内燃機関車の終焉

中国にとって、外国製の質の良いガソリン車は長いあいだ目の上のタンコブだった。世界中にありとあらゆる「made in China」製品が溢れているが、先進国で中国製のガソリン車が売れているという話は聞かない。それどころか数年前はまだ、EUの安全基準もクリアできていなかった。

電気自動車は誰にでも作れるが、ガソリン車はそうはいかない。これは100年超の努力の賜物であり、技術力の総決算であるから、一朝一夕では作れない。

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ガソリン車が強いのは、米国、ドイツ、そして日本。ドイツでは最近、韓国車もメキメキと伸びている。なお、ディーゼル車が強いのは断然ドイツ。ディーゼル・エンジンはいわばドイツの宝で、彼らは、CO2削減もディーゼルで乗り切るつもりだった。

ところが2015年、フォルクスワーゲンの不正ソフト搭載スキャンダルで、突然、ディーゼル車が戦列より脱落。この事件には不思議な点もままあるが、今や、ディーゼル車に勢いはない。こうなると、残るはガソリン車か電気自動車。

 

しかし6月8日、EUの欧州議会は、内燃機関を使った自動車(ガソリン、ディーゼル、ハイブリッド)の新規登録を、2035年より禁止する法案を可決した。これは、CO2を1gでも出すものは全てダメという過激な法律で、内燃機関車の終焉を意味する。しかも、はっきり言って力づくだ。

すでに2021年夏、その法案を欧州委員会が提出しており、それ以後、ほぼ1年間、いろいろな団体がこの法案を潰そうとさまざまなロビー活動を実施してきたが、禁止を是とする欧州議員の力はさらに強かったわけだ。

これにより、将来、EUから本当にガソリン車が消えれば、中国にとっての目の上のタンコブはなくなり、欧州の自動車市場は間違いなく中国の電気自動車の天下となる。

ただし、2035年に本当に内燃機関車が消えるかどうかは、まだ分からない。というのも、EUでは、欧州議会が可決した法律を、閣僚理事会が採択しなければ最終的に法律とはならないからだ。

閣僚理事会での採択には、全会一致である必要はないが、55%の代表が賛成し、さらに国の規模を考慮し、賛成となった国の人口の合計が、EU全体の人口の65%以上なくてはならないなど、複雑な規約がある。

閣僚理事会には、外務、農業、経済、司法など計10の部門があり、たとえば今回の案件を担当するのは環境閣僚理事会。つまり、EU全加盟国の27人の環境相は、まず、この法律を国に持ち帰って、採択の有無を決めることになる

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自民党が捻り出した延命案

その結果、ドイツではそれが、緑の党と自民党の激しい攻防を招いた。

ドイツは昨年12月より、SPD(社民党)の下に緑の党と自民党が加わった3党連立政権となっているが、緑の党のハーベック経済・気候保護相が、同法を「ヨーロッパの気候保護にとっての大きな感嘆符!」と大歓迎したのに対し、自民党のヴィッシング交通相は、「こんなものは却下!」と否認の意思露わ。挙句に自民党が捻り出したのが「e-fuel」という妥協案だ。

e-fuelとは、CO2とH2で作られる合成燃料だが、そのうち、H2を再エネ電気で製造したもの。つまり、製造過程でCO2を排出していないから、e-fuelで走る車には2035年以降も新車登録を許可するべきという理屈だ。内燃機関車の延命のための「蜘蛛の糸」的なアイデアと言える。

 

自民党はどうにかして内燃機関を残したい。彼らは自由市場の信奉者なので、政治は禁止や規制ではなく、新たなテクノロジーの開発を促進する方向で進めるべきという意見だ。実際問題として、ガソリン車もディーゼル車も、まだまだ利用したい人はたくさんいる。それを無理やり禁止するなど計画経済のやり方だ。CO2削減にしても、こんな禁止令さえ敷かなければ、35年までにはこれまで思いもかけなかったようなイノベーションが生まれるかもしれない……云々。

ただ、10年後に代替燃料としてのe-fuelが普及しているかというと、それはわからない。だいたいe-fuelが本当に環境に良いのかどうかも不明である。また、再エネ電気で水素を作り、それで燃料を作って、コスト的に成り立つのかどうか。あるいは、従来のガソリンとe-fuelとの互換性は? 要するにわからないことだらけだ。

一方の緑の党は、e-fuelであろうが何であろうが、燃料と名のつくものにはすべてアレルギー反応を起こす。緑の党の希望的観測によれば、内燃機関車の終焉というシナリオはいわば歴史の流れであって、e-fuelごときで崩せるものではない。しかも、当の自動車メーカーはとっくに意識転換を終えており、2035年にガソリン車を作っているメーカーなどないという認識だ。

緑の党にとっては、CO2を排出するものはすべて「過去のテクノロジー」で、イノベーションではあり得ない。

ただ、緑の党の願いが叶ってEUで本当に急激に電気自動車シフトが進めば、うっかり自動車旅行にも行けないという事態が生じる可能性が高い。都会でさえまだ充電設備は整っていないのに、10年後にルーマニアやクロアチアの田舎の隅々にまで充電設備が整っているとは思えない。EUと一口で言っても、実際には草深いところがほとんどだ。

そんなわけで、たとえドイツがe-fuelを提案したとしても、それがEUの今回の法律に組み込まれるかどうかは、今のところ未定。

 

欧州委員会委員長の野望

 

なお、欧州委員会(EUの内閣に相当)は緑の党と同意見で、一刻も早く内燃機関車を禁止したいらしい。欧州委員会の委員長というのはEU最高の権力者で、現在、フォン・デア・ライエンというドイツ人女性だ。

氏は2019年12月に委員長の座に就いた途端、欧州グリーンディールを提唱し、2050年、ヨーロッパ大陸を世界で初めてのカーボンニュートラルの大陸にするという壮大な目標を打ち出した(ドイツはこの目標を独自に2045年までに繰り上げた)。これにより、2021年から2030年の10年間で、官民合わせて最低1兆ユーロの「持続可能な投資」を導くと謳っている。

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ただ、フォン・デア・ライエン氏というのは、私の認識では目立ちたがり屋で、国民のことを考えている振りをしながら、常に自分の功績しか頭にない人だ。ドイツの国防相であった時も、労働相であった時もそうだったし、今も変わっていないだろう。

現在、全てが欧州グリーンディールやカーボンニュートラルへと強権的に進められているが、これも彼女の「歴史的決断」を印象付けるための演出に見えて仕方がない。

 

そもそも、欧州グリーンディールというのは、一見、環境政策のようだが、実は、エネルギー、産業、運輸、生物多様性、農業など、あらゆる分野に影響を及ぼす包括的な新経済成長戦略だ。そして、「持続可能」という目的に資するプロジェクトだけが、この投資の恩恵に与れる。

つまり早い話、対象をうまくセレクトした財政出動。本当の目的はCO2削減というよりも、特定の産業を思う存分支援するための手段ではないか。

そして、これが進めば誰が得をするかということもすでに明確。間違ってもドイツでもなければ、日本でもない。すでに今でも電気自動車の生産高が世界一で、太陽光発電や風力発電も世界一で、EVバッテリー生産も世界一の中国の勢いが、さらに強まっていくだけだ。

中国は何を思うのか

6月19日、ドイツのハーベック経済・気候保護相は、ガス不足を補うために石炭・褐炭火力を復活させると宣言した。背に腹はかえられないといえども、これまでCO2を毒ガス並みに扱っていたことを思えば、眩いほどのピボットだ。

しかも、それとほぼ並行するように、ショルツ首相がG7サミットで、「気候クラブ」というアドバルーンを打ち上げた。

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気候クラブは、「産業部門に焦点を当てて気候行動を加速させ、野心を高め、それによって国際ルールを遵守しながら排出集約財のカーボンリーケージのリスクに対処することによって、パリ協定の効果的な実施を支援する」ことを目的としているのだそうだ。

ドイツのやっていることは、どう考えてもあまり辻褄が合っていない。しかし、それがドイツであると思えば、なるほど彼らは未だにEUでもG7でも健在だ。

 

一方の中国は、パリ協定によれば2030年まではまだCO2を増やしても構わない。だから、おそらくこれから、EUのためにどんどん電気自動車を作ってくれるのだろう(このままでは、流石にドイツ国民も、電気自動車より電気代、ガス代の高騰をどうにかしろと騒ぎ出すような気もするが)。

ただ、岸田首相にはゆめゆめ気候クラブで頑張りすぎたりせず、国益を見極めながら冷静に対処していただきたい。

それはそうと、中国はG7劇場を見ながら笑っているのだろうか?