空気の重要性は普段わからない

我々が普段その重要性に気付かない事例は多い。海の底で、スキューバダイビング用のタンクの残量がゼロになって初めて空気の有難さを実感する。また、灼熱の砂漠で迷子になってさまよった時に、水の有難さがわかる。

食料、エネルギー、さらには半導体なども同じだ。

例えば、昨年12月6日公開「脱炭素原理主義が今の『自業自得エネルギー危機』を招いている」で述べたように、化石燃料をまるで悪魔の手先でもあるかのように非難していた狂信的な脱炭素主義者たちは、化石燃料が世界的に不足して世界市民が苦しむ中で、だんまりを決め込んでいる。そういえば、彼らのシンボルであったグレタ・トゥーンベリさんを最近見かけないようだが。

2年以上も前の2020年5月6日の記事「原油先物マイナスでも『世界は化石燃料で回っている』と言えるワケ」で述べた通り、「化石燃料は現代文明に必要不可欠」なものであり、その極めて大切なものを蔑ろにした報いを我々は受けているのかもしれない。

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また、食料問題も特に日本において深刻だ。カロリーベースの自給率が37%しかないというのは明らかに危険水域である。カナダの266%、オーストラリアの200%は突出しているが、米国132%、フランス125%である。さらにドイツは86%、英国、イタリア、スイスもおおむね50%台から60%台である。(農林水産省「世界の食料自給率」)

エネルギーについてはさらに深刻だ。日本の1次エネルギー供給の約4割を占めている石油は、その99.7%を海外からの輸入に依存している。さらに輸入先では中東地域が8割以上と偏っている(「e-Stat、政府統計ポータルサイト」)。また天然ガスも石油同様にほとんどが海外からの輸入だ。

そして、自動車生産などにも大きな影響を及ぼした半導体の不足は今でも続いている。いくら優れたソフトウェアがあっても、半導体を使ってハードウェアを製造できなければ無用の長物であることを我々は思い知った。

結局、我々はこれまで「いつでも好きな時に手に入る」という「デフレ経済の常識」にどっぷりとつかっていたわけだ。しかし、昨年10月30日公開「4半世紀デフレの後の『反動インフレ』は起きてしまったら制御不能か」という状況に突入する中で、「必要なものを確保する」ことの重要性をますます強く感じるはずだ。

 

また、これまで第3次産業が経済成長のベースであると考えられていたものが、「第1次・第2次産業こそが国家の基盤を支える」という考え方に変わっていくことであろう。

つまり、これからの日本の成長は「第1次、第2次産業」に大きく依存するのだ。

現在、食料・エネルギーが欠乏し、人々が第1次産業の有難さを再認識している。第2次産業も同様だ。半導体の不足が騒がれているが、それ以外の多くの工業製品においても重要性が再認識されるであろう。

眠れる獅子が目覚めた?

私が大学を卒業するときにはすでに鉄鋼業は衰退産業とみなされ、学生には就職先としてそれほど人気が無かった。総合商社や都市銀行(現在のメガバンクのルーツ)の方がはるかに輝いていたといえよう。

さらに、その後数十年の間に中国、韓国をはじめとする新興国の製鉄会社が躍進したことも日本の製鉄業を苦しめた。

日本製鉄(新日本製鐵、新日鐵住金)は、韓国のポスコ・浦項製鉄所建設・立ち上げに協力して以来技術交流(レベルから考えれば日本製鉄からの援助と言える)を行ってきた。

しかし、2015年10月1日のジェトロの記事「ポスコ、新日鉄との特許争いに終止符」にあるように、「方向性電磁鋼板」の製造技術を日本製鉄(新日鉄)の元従業員を通じて持ち出したと主張し、東京地方裁判所に訴訟を起こし「和解」している(損害賠償額2990億ウォン)。

 

また、中国・宝山鋼鉄は、日本製鉄の全面的な技術支援で中国最初の近代的な大型高炉、一貫生産の臨海型製鉄所として誕生した。しかし、宝山鋼鉄もトヨタ自動車とともに、電気自動車(EV)などのモーターに使う「無方向性電磁鋼板」の特許侵害で東京地裁に提訴した。重要顧客であるトヨタを日本製鉄が提訴したことに驚きが広がったが、こちらは単なる巻き添えではないかと考えている。

狙いは宝山鋼鉄であろう。これには「先端技術」の共産主義中国への流出を警戒する米国の意向も関係しているように思える。しかしそれだけではなく、これまで中国や韓国の「ライバル企業」に「世界の王者」として鷹揚に振舞ってきた日本製鉄が、兜の尾を引き締め「本気」で戦う姿勢を見せた側面もあるのではないか。

鉄鋼業においても日本は「勝ちに行く」ということである。

「鉄は国家なり」アゲイン?

「鉄は国家なり」という言葉がある。 鉄血宰相として知られるプロイセン王国・ドイツ帝国の首相、ビスマルクの演説に由来するそうだ。

実際、「鉄」は産業国家の基盤を構成するものとして非常に長い間活躍した。また、「鉄は産業のコメ」という言い方もよくされたが、それほど「鉄」は重要なものであったのだ(もちろん今でもそうだが、過剰供給のため有難味がわからなかっただけである)。

新素材ばかりがもてはやされるが「鉄」は、今でも産業を支える重要な素材だ。

また、様々な先端技術によって、多様な鉄製品が生み出されているだけではない。表面加工技術の進歩によって、基本素材は鉄だが機能は表面のコーティング素材と同じ製品も生産可能になってきている。

特殊な機能を持つ素材は一般的に希少かつ高価で大量には使えない。したがって基盤となる「鉄」の重要性は変わらないのだ。

また、鉄の再利用率は90%程度と見積もられるが、これは日本製鉄などの高炉メーカー以外に、東京製鐵などの電炉メーカーが活躍していることでもよくわかる。電炉メーカーはスクラップなどを溶解して再生する。

 

さらに、地球の核の大部分は鉄だが、地表を含めた地球全体の重量のおおよそ三分の一も鉄だ。つまり、鉄は安価かつ豊富に手に入れることができる素材なのである。

それに対して、希少金属の入手は困難な上に価格も高い。さらに供給国も限られていて政争の道具にされる可能性もある。しかも、太陽光パネルやEVのバッテリーなどで問題になるように、人体に有害な場合が多い。

豊富にあるからなかなか気が付かないが、「鉄」は今でも産業のコメというべき重要な素材なのである。

食料生産の基盤はぜい弱だ

2010年の「農業就業人口」は約260万人。しかしその後毎年減り続け、2018年には約175万人にまで減少している(農林水産省「農業就業人口及び基幹的農業従事者数」)。

また、米国には200万以上の農場がある(1935年のピーク時には700万近くあった)が、農場や牧場で働く人の数は就業人口の1.3%に過ぎない。ちなみに、1840年には米国労働人口の約70%が農業に従事していたのだ(ビジネスインサイダー「アメリカの農業に関する、9つの驚きの事実」)。

 

もちろん「緑の革命」や「農地の集約化」などによる生産性の向上があったのは事実だ。だが、その生産性を維持するためには、化学肥料、農機具を動かす化石燃料、さらには枯渇が心配されている地下水(米国の農業は石油などと同じ再生不能の地下水に頼っている)の供給などが必要不可欠だ。

我々は「無くなってしまってから大騒ぎ」することがないようにしたい。

異常に膨れ上がった第3次産業

厚生労働省の昭和56年(1981年)の「労働経済の分析」資料(第3-1図)では、日本の第3次就業者数は55.4%である。

当時の他国と比較すると、カナダ(68.0%),アメリカ(66.2%)には及ばないものの西ドイツ(49.9%),イタリア(48.2%)を上回っておりフランス(56.2%)に近い。

だが、2014年のジェトロの「サービス立国型英国の経済構造」資料(図表8)において、英国・米国では約80%、日本・ドイツでは約 70%が第3次産業従事者となっている。

日本・ドイツの7割も決して少なくないが、英米の8割は高すぎるのではないだろうか。これまではデフレで産品・製品があふれていたから問題が顕在化しなかったが、インフレが進行している上に生産年齢人口が急速に減少しつつある。「国家の基盤を支える第1次・第2次産業」の少ない就業者がさらに減ってしまえば、国家存亡の危機にもなりかねないと心配している。

 

結局、「(第3次産業という)潤滑油だけ増えても本体が衰退する」ということだ。IT、金融などは産業の「潤滑油」だが、潤滑油だけ肥大化しても本体が疲弊すれば成り立たない。人体に血液は必要不可欠だが、血液が人体の8割を占めたらたぶん生命の維持ができないのと同じことだ。

第1次、第2次産業が経済の基盤だ。この部分の強化に取り組まないと日本の将来は暗いと考える。

「衰退先進国」英国の第3次産業比率は8割だ

第3次産業の発展が経済の「進化」だととらえられがちだが、第3次産業は、第1次、第2次産業という基盤無くしては成り立たない。

米国の混迷も、第3次産業比率が高くなり過ぎたことが原因かもしれない。手っ取り早く金儲けをする風潮を助長していると思える。

もちろん「腐ったタイ」とも呼ばれる英国の製造業も無残である。「逆産業革命」と言えるかもしれない。

 

その点で日本は、食料自給率(カロリーベース)の37%は残念だが、製造業においては昨年5月9日公開「日本の『お家芸』製造業、じつはここへきて『圧倒的な世界1位』になっていた…!」状況である。

製造業の発展とともに、日本そのものも大躍進することを大いに期待したい。