皇室ですら、その後継者が自らの立場を自覚できていない

陳胡痒
日本が守るべき精神文化ー神道と武士道(朝鮮歴史館)

私の知人の剣道の先生は真剣を持っておられるが、真剣を扱うときは常に剣におじぎをする。
武力に対する日本人の心構えというものは、そういうものなのだ。
武士が戦場以外で剣をぬくというのは、よほどの覚悟がいるものだったのだ。
明治以降、武士階級がなくなった後、個人が剣を持つことはなくなったが、国家が剣を持つようになった。つまり大日本帝国陸海軍のことだ。
大日本帝国陸海軍は国家にとっての剣であるがゆえに、全ての国民から敬われ、敬意を払われたのである。
しかるに、現代の自衛隊はどうか?構成員が軍服を着て公共交通機関に乗ることすら遠慮している。国民の見る目もよくて消防士や警察官と同列だ。
要するに、武士が真剣を扱うように彼らを扱っていない。
そこにはもはや日本人が守るべき精神性=武士道など残っていない。
神道にしてもそうだ。こちらは農耕と密接に結びついた日本民族の生き方そのものだ。
しかし、農業の衰退が田舎のコミュニティを破壊し、村の神社は荒れる一方だ。そして神道祭祀の総本家たる皇室ですら、その後継者が自らの立場を自覚できていないように見える
もはやこの国に守るべき何らかの精神文化は残っているのか?
私のよくいく田舎の湯治場ではカトリック教徒のフィリピン人や中国人や韓国人の嫁さんがたくさんいる。もはや合衆国といってもよい有り様だ。
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