宮崎正弘の国際情勢解題」
令和五年(2023)1月22日(日曜日)
通巻第7599号
哀切な小説を書いてきた作家の歴史論はやっぱり哀愁に満ちている
日本史の闇を稗史から紐解くと、意外な真実が浮かんだ
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佐藤洋二郎『偽りだらけの歴史の闇』(ワック)
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著者の佐藤氏の小説はよく読んでいる。最近、或る雑誌で佐藤氏が離島と神社訪問をライフワークのように40年歩いて来られた経歴を知った。
言葉で書かれた歴史は真実を含むが、おおかたは造られた史観であり、現地の神社などへ行くと語り継がれた稗史がある。「文字を持たない神話や民話、伝承や伝説がある」(じつは評者も現地踏査を必ず行って古代史を綴るのは、こうした伝承のほうが時に重要だからである)
そして「こちら(稗史)の方が『歴史』ではないか」と佐藤氏は切り込む。
坂本龍馬や勝海舟の「イメージ」は勝手に創られ、虚像がひとりあるきしている。
「帰化人」を「渡来人」と言い換え、高千穂が天皇の故郷となったのはなぜか?
「様々な政変や出来事は、それまでと違い、世の中を一変させたことが記録されています。その時代の事件や異常なことを書き残しているのです。(中略)逆に当時は誰もが知っていたから、書き残す必要がなかったということになってきます」
この類似を挙げておくと、藤原不比等が天智天皇の御落胤であることは当時誰もが知っていたから書き残さなかった。後世の『大鏡』が、その常識をあらためて指摘したに過ぎない。
「日本人の精神的支柱になっているものに『言霊』と『怨霊』思想がありますが、日本はその言葉の妙霊によって、幸福がもたらされると信じられていました。『言霊の幸ふ国』ということになるのですが、その中でも最も忌み嫌われるのが、穢れ思想からきている『血』ということになります。戦争や革命で多くの血が流れ、言霊の思いから最も遠くにあります」(16p)。
だから血なまぐさい戦役を「王政復古」とか「明治維新」とかの言葉を充ててきたことになると著者は言う
「プロパガンダのように言われる、日本の文化はみな朝鮮から入ってきたという間違った優位性も、この『渡来』や『帰化人』という言葉によって加速された(中略)。存在しなかった言葉で歴史を見るのは危険なことで、わたしたちの物の見方、考え方も真実から離れて」しまうが、これらは1970年代に急速に広まったものだ。「中心にいたのは歴史学者の上田正昭、小説家の金達寿、司馬遼太郎」らだった(123p)
つまり「帰化」「来帰」「帰朝」という語彙を消した動機を考察してみると、「なにもかも日本のものは、朝鮮から来たと唱える金達寿氏たちは、言葉を軽んじる歴史修正主義者」(161p)といってよいのではないか。
幕末維新にしても徳川慶喜のふがいなさ、勝海舟への過大評価は小栗忠順の功績を消した。
小栗上野介忠順は早くから欧米の文明の利器を取り入れ、製鉄所、造船所建設のために貨幣の改鋳や国債発行計画を打ち上げ、徳川慶喜の恭順投降に反対し薩長との徹底抗戦を主張したため疎まれ高崎に蟄居。慶応四年に斬首された非業の英傑である。
ところが実際には武器商人の代理人に過ぎない坂本龍馬や、大風呂敷の勝海舟が日本を変えたなどとでたらめな歴史観を誰がひろめたのか。これは「蘇我氏が全体でなしたことを、聖徳太子一人の手柄にして、蘇我氏の功績を隠蔽した」、かの歴史書き換えに酷似すると佐藤氏は言うのである(203p)。
まさに稗史を追求してゆくと、闇の中に真実が浮かぶ。