ドイツ・エネルギー政策の欺瞞…「ロシア制裁」は形ばかりで弱体化するのは自国の産業という“不都合すぎる現実”(川口 マーン 惠美)

 

 

ドイツ・エネルギー政策の欺瞞…「ロシア制裁」は形ばかりで弱体化するのは自国の産業という“不都合すぎる現実”(川口 マーン 惠美) @gendai_biz

緑の党・ハーベック大臣の欺瞞

ロベルト・ハーベック経済・気候保護相(54歳)は、緑の党の看板政治家だ。21年の総選挙前は、次期首相かと言われたほどの超人気だったが、さまざまな理由でそれは水泡に帰した。とはいえ、選挙後、緑の党はめでたくショルツ氏の社民党政権に滑り込み、現在、ハーベック氏は経済・気候保護相という重要ポストに就いている。

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氏は2012年から18年まで、ドイツ北部のシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州の州政府の一角で環境相を務めた。根っからの左翼で、州の大臣を務めた間に風車を倍増し、有機農業を推進し、石炭火力を閉鎖し、さらにLNGターミナルの建設計画を潰した。

そもそも人間は自然を害する悪い存在であり、原発や化石燃料はもちろん、車も飛行機も化学肥料もないのが彼らの理想の世界だ。要するに、緑の党のモットーは「脱産業」「脱科学」。

ただし、パイプラインを流れてくる格安のロシア産天然ガスだけは、再エネ100%が完成するまでの繋ぎという理由で容認(再エネ100%ではやっていけないことはわかっている)。また、国民には荷車付きの自転車を勧めながら、党幹部らが飛行機に乗るのもOK。こういう主張に何ら矛盾を感じないところに、いわば緑の党の面目躍如たるものがある。

2021年12月、ハーベック氏が経済・気候保護相に就任したわずか2ヵ月後の22年2月、ウクライナ戦争が始まった。EUがすかさず掲げた「ロシアに経済制裁を!」の効果は覿面で、同年の夏にはロシアからドイツへのガスが先細りになり、9月には止まってしまった。経済制裁はドイツに下されたわけだ。

さらに9月末、何者かが海底パイプライン「ノルドストリーム」を破壊、ドイツのガス事情は完全に窮地に陥った。

いずれにせよ、ガスなしではドイツの産業は壊滅し、国民は冬が越せない。そこで、エネルギー供給の責任者ハーベック氏の、なりふり構わぬガス乞い行脚が始まった。つまり、これまで民主主義が足りないと説教を垂れていた津々浦々の独裁国に、LNGを売ってくださいと頭を下げて回ったわけだ(あまりうまくはいかなかった)。

ただ、当時のドイツには、LNGの受け入れターミナルが1ヵ所もなかった。他の多くのEU国はエネルギー安全保障の見地から、LNGの受け入れ態勢を多少なりとも整えていたが、ドイツ政府だけは安いロシア産ガスの上に胡座をかき、その備えがなかったのだ。

それどころか、LNGのような有害なものは必要ないとして、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州の環境相時代、住民や環境団体と共にターミナルの建設計画に大反対してきたのが、ハーベック氏だった。

ところが、LNGの必要性が突然現実となり、そのハーベック氏があたふたとターミナルの建設を指示。そして、環境保全など完全に無視した突貫工事の末、北海沿岸のヴィルヘルムスハーフェンに同年12月、最初のターミナルが完成した。驚くべきことにハーベック氏は、今度はそれを自身の大手柄として喧伝した。

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今ではその他にも、北海のブルンスビュッテル、バルト海沿岸のルブミンと、合計3基のターミナルが稼働しており、さらに北海のシュターデとバルト海のリューゲン島でも計画が進んでいる。

もっともリューゲン島の方は現在、住民、環境団体、旅行業者組合、そして、メクレンブルク=フォーポメルン州政府の激しい反対運動で、工事が暗礁に乗り上げている。ハーベック氏の過去の行動が、まさにブーメランのように舞い戻ってきたのだ。環境NGOにとっては、現在のハーベック氏は裏切り者以外の何者でもない。

ロシアのLNG輸出は52%がEU向け

さて、それでは、現在のドイツのガス事情はどうなっているか? 

せっかく慌てて作ったターミナルだが、今年の上半期にドイツが輸入したガスのうち、これら3ヵ所のターミナルを通じて入ったものは全体の6.4%とごく僅かだ。

そして、その他の93.6%は隣国からパイプラインで、LNGではなく、生ガスとして輸入されている。以前は、ドイツが輸入したロシアガスは、ヨーロッパ各地にも送られていたため、パイプラインはEU中に張り巡らされている。

では、ドイツは現在、どこからガスを輸入しているかというと、約半分がノルウェーから。ノルウェーは世界有数の天然ガスの産地である。

そして、次がスペインだ。スペインは十分な数のターミナルを所有しており、現在、ロシアのLNGを大量に輸入している。今年の1月から7月までのロシアガスの輸出先を見ると、1位は中国で20%。そして、なんと2位がスペインで18%だ。そして、それをスペインが自国でガスにして、ドイツに大量に売っている。

つまり、ドイツには相変わらずかなりのロシア産ガスが入っている。ただ、これまで海底パイプラインで安く入手していたのが、今や高価なLGN由来のガスだ。これがドイツの産業を激しく疲弊させている。

だからこそAfD(ドイツのための選択肢)は、「無意味な制裁はやめろ」、「1日も早く海底パイプラインを修繕しろ」と主張しており、最近ではドイツの左派党の議員もX(旧Twitter)で、「ヨーロッパで一番無能な政府による対ロシア経済戦争は絶好調」と皮肉っていた。

ただ、欺瞞はドイツだけでなく、EUも同様だ。ロシア制裁のためにガスはボイコットと大声で言いながら、LNGはその対象から外している。だからこそスペインやベルギーはどんどんLNGを輸入し、言い換えれば、そのおかげでドイツも大停電や経済崩壊を免れている。結局、自分たちが掛けた制裁を、皆で一生懸命回避しているのがEUの実情だ。

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世界の天然資源にまつわる紛争や汚職、あるいは環境破壊や人権侵害などを防ぐ目的で作られた「グローバル・ウィットネス」というNGOによれば、今年最初の7ヵ月間、EUがロシアから輸入したLNGは、2年前の同時期と比べて40%も増えたという。

ロシアのLNG輸出は、すでに52%がEU向けだ。しかもその量は、これからもしばらくは増え続けると思われる。

そんな中でドイツ政府は、38年までにロシア抜きのLNG調達を完成すると豪語している。つまり、米国などロシア以外の国から輸入したLNGを自国のターミナルで受け入れるということで、当然、ターミナルの大々的な増設が必要だ(再エネ100%の話は、いったいどこへ行ってしまったのか?)。

すでにその予算として、ハーベック氏は98億ユーロを確保しているという。これが、45年に脱炭素達成という話と辻褄が合うとは思えないが、緑の党の話に論理性が欠けるのは毎度のこと。しかも、そのせいで、産業が空洞化しようが、国民が貧しくなろうがお構いなしだ。

 

EUとロシアの根比べは続く

さて、今後はというと、EUはすでにこれまでロシアに対して11もの制裁をかけてきたが、中国、インド、ブラジル、トルコなどという大国がその輪に加わっていないこともあり、ロシア経済はそれほどの打撃を受けているようには見えない。

また、EU諸国の足並みも必ずしも揃っておらず、たとえばオーストリアは、ロシアとの契約が終わっていないとして、今もロシアのガスを輸入している。また、ハンガリーも、国民経済を守るために、ロシアガスのボイコットには加わらなかった。

また、反対に、ロシアへの輸出を禁じた西側の製品は、アルメニアやトルコ、セルビア、アラブ首長国連邦、中央アジアの国々などを通じて、多くがロシアに到達しているという。ただ、ハイテク製品だけは不足しているらしく、こうなると、EUかロシアか、どちらが長くそれぞれの窮状に耐えられるかの根比べとなりそうだ。

ただし、西側が最初に期待したように、まもなくロシアが弱体化し戦争を継続できなくなるという事態だけは、そう簡単には起こりそうにない。どちらかというと、ハーベック氏の主導するドイツの脱産業化の方が先に達成されてしまうかもしれず、空恐ろしい。

なお、ドイツ国民も今、ようやくこれらの不都合に気づき始めた。21年の春、一瞬といえども40%を超えた緑の党の支持率は、今や14%。3党連立のショルツ政権の支持率も、8月31日の第1テレビの調査によれば36%まで転落している。ドイツの世論は、現在、極めて不安定だ。

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9月5日、ミュンヘンではIAA(国際モビリティ見本市)が開幕した。かつて世界最大であったこの国際モーターショーもすっかり様変わりで、今や反ガソリン車の祭典だ。自動車大国としてのドイツの誇りなど見る影もなく、その代わりに中国のEVが華やかな脚光を浴びている。

一方、場外では、グリーンピースが自動車を池に沈めるなどという過激な抗議運動を展開。果たしていつまで世論がこれを支持、あるいは容認するかはわからない。

現在、束の間の晩夏の太陽が降り注ぐドイツだが、朝晩はすでに肌寒く、ニュースはどれも暗い。しかし、公営テレビ局では、今日もウクライナ軍善戦のニュースが流れている。

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