「難象」を受け入れるべきか

アフリカ南部のボツワナ共和国が、ドイツに2万頭の象をプレゼントすると言っている(4月2日付『ビルト』紙)。モクウィツィ・マシシ大統領が、ドイツ緑の党のシュテフィ・レムケ環境相に対してカンカンに腹を立てており、「私は本気だ。要らないなどとは言わせない!」とか。嫌がらせだろうが、笑ってしまう。

この記事が出たあと、他紙も一斉に追随報道。「2万頭の象が来たら、我々はどこに住めばよいのだろう?」とか、「キリスト教社会同盟の政治家『我々は2万頭の難象を受け入れるべき』」など、茶化した記事が多かった。ちなみにレムケ氏の緑の党は、これまで難民を無制限に受け入れることを主張してきた党なので、「難象」というのは「難民」にかけてある。

マシシ大統領は、「ベルリンにいて、ボツワナの案件に意見するのは簡単だろう」、「ドイツがそんなに象が好きなら、我々に指図したように、自分たちこそ動物と共存すれば良い」等々、かなり鼻息が荒い。

今回、マシシ大統領の堪忍袋の緒が切れた直接の原因は、サファリツアーのハンターたちが、自分で仕留めた動物を、毛皮や剥製や角などといった記念品としてドイツに持ち込むことを、レムケ環境相が禁止しようとしたためのようだ。

いったい何が起こっているのか? 以下、順を追って説明したい。

ドイツのおよそ1.5倍の広さを持つボツワナには、現在13万頭の象が生息しており、毎年6000頭ずつ増えている。そして、そのため重篤な被害が出ているというから、私はまず、これに驚いた。なぜなら10年以上前は、アフリカの象の数が密猟で急減しているという、まるで正反対のニュースがよく流れていたからだ。

それによれば、「アジア人」が手当たり次第に象を撃ち殺し、象牙だけを切り取っていた。その「アジア人」の国で、象牙が“長寿”だか“強壮”だかによく効くとして、高く売れるからという話だった。

当時の私は、密猟の犯人を「アジア人」と報道するメディアに腹を立てていたので、朽ち果てた象の死骸の写真なども含めて、これらのニュースをよく覚えている。思えばあの頃、ドイツと中国は最高の蜜月関係で、中国に不都合なニュースは、たいてい「アジアの国」としか報道されなかったものだ。

それなのに今、マシシ大統領は、「増え過ぎた象に集落が襲われ、収穫を荒らされ、人が踏み殺されている。正常な状態に戻すためには、射殺で数を管理していくしかない」と言っている。なぜ、いつの間に、これほど象が増えてしまったのか?

13万頭の象を抱える象大国

ボツワナは、政情不安なアフリカ大陸の中で、数少ない安定した国の一つだ。

マシシ大統領(61歳)はボツワナで生まれ、地元の学校に通い、ボツワナ大学で英語と歴史の教員資格を取った。そして、高校と大学での職務を経て、1989年に米フロリダ州立大学に留学。博士号を取得した後、再びボツワナに戻って就職……と、地元密着の経歴の持ち主。ボツワナのために働こうという気概満々のリーダーに見える。

2018年に大統領に就任してから独裁を強めているという噂もあるが、アフリカのような多くの部族が群雄割拠しているところで一国を纏めようとすれば、西欧式の民主主義一本槍ではいかないのかもしれない。

ボツワナでは以前より、ナショナルパークの野生動物たちが稼ぎ出してくれる観光収入が、貴重な国家の財源だった。しかし、密猟は確かに多かったらしい。

そこで2011年、動物愛護の団体から、「今すぐにどうにかしないとアフリカの象は絶滅してしまう」という警告が発せられた。当事国アフリカにしても、象は大切な観光資源であるから、守らなければならない。

こうして、国連やその他のNGOの支援を受けた結果、当時、いくつかの国のナショナルパークでは、国軍よりも近代的なライフルや偵察機器、ドローンまで携えた警備隊が闊歩するようになったという。

しかし、それだけでは足りないと思ったのが、ボツワナのイアン・カーマ大統領(マシシ氏の前任)で、2013年、違法に象を殺した者は無期懲役とする密猟禁止法を制定。さらに、大統領の弟であった環境・観光大臣が、「密猟のためにボツワナに来た者は、生きては帰れないと思え」と、駄目押しした。

しかも、これが脅しではなかった証拠に、2015年には本当に、30人のナミビア人と、22人のジンバブエ人が射殺され、それ以来、ボツワナの領土内で密猟をする者はいなくなったという。

しかし、この絶大な成功が、ボツワナに新たな問題を引き起した。というのも、ボツワナは安全だという話が象の仲間内で広まったらしく、隣の国々から象の群れが続々とボツワナに移住してきたのだ。

その結果、ボツワナは、南アフリカ共和国の1万9000頭、ナミビアの2万3000頭、ザンビアの2万2000頭に比べて、今や13万頭の象を抱える象大国になってしまった

ボツワナ政府の方針転換

おりしも2019年、南アフリカはひどい旱魃に襲われた。象は普通なら1日に、150~175kgの草を食べ、70~75lの水を飲むという。

当時、ナショナルパークの柵は万全ではなく、お腹を空かせた象の大群は集落を襲い、畑を荒らした。象は決しておとなしい動物ではない。そうでなくても食糧不足に苦しんでいた住民は、凶暴になった象のせいで、さらに重篤な困難に陥った。

すると、また欧米のNGOが乗り込んできた。象がお腹を空かせていることを知った彼らは、飢えている人間を無視したまま、隣のジンバブエのナショナルパークに、象のための干草と水を何トンも運び込んだという。

いずれにせよ、この飢饉の後、ボツワナ政府は方針を転換し、1シーズン300頭と決めて狩猟ライセンスの販売を始めた。象の数を減らせて、しかも収入にもなる一石二鳥の象狩りツアーである。

図らずもここで私が思い出したのは、スペイン国王、ファン・カルロス1世の象狩りスキャンダルだ。

2012年、スペインは経済危機の真っ只中で、若年失業率が52%を超え、国民は著しく疲弊していた。そこで国民に向かって、「皆で節約して頑張ろう」と訓示を垂れた国王であったが、同年4月、自分はアフリカに飛んで象狩りをしていた……。

そこで、探してみたら、ありました! 仕留めた巨象の前でライフルを手にポーズを取る国王の写真付きの記事が。

●Ein Hüftbruch und seine Folgen: Elefantenjagd setzt Spaniens Altkönig Juan Carlos nach zehn Jahren noch zu(12·04·22 mallorcazeitung.es)

場所は案の定、ボツワナ。ライセンス料は2万5000ユーロで、象を一頭仕留めるごとにさらに2万ユーロというから、これだけですでに庶民の年収を超えた。しかも、この国王は自然保護団体WWFの名誉総裁だったというから、二重の意味で評判は失墜した。

ちなみにこれが国民にバレたのは、国王が夜中にトイレに行く途中で転んで、地元の病院に運ばれたからだそうだ。やはり悪いことはできない。

先進国の欺瞞と傲慢

さて、レムケ環境相。実は氏は、動物と人間は共存すべきだと常々主張している過激な動物愛護原理主義者だ。つまり、戦利品のドイツ持ち込み云々以前に、動物を殺すこと自体が許せない。それなのに、ボツワナの象狩りツアーの一番のお得意は米国人とドイツ人というから、ジレンマは大きいのだろう。

ただ、マシシ大統領にしてみれば、レムケ氏のやっていることは商売妨害、内政干渉に他ならない。そこで2万頭の象をプレゼントする話になったわけだが、その前にレムケ氏には現地を一度視察してほしいという。

ただ、レムケ氏はボツワナを視察するまでもなく、直近の発表では、「戦利品の持ち込みを制限するつもりはない」とのこと。2万頭の象の効果だろう。もっとも、持ち込みの申請件数は、22年が14件で、23年は5件だったというから、それほど大騒ぎするほどの数でもない。

なお、実はドイツでも、ボツワナの象と似たような事が進んでいる。先人の長年の努力で20世紀初頭にようやく絶滅したはずの狼が、今、動物保護の行き過ぎで増殖中。ドイツには狼の天敵が存在せず、最近では毎年4000頭の羊が犠牲になっている。しかしレムケ氏曰く、「人間と狼は共存すべき」。

22年の12月、カナダのモントリオールで国連の生物多様性会議が開かれ、世界の面積の3割を“自然と種の保護のため”、自然のまま残すという取り決めが行われた。しかし、アフリカの国々からは、これは「新・植民地主義」だという批判が噴出している。

WWFはこれに対して、「アフリカ諸国にとって、生物多様性の保護はいかに大きな挑戦であることか。私たちが、象、ライオン、レオパルド、その他の多くの大型哺乳類が生き残ってほしいと願うなら、アフリカの人たちに寄り添わねばならない」という声明を出したが、私には、これもまた先進国の欺瞞と傲慢のように聞こえて仕方がない。

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