アメリカが開戦する時

横田めぐみさんの話に激怒したボルトンの去就に 注目

島田洋一 正論201710月号

【アメリカの深層26】アメリカが開戦する時

2003317日、イラクに対する全面攻撃体制を整えた上、ブッシュ大統領は次のテレビ演説を行った。

「国連安保理はその責務を果たし得なかった。それゆえ我々は自ら立ち上がる以外ない。何十年に亘る欺瞞と残虐に今終止符が打たれる。サダム・フセインとその息子たちは48時間以内にイラクを去らねばならない。拒否するなら、我々が選ぶ時に軍事紛争が始まることになる。イラクの全ての軍人、情報部員に強く促す。戦争が始まった時、決して死にゆく政権のために戦ってはならない。それはあなた方の命を賭けるに値しない。戦争犯罪者は罰せられる。『ただ命令に従っただけ』は通用しない」。

 1998年、米議会は「イラク解放法」を通過させ、クリントン大統領も署名し成立していた。そこに次の一節がある。

「イラクにおいてサダム・フセインが率いる政権を倒すための努力を支援し、代わって民主的な政府が出現するよう促すことが、アメリカの政策でなければならない」。

つまり、体制転換(レジーム・チェンジ)が超党派の合意として明文化されており、その点、北朝鮮をめぐる状況より進んでいた。他方、長距離核ミサイルを完成させつつある今日の北朝鮮は、当時のイラクと違い、米国にとって直接の脅威である。それゆえ、イラク開戦を「愚かな決定」と批判してきたトランプ大統領も、北に対しては軍事オプションを排除しない旨を繰り返している。

ある雑誌に、「軍事的解決はあり得ない。忘れよう。最初の30分以内に、通常兵器による攻撃でソウルの住民1000万人が死ぬことにならないような方程式の解を誰かが見せてくれるまで、話にもならない」と放言したスティーブ・バノン・ホワイトハウス主席戦略官が、出版2日後(818日)に解任されたのも、その文脈から言えば当然だろう。開戦劈頭北の報復力を最大限破壊する作戦計画、すなわち方程式の解を見いだす努力は、米軍において営々と進められている

なお、主戦論の民間における主唱者、ジョン・ボルトン元国連大使は、作戦計画をある程度知る立場から、ソウルに向けた北の高射砲群を大部分一斉破壊することは、「なしうる」(doable)と強調している。ちなみにボルトンは、対イラク開戦時、国務次官(大量破壊兵器拡散問題担当)を務めていた。最近、頻繁にホワイトハウスに呼ばれており、政権入りの観測もある。

イラク戦争や湾岸戦争(1990年)の時も、サダム・フセインがイスラエルに報復攻撃に出ることが懸念された。米側は、イラクの高射砲等を緒戦において最大限破壊することを作戦計画の一環とすることでイスラエルに配慮したが、同国への危険を理由に対イラク攻撃を断念することはなかった。

イラク戦争は、大量破壊兵器の完成品が見つからず、ブッシュ政権は厳しい立場に追い込まれた。北朝鮮についてはその心配はない。

なおブッシュは回顧録(2010年刊)で、エリ・ウィーゼル(ホロコーストの生存者でノーベル平和賞受賞者)がサダムの暴虐をナチスに比した上、「大統領、あなたには邪悪に対して行動を起こす道徳的責務がある」と述べた言葉を引き、「私は、戦争の批判者たちが、ウィーゼルらの説く道徳的議論をなぜ認識できないのか不思議でならない」と述懐している。この点は、イラクの人権問題により強く焦点を当てるべきだったという自省でもあろう。

北による核ミサイル保有を容認した上で平和共存の道を探るべきと主張するスーザン・ライス元大統領補佐官ら妥協論者は、北の人権問題を見て見ぬふりをする主戦論者は逆に、北の人権蹂躙を鋭く問題にする国務次官時代のボルトンに面会した際、彼が、13歳で拉致された横田めぐみさんの話を聞くや、顔を真っ赤にして体を前後に揺すり、怒りを露わにしたさまを思い出す。

以上を日本に引き寄せて見れば、拉致を含む人権問題を重視して欲しい、しかし軍事力行使は考えないで欲しい、と言った場合、米側に呼応する勢力はないことになる。いずれにせよ「人権」の行方は、今後の展開において一つのカギとなろう。

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