沖縄戦の集団自決ー曽野綾子氏の見解

沖縄戦の集団自決ー曽野綾子氏の見解

 「マサダの城砦(じょうさい)」
 『光栄の死は屈辱にまさるものであり、自由を失ってなお生きながらえるという考えを軽蔑することこそ、もっとも偉大な決意である』(エレアザル・ベン・ヤイル)

 〈次々と悲惨な最期〉
 昭和19年7月、サイパン島の守備隊が玉砕、守備隊と運命をともにした多くの日本人が断崖から投身して集団自決しています。しかし、投身自殺の前に住民を拘束した米軍が、老人と子供を飛行場に集めてガソリンをまいて焼殺し、婦女子は裸にしてドラックで運び去り、その際全裸にされた婦女子は「殺して、殺して」と叫びながら連れていかれた。(そして帰ってこなかった。)その事実は今日まで隠されたままです。

 〈イスラエルの聖地に〉
 私は日本の領土である沖縄を犯した当時の敵・アメリカに対して、日本を守る為に闘おうとしたすべての人々の死に深い尊敬を捧げるものです。強制された死ということは、死者たちには自意識がなかった、ということと同義語です。そんな失礼な考えが今になって許されるのでしょうか(曽野綾子 「WILL-2008年1月号」)


真中 行造のページ  2008年1月31日より 引用
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