ペロシ「黄昏の旅」

 

AC通信No.904 (2022/08/05)AC 論説No.904 ペロシ「黄昏の旅」

前回のAC通信 No.903に「レーガンの台湾に対する6項目の確約」に「米国は台湾独立を支持しない」と言う項目があると書いたのは間違いで、実際には「米国は台北と北京間の調整役を務めることはない(The United States will not play a mediation role between Taipei and Beijing)」でした。(1982年に発表された最終版)。 改めて訂正致します。

さて、ペロシ下院議長が訪台したので米中関係が緊張し、東南アジア諸国も米中関係に対する態度の表現で苦心している。米国国内でも前からペロシ訪台に批判的な言論があった。第一に、ペロシのアジア歴訪は米国の国策ではない。第二に、バイデンはペロシのアジア歴訪に反対だったし、中国はペロシ訪台に反対と恫喝を発表していた。第三に、ペロシは来年で下院議長でなくなるはずなのですでに国際的な政治力はない。第四に、米国はインフレとコロナに加えてウクライナ対応で経済的、軍事的に枯渇しているので、この上に中国関係を悪化させることは避けたい。

ペロシにとっては彼女の政治生涯の最後の旅だ。しかしアジア歴訪で彼女には民主主義を主張する以外諸国に与えるものがない。つまりペロシにとっては訪台して勲章を貰うのが主要目的と言ってもよい。ある評論家はペロシのアジア歴訪を「黄昏の旅(Twilight Trip)」と評したが全くその通りだ。

最初にシンガポールを訪問して一晩泊まり、翌日はマレーシアのクアラルンプールで数時間滞在したあと大きく迂回して、その夜遅く台湾に到着した。台湾で一泊して台湾の国会を訪問し、蔡英文総統と会談したあと、午後6時に台湾を出発して韓国の米軍基地に到着して一晩泊まり、翌日は日本に赴いて一泊したあと五日に岸首相と会談した。

トンボが尻尾の先をチョンチョンと水に浸けて飛びまわるような旅で、台湾はもちろん諸国でも「台湾と世界の民主主義を守る」と言っただけである。同行したオースティン国防長官は「自由で開かれたインド太平洋」を守ると述べた。

中国は前からペロシ訪台に猛反対していたので直ちに台湾の周囲6ヶ所にミサイル射撃地域を発表してミサイルを打ち込んだ。日本のEEZ区域にもミサイルが着弾した。これは「台湾有事は日本有事である」と日本に警告したのである。日本政府は直ちに中国に抗議した。

米中関係が大幅に悪化すればアジア諸国も米中両側の国際関係に細心の注意が必要となる。シンガポールの李顕龍はペロシと会見したがそれだけで特に米国側を支持するとは言わずマレーシアでは殆ど無反応だったので数時間の滞在のあとすぐに台湾に向かった。台湾で大歓迎を受けて国会を訪問し、蔡英文から勲章を授与されたあと、午後6時に韓国に向かった。

ところが夜中に韓国の米軍基地に着陸したら韓国側の官僚は一人も出迎えていなかった。翌日になったら尹錫悦大統領は休暇中と言う理由でペロシと会見しなかった。明らかに韓国は中国の台湾海峡におけるミサイル発射のあと中国に配慮してペロシ・尹錫悦会談を避けたのである。

韓国の38度線には数万の米軍が駐屯している。もしも米軍が38度線に駐留していなかったら韓国は北朝鮮に併呑される。つまり韓国には米国の保護が絶対に必要である。それにも関わらず、ペロシ訪台で米中関係が悪化したら韓国大統領はペロシとの会見を避けた。なんと言う情けない国か。

台湾では蔡英文から特殊大綬卿雲勲章を授与されたが、面白いことに台湾のメディアは勲章のことを低調に報道しただけである。蔡英文との昼食会でデザートにペロシの大好きなアイスクリームと食べたとか、彼女はチョコレートが大好きと聞いたので屏東製のチョコレートを贈呈したなどが大きく報道された。勲章授与で中国を刺激しないためと思われる。シンガポール、韓国、日本でもペロシの記事は殆どない。

ペロシは下院議長の個人的な目的でアジア歴訪をしたが、ペロシ黄昏の旅でアメリカ政府はどれだけのお金を使っただろうか。少し計算してみよう。

ペロシに随行した5人の民主党議員とその他の人員は政府のボーイング737’に搭乗していたが、空軍の戦闘機(F35 )が数機、彼女の行程を護衛していたと言われる。戦闘機の数は公表されていない。しかも中国が台湾周辺でミサイル発射をした上に台湾を侵攻する可能性もあったと言われ、米軍は早々と横須賀基地からレーガン号航空母艦と護衛に数隻の巡洋艦を台湾の東南に駐留させていた。

数隻の空母群の出動では1日に100万ドル以上の経費が必要と言われている。ペロシの搭乗機と護衛の戦闘機、それにすべての人員の経費を加えれば1日に数百万ドルは必要だろう。それに歴訪した国々の米国外交部の人員を加算すれば数千万ドルとなるのではないか。ペロシ黄昏の旅のためにアメリカはこれだけの国民の税金を浪費したのである。

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