す。
「モノを売るってことは、推測に基づいて計画を立てるものじゃあないんですか? もちろん、キチンと傾向分析した上での推測でなければなりませんが、少なくとも先程柏田課長や愛鈴さんが仰った売り逃し予測値は、当たらずも遠からずだと思います。……皆さん、いかがでしょうか?」
一瞬、静まり返る室内。
と、社長がひと言口を開く。
「……もう、決を採ってもいいんじゃないか?」
「では、採決に移りたいと思います。しばらくお待ち下さい」
そう言うと進行役の総務係長は、奥に陣取っている社長以下委員会メンバーのところへ歩み寄り、皆の意見をまとめ始めた。
その様子を、固唾を飲んで見守る美雪や呉服部の面々。
雄介は……少し俯いている様子だ。
「……お待たせしました。それでは結果をお伝えします。査問の結果、師岡本部長の指示した内容が浴衣売場の減収の要因となった公算は極めて高く、尚且つそれは店全体の減収にもつながったという見解です。従って、師岡本部長の指示を不当なものとみなし、処分対象といたします」
「ちょ……、ちょっと待てお前! そんなことが許されると思ってるのか!?」
この期に及んで、まだ権力を笠に着ようとする師岡本部長。
「本部長。私はこの委員会の進行役です。たとえ相手が社長であろうと、適切な発言をいたします」
「な……、なんだと~~~!?」
「加えて、その業績悪化の責任を取らされる形で決まった久保雄介くんの出向は、取り消しといたします」
「オーーーーー!!」
呉服部の面々から歓喜の声が上がる。そして、美雪も心底ホッとした表情で雄介を見遣る。
しかし、当の雄介は厳しい表情のまま。
「……久保さん?」
ここで、雄介がゆっくりと立ち上がる。
「……ありがとうございます。ただ、本部長に全責任を負わせるようなことは止めてください」
「え……?」
夜美が目を丸くして雄介を見る。師岡本部長も、唖然とした表情で雄介のほうへ視線を移す。
「売上の低迷は、あくまで売場責任者だった私の責任です。だから、出向が取り消されたとしても、私に何か罰が与えられることは当然の処分だと考えています。……ただ、今後は会社全体として、お客さんの方をしっかりと向いて、私利私欲とか凝り固まった考えとか、そーいうのはなしにしてどこの売場も盛り上げていけるように、今度のようなことが二度と起こらない体制にはしてほしいです。……以上です」
そう言うと、また静かに着席する雄介。美雪の目から、思わずポロリと涙がこぼれる。
「……師岡本部長、宜しいですか?」
総務係長の言葉に、師岡本部長は一瞬コクリと頷いたかと思うと、プイッと明後日の方向を向く。
「では、これにて閉廷します」
*****
翌日、師岡本部長の降格と雄介の百貨店呉服部への復帰が発表された。
その朗報を、宣伝部で美雪と柏田課長が社内メールで知る。
「……良かったな、夏野」
「ありがとうございます、課長。……でも、あの時まさか課長が来てくれるとは思いませんでした」
「いつも長いものに巻かれる俺なのに、か?」
「え? あ~、いやその……」
少々焦り顔の美雪。
「バッカだね~、お前も。あの時、あの部屋ん中で一番権力持ってたの誰だよ?」
「えと……、あ! 社長!?」
「そう。俺は社長の考えに合わせただけ」
「でも、社長は何にも言いませんでしたよ?」
「俺が入ってったあの時まで何も言わなかったってことは、師岡本部長を庇う気はもうなかったってことだ」
「え? だから入ってきたんですか?」
「当然だ。それが確信できたから入ったんだよ」
柏田課長の得意げな顔を見て、美雪はハァと溜め息をつく。
そして席についた美雪は、夜美に電話をかける。
「……あ、夜美? ありがとう。あなたのおかげだわ」
「なーに、軽いもんよ。ハッハッハッ! ……でも良かったわねー。また久保さんと一緒に働けることになって」
「え……!? それどういうことよ!?」
「どーもこーも、そーいうことに決まってんじゃん!」
「いや別に私は……!!」
「まーまーまー。でも、私はどっちかって言うと、親友さんの方が好みかなあ?」
「親友さん?」
「滑川さんって人。今回はねー、その人が久保さんを説得して委員会に出させたようなモンよ?」
「そうだったの……」
「なんと私と同じ中学校の教師なのよ! こりゃいっちょ迫ってみるか……」
「ちょ……、夜美! あなたまだ離婚成立してないんじゃなかった!?」
「あらら? そーだったっけなー? ハッハッハーーー!!」
美雪と夜美、ふたりの恋路はまだはじまったばかり……。
(了)