世界一高い2億3000万円の新薬「自己負担額6000万円」は本当か

薬剤の高騰に対するアカデミアからの処方箋

長文ですが 全部引用しました

要するに 大手製薬メーカーを介在させているために こうなっている

フランスやイタリアの先進的取り組みを 見ても わかるように

研究者主体でやれば 解決できる と

 

世界一高い2億3000万円の新薬「自己負担額6000万円」は本当か(小島 勢二) @gendai_biz

医師が疑問と誤解に答えます

2億3000万円の衝撃

新型コロナ感染拡大の騒ぎに隠れて、わが国の医療に重大な影響を与える決定が2月26日に行われた。脊髄性筋萎縮症(SMA)の遺伝子治療薬である「ゾルゲンスマ」の製造販売が了承され、保険適用を巡る議論が始まることになったのだ。

ゾルゲンスマは、米国では212万5000ドル(約2億3000万円)の価格がついており、「世界一高額な薬」と言われる。わが国でもそれに近い薬価になることが予想される。

脊髄性筋萎縮症とは、遺伝子の欠失や変異が原因で、進行性の筋力低下や筋萎縮がみられる病気である。乳児型においては生後早期から人工呼吸管理が必要となり、人工呼吸器を使わずに2歳以上生存することは稀である。

ゾルゲンスマの投与の対象となるのは、こうした2歳未満の乳児患者で、わが国では年間15〜20人と予想される。患者さんとそのご家族にとって、待ち望んでいた朗報であることは間違いない。

ただ、本剤を保険適用とするべきかについては、倫理観や価値観によって大きく意見が分かれており、その判断にあたってテレビや新聞では十分な材料が報じられていないように思われる。そこで本稿では、第一報(共同通信)がYahoo!ニュースで配信された際に寄せられたコメントをもとに、一般読者の疑問に答えるとともに、この難問に対する解決策をアカデミアの立場から提言したい。

保険適用、賛成と反対が真っ二つ

2月26日にYahoo!ニュースで配信された共同通信の記事〈2億円、「世界一高い薬」承認へ 脊髄性筋萎縮症の治療薬〉には、その日のうちに1000件以上のコメントが寄せられ、反響の大きさを物語った。

筆者がコメント内容を分析したところ、保険適用については、賛成派(「外国人を除く日本人だけなら賛成」とする意見も含む)が45%、反対派が53%と両者は拮抗している。

代表的な賛成意見は、おおむね下記のような論旨だ。

「乳児1人2億円として、患者数が年間20人なら、通常の医療で数千万円の費用をかけ続けるよりも、40億円かけても効果の高い治療薬を使ったほうがいい」

「希少疾病用医薬品は開発に膨大な時間とお金をかけても、販売額が少ないので、費用の回収のためにどうしても高額になる。もし全ての医薬品が安くなると、こうした薬を開発する企業はなくなり、医学の進歩も停滞する」

「日本の薬価が海外より安くなれば、海外の製薬企業は日本市場を相手にしなくなり、日本の患者が困る」

いずれももっともな意見であるが、是非を判断するには、ゾルゲンスマの臨床効果や開発にかかる費用の詳細を知る必要がある。そこで、最新の医学論文を参考にして、疑問に答えてゆこう。

ゾルゲンスマを使えば「完治する」のか?

ゾルゲンスマで治療され2年以上の経過を追えた12人のSMA乳児(生後1ヵ月から8ヵ月、平均3ヵ月)と、コントロール群として積極的な治療を受けていない16人のSMA乳児とを比較した研究が報告されている。

ゾルゲンスマで治療された12人は、全員が人工呼吸器を必要とせず2年以上生存しているが、コントロール群で2年以上人工呼吸器を付けないで生存したのは2人のみであった。

またゾルゲンスマの投与を受けた12人は、最終観察日には2歳以上なので、一人立ちや伝い歩きが期待される時期だったが、サポートなしで立ったり歩いたりできたのは2人のみであった。

なお、SMAは運動神経の病気なので、言語発達や精神発達は正常である。将来、健康な人と同様に生活ができるようになるかについては、リハビリテーションによっては歩行可能となるかもしれないが、治療を受けた全員が普通に暮らせるようになる保証はない

さらに、乳児期の1回の治療で効果がいつまで持続するかについても、まだわかっていない。SMAは遺伝病であるが、遺伝子は生殖細胞に導入されるわけではないので、治療された患者さんの子孫に同じ病気が発症する可能性は残る。

早期でなければ効果は薄い

ゾルゲンスマの保険適用は生後2歳未満となっているが、生後早期から治療するほど高い効果が期待できる。

多くのSMA患児は、1歳までに呼吸機能が悪化して人工呼吸管理を必要とする。実際、最初に報告された12人がゾルゲンスマの投与を受けた平均年齢は3ヵ月で、1歳以上の患児はいない。

わが国ではSMAの治療薬として、アンチセンスオリゴヌクレオチド製剤である「スピンラザ」が、2017年7月に承認された。スピンラザは、最初の9週に4回、その後は4ヵ月に1回、脊髄腔内に投与する必要がある。スピンラザの薬価は初年度で総額5592万円、2年目以降でも2796万円とゾルゲンスマに劣らず高額である。

筆者が所属していた名古屋大学では、気管切開を受け寝たきりとなった1歳3ヵ月のSMA患児をスピンラザで治療した経験があるが、1年間治療した後も、腕が水に浮いた状態であれば、今まで動かせなかった肩関節が動くようになる程度の改善が見られたのみであった。

スピンラザとゾルゲンスマとを同列に論じることはできないが、ゾルゲンスマも同様に、病状が進んだ場合に効果を期待することは困難と思われる。なお海外では、新生児マススクリーニングにSMAを加えて早期診断を行い、症状が出る前に治療を開始することが試みられている。

2億円超の値段がついた理由

ゾルゲンスマを発売しているのは大手製薬企業ノバルティスだが、同社が研究開発した医薬品ではなく、米国のネーションワイド小児病院の研究者が開発した遺伝子治療薬である。

この小児病院から独立した研究者がアベクシスというベンチャー会社を設立し、10数人を対象に治験を行なったところ、その結果が有望ということで、2018年4月にノバルテイスがアベクシスを87億ドル(1兆円)で買収した。

昨年、3349万円の薬価がついて話題となった白血病治療薬の「キムリア」も、ペンシルバニア大学の研究者が開発した製剤で、ノバルティスが自主開発したものではない。アベクシスの株を保有していた投資家の1人は、4億ドル(400億円)の資産を手にしたと伝えられている。

米国の医薬品価格は自由価格で、製薬企業が決定する。ノバルティスはゾルゲンスマに212万5000ドルという高額をつけた根拠として、以下の理由をあげている。

a)スピンラザを10年間使った場合にかかる費用の50%

b)一般に小児の遺伝性希少疾患の治療にかかる費用(440~570万ドル)の50%

c)費用対効果は非営利経済評価機関が小児希少疾患に設定した上限を超えない

医療における費用対効果は、既存の技術を新しい技術で置き換えることで余分にかかる費用を、生存率や生活の質の改善分で割ることで算出する「増分費用効果(ICER)」で評価される。

この評価で使用される指標「QALY(Quality-adjusted life year, 質調整生存年)」は様々な疾患を同じ土俵で比較するために考案されたもので、生存率を生活の質で重み付けしたものである。1人が完全に健康な状態で1年間暮らせる状態が1QALYで、健康が損なわれるとそれを下回り、死亡すると0QALYとなる。

一般に1QALYを獲得するのに必要なICER、つまり1人を治療するのに必要な費用の上限は、米国で10万〜15万ドル、日本では500〜600万円とされている。米国の非営利経済評価機関が評価した乳児型SMAのICERは31〜90万ドル(約3300万円〜1億円)で、ノバルティスが付けた212万ドルと比較して、はるかに低額であった。

実はそれほど高くない「原価」

先に紹介したニュースのコメントでは「2億という値段はふざけている。国際裁判所とかに各国の連盟で提訴したらどうだろう」というものがあったが、仮に提訴したとしても、訴えが認められる可能性は低そうだ。

というのも、昨年の世界保健機構(WHO)年次総会で、イタリアの厚生大臣から提出された医薬品価格の透明性改善をめざす決議案が提出され、採択されたものの、薬品の原価や研究開発費の情報公開に関する項目はノバルティスの本社があるスイスをはじめ、米国や日本などの反対で決議案から削除された。製薬会社にとって原価の開示はとても不都合なのであろう。

昨年には、ノバルティスがわが国で申請した遺伝子治療薬「キムリア」の薬価算定にあたって、製品原価の情報公開が不十分であることを理由に1000万円を超える加算が付かず、米国と比較して1700万円以上低い薬価となった。

ゾルゲンスマはアデノ随伴ウイルスベクターを利用した遺伝子治療薬であるが、わが国におけるウイルスベクター受託製造施設である遺伝子治療研究所は、製法の改善により、それまで1人分5000万円かかったアデノ随伴ウイルスベクターが30万円で製造できたと報告している。また、海外の研究者にレンチウイルスベクターの製造原価を問い合わせたところ、1万ドル以下とのことであった。

名古屋大学ではすでに、キムリアと同類のCAR-T製剤を製造し臨床研究を始めているが、その原価も100万円以下である。いずれにしても、ゾルゲンスマの製造原価は2億円の販売価格と比較して、ずっと廉価であることは間違いない。

「自己負担額6000万円」はホント?

保険適用となった場合の患者自己負担についても誤解が多い。

「保険適用とはいえ、3割負担として6000万円が自己負担か! 一般家庭では手が出ない」

「高額療養費で6000万円の自己負担金のうち5900万円以上は戻ってくるので、患者本人の自己負担は100万円以下」

こうした見解が目立ったが、どちらも正しくない。SMAは小児慢性特定疾病事業の対象疾患であるから、所得によっても異なるが、最高でも自己負担額は1万5000円以内に抑えられる。また、対象となる患児は2歳未満なので、乳幼児医療助成制度も適用される。この制度を使えば、市町村によっては所得制限もなく全額が助成される。

つまり、わが国の現行の保険制度では、誰もが2億円の治療をほとんど自己負担なく受けることが可能である。問題は、日本の保険制度がこの負担に耐えられるかである。

日本の保険医療財政への影響は?

Yahoo!ニュースでは「もはや日本の国民皆保険が崩壊するのが見えてきた。外国の民間保険会社がほくそ笑んでいる」などと保険医療財政への悪影響を心配するコメントが多数ある一方で、「ゾルゲンスマを必要とする患者数は極端に少ないから、国民に大して迷惑はかけないだろう」というような楽観論も散見された。

昨年、キムリアに3349万円の薬価がついた時も、根本厚労大臣は「対象となる患者数は250人程度なので、医療保険財政への影響は限定的だ」と発言した。しかし表に示すように、ゾルゲンスマに続く高額の遺伝子治療薬の上市が続々と控えている

日本ではSMAのような希少疾患のみならず、患者数6000人の血友病に対する遺伝子治療の治験がすでに始まっているほか、患者数2万人の筋ジストロフィーの治験も計画されている。こうした高価な遺伝子治療薬の開発状況を知れば、楽観論に与することはできない。

「募金を集めて基金を作り、そこから2億円を払って投薬を受ける仕組みはできないでしょうか」とか、「健康保険の適用外として、クラウドファンディングで募金したら」といった意見も多い。なかには「ZOZOの前澤さんに薬を買ってもらって、必要な患者さんに配って欲しいです」と篤志家に期待する声もある。

海外で心臓移植を受ける患者さんのように、患者数が限られていればこうしたアイディアもありだが、先に述べたように今後遺伝子治療を必要とする患者数はうなぎ上りに増えると予想される。海外では、製薬会社から高額な遺伝子治療薬を購入するのではなく、患者団体が寄附金を集め、その募金で研究者を支援して遺伝子治療薬を製造する仕組みが成功している。

フランスやイタリアの先進的取り組み

GENETHONは、フランスの筋疾患協会が「テレソン」で集めた募金をもとに、希少疾患に対する遺伝子治療薬を開発することを目的に設立したNPO法人である。テレソンとはテレビジョンとマラソンの合成語で、慈善活動を目的に長時間放送されるテレビ番組のこと。日本で言えば「24時間テレビ “愛は地球を救う”」などのような番組だ。

GENETHONの年間予算は3000万ユーロ(36億円)で、80%はテレソンで集めた筋疾患協会からの募金による。医師、研究者、テクニシャンを含めて500人のスタッフを抱えており、専用のウイルスベクター工場で、アデノ随伴ベクターやレンチウイルスベクターを製造している。

すでに、このGENETHONから供給されたウイルスベクターを用いて先天性免疫不全症に対する遺伝子治療が行われており、筋ジストロフィーに対する遺伝子治療も計画中である。同じような試みはイタリアでも行われている。

ゾルゲンスマやキムリアがそうであるように、遺伝子治療薬の多くはアカデミアの研究者が開発したもので、大手製薬企業が最初から開発した製剤はほとんどない。大手製薬企業の遺伝子治療薬が高額である理由は、アカデミアに支払うパテント料やベンチャー企業の買収費用が高額であることによる。これらの費用がかからなければ、高額な遺伝子治療薬も、ずっと安価に供給可能である。

安価に提供する方法はある

遺伝性稀少疾患のうち、原因遺伝子が判明しているものは5000種類以上知られている。一方、これまでに承認された稀少疾患に対する遺伝子治療薬は、世界中でも10個に満たない

このペースでいけば、製薬会社がすべての稀少疾患に対する治療薬の承認を得るには1000年以上かかることになる。これらの遺伝子治療薬の価格は数千万円、数億円に達している。

もちろん、これらの稀少難病に罹患した患児やその家族に罪はない。地球上に生を受けた誰もが、これらの難病を患う可能性がある。遺伝性難病を根治する治療薬という人類共通の財産を、いま人類は歴史上始めて手にしつつあるのだ。

これらの治療薬は、公的研究資金をもとに、アカデミアが開発したシーズをベンチャーが育て、大手製薬企業が高額な資金でベンチャーを買収し、開発されたものである。その結果、投資家は驚くほどの大金を手にしている。

しかし1億円の遺伝子治療薬も、アカデミアでの製造コストは100万円に満たない。遺伝子治療薬は従来の低分子治療薬と異なり、最終製品までアカデミア内部で生産可能である。さらに多くの疾患では、対象患者は極めて少数(年間10人以下)で、小規模な施設での生産が適している。

名大病院セルプロセッシングセンターでのCAR-T製剤の製造

以上のことを踏まえて、筆者は以下の事項を提言する。

1)アカデミア医薬品をより積極的に開発する。
2)アカデミアは互いに、自施設で開発した技術を公開する。      
3)営利を目的としない場合には、パテント料は取らない。

実際、営利目的でなく、アカデミア同士が臨床研究として共同研究を進めるにあたっては、パテント料を払うことなく技術移転を許可する研究者も存在する。名古屋大学はパテントを所有するCAR-T製造技術を、タイの大学に無償で提供したことがある。その一方、海外の研究施設から、レンチウイルスベクター製造技術を無償で提供してもらう計画を進めている。

わが国では、アカデミアの開発した医療技術を企業に導出することが前提で、日本研究開発機構(AMED)から研究費が出ているが、アカデミアが自分の患者のために、開発した技術を活かす道ができれば、これらの治療をずっと安価に提供することが可能である。薬剤の高騰に対するアカデミアからの処方箋である。

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