自衛隊の自殺者は本当に多いのか?数字の読み間違いこそが最大の「悲劇」だ

 高橋洋一「ニュースの深層」
自衛隊の自殺者は本当に多いのか?数字の読み間違いこそが最大の「悲劇」だ   2015.06.22


 筆者が最も許しがたいこと

筆者はちょっとした疑問をツイートすることがある。6月17日、週刊現代の「どう考えても普通じゃない なんと自殺者54人! 自衛隊の『異常な仕事』」(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43700)に対し、

きちんと計算しなさい。10万人あたりの自殺率は30~40人程度。これは自衛隊の自殺率と大差なく、事務職公務員より高いが、農林漁業、鉱業、電気ガス水道業と比較して低い

とツイートした(https://twitter.com/YoichiTakahashi/status/611044310616637440)。

週刊現代の記事は海外派遣された自衛隊の自殺を扱っており、現代ビジネスのサイトにも転載され、多くのアクセスがあった。

発端は、衆院の安保法制特別委員会における5月27日の政府答弁だ。志位和夫・共産党委員長は、「これまで自衛隊員の戦死者が出ていないものの、犠 牲者が出ていないわけではありません。アフガニスタン戦争に際してのテロ特措法、イラク戦争に際してのイラク特措法に基づいて派遣された自衛官のうち、こ れまでにみずから命を絶った自殺者はそれぞれ何人か、防衛省、報告されたい」と質問した。

これに対して、防衛省は「イラク特措法に基づきまして派遣された経歴のある自衛官のうち、陸上自衛官が21名、航空自衛官が8名、計29名、それか ら、テロ特措法に基づいて派遣された経歴のある自衛官のうち、海上自衛官が25名、これは統計の関係で平成16年度以降でございますが、以上、29名と 25人で、足し合わせますと54名が帰国後の自殺によって亡くなられております」と答弁した。

週刊現代の記事の中で、元内閣官房副長官補の柳澤協二氏は「そもそも、自衛隊全体で隊員10万人あたりの自殺者数を計算すると30~40人となり、これは世間一般の1・5倍と多い。しかしイラク派遣部隊の数字は、さらにその約10倍になるのです」と述べている。

この記事では、半田滋・東京新聞論説委員へのインタビューもある。半田氏による2012年9月27日付け東京新聞「イラク帰還隊員25人自殺」で は、「イラク特措法で派遣され、帰国後に自殺した隊員を10万人あたりに置き換えると陸自は345.5人で自衛隊全体の10倍、空自は166.7人で5倍 になる」と書かれている。これが、イラク派遣部隊の自殺率が高いという情報源らしい。

自殺の記事はちょっと書きにくい。個別ケースを考えると心がいたたまれなくなる。ただ、その数字をいじる操作はもっと許しがたい。

筆者は、これを読んだとき、本当かと思った。それで、17日に冒頭のツイートをしたわけだが、そのとき、筆者の頭に閃いた直感を言えば、イラク派遣 で29名の自殺者だが、その後の7年間の数字で、1年平均にすればだいたい4人。イラク派兵はだいたい1万人だから、10万人あたりにすれば40人、これ は上で引用されている自衛隊の平均と同じではないか。柳澤氏の引用文の中で矛盾があるわけだ。

簡単な計算ミス

まず、2年前の半田氏による東京新聞を読んでびっくりした。これは明らかな計算ミスだ。10万人当たりの自殺者数を計算するとき、分子には1年当た りの自殺者数とするところ、半田氏の記事では累積の自殺者数をとっている。だから、10倍とか5倍とか奇妙な数字が出てきている。

おそらく、その計算間違いを鵜呑みにした柳澤氏もいただけない。筆者のように暗算で計算すれば、少なくとも桁数を間違うことはない。こうした基本事実の理解のないまま、安全保障を語るとすれば、まさに地に落ちたものだ。

冒頭の筆者のツイートは400以上のリツイートがあり、多くの人からの関心があった。そうしたら、これに呼応して、防衛省は、

という資料を出したようだ。

この防衛省の数字について、それを検証しておくことも重要だ。イラク特措法とテロ特措法は、陸上自衛隊5500人、航空自衛隊3600人、海上自衛 隊13800人で合計22900人。7年間で自殺者数54人とすれば、10万当たりの自殺率は33.7人となり、これはほぼ防衛省の数字(イラク派遣の場 合33人)と同じである。

なお、防衛省の資料では、「男性自衛官の自殺率>イラク派遣自衛官の自殺率」と強調しているが、この程度の差では両者はほとんど同じというべきである。

15歳以上の各業種の自殺率をご存じか

ついでに、いろいろな業種での自殺率も調べておこう。出典は、厚労省が公表している2010年人口動態統計職業・産業別調査である。まとめると下図のとおりだ。

この数字は、防衛省資料にある内閣府のものと少し違うが、15歳以上の男子の自殺率は、10万人あたり38.0人。自衛隊やイラク等派遣はそれよりやや低い。

内訳でみると、就業者で21.6人、無職で63.6人。自衛隊やイラク等派遣は無職の人より低い。これをみると、金融政策で雇用を作れなかった民主党はより多くの人を自殺に追いやったのかと改めて思う。

就業者のうちでも、公務員は22.3人で、自衛隊やイラク等派遣はそれより高いが、農林業49.9人、漁業57.3人、鉱業285.3人、電気・ガス・水道83.6人はよりは低い。

アメリカでは派遣兵の自殺率が高いといわれ、日本の自衛隊でもそのはずという思い込みがあるが、これまでのデータはちょっと違う姿になっている

東京新聞の計算ミスは、筆者にはちょっと信じがたいが、個人差があるものの、統計数字を扱えない文系あがりの新聞記者ではよくある話だ。数字の意味を考えずに、テキトウに割り算して、トンチンカンなことをいう。

統計数字のイロハであるが、フロー数字の概念がわかっていないのだろう。フロー数字は一定期間における数字だが、この場合一定期間は一年間である。

ついでにいえば、筆者が財務省に在籍していたとき、マスコミ諸氏はフローのみならずストックの概念も怪しかった。このため、毎年の予算数字はフローであるから毎年見ているのでなんとかなったが、バランスシートを説明するのが大変だった。

「文系不要論」にもつながる

また、説明に苦しんだといえば、不良債権の時だ。不良債権というのは貸付金のうち返済が滞っているなどの一定のものであり、その数字は、基本的にはある時点のストックの数字だ。

ところが、不良債権の処理という場合、会計年度内で処理した金額なので、フローの数字になる。不良債権の処理額をきちんと理解するためには会計の知識も必要になるので、不良債権額と不良債権の処理額の両者の関係をきちんと理解できたマスコミ記者は少なかった。

昨今、文系学部が社会に役立たないと揶揄されるが、マスコミをみていると、時たまそう思うこともある。事実を記述する上で必須な統計、数学、会計などの知識がないので、まともな記事を書けない。その結果、間違った記事が書かれ、何年も放置される。

図表を書かせると、統計、数学、会計などの知識の有無は一発でわかる。そういえば、新聞には図表が少ない。ある記者に聞いたところ、そうしたのは役 所からもらって自分たちではあまり作れないようだ。そのような情報リテラシーに欠けるマスコミは、これから信頼されなくなるだろう。

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