ワイヤーカード疑惑「ドイツで戦後最大の不正会計事件」になる可能性

これだけの大事件なのに、現在、主要メディアによる報道は至って少ない!!!

 

ワイヤーカード疑惑「ドイツで戦後最大の不正会計事件」になる可能性(川口 マーン 惠美) @gendai_biz

ドイツ政府の「希望の星」

6月18日、突然、ドイツに本社を持つワイヤーカード社のバランスシート上で、「あるはずの19億ユーロ(約2280億円)が見つからない」、「実は最初から存在しなかったらしい」というニュースが流れた。

一瞬、何のことやらわからない。そもそも、なぜ、存在もしないそれほどの大金を、存在しているということにできるのか?

しかし、その後の展開は早かった。23日には、CEOマークス・ブラウン氏が市場操作の疑いで逮捕され(もっとも、500万ユーロ=約6億円の保釈金を支払って釈放となったが)、25日には同社が倒産。負債額は35億ユーロ(約4200億円)で、今後、資産を全部売却しても、負債の1割程度しか返済できないだろうとのことだ。

さて、ワイヤーカードとはどんな会社か? 簡単にいえば、オンライン決済サービスのシステムを提供する会社らしい。

今の世の中、支払いはネット上での買い物のみならず、スーパーであろうが、レストランであろうが、オンライン決済は当たり前になっている。つまり、商売をするためには、どの企業も、どの店舗も、オンライン決済を可能にしなければならない。ワイヤーカード社は、そのシステムを販売している。同社の発表では、顧客は全世界で、大小取り混ぜて30万社。

ワイヤーカード社のようなのを、フィンテック企業というそうだ。金融(finance)と技術(technic)を組み合わせた造語がフィンテック(fintec)。元々、ドイツの不得意分野で、米国のIT企業には遠く及ばない。そういう意

ワイヤーカードの成長は凄い。1999年に創業した同社は、最初、ポルノや賭博サイトを提供しているような会社だったというが、いつの間にかフィンテック企業に衣替え。世界中でデジタル商取引が拡大すると共に、急成長した。

2005年にはフランクフルト証券取引所に上場。そればかりか、2018年にはDAX(ドイツ株価指数)の主要30銘柄の仲間入りを果たしたのだから大出世だ。大喜びのドイツ政府は、「アメリカに追いつけ、追い越せ」と、ワイヤーカードに最大限の支援を惜しまなかったという。

昨年の9月、メルケル首相は中国を訪問した際、ワイヤーカードの中国進出を強く推した。

「35の官庁、予感ゼロ」は本当なのか

ところが、ワイヤーカードには、遅くとも2015年から、すでに多くの不正疑惑がつきまとっていた。2019年1月からは、英フィナンシャルタイムズが、何度も詳しく同社の不正会計を報じていた。そのたびに、同社の株価が下がったり、上がったりしていたが、経営陣は不正を断固否定した。

ただ、株の空売りが集中的に起こっていたというし、投資家の間では、いずれワイヤーカードのスキャンダルが明るみに出て、株価が大暴落することは予想されていたようだ。現在はもちろん、同社の株は紙屑同様になってしまった(200ユーロ→2ユーロ)。

しかし、不思議なのは、なぜ、これだけの疑惑が何度も指摘されていながら、ドイツの財務省も金融監督庁も下請けの調査会社も、ずっとそれを見過ごしていたのかということだ。繰り返すようだが、不正疑惑は2015年からあり、しかも英フィナンシャルタイムズは、2019年1月から詳細な告発記事を出していたのだ。

シュピーゲル・オンラインの「35の官庁、予感ゼロ」という皮肉なタイトルの記事によれば、「ワイヤーカード社は中国市場と8億のインターネット顧客を獲得すれば、ついにデジタル経済のグローバルプレーヤーの仲間入りをしたと胸を張ることができるというのが、アンゲラ・メルケルとオラフ・ショルツの希望であった」ということになる。

とはいえ、9月にメルケル首相が中国訪問でワイヤーカードを売り込んだ時、彼女は、多くの疑惑を何も知らされていなかったのだろうか。

首相官邸の報道官は、メルケルは何も知らなかったと言っている。一方のショルツ財相は、報道によれば、2月にワイヤーカードの不正会計については報告を受けていた。

ただ、これだけの大事件なのに、現在、主要メディアによる報道は至って少ない。

普通、大事件が第一報のあとメディアから消えてしまうときには、いくつかの理由がある。

一つは、現存の政治家や権力者が関わっているため、政治に及ぼす影響が大きすぎるとしてメディアが忖度するケース。あるいは、その政治家や権力者の圧力によって、報道にブレーキが掛けられている。

もう一つは、事件があまりに複雑なため、取材に時間がかかっているケース。また、捜査の妨害になるので、報道できないというケースもあるだろう。

今回の場合、どれも当て嵌まりそうだが、興味深かったのは、シュピーゲル誌30号(7月18日号)が組んだ、「ワイヤーカード・スリラー」という特集記事。

同記事の主役はワイヤーカードのもう一人の幹部、ヤン・マーサレクで、現在、潜伏してしまい、国際指名手配中だ。おそらく大金(ビットコイン?)を手に、ロシア、あるいはベラルーシにいるだろうという話だが、この人物には、ただの市場操作や不正会計に留まらず、スパイ容疑もあれば、傭兵軍団の組織を作ろうとしていた噂とか、本当にスリラー小説のような話が展開されている。いや、小説よりももっと跳んでいる。

ただ、このスパイ小説の続報も続かず、その翌31号では、財相のショルツが追求される可能性が指摘されていただけだ。しかし読者はおそらく、ショルツ財相ではなく、メルケル首相の関わりの方を知りたいのではないか。

「戦後最大の不正会計事件」の可能性

なお、この事件で私がまず思い出したのが、1999年のコール元首相のヤミ献金事件

東西ドイツ統一(1990年)の立役者だったコールは、1998年の総選挙で大敗し、SPD(社民党)のシュレーダー氏に政権を明け渡した。そして、その直後、のちにドイツで戦後最大の疑獄事件と言われるようになった献金問題が炸裂。これにより、コールは最終的に名誉を失うが、現在のメルケル首相の任期は、彼女が5選に挑戦しない限り、来年の秋で終わる。今回も、ワイヤーカード事件の本格的な追及は、その後になるのだろうか?

 

もっとも、今回の事件がコールのヤミ献金問題と明らかに違うのは、当時はSPDなど野党が一斉にコール政権を弾劾したが、メルケル政権は16年のうち12年がSPDとの連立なので、SPDがメルケルを本気で弾劾することはありえない。そもそもショルツ財相はSPDだ。

それどころか、議会で調査委員会を立ち上げる動きには、緑の党までが躊躇している。緑の党はCDUと組んで次期政権で与党に加わるつもりなので、CDUを潰してしまっては元も子もない。メルケル首相は、政権を掌握していた16年の間に、堅固な防壁を作り上げたようだ。

ただ、うやむやになるにはこの事件は大き過ぎる。現在、調査委員会での追及を支持しているのが、一番左の政権「左派党」と、一番右の政権AfDだ。

リベラルのFDP(自民党)は、本当は追及の方に加わりたいはずだが、左派党やAfDとスクラムを組んでいるように見えることを好まないためグズグズしている。AfDは、現在のドイツでは、たとえ正しいことを言ったとしても絶対に容認されない党なので、与党にとって脅威ではありえない

それにしても、ドイツでは、フォルクスワーゲン社の不正ソフトだとか、ドイツ銀行の不正会計だとか、産業界の超エリートが関わる犯罪が多い(ただし、前述のワイヤーカードの幹部2人はオーストリア人)。しかも、そういう人たちが、普段は堂々とモラルを説いていたりするから始末が悪い。

一方、普通の庶民の多くは実直で、勤勉で、道徳心も篤いというのが、38年もドイツ人と接してきた私の感触だ。

ただ、問題は、実直な国民は善行をしたいというモチベーションが高いため、超エリートやら政治家が拡散する立派な話を鵜呑みにしてしまい、自画自賛で「善行」に突っ走る傾向があることだ。これが、お手本など必要としていないEUの隣人たちに嫌われる原因となっている。

話が逸れたが、いずれにしても、ワイヤーカード事件は、その規模、巻き込む政治家から言って、「ドイツで戦後最大の不正会計事件」に発達する可能性がある。これからの報道を注視したい。

 

 

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